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狭間に生きる僕ら

#53

死者の想い(3)

「ところで、フロストさん。俺は生きています」
一裕は、澄白国で処刑されたと誤認識されている一裕と、今の自分は違う存在だと補足した。
世界は沢山あって、それぞれの世界で同じ人物がいることもあるのだと。
ただ、彼らを飲み込む運命は世界ごとに少しずつ異なるのだと。
だから、自分は今でも生きているのだと。
澄白国で処刑された一裕は実は生き延びていて、何故か獣神国にたどり着いたと。
そこでもう一人の一裕は、彗星と楓を恋い慕いながら最期を迎えて、今では水の姿になってひっそりと孤独の窟にいるのだと。
そして何より、自分が愛している彗星は地球で無事に生きていると。
地球人を愛してしまったことから宇宙人失格になって地球人になったのだと。
だが、澄白国は王女が地球人男性と恋に落ちたことを恥じて、国民には彗星が原因不明の病によって死亡したと偽ったと。

「なんて、血も涙もないやつらだ」
フロストは王城がある方を睨んでいる。
「今の君たちは不幸な運命に巻き込まれなかったようで安心したよ。…楓は無事か?」
「楓なら、地球人同士の子供に生まれ変わると言って、一度生まれる前の世界に戻りました。ただ、地球にいる知り合いの友人が10歳の時に交通事故で亡くなったんですけど、まあ、えっと。順番を追って説明します」
一裕は順を追って大事なところだけ絞って話していった。
蓮と佳奈美さんが灰色の世界で圭吾とりこに出会った。
佳奈美さんには峻っていう大学生の兄がいて、その人が10歳の時に親友だった桜大が交通事故で亡くなった。
実は、圭吾もりこも桜大の兄弟で、生きていると思い込んでいたが本当は亡くなっていた。
桜大の両親は、3人の子供を亡くした心労に耐えられず命を絶った。でも、心のどこかで子供達は生きていると信じている。それが、桜大たち3兄弟の生まれ変わりを妨げている。だから、桜大は二人の兄弟を連れて、死後の世界に行ったと。
「楓は桜大の両親のもとにいるそうです。きっと、桜大の両親は楓を我が子と思い込んでいるのでしょう。桜大は両親に自分達の死を受け入れてもらって、生まれ変わって戻ってくると蓮たちに約束しました。その時、楓も一緒に連れてくると」
フロストは、自分が見捨てた後の楓が俺たち地球人に受け入れられていることを知って安心した表情を浮かべている。良かったとつぶやいて、フロストはため息をつきながら自分の足元を見た。
「楓に関しては、フロストさんには罪はありませんよ」
フロストは一裕のその言葉に顔を上げた。
「彗星を愛しさえしなければ何も起こらなかったこと…全ての発端は、私が彗星を愛したことです。でも、私はそれを悔いていません。彗星は今、翠と言う名前で地球に俺たちと一緒に暮らしています。俺の大切な彼女です。俺は、翠を好きになったことを全く後悔していません」
一裕は胸を張って、高らかに宣言した。
「だから今度こそ、私と翠の間に生まれてきてくれる楓をちゃんと愛情をこめて沢山抱き締めてやろうと思います」
一裕がフロストの手を両手で握った。
「そのためには、私と彗星の死の真相を知る必要があります。フロストさん、俺たちに協力してください」

ヒュウー…
風が氷のように冷たい。俺達は、街のど真ん中に今でも誇らしげに飾られている、「地球人を捕まえた檻」へと向かった。一裕が入れられていた檻だ。鉄で出来た檻。所々錆びていて、一裕のものと思われる血も茶色くこびり付いている。一裕が地球人であることを知られないように、澄白国の男性の間で人気だという香水をたっぷり付けて、庶民の間で流行っているという覆面で顔を覆った。これで、一裕は澄白国人に偽装した。俺とサファイヤも同じように。
「これ、見てみ?」
一裕が檻の後ろにあった石碑のようなものを見ている。
「俺が殺されてる…」
石碑には、一裕が処刑されている様子の写真がカラーで映されていた。俺が王国で殺された日のようだ。一裕の身体に多数の槍や剣が突き刺さっていて、一裕の血で地面が赤く染まっている。檻の中で藻掻き苦しむ一裕に、澄白国人は拳を高く振り上げて歓喜している。
「じゃあ、何で一裕は生き延びて獣神国にいたんだ?」
流石にこれだけ血を流せば、失血死するはず。仮に檻から脱出できたとしても、人間である一裕が澄白国から獣神国に行けるわけがない。
「これ、本当に一裕かな」
サファイヤが写真の中に映る一裕の身体の太もも辺りを指差した。
「何でここだけ白いんだろうね」
一裕の太ももが真っ白。フロストのように。宇宙人時代の彗星のように。他の、澄白国人のように。
「身代わりがいた…?」
一裕の身代わり…?地球人のために死んでくれる宇宙人が果たしていたのだろうか。いや…待てよ。例えば…
「自殺志望者…とか?」
サファイヤが街の人に怪しまれないように、コソコソとフロストに伝えた。
「夜にまた来て良いですか。檻から記憶を読み取ろうと思います」
「記憶を読み取る?」
「僕にはその能力があるんですよ」
サファイヤはフロストにニヤリと笑って見せた。

