文字サイズ変更

狭間に生きる僕ら

#57

親子(3)

車窓から見える景色が田舎から都市に変わった。俺達が住んでいる県の県庁所在地だ。屋上に登れば雲が掴めるのではないかと思うほど高い高層ビルが、いくつもそびえ立っている。そんなガラス張りの高層ビルが夕日に照らされてギラギラと眩しく反射している。
「そう言えば俺達、夜ご飯どうしようかね」
バットは俺とは反対側の窓側の席に座っている。バットの視線の先には、小洒落た居酒屋やレストランがポツポツと並んでいる。淡いオレンジ色の照明に、濃い目の紫の照明。店の入り口に取り付けられた大きなモニターに、期間限定のメニューがスライドショーみたいにいくつも紹介されている。

ヒマラヤ岩塩使用の海の幸パスタ。
ワイン香る、少し大人なビーフシチュー。
虹の誘い、濃度で色が変わるカクテルをご用意しております。
『貴方の大切なお時間に彩を』

そんなお洒落な言葉を遮るように、居酒屋のスピーカーから『今なら5000円でツマミ食べ放題!!』とオジサンが叫ぶのが聞こえた。少しは休みなよ、オッサン。叫ぶ声の所々が裏声になっている。

「皆、今のところ異変は大丈夫か」
峻兄さんが首を回して、俺達の様子を確認し始めた。
「俺達は大丈夫です」
峻兄さんは、首をぐっと上に伸ばして俺達の後ろに座っている佳奈美さんと彗星の様子も確かめようとしている。峻兄さんからは2人の姿が見えにくいだろう。
「君達も大丈夫?…あ」
俺は首を回して後ろの2人に様子を尋ねようとした。
「寝てるわ」
彗星と佳奈美さんは、お互いにもたれ合って気持ち良さそうに眠っている。彗星は塾でテストを受けてきたから疲れているのだろう。彗星の右手が鉛筆の粉で真っ黒に汚れている。佳奈美さんも、自分が突然吸血鬼になってしまって、さぞ衝撃を受けたのだろう。
俺はまず、彗星の喉を確認した。喉仏はない。完全に男の身体にはなっていない。彗星の太ももに、佳奈美さんの腕がダレンと乗っている。爪は伸びていない。爪の色も変化なし。佳奈美さんは、口を半開きにして眠っている。俺は佳奈美さんの口の中を覗き込んだ。犬歯の長さも鋭さも変化なし。眠っているから瞳の色までは分からないが、爪や犬歯に異変が生じていないことを考えると、佳奈美さんの吸血鬼化は、今のところ進んでいない。
「全員大丈夫です」
俺は佳奈美さんたちを起こさないように、峻兄さんに囁き声で伝えた。
『目的地まで、あと1時間半です』
車が都市を抜けて、吊り橋に差し掛かった時、車のナビがそう言った。俺が自分のスマホで時刻を確認してみると、アパートを出てから1時間が立っていた。午後6時。このまま順調に行けば、午後7時半には六道珍皇寺に行ける。閉業時刻を心配する必要は無さそうだ。
「運転手さん?」
ウトウトとしていたバットがふと何かに気付いて運転手さんに声を掛けた。
「運転…手…さ…」
バットは運転席に座っている運転手さんを見た途端、突然死んだように眠り始めた。首がガクンと下に項垂れている。

ガクン

ガクン

バットに続いて、俺以外の皆も全員、死んだように眠り始めた。
何だ。何が起きた。
「おい?お〜い?」
どんなに揺すっても一裕もバットも蓮も、誰も起きない。
「運転手さん、あの…」
俺は何だかトイレに行きたい気分でもあったから、運転手さんに声を掛けた。本当は我慢できる程度だったが、静まり返る車内にただ一人暇を潰すのが居心地悪かったからだ。
「運転手さん?」
運転手さんから返事がない。俺は運転席に顔を覗かせた。

え…?

