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狭間に生きる僕ら

#60

こどもたち(1)

俺達は圭吾と桜大に手を引っ張られて、食堂に連れて行かれた。
五百人は余裕で入れそうな程に広い食堂。火の玉たちが蛍みたいに輝きながら飛び回っている。食堂の窓から、佳奈美さんと彗星が、りこを含めた火の玉3つと並んで先についているのが見える。
俺が食堂の扉を開くと、中から美味しそうなカレーの香りが漂ってきて、俺の全身を包んだ。
『あ、すみません、お呼びにいけなくて…こら、そこ、危ない!』
中村が丈の短いエプロンを着けて、皿に真っ白な白米を盛り付けながら、カレーが入った鍋の近くで暴れていた火の玉たち3人を叱った。中村の隣に立っている、顔に狐のお面を付けた女性が、中村の盛り付けたご飯の上にカレーを丁寧にかけていく。要するに、ごく普通の給食スタイル。
俺は桜大たちに皿やトレー、お手拭きが何処にあるのかを教えてもらいながら列に並んだ。
『生きてる人、後で遊ぼう?』
あちらこちらから、列に並んでいる火の玉や既に席に付いている火の玉たちから後で遊んでくれとせがまれる。
「わかったから、わかったから」
俺は水の入ったコップを零さないように気を付けながら、列を進んだ。

そう言えば…
火の玉なのに、どうやってトレーを運んだりするのだろう。
火の玉なのに、どうやって食事をするのだろう。

最後尾に並んでいた峻兄さんがカレーを盛り付けてもらって席に付いた時、中村がエプロンを脱いで、食堂の入り口の近くにあるマイクを手に持った。
『手を合わせましょう』
『合わせました!』
火の玉たちが元気よく中村にならって手を合わせた…音がした。
というのも、火の玉たちは人間姿ではないから、実際に手を合わせているわけではないが、中村が呼びかけた後に全部の火の玉からパンっと揃った音がしたのだ。
『いただきます』
『いただきます!!』

懐かしい。
小学生時代に、嫌と言うほど毎日やってきたことが、今となっては胸の奥がジンと温かくなる。

「お前らって、どうやって食事するの?見たところ手も口もないけど」
バットが最初の一口を飲み込んだ後、隣に座っていた晴馬に尋ねた。
『こうだよ』
晴馬の火の玉が優しい光に輝いた。

ポゥ…

晴馬に続いて、食堂にいる全ての火の玉が輝き始めた。

「あ…」
蓮の隣に座っていた佳奈美さんが、小さく息を吸って、圭吾とりこの前に置かれたカレーを見つめている。
「消えていく…」

火の玉たちの前に置かれたカレーは、火の玉の光が定期的に明るく光るたびに、蒸発するように少しずつ消えていく。

『生きてる人、食べるの遅!』
『おっそー』
『亀さんみたい』

「え…あ…え…?」
俺たち生者は、火の玉の光が綺麗すぎたのと、カレーが消えていくのが信じられなくて、カレーを一口も食べずに見守っていた。俺の隣でバットがハアハアと息をしている。息をするのも忘れるほどの光景。
「何で食べ物が消えていったの?」
彗星が隣で暇を持て余していた火の玉の1つに尋ねた。
『食べ物にね、ありがとうって言うと、食べ物がね、うん良いよって言うの』

ありがとう。

俺は今までに、本気で食べ物に感謝をしたことがあっただろうか。
単純にマナーだからという理由で、俺は今まで手を合わせていただきますをしてきたのではないだろうか。

『食べ物さんはね、痛かったよー、怖かったよーって泣くの』
俺は自分のスプーンに乗った牛肉に視線を落とした。小さなこのスプーンの上に、1つの命が殺されたという重い事実が乗っている。
『だからね、ありがとうって言って、食べ物さんの命を成仏させてあげるの……早く食べろって!遊ぶ時間なくなる!!』
折角しみじみとした気持ちで晴馬の話を聞いていたのに、俺たちは早く食べろと急かされた。
「待てってば。急いで食ったら、本当に俺たち死んじゃうもん」
一裕のスプーンの上に、火の玉たちが人参や牛肉を乗り切らないほど乗せて、一裕の口に押し込もうとする。一裕は、スプーンから具材を少し減らしては食べるの攻防戦を繰り返している。

