一裕と彗星は数分くらい経ってから、たこ焼きの具材決めに加わった。台所のテーブルでは、溶けるチーズとプチソーセージ、タコとエビが一口サイズに切られたものが別々のボウルに入れられて準備されている。一裕がスマホでおススメのたこ焼きの具材を調べ始めた。
「ゔぇッ?!」
一裕が口を歪めてスマホの画面から顔を遠ざけた。
「イチゴ入れてる人いるんだけど」
チクタク…チクタク…
「変わった趣味の人もいるもんだ」
峻兄さんがアドルフを連れて台所にやってきた。
「お前ら、トッピングは何にするか決めてあるのか?」
10分くらい話し合った結果、具材はかなり凝っているからトッピングは普通に鰹節やマヨネーズ、紅しょうがを使うことにした。
「よっこいせっと」
蓮がシンクの真上にある扉からタコ焼き器の箱を両手で取り出して、ボウルをテーブルの端の方に寄せると、空きスペースにその箱を置いた。箱には、青い鉢巻を巻いたタコがたこ焼きを食べている絵が箱一面に大きく印刷されている。
「今思うんだけど、自分で自分を食べさせるなんて、奇抜な発想をするもんだね、人間は」
サファイヤが箱からたこ焼き器を取り出して、箱はもとあった扉の中に戻した。佳奈美さんと彗星は、二人並んでお喋りしながらニンジンを小さなサイコロ状に刻んでいて、一裕がジャガイモを茹でている。蓮はスプーンを右手に持って、タコ焼きの具材が入ったものとは更に別のボウルを用意して待っている。たこ焼きだけだと飽きそうだし、野菜も足りないからと言ってポテトサラダも作ることにしたのだ。
「マヨネーズはサラダで使うから、タコ焼きにかけるのはこっちにしてみようか」
バットがそう言って冷蔵庫から取り出したのは、和風ネギ塩ソース。前に、佳奈美さんたちと出会う前に二人で焼き肉をした時に買ってきた残りのやつだ。賞味期限を見ると、来週までになっている。
「…ラルフ、地球の夜は明るいのだな」
アドルフが台所の照明を目を細めながら見ている。楓色の瞳に白い照明が反射している。
「ええ、地球は楽しい場所です」
エメラルドがたこ焼きの素をたこ焼き器に慎重に流し込みながら返事をした。
「夜は明るければ良いってもんでもないけどね」
バットが蓮と一緒に茹で上がったジャガイモに、時折マヨネーズを加えて潰しながらアドルフに答えた。
「明るすぎると、星が見えないもん」
俺は台所の窓の外に広がる夜景に目をやった。白い星が粉砂糖みたいに夜空に散っている。俺とバットは中学三年の時に、修学旅行で大都会に行ったのだ。田舎では見られない物が沢山あって、それはそれで楽しかったのだが、ホテルの部屋から見える夜景は人工的に明るかったのだ。ビルの光。信号機の光。車のライト。それらが夜の空を白く照らしていた。星は一つとして見えなかった。
「暗いから光が綺麗に見えるんだよ。明るいところにいたら、光は光じゃなくなる…っていうか、あんまり電気は見ない方が良いよ。目に悪いから」
アドルフはバットにそう言われると、照明から目を逸らして何度か瞬きをした。
「兄上はどの具材がよろしいでしょうか」
エメラルドがバットに具材の入ったボウルを見せながら尋ねて、アドルフはそれら一つ一つを凝視していく。
「全て試してみたいのだが」
「もちろんです、兄上」
エメラルドはアドルフに一番近い列のところに、全ての具材を少しずつタコ焼きの素の上に軽く乗せていった。
タコ焼きがプクプクと焼けてきた頃、完成したポテトサラダを小さな皿に盛り付けて、一人一人の席のところに並べていった。
「俺、不器用で…」
蓮がジャンケンに勝ち残ってしまって、タコ焼きをクルクルと回す係りになったのだが、蓮が回したタコ焼きは見事に全て歪な形になる。適材適所とは正反対だ。
「空気が抜けた風船みたいだな、これ」
