文字サイズ変更

狭間に生きる僕ら

#49

隠された宇宙(3)

「ウルフたちいつ帰ってきたの?」
「真夜中。もう少し寝かせておいてあげようぜ」
台所で佳奈美とバットが話しているのが聞こえる。香ばしい食パンの匂い、まろやかな溶けるチーズの香り。バットが前に俺達に作ってくれたイチゴジュースの匂いもする。
「…もう朝か」
モゾモゾと足を動かして顔に掛かっていた掛け布団を退けると、白い光がカーテンの隙間を抜けて、俺の顔を明るく照らした。
…金太郎?いや、違うか。サファイヤは金魚姿になって、水槽の中にある拳大の人工石の物陰で眠っている。
「でも、もう10時だけど…」
マジで?枕元のスマホを手にとってロック画面を開くと9:57と表示されていた。
「やば」
佳奈美たちの会話から察するに、エメラルドとアドルフはまだ雑木林からアパートにやって来てはいないみたいだが、普段のエメラルドの起床時刻を踏まえると、そろそろやって来るはず。
俺は水槽の中のサファイヤを起こして人間姿にさせ、二人で朝の身支度をした。
「あ、起きた」
台所のテーブルに俺達の朝ご飯が用意されていた。丁寧にサランラップがかけられている。現実組と一裕組は既に朝ご飯を食べ終えて、各自学校や塾の課題に取り組んでいる。
「あれ、ウルフ。エメラルドは?」
蓮はエメラルドがまだ寝室にいると思い込んでいるのか、俺とサファイヤの横を通り過ぎて寝室に向かおうとした。
「あ、えっと。エメラルドなんだけど」
サランラップを外しながら、バットが蓮に声を掛けた。峻兄さんは佳奈美と一裕に物理を教えていた。
「ここはフレミングの左手の法則使うんだろ?だから、中指が力で」
「違う。中指は電流の向きだ。力の向きは親指」
ガチャ…
玄関の扉が開く音がする。
「エメラルドがアドルフを連れてきたんだ」
「え?」
俺とサファイヤ、峻兄さん以外が勉強をやめてバットを見た。
「アドルフ様が?!」
彗星は勉強道具を鞄の中に突っ込んで、慌てて自分の身だしなみを整えに洗面所へ向かった。
峻兄さんは勉強を教えるのをやめて、俺達の靴を脇に避けに玄関へ向かった。
「お前ら、勉強やめろ。ウルフとサファイヤは今は朝ご飯を我慢しろ。昼に食べろ。」
峻兄さんは渡り廊下の照明を点けた。
「獣神国王陛下のおなりだ」
キイッ…
峻兄さんが玄関の扉を開けた先には、エメラルドとアドルフがいた。2人とも人間の姿。アドルフはエメラルドの目を若干大きくしたような、楓色の瞳をしている。
「兄上、こちらです」
エメラルドがアドルフをリビングに案内する。彗星は当然のこと、他の皆もアドルフを前に緊張して硬直している。エメラルドは、長年地下牢にいて王族としての振る舞いを厳しく躾けられなかったためか、何処か庶民的な部分は確かにある。対してアドルフは、3兄弟の長男であり、僅か20歳にして一国の王。今までにも後継者としての期待と責任を背負って生きてきたのだろう。それだけあって、やはりアドルフからは相当な威厳が感じられる。
エメラルドはアドルフをリビングのソファの真ん中に座らせて、本人は椅子には座らず床に正座した。
「アドルフ国王陛下にご挨拶申し上げます」
彗星がソファに腰を降ろしているアドレスを前に土下座している。
「苦しゅうない。顔を上げ給え。…ラルフの友人だそうな。弟が世話になった」
俺達はアドルフに促されてエメラルドの隣に1列に座った。皆、アドルフの威厳を感じ取って自然と正座をしている。
「最近、宇宙人から地球人に降格された者がいたと聞いたが…彗星、それはそなたか」
アドルフは、彗星がもはや宇宙人ではないことを感じ取ったのであろう。
「そなたは澄白国の王女。澄白国は、王女が原因不明の病で急逝したと報告していたが…」
アドルフの視線が彗星の背中に突き刺さる。
「……お恥ずかしい限りでございます」
アドルフの視線が一裕に向けられた。心の奥底まで見通すような鋭い眼光。正直、記憶を読み取れるというサファイヤの瞳よりも、底が知れなくて不気味だ。一裕が肩をすくめつつも、アドルフの前で縮こまっている彗星を気にかけている。
「心から愛した、自分の命よりも大切な者が偶然地球人だったというだけで、何たる仕打ち」
俺は今、確信した。アドルフは、地球そのものを嫌ってはいないことを。アドルフは、本当にただ親友の死を受け入れられなかっただけだったのだ。
