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狭間に生きる僕ら

#61

こどもたち(2)

『や…て…』

ん…?
何だ?

『おとう…さ…』

誰の泣き声だ?
また楓の声が夢の中で聞こえているのか?

いや、違う。
楓の泣き声はもっと、全部を拒むような叫びに近い泣き声だ。
それに対して、俺が今聞いているのは、泣くのを我慢するような嗚咽に近い泣き声。

「晴馬…?」
俺はゆっくりと目を開けた。枕に乗っている晴馬の火の玉が震えている。怖い夢でも見ているのだろうか。
「大丈夫か?」
俺はそっと晴馬の火の玉に触れてみた。ブルブルと細かな振動が指先から伝わってくる。
『やめて…』
晴馬の火の玉から、押し殺したような泣き声が聞こえてくる。
「おい」
後ろから蓮の声がした。蓮は俺の左隣に悠馬と一緒に寝ている。振り向くと、蓮も俺と同じように悠馬の火の玉に手を触れていた。悠馬も震えている。泣いてはいないが、激しい息遣いのようなものが聞こえる。
「こいつらどうしたんだろう…」
蓮が不安そうに悠馬の火の玉を撫でる。桜大も圭吾も、他の奴らは晴馬の泣き声にも俺と蓮の会話にも気づかずに熟睡している。
『嫌だ、お父さん!』
俺の右手から晴馬の泣き叫ぶ声がした。俺はびっくりして、晴馬の火の玉を両手で潰さないように優しく包んだ。
「おい、大丈夫か、晴馬、おい」
俺の両手の中で、晴馬が泣きながら震えている。

『そんなもの、口に入れたくないよ…』

口に入れる…?
何を…。

『お父さん、どうしてそんなことするの?』

晴馬の息遣いも激しくなってきた。
生前の記憶か?それにしては、あまりにも悪夢のようではないか…?

『触らないで…嫌…だ…』

晴馬の震えが激しくなってきた。俺は晴馬を安心させようと、右手の人差し指で晴馬の火の玉を撫でた。
その瞬間。

『僕達は…お父さんの売春婦じゃない…』


まさか。

俺は自分の耳を疑った。
まさか、晴馬と悠馬の父親は、二人を自分の性欲の処理に…?
晴馬は…父親の何を無理やり口に入れられたのだろうか。

俺の頭の中に嫌な映像が流れる。

どうして、こんな無邪気な子供相手にそんな下品で卑劣な行為が出来る。
俺だって男だ。性欲がないわけではない。

だからといって…許される行為ではない!

「晴馬、俺だ。ウルフだ。お前のお父さんはいない。安心しろ」
俺は他の皆が起きない程度の声量で、晴馬に一生懸命声をかけた。晴馬の悪夢に、俺の声が届くことを願って。
蓮も俺と同じように、悠馬に声を掛けていた。

5分くらいして、晴馬と悠馬は泣き止んで、安心したのか柔らかい色の光を放ちながら再び眠りについたようだ。
「ウルフ…」
蓮が俺の後ろから声を掛けてきた。
「なんだ」
俺は晴馬をそっと枕に置いて、自分の布団を晴馬の火の玉にかけた。
「…やっぱ、何でもない」
俺の後ろで蓮が寝がえりを打つ音が聞こえた。

俺の頭が、心が混乱している。
こいつらの生前は、果たして俺が推測してしまったものなのだろうか。
晴馬と悠馬の父親に対する怒りと軽蔑。
自分の父親が、自分のことを愛してくれて良かったという感謝と安堵。
晴馬と悠馬は、今度こそは幸せな人生を送れるようにという切実な願いと祈りの感情。