40分くらい経って、佳奈美さんがやっとこさカレーを食べ終わった。佳奈美さんは、吸血鬼特有の鋭い犬歯で噛んでいる時に口の中を怪我することが怖くて、食べるスピードが人間だった時よりも遅くなったのだ。中村は佳奈美さんがカレーを食べ終わったのを確認すると、再びマイクを手に持った。
『手を合わせましょう』
『合わせました!』
俺も胸の前で手をしっかりと合わせた。
俺はいったい、今回だけで、どれだけの命を頂いたのだろうか。
『ご馳走様でした!!』

俺が食べた命は、成仏してくれただろうか。

俺は皆に1テンポ遅れてご馳走様を言った。

『ねえねえねえ』
『遊ぼうよ』
夕飯を食べ終えて部屋に戻ると、早速大量の火の玉たちが部屋に集結してきた。

ピンポンパンポーン
『後60分でお風呂の時間です。繰り返します…』
俺は腕時計で時刻を確認した。
午後8時。
お風呂は午後9時からか。
火の玉たちは畳に腰を降ろした俺たちの周りを、円を組んでピョンピョンと跳ねる。さて、何して遊ぶべきか。
『折角なら、俺たちにしか与えられない経験を与えよう』
エメラルドが、半開きになっていた部屋の扉を閉めて戻って来た。

エメラルドは狼男。
サファイヤは首長竜。
そうか、こいつらなら火の玉たちが何度生まれ変わっても生者の世界では経験できないような体験を与えられる。

火の玉たちが、ワクワクとした感じで俺たちの周りをグルグルと回り始めた。
『ねえねえ』
晴馬がチョコチョコと俺の太腿によじ登ってきた。
『向こうの話をしてよ』
向こうの話…?
ああ、生者の世界ってことか。
『教えて教えて』
晴馬に続いてマシュマロサイズの火の玉たちが俺の身体によじ登ってくる。
『中学校って、どんな場所?』
『高校ってどんな感じ?』
晴馬と悠馬の言葉に、一裕と蓮が、ほぼ同時に苦しそうな顔をして下唇を噛んだ。

この子たちは、その年齢に達するまでに亡くなってしまったから…。
俺達は日々、小テストや定期考査に苦しみ、時には先生の愚痴も言い合っている。明日も当然やって来ると思い込んでいる。
それが、どれだけ幸せなことか。

「修学旅行っていうのがあってな」
峻兄さんが、百人くらいの火の玉を前に、小学校、中学校、高校の修学旅行の思い出話をしていった。
「東大寺の大仏っていうデッカい仏像があるんだ」
蓮が、両腕を大きく広げて火の玉たちに見せた。
『どのくらい大きい?』
火の玉は俺達の前にチョコチョコと並んでいる。ちょうど、マシュマロくらいの大きさ。
「君達から見た俺らくらい」
蓮の例えは少々大袈裟すぎる気もしたが、実際それくらい大きく感じたのを思い出した。
「お前らは中学の修学旅行どこだった」
「広島と愛媛と大阪を三泊四日で回りました」
「俺は九州を縦断や」
「高校は沖縄だったな」
俺達が修学旅行でどこに行ったのかを話している時、俺はエメラルドとサファイヤの視線に気が付いた。2人とも、羨ましそうな表情で峻兄さんの思い出話を聞いている。そうだった。こいつらは人間じゃないから、修学旅行という文化を知らないんだ。峻兄さんが、2人の視線に気が付いた。
「…だから、いつか皆で旅行しよう。君達も生まれ変わったら存分に楽しんで来い」