出来上がったタコ焼きの1つをバットが箸で掴んで、ネギ塩ソースをチョンチョンと付けて口に入れた。
「美味いけど」
蓮はまだタコ焼きを回すのに苦戦している。ポテトサラダを食べながら、一裕がもどかしそうに蓮の手つきを見ている。
「蓮、俺に貸せ」
一裕が蓮の席に移動して、菜箸を受け取ると、タコ焼きを機械みたいな速さで綺麗にタコ焼きを回していった。
「…お前、タコ焼き屋でバイトしたら?」
一裕は誰かがタコ焼きを食べ終えると、自分も食べつつ本人の希望も聞いて手際よくタコ焼きをその人の皿に乗せていく。
「兄上、お味は如何でしょうか」
アドルフがタコ焼き一つ一つを目を瞑ってよく味わいながら時間を掛けて食べている。始めに定番のタコ、次にエビ、そしてソーセージとチーズ。
「ラルフよ、地球の食べ物はこうも温かいものか」
「ええ、左様でございます」
俺はエメラルドの返事を聞いて思い出したのだが、昨日獣神国に行った時、妙に寒かった記憶がある。冬にわざわざ冷房をかけているような感じ。あ、なるほどな。エメラルド達が狼男なのは、その寒さから身を守るため。要は、エメラルド達の獣毛は服代わりなのだ。おそらく、獣神国の食事はどれも冷たいのだろう。何を食べているかは全く知らないが。
「これが命の温もりというものか」
命の温もり。アドルフはタコ焼きの熱さを、そう表現した。
俺はちょうどその時、エビが入ったやつを噛んでいる途中だった。舌の先を細かく砕かれたエビの身体がコロコロと転がる。それは、間違いなくエビの死骸。
そう聞くと途端に食欲を失うが、俺らが食べているもののほぼ全ては、何かしらの死骸なのだ。
ポテトサラダだって、ジャガイモとニンジンが死んだもの。
ソーセージだって、豚の死骸の一部。
タコだってタコの死骸。
俺らが食べているものは、死骸だらけ。
だが、それらの死骸は間違いなく生きていたのだ。人間ほど発達はしていない動物であっても、何かしらの思いを遺していったはずだ。
それが、命の温もり…。
俺はエビのタコ焼きを飲み込んだ。「命の温もり」が俺の身体を優しく包んだ。
「何か少し物足りないねえ」
俺達はタコ焼きを全て食べ切った。バットが冷蔵庫の横の段ボールにお菓子の袋が入っていないかを確認しに行ったが、無かったようで口を尖らせて席に戻ってきた。峻兄さんと蓮がポテトサラダの入っていたお皿を全員分洗ってくれている。
「あ、それなら」
エメラルドが冷蔵庫に向かうと、何か茶色いものが詰まった薄めのタッパーと、薄黄緑色の何かが詰まった色違いのタッパーを取り出して、俺たちの前に置いた。エメラルドがその蓋を開けると、チョコと抹茶の香りがフワリと立ち昇った。
「ケーキ?」
「そう!」
エメラルドは、まな板にタッパーから取り出した薄い直方体状のケーキを一口サイズに切り分けていく。佳奈美さんがデザート用のピンクや水色の小さなお皿を食器棚から全員分取り出した。
「普通のチョコと抹茶チョコを湯煎で溶かして牛乳を入れながら混ぜて、冷蔵庫で冷やすと出来るんだ。動画で見た」
俺は抹茶が少し苦手だから、チョコだけ頂くことにした。まろやかなミルクの優しい甘さにチョコの風味が仄かに見え隠れするような、控えめな味わい。春の温かい風の中に、名前も知らない花の香りを感じるあの瞬間を思い出す。
「あまり王様を違う世界に留めておくのは獣神国に迷惑だろうから、そろそろ獣神国に行く?」
サファイヤがケーキの最後の1つを口に入れながらエメラルドに尋ねた。時計の針は8時半を指している。
「ああ、そうだな。兄上、ランドルフ兄上から何か他にご報告は御座いませんでしたか」
アドルフが台所の窓際に立って、夜空にポツポツと浮かぶ星たちを眺めている。
「ランドルフには、今からそなたとそなたの友人3人を連れて行く旨を伝えた。だが、地球の生き物というだけで興味本位にそなたの友人を襲って捕まえようとする者が現れるやもしれぬ」