様々な思いが交錯する。

パレットの上で、赤や青や緑や黄色や、色々な色をごちゃ混ぜにして、汚い色を作った時のよう。
蓮が、それらを上手く言語化出来なかったのも納得だ。

「ウルフ…おやすみ」
蓮が俺に背を向けたまま、低い声でおやすみと言った。
「…おやすみ」
俺の枕元から、晴馬の寝息が聞こえてくる。

神様、閻魔様。

どうか。

この子らにこれ以上の絶望を与えないでください。


俺は届くかどうかも分からない願いを胸に、そっと両目を閉じた。


『起きて起きて起ーきーてー!』
お腹の上で3つのボールみたいな何かが跳ねる感触。
『朝だよ!』
ゆっくりと両目を開くと、お腹の上に、圭吾と晴馬と悠馬の3人の火の玉がポヨンポヨンと飛び跳ねている。俺が一番遅くまで寝ていたようで、他の皆は寝間着から見たことのない浴衣のようなものを着て暇を潰している。
「晴馬…悠馬…」
2人は昨晩の夢の記憶を完全に忘れてしまったようで、俺に早く起きろと急かす。晴馬が俺の掛布団を小さな体で引き剥がし、悠馬が圭吾と力を合わせて俺の腕を引っ張って俺を布団の上に座らせた。桜大が、蓮たちと同じ浴衣を持って飛んできて俺の前に置いた。
『中村のオッサンが用意してくれた』
浅葱色の薄い上質な生地。金色の細い糸が袖口に編み込まれている。

ピンポンパンポーン。
『起床時刻です。身支度をして食堂に向かってください』

圭吾によれば、毎日この放送が鳴った30分後に朝食の時間になるという。俺は寝ぐせで爆発したような髪の毛を軽く治して、桜大が持ってきてくれた浴衣に着替えた。

『ねえねえ』
食堂に向かう途中、晴馬と悠馬が俺の肩の上に小鳥みたいに乗ってきた。
『ウルフのお父さんは、どんな人なの?』

え…。

俺は思わず立ち止まってしまって、すぐ後ろを歩いていたバットが俺の背中に激突した。

答えて良いのだろうか。
晴馬と悠馬は、自分の父親の記憶を忘れられずにいるのだろうか。

昨晩の記憶があるのだろうか。

『ねえってば』
2人は肩の上から無邪気に俺を急かす。食堂の方から、ガヤガヤと火の玉たちの話声が段々と近づいてくる。
「俺の父親は…」

俺の父親は、高校二年生の時に当時中学三年生だった母を妊娠させてしまった。
その子供が俺だ。
俺の父親と母親は、近所に住んでいた幼馴染だったそうだ。
それが、何時しか友情から恋心に変わってしまった。
母は、親や学校の友人からの視線に耐えられず、妊娠半年の時に、俺を道連れに自殺しようとしたらしい。人が誰も通らないような真夜中に、母は橋から身を投げようとした。右手には、家の台所から持ってきたナイフを持って。確実に、死ねるように。
父は毎晩、母の様子を確認するため、バイト終わりに母の実家に行っていたそうだ。
でも、母の姿がない。
父は、嫌な予感がして、橋に全速力で向かった。
その橋は、父と母が初めて愛の言葉を交わし合い、口づけをした場所だったからだ。
あの時俺の父が母を止めてくれなかったら。
俺は生まれて小学校の高学年で子供の作り方を理科の授業で習うまで、自分が生まれるまでの壮絶な物語を全く知らなかった。父も母も俺に語らなかった。今はもう別れたが、俺が中学1年生で初めて彼女が出来た時、父は初めて俺に語った。自分と同じ間違いを犯さないようにと。
時には面白くて、優しいけど、怒ると母も震えあがるくらいに怖い俺の父親。
大喧嘩して、父に大嫌いだと叫んだことも昔には何度もあった。

だけど、俺の父親は、誰よりも愛情深い人だ。

「俺のお父さんは…良い人だよ」
何だか照れくさかった。晴馬と悠馬は、ふうんと適当に返事をして、食堂の中に入っていった。

その日の朝食のメニューは、牛乳と白米、味噌汁に焼鮭。昨晩と同じように、火の玉が祈るように光始めると、食べ物がスッと消えていく。
「おい、また亀みたいだって言われるぞ」
俺たちは今度は火の玉たちの食事風景に見惚れることはせず、早めに食べ始めた。
「なあ」
俺の横に座っていた一裕が焼鮭を噛みながら俺に尋ねてきた。一裕の視線は、向かい側にいる彗星に注がれている。
「俺たちの息子はどこにいるんだろう」