ピンポンパンポーン
『お風呂の時間です。お風呂の時間です。各自、銭湯に向かって下さい』

放送が鳴って、火の玉たちがエメラルドとサファイヤを連れて廊下に出ると、角を曲がった所にある階段を降りていく。
「あ、蓮くん」
佳奈美さんたちも火の玉に囲まれながら銭湯に向かっている途中だった。俺達が女子風呂と男子風呂に分かれる通路に差し掛かった時、後ろからトコトコと軽い足取りで誰かが走ってくるのが聞こえた。
『あの、こちらをどうぞ!』
佳奈美さんと彗星の声を足して2で割ったような、低くもなく高くもない声。その声の主は、さっき食堂で俺達にカレーを盛り付けてくれた、狐の仮面を被った女性だった。俺よりも頭一個分小さい。
『生者の方々には、こちらをご用意しております』
そう言って彼女は、両手に持っていた寝間着とタオルを俺達に一人ずつ渡していった。絹でできたような滑らかな触り心地の、紺色の浴衣みたいな和風パジャマ。
彼女は、女子風呂に向かおうとする佳奈美さんたちを呼び止めて、色違いの薄ピンク色の寝間着を渡していた。
『失礼しました』
彼女はそう言って、俺達に深々と礼をすると、クルリと振り向いて走り去っていった。
「なあ、あれって…」
バットが彼女のお尻を指差した。バットは何度も瞬きをして、自分の目に映る物を確認している。
「狐…?」
一裕の視線の先。彼女のお尻から生えた真っ白な尻尾がユラユラと揺れている。
「あの!」
蓮が寝間着とタオルを両手に持ったまま、走り去っていく彼女の後ろ姿に声を掛けた。
『はい!』
彼女は、10mくらい先で振り向いた。陶器で出来たような真っ白なお面に、鋭く狐の両目の絵が描かれている。
「狐…ですか?」
蓮が少し震える声で、遠く離れたところにいる彼女に尋ねた。
『ええ、左様です』
彼女は少し首を傾けてフフッと妖艶に笑った。
『それでは』
彼女はペコリと頭を下げると、再び俺達に背中を向けて走って行った。彼女が通路の奥にある角を曲がって彼女の姿が見えなくなった後も、彼女のタッタッタッと軽い足取りで走っていく音だけが廊下に響いて聞こえてきた。
「おーい」
振り返ると、他の皆が既に素っ裸になって大事なところだけタオルで隠して俺を待っていた。扉の向こうから、お湯が跳ねる音と火の玉たちの騒ぐ声が聞こえてくる。

ザッパーン!

俺が服を脱いで扉を開けたのと同時に、俺は全身に熱いお湯を浴びた。サファイヤが浴槽の中でミニサイズのネッシー姿になっていたのだ。火の玉たちは、目の前に本物の首長竜がいることに興奮を隠せないでいる。
『乗せて、乗せて』
大量の火の玉が我先にとサファイヤの背中に乗っていく。
「はいはい、順番」
サファイヤは、滑らかな曲線状の大きな背中に半分くらいの火の玉を乗せて、広い浴槽の中をグルリと一周泳いだ。残りの半分は、待ち遠しそうに湯船の中をプカプカと浮かんでいる。エメラルドは部屋で火の玉たちと遊び疲れたのか、人間姿で湯船に浸かりながらウトウトとしている。
『うわー!!』
子供たちのはしゃぐ声が反響する。
サファイヤが泳ぐたびに、背中に乗った火の玉たちが、不安定にグラグラと揺れる。
「この子らからしたら、生きたアトラクションなんだな」
先に湯船から出て髪を洗っていたバットの声が後ろから響いて聞こえた。お湯の温かさが爪先から足首、ふくらはぎ、太腿、と順番に身体を包んでいく。
「お前、さっきからやめろって!」
折角温かいお風呂を堪能したいのに、バットが俺の後頭部にシャワーで冷水をかけて悪戯してくる。その間、峻兄さんと蓮、一裕の3人は、髪や身体を黙々と洗っていた。
「そろそろ出ようかね」
サファイヤは全部の火の玉を背中に乗せてあげると、湯船から首長竜のまま這い上がってきた。火の玉たちが、チョコチョコとアヒルの子みたいにサファイヤの後を付いて歩く。サファイヤは湯船から上がって扉の前まで行くと、シュルンと人間姿に戻った。サファイヤの肌は不思議と少しも濡れていない。
「俺は水生動物だから、撥水加工されてるのさ」
サファイヤは、足元で騒ぐ火の玉たちと一緒に扉を開けて出ていった。外からドライヤーの音がする。バットと峻兄さんは、既に上がっていたのだ。
エメラルドは湯船にいた時は人間姿だったのに、湯船から出ると狼男姿になった。銀色と緑色の混ざった獣毛が、お湯で濡れている。エメラルドが鉤爪の生えた両足で扉の前まで歩いていく。ペタペタと、足の裏と濡れたタイルがぶつかる音がする。
「お前ら、少し離れてろ」
蓮と一裕がエメラルドのすぐ後ろについて、エメラルドが扉を開けて出るのを待っていた時、エメラルドは後ろにいる2人に気が付いて、2人を自分の半径数mの範囲内から追い出した。

