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狭間に生きる僕ら

#73

喧騒に紛れて

数年後。

「袋はご利用でしょうか?」
「結構でーす」
俺はレジに置かれたサンドイッチとおにぎりのバーコードにバーコードリーダーをかざす。

ピッ ピッ

軽快な電子音。
サンドイッチの冷たさが、指先に伝わる。
おにぎりの重みが、手の平に伝わる。
「ありがとうございましたー」

ピロピロピロン

コンビニの自動扉を抜け、早速サンドイッチの袋を開けて、中身の具が飛び出さないように慎重に食べ始めた青年の後ろ姿を軽く見送りながら、俺は次のお客さんの会計を始めた。

このコンビニは、俺が通う大学から徒歩5分のところにあるためか、ここの常連の殆どは俺と同い年くらいの若者ばかり。
「よお」
バットが、期間限定の明太子冷製カルボナーラをレジの台に乗せた。

もともと、バットと同じ大学を目指すつもりはなかったし、そもそもバットが何処の大学を目指していたのかさえ知らなかったが、巡り巡って俺とバットは同じ大学に通うことになったのだ。

「どう?コンビニのバイト」
俺は大学に入学して数ヶ月した頃から、ここのコンビニでバイトを始めた。親からの仕送りは多少あるが、光熱費と水道代を節約しないといけないし、俺が高校生時代に思い描いていた生活に比べると、夢ばかりを見てはいられない現実的な毎日で大変なことも沢山あるが、これはこれで俺は毎日を楽しく過ごしている。
「まあまあだな」

ピッ

「覚えてるか?あの日のこと」
バットが入店してから、珍しく誰も入店してこない。店内には、バットと俺と、他の店員数名だけ。バットが俺に顔を近付けて、声を潜めて言った。
「ああ、覚えてるさ」
言わずとも、バットが何を思っているのか俺はすぐに分かった。

あの日、送別祭の翌朝、晴馬たちに別れを告げて俺達は死者の世界から生者の世界に戻った。
元通り、忙しない生者の世界に引き戻された。

エメラルドは獣神国に戻った。エメラルドは婚外子として良い扱いを子供の頃から受けてこなかったが、アドルフから王族の一員として正式に認められた。だが、王族としての教育をまともに受けてこなかったため、獣神国の情勢や歴史には庶民以上に疎い。王族教育を受けるために、エメラルドは生者の世界に戻ってから間もなく故郷に帰ったのだ。
その日以来、俺達はエメラルドに会ってはいないが、彗星を通じてエメラルドの様子は聞いている。彗星は、宇宙人から地球人に変わってからも、地球外生命体との交信能力は失わなかったのだ。最近は、数百年分の歴史を頭の中に叩き込まないといけないという愚痴ばかりを送ってくるらしい。

因みに、彗星と一裕は相変わらず相思相愛。あいつらのキスシーンはもう見飽きた。

サファイヤは、海に戻った。海水浴場のホテルはどうするのかと思ったが、あれはホテルではなかったらしい。そもそも、人間で言えば当時高校生だった男子が一つのホテルを経営できるわけなかった。あれは、普通の人間には見えない四次元の空間だったそうだ。だけど、俺達は吸血鬼だし、エメラルドは宇宙人だし、蓮や佳奈美さんたちは人間だけど人外である俺達と深く関わってるしということで、俺達にはあの空間が難なく見えたというわけだそうだ。
蓮が、俺達と一緒に過ごしても良いではないかとサファイヤを何度も説得したが、人間として過ごすには住民票とか保険証とか色々厄介な手続きが必要で面倒くさいからという理由で海に戻った。だが、毎年夏になると、俺達は海に行く。そしてサファイヤは、人が見ていない隙を狙って海面から人間姿で現れる。そして、首長竜なんていませんよという雰囲気を醸しながら、何事もなかったかのように浜辺に腰を下ろして、くだらない世間話をしてきた。