俺たちは昨晩この合宿所に来てから、中村が慌てて楓のところにいくのを一度も見ていない。
「あの」
中村が丁度いいタイミングで、俺たちの横を通りかかった。
『如何なさいましたか』
中村は赤ちゃん用の食器をトレーに乗せてシンクに持っていく途中だったようだ。小さなスプーンと小さなお椀。拳一つも入りきらないほどの小さなお皿が、トレーの上でカチャっと音を立てた。
「楓ってどこにいます?」
俺の問いに中村は、一瞬だけ食堂の外に視線を向けた。その方向には、スタッフ室がある。
『私と一緒に過ごしていますよ。今は夜桜が楓くんを見ていてくれてます』
夜桜?
『昨晩、皆さんが入浴される前に寝間着を渡した狐です』
ああ、あの人か。人っていうか、狐だけど。
一裕が中村の腕を掴んでいる。
「あ、すみません…」
無意識だったようで、一裕は気まずそうに腕を掴んでいた手を離した。彗星も楓の名前が聞こえたのか、佳奈美さんの隣に座って牛乳をストローで吸いながら、一裕と中村に視線を向けている。
『今しばらくお待ちくださいませ』
中村が一裕の左耳に口を近づけて言った。
『楓くんは、毎日12時になると、決まって上機嫌になります。そのタイミングで、一度皆さんに会わせようと思います』
楓の精神状態には、波があるようだ。
「…わかりました」
一裕は口の中から箸で鮭の細長い骨を出して、皿の端っこに置いた。

『ごちそうさまでした!』
食後の挨拶を終えると、火の玉たちが食堂からワチャワチャと騒ぎながら出ていく。一裕は食堂を出てからも、しきりに楓がいるスタッフ室の方を気にしている。彗星も一裕の腕をギュッと強く掴んで、2人で立ち止まって楓のいる方向を見つめている。
「大丈夫だよ」
佳奈美さんが彗星の背中をポンと優しく叩いた。佳奈美さんの瞳の色が、黒よりも濃いピンクの方が多くなっている。
「だと良いんだけど…」
彗星の声は、昨日よりも更に低くなっている。昨晩も楓の精神状態が不安定になったのだろうか。佳奈美さんと彗星の異変が進んでいる。
「あの…」
一裕がオドオドした様子で彗星に声を掛けた。
「心配だったんだけど…あの…その…翠ちゃんって、今男の身体だろ?お風呂とか大丈夫だった?トイレ、手伝ってあげようk…」
「一裕さんの変態!」
彗星が勢いよく一裕を平手打ちした。男子の火の玉たちが、一連の流れにゲラゲラと笑っている。
「いってえぇ…」
一裕は真っ赤になった頬を手で覆いながらも、満更でもない表情で彗星を見ている。
「一裕さん…」
彗星の顔が真っ赤だ。硬く握りしめた拳がブルブルで震えている。
「どうしても私の裸が見たいなら、あと5年は我慢しなさい!」
彗星は低い声で一裕の耳に向かって怒鳴ると、佳奈美さんの手を引いて女子の部屋ゾーンに走っていった。
『変態!』
『へんたーい!』
佳奈美さんたちの後をフヨフヨと飛んでいく女子の火の玉からも変態だと連呼されて、一裕は顔を真っ赤にして床に蹲っている。
「トイレを手伝うなんてことは言っちゃダメだろ」
蓮が呆れた表情を顔に浮かべて、蓮に手を差し伸べて立ち上がらせた。
「俺…将来…翠ちゃんの…はだk…」
一裕は何を思い浮かべているのか、顔を梅干しみたいに真っ赤にして俯いている。
「あほ」
サファイヤは誰かの心の中を読み取る能力がある。一裕の頭の中は今、恐らくお花畑だ。サファイヤは一裕の額に、ペシッと軽くしっぺをした。
「一裕、頼むよ」
俺は一裕の背中を右手で勢いよく叩いた。バシンと気持ちいいくらいに大きな音が通路に響く。一裕と彗星には、若かりし頃の父と母と同じ過ちを繰り返してほしくない。
「ビデオで我慢しろ」
俺の後ろにいた峻兄さんが俺の口を突然塞いだ。
『何のビデオを見るの?』
晴馬たち火の玉が、俺の腰のあたりを浮かんでいる。しまった。こいつら、子供だ。俺はなんてことを。
『俺たちもそのビデオ見てもいい?』
「駄目だ!」
火の玉たちは、俺たちに怒鳴られると、ワーッと言いながら部屋に逃げていった。