運転席はもぬけの殻。確かに運転席には運転手さんが座っていたのに。この車は自動運転でもない。
運転席に誰も座っていないことに気が付いた途端、車窓から見える景色が真っ黒になった。突然夜になったよう。窓に俺の戸惑った顔が鏡のように反射して映っている。
「みんな…?」
何の音もない世界。
何の光もない世界。
峻兄さんのリュックの中で、桜大の火の玉がピンク色に淡く光っているのが見える。
『ウルフ』
リュックの中から、桜大が静かに話し始めた。
『大変なことになってるみたい。急行突破するよ』

これは…あの世とこの世の境目…?
六道珍皇寺は?
桜大は、わざわざ峻兄さんに連れて来られなくても、俺達をあの世に生きたまま連れていけるのか?
『違うよ、ウルフ。俺もこんな経験初めてさ』
峻兄さんのリュックの中から火の玉がフワリと飛び出した。
『何かしらの誤作動が起きると、あの世への経路がこの世に突然開けてしまうこともあるんだって。次期閻魔の人がさっき教えてくれた。峻が言っていたように、あの世とこの世の境目はある。でもそれは、常にあるわけではない。極稀に、生きた人間までもが入れてしまう。それが、今だ』

誤作動。
俺は桜大のその言葉が胸の中に引っ掛かった。
俺達が吸血鬼から人間になって、
佳奈美さんが人間から吸血鬼になって、
彗星が女から男になった。
その一連が、何かの誤作動だったなら。

俺の目の前で、火の玉が明るくピンク色に輝き始めた。
全身から力が抜ける。
首がガクンと垂れ下がる。
視界が段々とボヤケて暗くなっていく。


これが……あの世への通り道。


『起きろ、ウルフ』
『ウルフ、起ーきーてー』
『起きてよ、起きてよ』
身体が暖かい。俺のお腹の上で3つのボールのようなものがピョンピョンと跳ねている感触が、服の上から伝わってくる。
『あ、起きた!』
ゆっくりと目を開けると、俺のお腹の上で3つの火の玉がピョンコピョンコ飛び跳ねている。ピンクの火の玉、黄緑色の火の玉、水色の火の玉。
『久しぶり!』
黄緑色の火の玉から圭吾の声がする。それなら、水色の火の玉は、りこか?
俺は温かくて柔らかい砂の上に仰向けで横たわっていた。他の皆もぐったりと横たわっている。
「ここは…」
俺の右隣には蓮が、薄っすらと目を開けて横たわっている。
『お兄さん、お姉さん』
佳奈美さんは、俺の左隣に横たわっている。圭吾は蓮のお腹の上で、りこは佳奈美さんのお腹の上でピコピコと跳ね回っている。
「…りこちゃん?圭吾くん?」
佳奈美さんの目がゆっくりと開いた。佳奈美さんは重たそうに身体を持ち上げて辺りを見回した。佳奈美さんの背中から、浜辺にあるような細かい砂がパラパラと落ちた。
「これが…あの世」
峻兄さんは覚束なくふらつく脚を手で押さえながらゆっくりと立ち上がって、桜大がいるところまで歩いていった。桜大は、圭吾達がエメラルドやサファイヤにまとわりつくようにして飛び回っいるのを、ただ黙って見守っている。他の皆も目覚めて、ぐったりと砂の上に横たわっている。
俺は起き上がって後ろを振り返ってみた。目を凝らすと、はるか遠くに海のように大きい川が一本流れているのが見える。あれが、世に言う三途の川…。

『あ!生きてる人!』
『わぁ!』
『珍しい!僕たちよりも年上だ!』

桜大の火の玉が浮かんでいるところより20mくらい向こうから、突然色とりどりの火の玉が大量に現れた。ワラワラと大量に俺達のところにやって来る。ケラケラと笑いながらピョンピョンと、宙を跳ねるスーパーボールのように跳ねながらやって来る。大量の火の玉が、俺の服の中に潜り込んだり俺の髪の毛をグシャグシャにして遊び始めた。