「はいよ」
俺はバットにカルボナーラを渡した。
「あ、そうだ。来週の土曜日空いてるか?蓮と一裕に、国道〇〇線にある居酒屋で飲まないかって誘われてるんだ」
バットはカルボナーラを、肩から下げていた妙に可愛らしいエコバッグの中に入れた。
「来週の土曜日?…また予定確認するけど、多分行ける。今晩お前に連絡するわ」
「おけ」

ピロピロピロン

自動扉が開き、暑苦しい夏風が店内に流れ込む。それを掻き消そうと、店内の冷気が戦う。シマエナガの柄が施されたエコバッグを右手に持って、バットは大学がある方へと歩き去っていった。

俺は、いつの間にか自分と同じくらいの身長になったバットの後ろ姿をぼんやりと見送った。

[水平線]

「ただいま俺〜」
バイトと大学の授業を終えて、俺がアパートに戻ったのは午後8時頃。夕食は済ませたから、後は軽く身体の汗を拭いてベットの上でゴロゴロしながら少し読書をして眠るだけ。
重力が全身にのしかかる。ドアノブを捻り、玄関に倒れ込みそうになる身体を両足で辛うじて支えながら扉を開ける。本当なら涼しい冷気に出迎えてもらいたいところだが、生憎節電中のため、俺を待っていたのは蒸し暑い夏の湿った空気だった。鞄を玄関に置いて、洗面所に向かい、顔を冷たい水で濡らしたタオルで拭く。次に、上のシャツを脱いで上裸になり、シャツを洗濯籠の中に放り投げる。少し温くなったタオルで、全身の汗を綺麗に拭く。ズボンの汗も気持ち悪い。来客の予定はない。俺はズボンも洗濯籠の中に投げ入れ、パンツ一丁のままベットの中にダイブした。
…と、その前に。
俺はベットに右膝を付いて前のめりになり、ベットサイドの窓を開けた。コンビニの中にいた時は暑く感じた夏風も、サウナのような室内の中では涼しく感じた。身体に少しだけ残っている汗の名残。夏風が俺の身体を撫でていく度、少しずつ身体の表面は涼しくなっていく感覚を、特に何も考えることなくボンヤリと味わう夜。
枕を定位置にセットして、俺は腕を広げてベットの上に横たわった。ポスンとした音が俺の耳をくすぐるとともに、俺は今朝バットに来週の予定を確認しておくように頼まれたことを思い出した。
「来週の…土曜日…」
スマホのスケジュールアプリを開く。黒い画面に、本を開けたようなデザインのアプリのロゴが中央に浮かぶ。その上で、白い丸がクルクルと回っている。暫くそれをボンヤリと見つめていると、今月の予定が記載されたカレンダーが表示された。幸い、俺は蓮たちと4人で飲みに行けそうだ。その旨をバットにLINEで送ると、数秒も経たないうちに既読が付いてOKサインのスタンプが送られてきた。
「ふう…」
スマホの充電は、残り46%。俺はベットに横たわったまま、ベットの下にある引き出しを手探りで開けて、その中から充電器を手の感覚を頼りに取り出した。引き出しの中から、白いケーブルがにょろんと現れる。その細い方の先っちょをスマホに挿し、もう一方のデカい方をコンセントのプラグに挿し込んだ。
充電中のスマホを枕元に置き、俺は枕の横にティッシュ箱と一緒に置かれた、ある一冊の小説を手に取った。それは、佳奈美さんが持っていたあの小説。成瀬蓮が、日下部透や宮司龍臣とともに繰り広げる、ファンタジーともノンフィクションとも取れるような、例のあの小説。小説の中だけの物語のはずだったのに、登場人物には、蓮、佳奈美さん、りこ、圭吾の名前も。俺達が生きる現実と連動するようなストーリーを描く小説を、俺も読んでみようと思って去年買ったのだ。
「何処にもいないんだよなあ…こいつら」
小説の登場人物紹介ページを開くと、成瀬蓮の横に日下部透と宮司龍臣の名前が黒い文字で印字されている。俺達は結局、現実世界で日下部も宮司も見つけ出すことは出来なかった。
「偶々…か?」
俺達は、小説と現実が連動しているのなら、現実世界にも日下部と宮司がいると踏んだのだが、会えずじまい。
小説の登場人物欄にエメラルドやサファイヤ、俺たちの名前はない。だから、現実世界の存在が必ずしも小説に反映されるとは限らないように、日下部も宮司も本当は現実世界には居ないのかもしれない。そう思いつつ、妙にしっくり来ない自分もいる。
「あっつ…」
俺は起き上がって、ベットの脇に置いてあるミニサイズの冷蔵庫から天然水を取り出した。冷たい水が俺の指先を濡らす。グビグビと、酒を飲むように天然水を食道に流し込み、半分くらいまで減った天然水のペットボトルを冷蔵庫に戻し、俺は再びベットに仰向けになった。
「結局、小説の中の成瀬蓮は、普通の生活に戻るんだよな…」
小説の最後の方のページをペラリとめくり、結末をもう一度じっくりと読む。前半部分では宮司は実は竜でしたとか、色々と盛り上げておきながら、結局は寝ている間の成瀬蓮の夢でしたというオチで、俺的には何とも尻切れトンボな感じがした。
「あ、しまっ…え…?」
本の表紙がグニャリと柔らかくなっている感触が人差し指と中指に伝わってくる。天然水のペットボトルの水で、表紙が濡れてしまったのだ。本を閉じて指を慌ててどけると、表紙が少し滲んでいた。そこに、薄っすらと浮かび上がる4つの漢字。
「孔舎衙…徹…?」
佳奈美さんが数年前に言っていたように、この小説は作者不明のはずだった。この小説が発売されてから、世間でも作者は誰なのかと騒がれてきた。その時、俺はふと幼少期の記憶を思い出した。
それは俺が5歳の時、水に濡らすと模様が浮き出るバスタオルを、親父が旅行先から買ってきてくれたというもの。まっさらな白いタオルを濡らすと、パトカーや消防車のような色々な車のイラストが浮かび上がるものだった。
もし、この表紙にも同じような技術が使われているとしたら、見えていなかっただけで、表紙には初めからちゃんと作者名が記載されていたということになる。
「っていうか…なんて読むの、この人の苗字」
俺は今まで出会ってきた人たちの苗字を思い出してみても、ヒントとなるような苗字を持った人は誰一人としていなかった。枕元のスマホを手に取り、「孔舎衙 読み方」と入力して読み方を調べた。