アドルフの視線の先には、緑色の小さな光が夜空に輝いている。確かに、未確認生物が見つかったりUFOが見つかったりしたときは、ネッシー姿のサファイヤが言っていたように、俺達だって大騒ぎをする。それは、それらの存在が自分たちに馴染みのないものだから。最近、テレビの報道で外国の人との摩擦が話題になっているが、それもおそらくその一環だ。獣神国にとって、俺達は存在していること自体が奇妙なのだ。実際、一裕が妖怪扱いされたのだから。
「出迎えは内密に行い、獣神国の民に悟られないようにとランドルフに通達した」
アドルフはくるりと俺たちの方を振り返ると、峻兄さんに近づいていった。
「短い間だったが世話になった。いつの日か桜大のことをそなたと話が出来る日が来ることを願っている」
峻兄さんが一礼すると、アドルフが狼男姿に変身した。爪が鋭く伸び、目は爛々と光り、銀色と楓色が混ざった色の体毛に全身が包まれていく。
「そういえばアドルフもエメラルドも、サファイヤも、お前らその服は何であるんだ」
俺は今まで別に意識したことはなかったが、こいつらが人間と動物の間を行き来する時、動物姿のときは言えば素っ裸なのに、人間の時はちゃんと服を着ているのが気になった。
「獣毛から作ってるんだよ。俺も兄上も、自分の獣毛と同じような色の服を着てるだろ。そういうわけだ」
「俺もだよ。首長竜って全身がツルツルってわけではなくて、繊毛みたいな細かい毛が全身にビッシリと生えてる。人間でいう産毛みたいな感じ」
「ラルフ」
アドルフが緑色の光を纏っている。異世界への移動スポットが、今、ごく普通の台所にある。エメラルドも狼姿になる。エメラルドが瞬きをして目を開いた隙を狙って、サファイヤが微生物になってエメラルドの瞳の中に入った。俺もコウモリになって、スポットの中に入る。フワフワと重力が俺を手放そうとしている。
「お前も来るだろ、一裕」
彗星がスポットに入ろうとする一裕の服の裾を強く掴んでいて、服に皺が出来ている。一裕は優しく彗星の手を掴んで、服から手を離させると、男の俺ですら胸がドキッとしてしまいそうな笑顔を見せた。
「帰ってくるから」
目が少し潤んでいる彗星の背中を佳奈美さんがさすってあげている。蓮とバットの黒い瞳は、スポットの緑色の光が反射してユラユラと揺れ動いている。
「行ってきま〜す」
サファイヤがエメラルドの瞳から、わざと腑抜けたような声で現実組に別れを告げた。その瞬間、重力が完全に俺を手放した。隣に立っていたはずの一裕がクルクルと逆さまになったりして、無重力のなされるがままになっている。
「痛てっ!」
一裕が俺の顔面を蹴りやがった。俺の身体はエメラルドの胸辺りに叩きつけられた。
「ごめんて!でも、身体が言う事聞かないんだもん!」
無重力に慣れているエメラルドは、わざと俺達を助けずに横からニヤニヤしながら眺めている。そうかと思えば、エメラルドが急に一裕に抱き着いた。
「エ、エメラ、エメ、メラルド!俺には彗星がいるんだ!」
一裕が慌ててエメラルドを自分から引き剥がそうと藻掻くが、それだけ一裕の足が俺の顔に当たりやすくなる。俺は物凄い勢いで近づいてくる一裕の足を避け続けるのに夢中だった。
「匂いを付けておかないと。地球人ってバレる予防だよ。姿は隠していても、異質な匂いは狼なら感じ取れてしまうからね」
エメラルドの不可思議な行動は案外理性的だったが、エメラルドがふざけて一裕の頬に口を尖らせてキスをしようとしたのには驚いた。
「いやああああ!」
一裕が足をバタつかせて抵抗する。俺は頑張って避けたつもりだったが、一裕の左足にアッパーを食らった。
「獣神国では友人の契りなんだよ」