『こら!待てー!』
男の叫ぶ声が何処からともなく聞こえたかと思うと、10mくらい先に、俺と同い年くらいの男が突然現れた。俺よりは背が高いけど峻兄さんよりは低い。白い生地で出来た、和服のようなものを身にまとっている。
男は俺達に大量の火の玉が纏わりついているのに気が付くと、ダダっと物凄い勢いでこちらに駆け寄ってきた。
『申し訳ありません。ほら、戻れ戻れ』
男は俺達に引っ付いている火の玉を1つずつ離していく。
『うわ、中村のオッサンだ!』
『オッサンちゃうわ!』
『キャハハっ』
火の玉は男に掴まれると、楽しそうな笑い声を上げながら一つまた一つと姿を消していった。俺も含めて皆、いきなりあの世に来たかと思えば火の玉に囲まれ、何故か男が突然現れて火の玉が消えていく状況に、ただ唖然とする他なかった。
『中村さん』
状況が落ち着き始めた頃、桜大の火の玉が「中村さん」に近付いた。圭吾とりこの火の玉は、まだ蓮たちの傍にフヨフヨと浮かんでいる。
『楓に面会させたい人がいるんですけど』
男は俺たちの顔を一人ずつ見ていくと、顔を曇らせて桜大に向き直った。
『桜大くん…生者をこんなに連れてくるのはちょっとね…危険行為だからやめてね』
桜大の火の玉が反発するように一瞬光った。
『連れてきたんじゃない。開いちゃったんだもん!俺のせいじゃないもん!』
俺たちの前では、峻兄さんと同い年である自覚からか大人びた言動を取っていたが、男を前にすると、桜大も10歳らしい振る舞いだ。
『あ、そう言えば、あの世とこの世の境目が割れた所があるって連絡来てたわ』
男はそう言うと、圭吾とりこを手招きして自分のもとに呼んだ。
『迷い込んでしまわれた生者の方々ですね。出口までご案内します』
俺達を生者の世界に送り届けようとし始めた男を、一裕と彗星が抱き着いて止めた。
「息子に会わせてください!」
『息子?失礼ですが、年齢を伺っても』
「俺も彼女も17歳です」
『…息子さんのお名前と年齢は』
「楓です。10歳のはずです」
一裕がそう答えると、男は目を丸くして一裕と彗星の顔を交互に見た。
『10歳?!本当に息子さんですか』
致し方ない。流石に7歳で子供を産むのは、生物学的に無理がある。
「私達の息子ではないです。でも、私達の息子になるんです!」
『…は?』
致し方ない。2人の事情を何も知らない人が聞いたら、2人は理由のわからないことを喚いているのだから。
「えっとですね…」
このままではきりが無いと思ったのか、峻兄さんが間に入って、俺達が経験してきたことを全て、詳しく丁寧に説明し始めた。

『…へええ。そんなことが、あるんですか…』
男の周りで、圭吾とりこが男の腰の辺りをグルグルと回りながら追いかけっこをしている。
『楓ですか…確かに、珍しく生まれることを拒む魂だったので、私も困惑していたところで…』
圭吾とりこが、追いかけっこをしているうちに、段々喧嘩っぽくなってきた。男は両手の人差し指で、火の玉をそれぞれポンポンと優しく叩いて落ち着かせた。
『楓に関しては、こちらも対処させて頂きますが…ただ、身体に生じ始めた異変については何とも…。上司に相談はしますが、お力になれるかどうか…』
桜大の火の玉が、男を通り過ぎて向こうに飛んでいく。
『中村さん、俺と圭悟と莉香の転生手続きの受理内容に異変が生じていないか、確認したいんだけど』
早く楓に会いたくて男にしがみついている一裕と彗星を、蓮と佳奈美さんが宥めて離させた。俺はさり気なく、佳奈美さんの吸血鬼化が進んでいないかを確かめたが、状態に変化はなかった。佳奈美さんの上着のポケットに、りこの火の玉が出たり入ったりを繰り返して遊んでいる。
『そうだな。受理内容に変化があれば、すぐに報告しないと。皆さんもよければついてきてください。ご協力できることがあるかもしれません』
男はそう言って桜大の火の玉を手に乗せると、俺達を何処かに連れて行こうとした。
「あの」
蓮が、男を呼び止めた。
「俺達、生きてるんですけど、行っても大丈夫なんですか」
男はくるりと振り返った。
『ご安心を。ここは完全には死者の世界ではありません。貴方がたを死者の世界に連れていくことは致しませんよ。ただ、貴方がたが間違って死者の世界に入ってしまわれた場合は責任をおいかねますので、十分にお気を付けください』