「…え?」
スマホの画面には、AIが必要以上に詳しく説明してくれていたが、その中のある3つの漢字に俺の目は釘付けになった。
「日下部…?」
説明をよくよく読んでみると、「孔舎衙」は元はある地域の名前だったそうだが、読み方が分かりにくいという理由で「日下部」と表記されるようになったというものだった。妙な胸騒ぎがする。
もしかして…。
俺は、もう一度本の表紙に記載された、滲んだ文字を確かめた。振り仮名はない。初めてこの人の名前を見た時は、「テツさん」かと思っていたが…。俺は今度は、「徹 人名」と入力して、検索結果が表示されるのを待った。
『読み方の候補:てつ、とおる…』

とおる…。

くさかべ…とおる…?!

「いたぞ…!」
俺はLINEを開けて、すぐにグループチャットに送った。何かあった時にすぐに連絡が取り合えるように、俺たちは皆でグループLINEを設けたのだ。あの日、俺たちが死者の世界から生者の世界に戻って以来、チャットの内容は受験勉強とかの話ばかりで、本来の目的を忘れかけていた頃だった。

[斜体][明朝体]至急!皆に伝えたいことがある。日下部透の正体が分かったかもしれない。[/明朝体][/斜体]

俺のメッセージに真っ先に反応したのは蓮だった。

[斜体][明朝体]詳しく教えろ。[/明朝体][/斜体]