エメラルドはアドルフに諫められて、一裕から離れると、一裕が体勢を崩さないように肩を組んだ。
「着くよ」
「ここ…は…?」
緑色のモヤみたいな光が俺達の前から姿を消した時、真っ暗な廊下が真っ直ぐと暗闇に伸びていた。覚えてる。ここは、獣神国の王城の廊下だ。この暗闇の先に、エメラルドのいた地下牢への隠し扉がある。緑色の瞳と楓色の瞳が暗闇を照らしている。
「何かおる…」
一裕の視線の先に、ピンク色の2つの光がゆっくりと俺達に近付いてきた。一裕がエメラルドにピッタリとくっつく様にして立った。
「お待ちしておりました、兄上。我ら以外におりません」
暗闇の向こうからやって来たのは、エメラルドの兄であり、アドルフの弟であるランドルフだった。
「お久しぶりです、ウルフ殿、サファイヤ殿。はじめまして、一裕殿。弟と兄からお話は伺っております」
一裕が覚束ない手つきでランドルフと握手をした。
「どうも…」
「ランドルフ兄上、孤独の窟に我らを連れて行って下さい」
「何…?」
ランドルフがエメラルドを少し睨んだ。前にエメラルドが、地球に行ってきたと伝えた時のように。エメラルドに何かを言おうとするランドルフの肩にアドルフが手を置いた。
「ラルフは同じことを私にも頼んできた。私はそれを了承した。だから連れてきた。全ての責任は私が負う」
サファイヤがポンとエメラルドの瞳から飛び出して、俺の横に立った。俺も人間姿になってサファイヤの隣に立った。
「…弟を危険な目に遭わせたくは御座いません」
「なに、男児が無事に救出されたのだ。水が洞窟の奥深くで発見されたわけではない」
それでもランドルフは、エメラルドを孤独の窟に近付けることを躊躇している。
「兄上」
エメラルドがランドルフに一歩近付いた。
「知らなければなりません。私は地球の歴史を学んでまいりました」
「地球の…歴史とな?」
エメラルドは首を縦に振った。エメラルドは最近、蓮が世界史の勉強をしているのを隣で見ていることがよくあった。
「地球人は度々殺し合ってまいりました。それらの多くは、無知であるがゆえのものです。民が飢えに苦しんでいることを知らずに贅沢の限りを尽くした王族は、怒りに耐えかねた民衆によって一族諸共処刑されました。また、現在では精神疾患によるものだろうと推測される症状が、ある国では女性を中心に頻繁に発生しておりました。当時は原因が分からず、パニックに陥った国民は症状が出た女性を魔女だとして、残酷に殺しました」
マリーアントワネットと魔女狩りのことだな。
「地球には無知の知という言葉があります。無知であることを自覚していることが何よりの知であるという意味です」
ええと、プラトンだったっけ?いや、ソクラテスか?片仮名の名前、覚えるの苦手なんだよな。
「しかし私は、無知であることが大切なのではないと解釈しております。無知であることを自覚し、知ろうとする姿勢を持つことが大切なのです」
アドルフがエメラルドの一言一句に首を縦に振っていった。
「ランドルフ兄上も、大人が忌避していた地球を知ろうとなさっておいででした。それが、今、私が大切な友人と出会えるきっかけになったのです」
エメラルドの話を、じっとエメラルドの顔を見つめながら聞いていたランドルフは、1回だけため息をつくと、覚悟を決めたように何処かへ歩き出した。エメラルドの地下牢への隠し扉がある方向とは反対に進んでいく。
「孤独の窟はこっちです」
焦げ茶に赤が混ざったような色のランドルフのフサフサの尻尾が左右に揺れている。
「ウルフたち、行こう」
エメラルドがその後をついて行く。一裕とサファイヤはエメラルドの2、3歩後ろを歩いていく。
「ウルフ」
「はい?」
「ラルフに素敵な名前をありがとう」
アドルフはそう言って4人の後を追いかけた。俺は暫くアドルフの後ろ姿を見送ってから、5mくらいアドルフと距離が出来てから5人の後を追いかけた。