あ、わかったぞ。

俺はシャワー台の椅子に腰掛けて、これから起こることを見守ることにした。蓮と一裕は素っ裸のまま、素っ裸のエメラルドを不思議そうな表情で見つめている。

教えてやろうかな。

俺がそう思った途端、エメラルドは犬みたいに全身を勢い良く振って水を四方八方に飛び散らせた。俺は昔、家で犬を飼っていたから、水の飛散攻撃をよく知っているのだ。それで何度服をずぶ濡れにされて着替えたことか。

「身体を拭く前で良かったわ」
蓮と一裕は、顔に飛び散った水滴を腕で拭いながら、エメラルドの後について扉を開けて出ていった。外からの冷たい扇風機の風が、ブゥンという音とともに浴室内に流れ込んできて、俺の身体を撫でていく。
『ウルフ、早く行こうよ』
扉から圭吾の火の玉がヒョコッと現れた。その後ろには、晴馬も悠馬も俺を待ってフヨフヨと浮かんでいる。俺は濡れたタオルをきつく絞って、それで身体を拭いてから、浴室を出た。
他の皆は既に寝間着を着て、俺を待っていた。俺の髪の毛から水滴が一滴床にポタリと落ちた音がした。
「ごめん、急ぐわ」
俺は適当に身体と髪をタオルで拭いて、寝間着を着た。ひんやりとした触り心地の良い生地。ラメが入ったようなグレーの細い糸が脇腹から背中にかけて編み込まれている。寝間着を羽織った時、何となく夏の涼しい香りがした気がした。

『ねえねえ、話の続きしてよ』
部屋に戻った後も、火の玉たちは熱った身体に飛び付いてきた。晴馬が右腕に、悠馬が左腕にしがみついている。俺は身体に引っ付いている火の玉たちが落ちないように気を付けて、そっと畳に置かれた座布団に腰を降ろした。蓮と一裕は恋人の時間を過ごすために、それぞれ佳奈美さんと彗星に逢いに行った。万が一のことが起きないように、峻兄さんは蓮と佳奈美さんの、エメラルドは一裕と彗星を監視するためについて行った。バットは、男子だけズルいから一人くらい寄越せということで、大量の女子の火の玉に何処かに連れて行かれた。だから、部屋には大量の火の玉たちを除いては、俺とサファイヤの2人だけだ。