真っ白な人々は、嘗て自分達が無実の存在に対して行った極悪非道な行為を完全に忘れてしまったように、錆びれた檻を気にもかけずに通り過ぎていく。しかし、彼らにとって、地球の存在というだけで罪深い。だから、彼らは今でも自分達の行いを当たり前だと思っているのだろう。そうでなければあの檻を、今でも誇らしげに街のど真ん中に写真付きの石碑と一緒に残しておくわけがない。

「そう言えばなんですけど、フロストさん」
「如何致しましたか、ラルフ様」
俺達が檻からフロストの自宅へ戻る途中、俺達の先頭に立って歩いていたフロストに、俺の隣にいたエメラルドが声を掛けた。狼の耳がピンと立っていて、エメラルドが歩く度に触り心地が良さそうな尻尾の先が俺の太ももをくすぐる。エメラルドは宇宙人だから澄白国人に変装しなくても良いのだ。事実、フロストの自宅は澄白大学の近辺にあるのだが、俺達がフロストの自宅に近づくにつれて、獣神国からやって来たと思われる狼男や、何処の星からやって来たのか知らないがアメーバのように全身が液体なのか固体なのか分からないような奴らが街の方から大学の方へ颯爽と歩いていく。澄白国への留学生だろう。エメラルドが獣神国の国王の弟だということにも気付かずに俺達の横を歩き去っていく。
「気になることがあるのです。どうして地球人であった一裕は澄白国にいたのか。彗星が一裕を連れてきた可能性は十分に考えられますが…そもそも、どうして彗星は一裕との息子を産む段階まで到達出来たのでしょうか」
「ラルフ様」
フロストがエメラルドの言葉を遮った。フロストの自宅までは後数十歩。
「彗星王女様の名前は出さないようにしましょう。何かを知っていると国家権力に疑われると危険です。私の自宅でお話を伺いましょう」
フロストが自宅へ早足で歩き出した。香水の効果が切れ始めるといけないからだ。そうなれば第一に一裕に危険が及ぶ。俺とサファイヤも地球の生き物だ。それに、俺達地球の存在と親しげにしているフロストにも危険が及ぶ。俺達はフロストの後を早足で追った。
「お待たせしました。お話を伺いましょう」
フロストの自宅に着いたのは、恐らく23時頃。というのも、澄白国の空はどれだけ時間が経っても真っ白なままで、地球みたいに時間によって空の色が変わることはないから、時刻が推定しづらいのだ。俺達が地球でタコ焼きを食べ終わって、途中で獣神国に行ったことを考えると、多分今は日付が変わる少し前くらいの時間になるはずだ。

フロストは俺達を横に長いソファに座らせた。珍しく真っ白ではなく焦げ茶に朱色の線が所々走ったデザイン。聞けば、フロストが留学生時代に獣神国で買ってきたのだそうだ。狼の毛も一部使われているそうで、言われてみればお尻のあたりが温かい。