「ゔぇッ?!」
一裕が口を歪めてスマホの画面から顔を遠ざけた。
「イチゴ入れてる人いるんだけど」
チクタク…チクタク…
「変わった趣味の人もいるもんだ」
峻兄さんがアドルフを連れて台所にやってきた。
「お前ら、トッピングは何にするか決めてあるのか?」
10分くらい話し合った結果、具材はかなり凝っているからトッピングは普通に鰹節やマヨネーズ、紅しょうがを使うことにした。
「よっこいせっと」
蓮がシンクの真上にある扉からタコ焼き器の箱を両手で取り出して、ボウルをテーブルの端の方に寄せると、空きスペースにその箱を置いた。箱には、青い鉢巻を巻いたタコがたこ焼きを食べている絵が箱一面に大きく印刷されている。
「今思うんだけど、自分で自分を食べさせるなんて、奇抜な発想をするもんだね、人間は」
サファイヤが箱からたこ焼き器を取り出して、箱はもとあった扉の中に戻した。佳奈美さんと彗星は、二人並んでお喋りしながらニンジンを小さなサイコロ状に刻んでいて、一裕がジャガイモを茹でている。蓮はスプーンを右手に持って、タコ焼きの具材が入ったものとは更に別のボウルを用意して待っている。たこ焼きだけだと飽きそうだし、野菜も足りないからと言ってポテトサラダも作ることにしたのだ。
「マヨネーズはサラダで使うから、タコ焼きにかけるのはこっちにしてみようか」
バットがそう言って冷蔵庫から取り出したのは、和風ネギ塩ソース。前に、佳奈美さんたちと出会う前に二人で焼き肉をした時に買ってきた残りのやつだ。賞味期限を見ると、来週までになっている。
「…ラルフ、地球の夜は明るいのだな」
アドルフが台所の照明を目を細めながら見ている。楓色の瞳に白い照明が反射している。
「ええ、地球は楽しい場所です」
エメラルドがたこ焼きの素をたこ焼き器に慎重に流し込みながら返事をした。
「夜は明るければ良いってもんでもないけどね」
バットが蓮と一緒に茹で上がったジャガイモに、時折マヨネーズを加えて潰しながらアドルフに答えた。
「明るすぎると、星が見えないもん」
俺は台所の窓の外に広がる夜景に目をやった。白い星が粉砂糖みたいに夜空に散っている。俺とバットは中学三年の時に、修学旅行で大都会に行ったのだ。田舎では見られない物が沢山あって、それはそれで楽しかったのだが、ホテルの部屋から見える夜景は人工的に明るかったのだ。ビルの光。信号機の光。車のライト。それらが夜の空を白く照らしていた。星は一つとして見えなかった。
「暗いから光が綺麗に見えるんだよ。明るいところにいたら、光は光じゃなくなる…っていうか、あんまり電気は見ない方が良いよ。目に悪いから」
アドルフはバットにそう言われると、照明から目を逸らして何度か瞬きをした。
「兄上はどの具材がよろしいでしょうか」
エメラルドがバットに具材の入ったボウルを見せながら尋ねて、アドルフはそれら一つ一つを凝視していく。
「全て試してみたいのだが」
「もちろんです、兄上」
エメラルドはアドルフに一番近い列のところに、全ての具材を少しずつタコ焼きの素の上に軽く乗せていった。
タコ焼きがプクプクと焼けてきた頃、完成したポテトサラダを小さな皿に盛り付けて、一人一人の席のところに並べていった。
「俺、不器用で…」
蓮がジャンケンに勝ち残ってしまって、タコ焼きをクルクルと回す係りになったのだが、蓮が回したタコ焼きは見事に全て歪な形になる。適材適所とは正反対だ。
「空気が抜けた風船みたいだな、これ」
出来上がったタコ焼きの1つをバットが箸で掴んで、ネギ塩ソースをチョンチョンと付けて口に入れた。
「美味いけど」
蓮はまだタコ焼きを回すのに苦戦している。ポテトサラダを食べながら、一裕がもどかしそうに蓮の手つきを見ている。