修学旅行の話はした。他に何か面白い話題はないだろうか。出来れば生まれ変わるのを楽しみに出来るような話が良い。
俺は今までの過去を振り返った。
何の変哲もない人生。
ただ…俺が龍獅国の龍隊に所属して処刑された後、吸血鬼として転生したという事実を除けばだが。
俺は風呂から出て部屋に戻る途中で、尿意もないのにトイレに寄った。吸血鬼に変身できるか、コウモリに変身できるかを試すためだ。だが、結局は失敗に終わった。
俺はエメラルドと違って、吸血鬼ではあるが地球人だ。記憶奪取・改竄能力に免疫がない。恐らく、俺の身体もバットの身体も、楓に記憶を変えられたままなのだ。
俺が吸血鬼に変身できれば、この子らを喜ばせられるのだろうが。

あ…そうだ。

「おい、サファイヤ」
サファイヤは先に布団を押し入れから出して、その上に横たわっていた。両目を左腕で覆っている。サファイヤが両目を腕で覆ったまま、なに、と返事した。
「お前、龍獅国の記憶を読んだことがあるだろ」
俺の肩の上に乗っていた圭吾の火の玉が、緑色に眩しく光り始めた。
『そこ、僕が前世でいたところなんだよ』
火の玉たちが俺の肩に集まってきて、圭吾から龍獅国の話をいろいろ聞き出そうとしている。圭吾は、ドラゴンを生で見たと自慢気に話しているが、百聞は一見にしかず。サファイヤの、記憶を人に見せられる能力を使って、火の玉たちにドラゴンを見せてあげたい。
サファイヤは、暫くの間じっと黙っていた。
「…じゃあ、ドラゴンのところだけね」
「ああ、助かる」
龍獅国での記憶は、リオンドールやクランシーの過去、メイプル第一王女の惨殺、圭吾の自決、俺とバットの処刑というように、かなり血なまぐさいものばかりだ。子供たちに見せるわけにはいかない。
『待って、他の皆も連れてくる!』
ただでさえ、200個を超える火の玉で部屋が窮屈なのに、晴馬と悠馬が女子も連れてくると言って呼びに行った。

数分後。
扉の外から大量の幼い女子の声が聞こえてきたと思ったら、部屋の扉がバンっと勢い良く開いて、色とりどりの火の玉が晴馬と悠馬に導かれてガヤガヤとなだれ込んできた。
蓮たちの姿はない。晴馬に聞くと、もう暫く恋人の時間を楽しみたいからと言っていたそうだ。
『早くドラゴン見せて!』
『見せて!見せて!』
500は超える火の玉が、布団に横たわっているサファイヤの身体によじ登り、お腹の上をトランポリンみたいにして跳ね始めた。お腹がくすぐったいようで、サファイヤは何度かフフッと笑うと、大量の火の玉たちに目を瞑るように伝えた。とても静かで、海の底から聞こえてきそうな深いのに、何処か透き通った声で。1秒前まで騒いでいた火の玉たちも、サファイヤの声を聞くと、シンと静まり返った。サファイヤの透き通った水色の瞳が2つ、部屋にいる一つ一つの火の玉を確認するように丁寧に見ていく。サファイヤが俺を見てウインクをした。お前も目を瞑れ。そう言っている気がして、俺も両目を閉じた。

バサッバサッ

懐かしい。
ドラゴンが羽ばたく音が聞こえてくる。
何処からともなく吹いた風で、俺の前髪がフワリと揺れた。
段々と記憶の映像が鮮明になってくる。
『うわあ…』
火の玉たちの感動したような声が部屋に響き渡った。
ルビーのように真っ赤な光り輝く鱗に覆われた5mくらいの龍が、雲一つない青空を低空飛行していった。それに続いて、漆黒の鱗に覆われた、瞳が銀色の10mくらいの龍が飛んでいく。
『本当のドラゴンだ!!』
悠馬と晴馬の興奮した声。

俺はこの光景に見覚えがある。
龍獅国では、野生か龍隊に所属するかを問わず、全ての龍が毎年決まった時期に、ある場所を目指して飛んでいくのだ。人間が訪れることは許されない、聖なる領域。