一歩間違えれば死ぬ。

俺は唾をゴクリと飲み込んで、男の後をついて歩いた。

男が俺達を連れて行ったのは、意外にも小学校のような建物だった。俺はもっと、おどろおどろしい、廃屋のような場所に連れて行かれるのかと思っていた。さっき、俺達に纏わりついていたような火の玉が大量に、その建物の入り口から出てきた。
『生きてる人!』
『ねえねえ、何歳?』
火の玉は、またしても俺たちの周りをキャハハと元気に笑いながら飛び回る。
『ほらほら、戻れ』
男は火の玉たちを建物に戻らせると、火の玉が出てきたのとは別の入り口に俺達を案内した。
「ここは…?」
建物の中には、受付の机がズラリと横に大量に並んでいた。子どもが時々不安な面持ちで入ってくるたび、奥からスタッフみたいな人が出てきては優しく声を掛けて、机に座らせると、子供たちの話を聞いている。
男はそこを通り過ぎて、俺達を別室に案内した。
『生者反応あり。命の灯火を回収してください』
別室の入り口に小さなモニターがあって、それに俺達の姿が映った。
『ご説明します』
モニターにズラリと並んだ説明文のようなものを男が手で指し示した。
『我々は、亡くなった魂の転生受付を行っております。申し遅れました。私は、不慮の事故や病死、虐待死で亡くなった子供たちの転生受付をしております、中村尊と申します』
中村尊は、さっき俺達が通ってきた通路を手で示した。
『中村さーん』
『あ…申し訳ありません。子供が来てしまったようで。受付をして参りますね。こちらの部屋で、少々お待ちいただけますか』
中村尊は、俺達を別室に入れると、通路でウロウロしている子供に駆け寄った。目線を合わせて話しかけている。
『君はどうしたのかな?』
中村尊が話しかけている女の子の身体の全身に、切り傷や痣が痛々しく付いている。
『えっとね。ママのね、新しい彼氏に首をギュってされて…』
女の子が自分の首を自分の両手で絞めながらそう言ったのを聞くと、蓮は苦しそうに眉をひそめた。
『そっか…痛くない?』
中村尊が女の子の傷跡をそっと撫でると、女の子は小さく頷いた。
『君はね、何も悪くないよ。ここにお友達が沢山いるから。暫くここで遊んでようか』
中村尊が女の子の心臓の辺りに手を触れると、女の子は火の玉に姿を変えた。りこのよりは、若干色の薄い水色の火の玉。
『お友達〜?』
俺達がいる部屋の近くの扉が勝手に開いたと思ったら、大量の火の玉が勢い良く飛び出してきた。
『こらあ、お前らはまたそうやって飛び出す。大人しくしてろ!』
中村尊は、女の子だった火の玉を大量の火の玉の群れの中に混ぜた。
『やんちゃな奴らばっかりだけど、仲良くしてくれる?』
火の玉はピカッと光ると、大量の火の玉に囲まれながら忙しなく部屋を出ていった。
『お待たせしました』
男が小走りでこちらに向かってきた。
『ええ…命の灯火の件ですね』
部屋の中のモニターには、真っ赤な炎がチロチロと燃える映像が流れている。
『貴方がたは生者です。つまり、貴方がたの魂は、命の灯火が点いています』
男は部屋の扉をゆっくりと閉めて、説明を続けた。
『先ほど、間違ってあの世に足を踏み入れないよう注意するようにとお伝えしましたが、貴方がたの命の灯火をいったんお預かりすることも出来ます。』
モニターに、命の灯火の回収方法が示された。男がガラスのようなもので出来た容器を、俺達生者の数の分だけ机の上に用意した。
『こちらの容器にですね、息を少し吹き込んで頂くと、容器の中で貴方がたの命の灯火を保管できます。これはお勧めですね。万が一あの世に入ってしまっても、容器に命の灯火が残っていますから、それを閻魔様の許可の下で再燃焼させて生き返ることが可能なので』
峻兄さんは、じっとその容器を眺めている。
「あの、何か代償ってありますか?命が縮むとか…」
『いえ、命が縮むことはございませんので、ご安心下さい。ただ、貴方がたが寿命を迎えたり、縁起の悪い話で申し訳ありませんが、事故や他殺などであの世に来た場合、次に生まれ変わるまでの時間が他の魂の倍にはなります』
中村尊が言うには、本来、命の灯火を燃やすのは新しい命が生まれる時にするものだから、同じ命を生者の世界に戻すのは、あくまで例外的措置なのだそう。
『どうなさいます?』
俺達の前に、透明な容器が並んでいる。
俺達が、ここに命の灯火を入れると、生まれ変わるまでの時間が倍になる。
「あの…生まれ変わるまでの時間って、大人が死んだ場合はどうしてるんですか。子供は遊んでるみたいですが…」
俺は、どうしてもそれが確かめたかった。俺達はよく、そんなことをしていたら地獄に行くぞ、なんて軽い気持ちで言う。俺は龍獅国で、大量に人を殺してきたから、この世界では何も罪を負っていないが、地獄に行ってしまう気がする。地獄で過ごす時間が倍になるのは、ごめんだ。
『大人の場合は、生まれ変わるための補修を受けることになりますね。大人になると、誰だって一度は人を傷付けたりするものです。生命が如何に尊いものなのかを、時間を掛けて学びます。貴方はもしかすると、地獄を懸念されておいでのようですが、貴方が地獄に行く可能性は、まずないと言って良いでしょう』
中村尊は、峻兄さんがさっき俺たちの経験を話した時に、俺達が龍獅国で処刑されたことを知っている。それでもなお、中村尊は、俺やバットが地獄に行くことはないと言い張った。
『貴方がたが処刑されたのは、兵士として人を殺してきたからではなく、孤児だったからという身勝手な理由です。貴方は、国を守って戦って命を散らした名もなき兵士を罪人だと思いますか?』
「…いや」
『それに貴方は、今はごく普通の高校生として生活をしているのでしょう?地獄というものは、自分の愚かさや醜さに気付いていない魂を矯正するための場所。貴方も、今後、一度や二度、人の気持ちを傷付けることはあるでしょう。その時に、たとえ死ぬ直前であっても良いのです。貴方がそれを悔い改めれば、貴方を地獄に招待することはしません』