「蓮、俺に貸せ」
一裕が蓮の席に移動して、菜箸を受け取ると、タコ焼きを機械みたいな速さで綺麗にタコ焼きを回していった。
「…お前、タコ焼き屋でバイトしたら?」
一裕は誰かがタコ焼きを食べ終えると、自分も食べつつ本人の希望も聞いて手際よくタコ焼きをその人の皿に乗せていく。
「兄上、お味は如何でしょうか」
アドルフがタコ焼き一つ一つを目を瞑ってよく味わいながら時間を掛けて食べている。始めに定番のタコ、次にエビ、そしてソーセージとチーズ。
「ラルフよ、地球の食べ物はこうも温かいものか」
「ええ、左様でございます」
俺はエメラルドの返事を聞いて思い出したのだが、昨日獣神国に行った時、妙に寒かった記憶がある。冬にわざわざ冷房をかけているような感じ。あ、なるほどな。エメラルド達が狼男なのは、その寒さから身を守るため。要は、エメラルド達の獣毛は服代わりなのだ。おそらく、獣神国の食事はどれも冷たいのだろう。何を食べているかは全く知らないが。
「これが命の温もりというものか」
命の温もり。アドルフはタコ焼きの熱さを、そう表現した。
俺はちょうどその時、エビが入ったやつを噛んでいる途中だった。舌の先を細かく砕かれたエビの身体がコロコロと転がる。それは、間違いなくエビの死骸。
そう聞くと途端に食欲を失うが、俺らが食べているもののほぼ全ては、何かしらの死骸なのだ。
ポテトサラダだって、ジャガイモとニンジンが死んだもの。
ソーセージだって、豚の死骸の一部。
タコだってタコの死骸。
俺らが食べているものは、死骸だらけ。
だが、それらの死骸は間違いなく生きていたのだ。人間ほど発達はしていない動物であっても、何かしらの思いを遺していったはずだ。
それが、命の温もり…。
俺はエビのタコ焼きを飲み込んだ。「命の温もり」が俺の身体を優しく包んだ。
「何か少し物足りないねえ」
俺達はタコ焼きを全て食べ切った。バットが冷蔵庫の横の段ボールにお菓子の袋が入っていないかを確認しに行ったが、無かったようで口を尖らせて席に戻ってきた。峻兄さんと蓮がポテトサラダの入っていたお皿を全員分洗ってくれている。
「あ、それなら」
エメラルドが冷蔵庫に向かうと、何か茶色いものが詰まった薄めのタッパーと、薄黄緑色の何かが詰まった色違いのタッパーを取り出して、俺たちの前に置いた。エメラルドがその蓋を開けると、チョコと抹茶の香りがフワリと立ち昇った。
「ケーキ?」
「そう!」
エメラルドは、まな板にタッパーから取り出した薄い直方体状のケーキを一口サイズに切り分けていく。佳奈美さんがデザート用のピンクや水色の小さなお皿を食器棚から全員分取り出した。
「普通のチョコと抹茶チョコを湯煎で溶かして牛乳を入れながら混ぜて、冷蔵庫で冷やすと出来るんだ。動画で見た」
俺は抹茶が少し苦手だから、チョコだけ頂くことにした。まろやかなミルクの優しい甘さにチョコの風味が仄かに見え隠れするような、控えめな味わい。春の温かい風の中に、名前も知らない花の香りを感じるあの瞬間を思い出す。
「あまり王様を違う世界に留めておくのは獣神国に迷惑だろうから、そろそろ獣神国に行く?」
サファイヤがケーキの最後の1つを口に入れながらエメラルドに尋ねた。時計の針は8時半を指している。
「ああ、そうだな。兄上、ランドルフ兄上から何か他にご報告は御座いませんでしたか」
アドルフが台所の窓際に立って、夜空にポツポツと浮かぶ星たちを眺めている。
「ランドルフには、今からそなたとそなたの友人3人を連れて行く旨を伝えた。だが、地球の生き物というだけで興味本位にそなたの友人を襲って捕まえようとする者が現れるやもしれぬ」