部屋に戻ったのは8時頃。
中村が言うには、昨日俺達がいた場所は魂の転生受付所で、子供たちの火の玉の学校がすぐ隣に併設されている。そこで火の玉たちは、本来生者の世界で学ぶはずだったことや、今度生まれ変わるのに備えて、生者の世界の予習をするそうだ。
始業時刻は、一般的な小学校よりも随分と遅く、9時。あと1時間もある。
『ウルフ~手伝って~』
部屋で算数の宿題をしていた晴馬と悠馬が俺の腕を引っ張って、大きな窓の近くに置かれた椅子に俺を座らせた。
『あと30分で仕上げないといけないんだよ~』
圭吾と桜大は宿題を既に済ませたようで、合宿所を出るまでの30分間、違う部屋の火の玉たちと遊んでくると言って出て行った。晴馬と悠馬は目の前に置かれた10枚のプリントの周りをグルグルと飛んで回り、俺と蓮に教えろ教えろとせがんでくる。

19+17-2×32+(100÷25)=□

一枚目のプリントの一行目に印字された計算式を見て、小学生にはレベルが高いのではないかと思ったが、正直高校生にもなればこの程度の計算で苦しんでいれば学校の勉強についていけない。この二人が生まれ変わるまで後何年、この死者の世界にいるのかは分からないが、こいつらが小学校の低学年くらいだとすれば、あと10年足らずで勉強内容はもっと難しくなる。

『お願い~教えて~』
『答え教えて~』
晴馬と悠馬が、俺と蓮の頭の周りをグルグルと回る。俺は全部でどれくらいの計算をしないといけないのかを確認するために、テーブルに置かれた10枚のプリントにザっと目を通してみた。
一問あたり…3秒?!
無茶な!
「おい、お前ら。今度からは自分で宿題やれよ。今回は特別だ」
俺は晴馬の、蓮は悠馬の隣に座って、息継ぎをするのも忘れるくらいの速さで答えを言っていく。こんなに切羽詰まった状況で計算をしたことなど、今までにあっただろうか。部屋の時計の針は、急ぐ俺たちを横目に無情に時を進めていく。
「がーんばれ~」
横からバットが応援する気など鼻から無いのが丸わかりの声援を送ってくる。
『ウルフ、これって何の倍数?!』
「ええっと、ええっと…17!」

ピンポンパンポーン
『あと五分で登校時間です。各自部屋に戻り、登校の準備をして下さい』

中村の声でアナウンスが入った。
『終わった…』
晴馬と悠馬がグッタリとした様子で、鉛筆を置いて机の上に身を委ねている。久々に声を出し過ぎてしまって、声が枯れている。俺は部屋を出て、通路に置かれたウォーターサーバーの冷水を一口含んだ。

ここって、本当に死者の世界だろうか。

火の玉たちが、ワチャワチャと部屋に戻り、部屋の中から各自小さな手提げかばんを持って部屋から出てきている。
『生きてる人、おはよう!』
『おはよう!』
小さな火の玉たちが、俺の足元をチョコチョコと通っていく。
『ウルフさん』
中村が、学校の先生がよく首から下げているのと同じような笛を首から下げて俺の方に歩いてきた。
カコン
俺は空になった紙コップを、ウォーターサーバーの横に置かれたゴミ箱に投げ入れた。
『今から子供たちが徒歩で学校に向かうのですが、皆さまはどうなさいますか?学校までは徒歩15分ですが…』
徒歩15分。それくらいなら、小学校時代の俺も歩いてきた。それに、火の玉たちの登校風景をしっかりと見ておきたい。俺が将来死んで死者の世界に戻ってきたとしても、今火の玉として存在している子供達は、転生してしまっているかもしれない。晴馬と悠馬に会えるのも、俺たちが死者の世界から生者の世界に戻るまでの時間しかないかもしれない。
「俺たちも子供らと一緒に歩いていきます」
中村は承知いたしましたと言って、俺たちの部屋に行くと、部屋にいた他のメンバーを合宿所の出口まで案内し始めた。
「あ、蓮くん」
俺達が中村を先頭に、4人の火の玉たちと一緒に合宿所のエントランスに向かっていたとき、女子陣が夜桜に導かれて俺達の向かい側からやって来た。濃いピンク色の瞳を持った佳奈美さんが、俺の後ろにいる蓮に気が付いた。
「やっほ」
佳奈美さんがニコッと笑って、蓮に小さく手を振った。笑った口から、真っ白な犬歯がキラリと光って見えた。
「かわ…いい…か…も」
振り向くと、佳奈美さんを見ている蓮の両目がハート形になっていた。蓮はどうやら小悪魔的な女子に弱いらしい。