俺は…罪人じゃない。

次に生まれ変わる時に、より良い人間になれる時間が増えるなら…

「預けます。命の灯火を」
俺は容器に息を吹き込んだ。容器の中で、真っ赤な炎がチロチロと燃えている。
「俺も」
「私も」
俺に続いて、他の皆が容器に各々の命の灯火を燃やした。
『では、こちらはいったんお預かりしますね』
中村尊はそう言って、容器を持って部屋を出た。中村尊は、スタッフ室の奥にある、大きな金庫を開けて、容器を丁寧にしまうと、金庫を静かに閉めた。
『さて…ええ…楓くんのことですかね』
中村尊は、スタッフ室の中の棚から、一冊の太いファイルを持って部屋に戻って来た。
「あの、楓のことも気になるんですけど、他にも気になることがあって…」
俺は中村尊に頼んで、蓮たちのポケットに入っている圭吾とりこを部屋から出してもらった。圭吾達は他の火の玉たちと遊びに、扉を開けて出ていった。
「圭吾の死因が流産なのはわかってるんですけど、りこのは…」
中村尊は、太いファイルのインデックスを順番にめくっていった。
『ええと、窒息ですね。牛スジを噛み切れなかったようです』

なるほど…。
長男は事故死。
次男は流産。
長女は窒息。
桜大の両親は、どれだけ苦しかっただろうか。

『他に何かご質問は』
俺は中村尊の姿を隅々まで観察した。
「そもそも、あなたは…」
『あ、僕ですか』
中村尊は、持ってきたファイルを閉じて、机の隅に置いた。
『私はですね、6年前に16歳で電車にはねられた者です。塾の帰りに貧血を起こしてしまって、駅のホームに落ちてしまったんですが、運悪く電車が来てしまって…』
中村尊は、苦笑いをしながら頭をポリポリとかいた。
『いやあ、自分が人身事故を起こすとは思ってませんでしたね。あの時の駅員の人には、迷惑をかけたなって』
佳奈美さんが小さく遠慮がちに手を挙げた。
「ええと…幽霊、なんですか?何か、普通に生きてる人と同じ感覚で話しているのが不思議で」
中村尊は、頷きつつも首を横に振るという、不思議な動作をしてみせた。
『私は幽霊ではなく、閻魔様の見習いの見習いの見習いの…という、閻魔になるための修行を積んでいる途中ですね。あ、すみません。子どもの受付をしてきますね。少々お待ちを』
部屋に別のスタッフが迎えに来た。俺よりは年下くらいの若い女性。この人も、事故かなんかで命を落としたのだろうか。
『2歳の子が一家心中に巻き込まれた?』
『はい』
中村尊は、自分がどこにいるのか分からずポカンと立っている男の子のところへ駆け寄っていった。
ページ選択

2025/07/20 20:42

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
コメント

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権は花火さんに帰属します

TOP