アドルフの視線の先には、緑色の小さな光が夜空に輝いている。確かに、未確認生物が見つかったりUFOが見つかったりしたときは、ネッシー姿のサファイヤが言っていたように、俺達だって大騒ぎをする。それは、それらの存在が自分たちに馴染みのないものだから。最近、テレビの報道で外国の人との摩擦が話題になっているが、それもおそらくその一環だ。獣神国にとって、俺達は存在していること自体が奇妙なのだ。実際、一裕が妖怪扱いされたのだから。
「出迎えは内密に行い、獣神国の民に悟られないようにとランドルフに通達した」
アドルフはくるりと俺たちの方を振り返ると、峻兄さんに近づいていった。
「短い間だったが世話になった。いつの日か桜大のことをそなたと話が出来る日が来ることを願っている」
峻兄さんが一礼すると、アドルフが狼男姿に変身した。爪が鋭く伸び、目は爛々と光り、銀色と楓色が混ざった色の体毛に全身が包まれていく。
「そういえばアドルフもエメラルドも、サファイヤも、お前らその服は何であるんだ」
俺は今まで別に意識したことはなかったが、こいつらが人間と動物の間を行き来する時、動物姿のときは言えば素っ裸なのに、人間の時はちゃんと服を着ているのが気になった。
「獣毛から作ってるんだよ。俺も兄上も、自分の獣毛と同じような色の服を着てるだろ。そういうわけだ」
「俺もだよ。首長竜って全身がツルツルってわけではなくて、繊毛みたいな細かい毛が全身にビッシリと生えてる。人間でいう産毛みたいな感じ」
「ラルフ」
アドルフが緑色の光を纏っている。異世界への移動スポットが、今、ごく普通の台所にある。エメラルドも狼姿になる。エメラルドが瞬きをして目を開いた隙を狙って、サファイヤが微生物になってエメラルドの瞳の中に入った。俺もコウモリになって、スポットの中に入る。フワフワと重力が俺を手放そうとしている。
「お前も来るだろ、一裕」
彗星がスポットに入ろうとする一裕の服の裾を強く掴んでいて、服に皺が出来ている。一裕は優しく彗星の手を掴んで、服から手を離させると、男の俺ですら胸がドキッとしてしまいそうな笑顔を見せた。
「帰ってくるから」
目が少し潤んでいる彗星の背中を佳奈美さんがさすってあげている。蓮とバットの黒い瞳は、スポットの緑色の光が反射してユラユラと揺れ動いている。
「行ってきま〜す」
サファイヤがエメラルドの瞳から、わざと腑抜けたような声で現実組に別れを告げた。その瞬間、重力が完全に俺を手放した。隣に立っていたはずの一裕がクルクルと逆さまになったりして、無重力のなされるがままになっている。
「痛てっ!」
一裕が俺の顔面を蹴りやがった。俺の身体はエメラルドの胸辺りに叩きつけられた。
「ごめんて!でも、身体が言う事聞かないんだもん!」
無重力に慣れているエメラルドは、わざと俺達を助けずに横からニヤニヤしながら眺めている。そうかと思えば、エメラルドが急に一裕に抱き着いた。
「エ、エメラ、エメ、メラルド!俺には彗星がいるんだ!」
一裕が慌ててエメラルドを自分から引き剥がそうと藻掻くが、それだけ一裕の足が俺の顔に当たりやすくなる。俺は物凄い勢いで近づいてくる一裕の足を避け続けるのに夢中だった。
「匂いを付けておかないと。地球人ってバレる予防だよ。姿は隠していても、異質な匂いは狼なら感じ取れてしまうからね」
エメラルドの不可思議な行動は案外理性的だったが、エメラルドがふざけて一裕の頬に口を尖らせてキスをしようとしたのには驚いた。
「いやああああ!」
一裕が足をバタつかせて抵抗する。俺は頑張って避けたつもりだったが、一裕の左足にアッパーを食らった。
「獣神国では友人の契りなんだよ」
エメラルドはアドルフに諫められて、一裕から離れると、一裕が体勢を崩さないように肩を組んだ。
「着くよ」
「ここ…は…?」