間もなく、佳奈美さんや一裕からも、ビックリしたような顔のイラストのスタンプが送られてきた。

[斜体][明朝体]例の小説の作者かもしれない。小説の表紙を水で濡らしてしまったら、「孔舎衙 徹」っていう人名が浮かび上がった。[/明朝体][/斜体]

俺がそう送ると、佳奈美さんが写真付きでメッセージを送ってきた。

[斜体][明朝体]こういうやつ?[/明朝体][/斜体]

佳奈美さんが送ってきたのは、淡いピンク色の傘に、紫色の花柄が散りばめられたデザインの傘だった。でも、よく見ると、その花柄は所々色が薄くなっている。

[斜体][明朝体]これ、1週間前に私と蓮くんが京都にデートしに行ったときに買った傘。水で濡れると柄が浮かび上がるんだって。[/明朝体][/斜体]

写真に写る傘の背後に、佳奈美さんが飼っている柴犬のモモがヒョッコリと顔を覗かせている。わざわざ玄関で傘を広げて濡らしてくれたらしい。

[斜体][明朝体]で、なんて読むの?[/明朝体][/斜体]

案の定、バットから苗字の読み方を尋ねられた。

[斜体][明朝体]俺が調べたところ、「くさかべとおる」と読む可能性が高い。[/明朝体][/斜体]

そうメッセージを送ってから、スマホの左上の隅っこに表示される時刻が、ふと俺の視界の中に入った。

21:15。

[斜体][明朝体]来週の日曜日に、バットと蓮と一裕と俺の4人で飲む予定がある。佳奈美さんたちたちも都合が来てくれるとありがたい[/明朝体][/斜体]

俺は続けてそうメッセージを送ろうとしたが、バットに先を越された。

[斜体][明朝体]それなら私のマンションに集まっては?[/明朝体][/斜体]

彗星がチャットに参加してきた。

[斜体][明朝体]居酒屋だと、他のお客さんも沢山いるでしょ?他の人に聞かれると変な目で見られるかもしれない。でも、私のマンションに皆が来てくれるなら、その心配なく話せる。[/明朝体][/斜体]

というわけで、俺たちは来週の日曜日に彗星のマンションにお邪魔することに。

[斜体][明朝体]サファイヤはどうする?[/明朝体][/斜体]

俺がスマホを消そうとした時、一裕からメッセージが送られた。エメラルドは彗星が呼べるだろうが、サファイヤとは毎年夏の決まった日に会うという約束だったから、呼ぶ手段がない。

[斜体][明朝体]俺、今から行ってくる[/明朝体][/斜体]

[斜体][明朝体]何処に[/明朝体][/斜体]

[斜体][明朝体]海。サファイヤを呼びに[/明朝体][/斜体]

[斜体][明朝体]やめとけ。夜の海は危ない。[/明朝体][/斜体]

[斜体][明朝体]でも、真っ昼間に人目がある状態で、サファイヤって叫ぶ勇気なんてない[/明朝体][/斜体]

バットがサファイヤを呼びに行こうとするのを、蓮が止めた。

[斜体][明朝体]エメラルドがサファイヤも連れてきてくれるって[/明朝体][/斜体]

彗星は早くもエメラルドと連絡を取り合った。
「ねむ…」
俺はスマホの画面に表示されるやり取りを見つめているうちに、段々と瞼が重くなる感覚を覚えた。

[斜体][明朝体]了解[/明朝体][/斜体]

俺はそれだけ送るとスマホを消して、スマホを枕元に置いた。部屋の光を常夜灯に変え、薄い掛け布団を足を使って俺の身体に掛けた。

カチッ…

何処からともなく、小石がぶつかり合うような音が部屋の外から聞こえた。
「閉めとこ」
俺は窓を閉めて鍵を掛けた。寝ている間に熱中症になって、正式に死者の世界に行くことになっては困る。俺はエアコンを除湿にして、掛け布団に潜り込んだ。

車が走る音。
電車が走る音。
信号機の音。
それらが、何処か遠い場所から聞こえてくるような感じがする。

孔舎衙徹…。
お前はいったい、何者なんだ…?
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2025/08/19 15:28

花火
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