『皆さん、体調は大丈夫ですかー?』
『はああい!』
千を超えるだろう色とりどりの火の玉の前で、中村が火の玉の点呼を始めた。俺の隣に立っている蓮は、ボーっと佳奈美さんに見惚れている。佳奈美さんは彗星やりこたちとのお喋りに夢中で、蓮の視線に気が付かない。
「あ…」
彗星が一裕の視線に気が付いた。一裕は蓮の後ろに隠れるようにして、ずっと彗星を見つめていた。彗星は一瞬一裕に手を振りかけたが、昨日の「トイレ手伝ってあげようか」騒動を思い出したようで、フンッと口を尖らせてそっぽ向いた。
『皆さん、点呼が完了しました。準備は出来てますかー?』
『はああい!』
火の玉たちは、そんなに叫ばなくても良いのにと思うくらいの声量で元気よく返事をする。
火の玉たちが中村を先頭に、3列に分かれて並んだ。小学校に入学する前の火の玉たちと、小学校低学年の火の玉たちと、高学年の火の玉たちだ。りこは佳奈美さんと彗星を連れて低学年の列に並んだ。俺達は高学年の列。若い魂が先頭だ。中村の背中におんぶをしてもらっているように引っ付いている火の玉の1つが、元気よく叫んだ。
『しゅっぱーつ!』
それが合図なのだろう。他の火の玉たちから、一斉に息を吸う音が聞こえた。
『しーんこーう!』
高校生と大学生の俺たちは、一緒に叫ぶのが恥ずかしくて黙っていた。俺の肩の上に乗っていた晴馬と悠馬が思い切り叫ぶものだから、鼓膜が破れるかと思った。

合宿所を出ると、右手に三途の川の支流らしき幅の狭い川が流れている。中村と夜桜が、火の玉たちがその川に近付かないよう見張っている。
「なあなあ」
俺はズボンのポケットに入っている圭吾に、火の玉も川に溺れたら危ないのか尋ねた。
『死にはしないよ。でも、そのまま流されて三途の川まで行ってしまうと危ないんだ』
圭吾がポケットから出ると、俺の服の皺を使ってよじ登ってきて、左肩に晴馬と並んでチョコンと座った。
『三途の川は琵琶湖みたいに大きいから、探してもらうとなると大変なんだよ』
俺は遥か遠くに薄っすらと見える三途の川に視線を向けた。なるほど。圭吾の言う通りだ。川幅が広すぎて、向こう岸が見えない。人が2人乗れるか乗れないかの小舟が何隻かこちらに向かってやって来るのが見える。
『着いたよ!』
俺は悠馬の声にハッと我に返った。昨日俺達がいた建物の隣に、3階建ての校舎がある。白に僅かなグレーが混ざった色の壁に、薄い水色のサッシの窓がズラリと並んでいる。窓の中から教室の黒板が見えた。
『では、各自教室に分かれてください!何かあれば、すぐに転生受付所まで来るように!』
大量の火の玉が、チョコチョコと門から校舎に入っていく。
中村は火の玉たちが全員校舎内に入ったのを見届けると、一裕と彗星に近付いた。
『楓くんも、他の子どもたちと一緒に今から授業を受けます。どうされますか』
中村が言うには、楓は桜大、晴馬と同じクラスだそうだ。中村は予め学校の先生と連絡を取って、俺達が学校の授業に参加する許可を貰っておいてくれたのだ。一裕と彗星は顔を見合わせて頷くと、楓と一緒に授業を受けさせてくれと中村に頼んだ。
『畏まりました。こちらです』
中村が俺達を、楓のいるクラスに案内し始めた。
『すみません。生者の方の人数が多すぎると、子供たちが集中出来ないといけませんので、いくつかのグループに分かれて頂いてもよろしいでしょうか』
使われていない下駄箱を通り過ぎて渡り廊下に差し掛かったとき、中村がクルリと振り向いて俺達にそう頼んできた。
「えっと、じゃあ…」
楓のクラスには一裕と彗星、そして俺。
悠馬のクラスに蓮とサファイヤ、そしてバット。
圭吾のクラスにエメラルドと峻兄さん。
りこのクラスには佳奈美さんが行くことになった。
俺達は楓のいる教室の扉の前まで着た。教室の中から、火の玉たちの話し声がガヤガヤと聞こえてくる。

俺は楓とは初対面。
夢の中の泣き声しか知らない少年に、俺は今から会う。

ガラガラ…

一裕が教室の後ろの開けた音が廊下に響いた。
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2025/07/25 15:19

花火
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