緑色のモヤみたいな光が俺達の前から姿を消した時、真っ暗な廊下が真っ直ぐと暗闇に伸びていた。覚えてる。ここは、獣神国の王城の廊下だ。この暗闇の先に、エメラルドのいた地下牢への隠し扉がある。緑色の瞳と楓色の瞳が暗闇を照らしている。
「何かおる…」
一裕の視線の先に、ピンク色の2つの光がゆっくりと俺達に近付いてきた。一裕がエメラルドにピッタリとくっつく様にして立った。
「お待ちしておりました、兄上。我ら以外におりません」
暗闇の向こうからやって来たのは、エメラルドの兄であり、アドルフの弟であるランドルフだった。
「お久しぶりです、ウルフ殿、サファイヤ殿。はじめまして、一裕殿。弟と兄からお話は伺っております」
一裕が覚束ない手つきでランドルフと握手をした。
「どうも…」
「ランドルフ兄上、孤独の窟に我らを連れて行って下さい」
「何…?」
ランドルフがエメラルドを少し睨んだ。前にエメラルドが、地球に行ってきたと伝えた時のように。エメラルドに何かを言おうとするランドルフの肩にアドルフが手を置いた。
「ラルフは同じことを私にも頼んできた。私はそれを了承した。だから連れてきた。全ての責任は私が負う」
サファイヤがポンとエメラルドの瞳から飛び出して、俺の横に立った。俺も人間姿になってサファイヤの隣に立った。
「…弟を危険な目に遭わせたくは御座いません」
「なに、男児が無事に救出されたのだ。水が洞窟の奥深くで発見されたわけではない」
それでもランドルフは、エメラルドを孤独の窟に近付けることを躊躇している。
「兄上」
エメラルドがランドルフに一歩近付いた。
「知らなければなりません。私は地球の歴史を学んでまいりました」
「地球の…歴史とな?」
エメラルドは首を縦に振った。エメラルドは最近、蓮が世界史の勉強をしているのを隣で見ていることがよくあった。
「地球人は度々殺し合ってまいりました。それらの多くは、無知であるがゆえのものです。民が飢えに苦しんでいることを知らずに贅沢の限りを尽くした王族は、怒りに耐えかねた民衆によって一族諸共処刑されました。また、現在では精神疾患によるものだろうと推測される症状が、ある国では女性を中心に頻繁に発生しておりました。当時は原因が分からず、パニックに陥った国民は症状が出た女性を魔女だとして、残酷に殺しました」
マリーアントワネットと魔女狩りのことだな。
「地球には無知の知という言葉があります。無知であることを自覚していることが何よりの知であるという意味です」
ええと、プラトンだったっけ?いや、ソクラテスか?片仮名の名前、覚えるの苦手なんだよな。
「しかし私は、無知であることが大切なのではないと解釈しております。無知であることを自覚し、知ろうとする姿勢を持つことが大切なのです」
アドルフがエメラルドの一言一句に首を縦に振っていった。
「ランドルフ兄上も、大人が忌避していた地球を知ろうとなさっておいででした。それが、今、私が大切な友人と出会えるきっかけになったのです」
エメラルドの話を、じっとエメラルドの顔を見つめながら聞いていたランドルフは、1回だけため息をつくと、覚悟を決めたように何処かへ歩き出した。エメラルドの地下牢への隠し扉がある方向とは反対に進んでいく。
「孤独の窟はこっちです」
焦げ茶に赤が混ざったような色のランドルフのフサフサの尻尾が左右に揺れている。
「ウルフたち、行こう」
エメラルドがその後をついて行く。一裕とサファイヤはエメラルドの2、3歩後ろを歩いていく。
「ウルフ」
「はい?」
「ラルフに素敵な名前をありがとう」
アドルフはそう言って4人の後を追いかけた。俺は暫くアドルフの後ろ姿を見送ってから、5mくらいアドルフと距離が出来てから5人の後を追いかけた。
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線