「気になったことなんですけど」
フロストは低い机を挟んで、エメラルドの向かいの椅子に腰を掛けている。
「俺は何故、彗星が一裕の子供を産む段階まで行けたのかが気になります。澄白国人は分身術を応用して子孫を残しますよね。つまり、澄白国人は妊娠という概念を持っていません」
へえ、そうなんだ。
「ですが、彗星は人間姿で出産しました。楓をお腹に宿したということは、彗星は最低でも1年弱は人間姿のままで過ごしていたことになります」
…確かに、言われてみればエメラルドの言う通りだ。一国の王女が、一年弱もの間人間の姿でいて、誰にも気付かれないはずがない。彗星は、楓が生まれるよりも前に、無理やり堕ろされるか内密に一裕と一緒に殺されるかしたはず。いくら気を付けても、彗星が妊娠を隠し通せたとは考えにくい。
「俺達は、楓を産んで息絶える直前の彗星の記憶を、燈火の姫を通じて見ました。彗星は澄白国の森の中で出産した後に亡くなりました」
フロストの話も踏まえると、彗星が亡くなった後、恐らく一裕は澄白国人に捕まったのだろう。でも、楓が無事だったということは、一裕が捕まる前に岩の隙間に隠した。あの森は静寂に包まれていた。誰かが自分達のところへやって来ると気が付いて、せめて息子だけはと隠したに違いない。
「フロストさん、王女だった頃の彗星についてご存知ではありませんか?」
一裕とエメラルドの声がほぼ同時に重なった。フロストは記憶を辿るように斜め上を見つめながら何度か瞬きをして、覚えていることをポツポツと口に出し始めた。
「彗星王女様が病死したと報告されたのは、彗星王女様が19歳の時…楓を妊娠した頃なら18歳…楓を出産するまでは王国は彗星王女様の人間姿に気付かなかった…?一裕の存在にさえ気づけないなんて…あ、そうだった!
フロストの声が真っ白な客間に響いた。
「効き目が切れたからだ!」
効き目が切れたから?何のだ。フロストは真剣な表情で何度も頷いている。エメラルドの隣にいる一裕が、エメラルドとフロストの顔を戸惑った表情で交互に見ている。サファイヤは俺の隣で、その様子を何も言わずにじっと黙って眺めている。
「地球人に恋をした澄白国人は、死ぬと記憶改竄・奪取能力が失われるんだ」
フロストが一裕に、彗星の死の真相に繋がる事実を明かした。
「そんな…まさか。記憶改竄・奪取能力は死後も保たれる筈ではありませんか」
エメラルドは、フロストの発現した内容を信じられないといった表情を浮かべて首を横に振った。フロストはそれを見ると、暫しお待ちをと言って、俺達のソファの後ろの本棚から、使い古した太い書物を取り出した。フロストはそれを俺達の前の机に置いて、目次を確認するとあるページを開いた。
「この本は、俺が留学生時代に獣神国で使っていたものだ」
俺の知らない文字がツラツラと並べられている。幾何学模様が組み合わさったような小さな文字が、黄ばんだページを埋め尽くしている。
「…なるほど」
俺らの中で、この文字を読めるのはエメラルドとフロストだけ。エメラルドはそのページを隅から隅まで目渡すように読んでいる。
「交わると効果が薄れる…」
エメラルドは俺達にそのページを見せた。右の真ん中あたりに何か小さな挿絵が載っている。
「これって…」
その挿絵は、澄白国人と地球人が身体を重ねている様子を示したものだった。不思議と嫌らしさは全く感じさせず、むしろ崇高さや神聖さを感じた。
「嘗ては澄白国人も体内受精を用いて子孫を残していたらしい。見た目は全く違うけど、澄白国人と地球人では、身体の構造は男女ともに似ているんだって」
そう書いてあるらしい一文を、エメラルドが俺達になぞって示した。つまり、身体の構造は似ているから、澄白国人と地球人は俺達が知っているような方法で交わることが出来るのか。
「ただし、澄白国人女性の場合、子宮が退化して使い物にならなくなってる。人間でいう尾骶骨みたいなものさ」
…ということは?澄白国人の姿のままだと女性であっても妊娠できない。彗星が楓を宿すことが出来たのは、一裕と交わった時点で既に人間の姿でいたということか。
「でもさ、それで何で能力の効果が薄れるわけ?」
俺がフロストに尋ねると、フロストは挿絵の一番際どい部分を恥ずかしげもなく指差して俺に見せた。
「地球人の粘液が澄白国人の身体の中に入ると、澄白国人は純粋な澄白国人ではなくなる。地球人には記憶改竄・奪取能力がないから、それが澄白国人の身体にも影響を与えるんだ」

俺は取り敢えず今までのことを頭の中で整理することにした。

出産後に亡くなった方の彗星は、地球にいる彗星とは違って澄白国人のまま一生を終えた。地球人になった彗星の場合、宇宙人としての能力は保ちつつも、いずれ地球人として亡くなった後、彗星が一裕を愛したとしても彗星がそれまでに改竄したり奪ってきたりした記憶は元に戻らずにそのままということか。要は、地球人として亡くなるか、澄白国人として亡くなるかだ。そして、彗星が記憶改竄・奪取能力を失ったのは、交わった際に一裕の…あれが彗星の身体の中に入ったから。

「彗星は、妊娠してから出産するまでの間、王族や澄白国民の記憶を改竄して、自分の妊娠や一裕のことも隠してきたはず。でも、彗星が亡くなって、その効果が亡くなった。それで、一裕のことがバレた。彗星が人間姿になったことも王族に知られて、その事実を隠蔽した。そうじゃないかな?」
今まで黙ってエメラルド達の様子を見守っていたサファイヤが口を開いた。脚を広げて腕を組んでいる。
「…これで謎は1つ解けただろう。この後は、どうして一裕が処刑されたはずなのに生き延びて獣神国にいたのか、誰が一裕の身代わりになったのかに話題を変えよう。俺達が気付いてしまったのは、王国にとって都合の悪い事実。口封じで殺されるといけないから、彗星王女様のことはここで留めておこう」
フロストが、誰も自分達の話を聞いていなかったかを確認するように、窓の外にチラッと何度か視線を送った。
「そろそろ…檻に戻りませんか。記憶を読み取りに」
恐らく今は真夜中。人々の賑わいは最早聞こえない。国全体が寝静まっている。

今夜、記憶が読み解かれる。

隠蔽された事実を、俺達は暴く。
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2025/07/15 08:43

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
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