龍王様がお生まれになったと伝えられる洞窟だ。

『ねえねえねえ、本当にこんな世界だったの?!』
火の玉の1つが俺の太腿に飛び乗った感触。興奮しているようで、俺の太腿の上を何度も飛び跳ねる。
記憶の中。
色とりどりの巨大なドラゴンが、聖なる洞窟を目指して飛んでいく。
「これで驚いてたら、甘いよ」

もうすぐで来るはずだ。
ドラゴン界にも人間と同じように年功序列がある。先頭を妖獣。その後に成獣が若い方が前になるように飛んでいく。

「もうすぐだよ」
俺達の真上を飛んでいくドラゴンのサイズが徐々に大きくなっていく。

今だ。

「10…9…8…」
俺はカウントダウンを始めた。火の玉たちは静かに、息を呑んで何かが現れるのを待つ。
「3…2…1…」

ゼロ。

頭上の太陽が何かに遮られる。
何かの影が俺達を包む。
何処までも透き通るような真っ白な鱗に覆われた巨大な何か。
歴戦の傷跡が、真っ白な身体の至る所に刻まれている。
100mを超える、巨大な何か。
月程度なら平気で鷲掴み出来るのではないかと思ってしまうくらいに、鋭い金色の鉤爪の付いた足を持つ何か。
太陽のような、燃えるようなオレンジ色の瞳を持った何か。
龍王様の生誕の地を目指していく。
『あれ…何?』
左手に乗っている悠馬が今更ながらちっぽけに感じる。

「龍獅国最高齢の龍だ」


『凄かった…』
最大の龍が飛び去った後、10分くらいの間、俺達は目を瞑ったままその余韻に浸っていた。
俺は何となく誰かの視線を感じて、目を開けて部屋の入り口を見た。
バットだ。
女子の火の玉たちに流されるようにして部屋に戻ってきたバットは、大量の火の玉で埋め尽くされた部屋からはみ出る感じで、龍獅国の記憶を見ている俺達を、何も言わずに見守っていたのだ。
「どうだった?」
バットは、足元の火の玉を踏まないように気を付けながら部屋に入ってきて、俺の隣に腰を降ろした。
『カッコよかった…』
元気だった火の玉たちは、嘘みたいに静かにドラゴンの記憶の余韻に浸っている。
「何だ?どういう状況だ」
蓮たちが部屋に戻ってきて、部屋に入れずにいる。改めて床を見てみると、火の玉の絨毯かと勘違いしてしまいそうなほどに火の玉が床を覆い尽くしている。壁、そして天井まで。色とりどりの火の玉が部屋中にいる。
『ちょっとちょっと』
そろそろ消灯時間だというので中村が部屋を見回りにやってきて、俺たちの部屋が火の玉の巣みたいになっていることに気が付いて、慌てて火の玉たちを部屋の外に出した。
『この子らがすみません』
「いや、全然」
中村が火の玉たちを外に出し終えた。中村が軽く一礼して部屋の扉を閉めた。
桜大が部屋の壁にある電気のスイッチに体当りすると、部屋の電気がフッと消えた。桜大、圭吾、晴馬、悠馬。4人の火の玉が、蛍のようだ。
俺達も押し入れから布団を出して寝ようとしたが、布団があと4枚しかなかった。
『じゃあさ、こうしようよ』
晴馬の提案で、合計5枚の布団を敷いて、まずは誰でも良いから生者がそこに寝る。そして、余った2人の生者は、何処かに無理やり入れてもらう。桜大たち火の玉は、一人だけで寝ている生者と同じ布団で寝ることになった。

『えへへ』
俺は晴馬と一緒に寝ることになった。枕元がちょうど良い感じのランプみたいに明るい。
『楽しかったよ。ありがとう』
晴馬の火の玉がフッと暗くなった。
寝たか。

色々なことが今までに起こってきたな。
最初は怖かったけど、案外そうでもないや。

皆の寝息がする。
俺は静かに目を閉じた。
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2025/07/24 19:05

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
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