彗星は王女だった。でも、澄白国は彗星が地球人を愛してしまったことを恥に思って、彗星を宇宙から地球に追放した。澄白国にとって、彗星は恥だった。だから、自分達のしたことは隠して彗星が病死したと偽った…。彗星の背中が小刻みに揺れている。それは、自分の生まれ故郷が自分を恥と見なした現実を目の当たりにした絶望からか、或いは地球人であり自分の最愛の人である一裕を侮辱した「一般的な宇宙」に対する憤りか。
「彗星よ、地球人になったことを決して悔いるな。愛するものがいる事の、何処が恥だと言うのか。誇りなさい」
「…ありがたきお言葉に御座います」
アドルフは俺達の顔を順番に見ていって、口元に一瞬だけ小さな笑みを浮かべると、俺達と同じように床に腰を降ろした。
え?俺、どうすれば良い?床にでも埋まるか?
「兄上、どうかこちらに」
エメラルドがアドルフをソファに座らせようとしたけど、アドルフはそれを断った。
「私は獣神国の王だが、地球の王ではない。私が地球に恩恵をもたらしているわけではあるまいに、どうして上座に座ることが出来ようか」
アドルフが、アドルフから一番遠い所に座っている峻兄さんに視線を向けた。
「そなたは峻だと弟から聞いた。桜大の親友だったと」
「仰る通りです」
「飲み物をお持ちします」
佳奈美さんが台所からお茶を湯飲みに入れて持ってきて、アドルフの前に差し出した。
「ラルフ、これは何だ」
アドルフは見たことのないものを見るような目つきで、湯呑みの中でアドルフの顔を反射しているお茶を見ている。
「水です。厳密には、水に植物の葉を入れて加工したものですが。兄上、これが地球です。生命の源です」
「…そうか」
アドルフが恐る恐るお茶を飲むのを、佳奈美さんは緊張した面持ちで見守っている。
「生命の源か。身体に力がみなぎるようだ」
…それは、単純に今が夏でクソ暑いからではないか?
アドルフはお茶を飲み干すと、自分の隣に控えているエメラルドに顔を向けた。
「そなたは、謎を解かねばならぬと申していたな。私が鍵になるとか」
エメラルドは首を縦に振って、テーブルの引き出しにしまってある蓮のノートを取り出して、アドルフに紙芝居みたいにして見せ始めた。
「我々は当初は、楓という一人の男児を探していましたが、その中で次々と新たな謎が生まれてまいりました。私が兄上を連れてきたのは、紛れもなく、これを解き明かすためです」
エメラルドはそう言って、『獣神国の真実を暴く』と大きな文字で書いたページを見せた。
「兄上が即位なさる際に神殿に奉納した、楓色の水晶と絹…我々はそれが龍獅国の第一王女様であったメイプルのものではないかと疑っております」
エメラルドはアドルフを鋭く睨んでいる。でも、その瞳の奥には、兄が黒幕かもしれないという恐怖、兄を素直に愛せなくなるかもしれないという恐怖が隠れていた。
「何を申すか。私が直に楓谷に参じて手に入れたもの」
楓谷?
「楓谷…ですか?」
「…そうか、ラルフ、そなたは存じていないか。楓谷は、城から遥か遠くにある、辺り一帯が楓色に染まった地だ。獣神国において、楓色は王族の守護色だとされている。先祖代々、その地から得られた水晶と絹を奉納してきたのだ。何故、無実の人を殺さねばならぬ」
…アドルフは黒幕じゃない。エメラルドは安心したような表情を浮かべてノートを閉じた。
「あの、ちょっと良いですか」
一裕が右手を上げた。アドルフが首を縦に振って発言の許可を与えると、一裕は俺達が解き明かすために獣神国に行ったもう一つの謎について言及した。
「楓は、俺と彗星の間に出来ると名乗った息子です。しかし、楓が地球人の血を引いているとして宇宙人社会から排斥されている時、私と彗星は何もしてやれませんでした。楓の近くにいなかったからです。今は落ち着いていられますが…以前の私は楓の名前を聞くと父親の人格が現れ始めて狂っていたそうです。楓には以前、一度だけ会ったことがあるのですが、その時にも俺に父親の人格が現れて…楓は、地球人の子供として生まれると言って、自ら生まれる前の世界に戻りました。それで…桜大は楓を迎えに行っているところなんです。詳しい話は、峻がします。それで…ええと、俺が聞きたいのは…」
一裕はしっかりとアドルフの顔を見つめて言った。
「サファイヤ曰く、俺も彗星も親としては死んでいるらしいです。彗星の遺骸は宇宙に散らばっていて、俺の遺骸が獣神国にあるというのですが、何かご存知ではないですか?」
「そなたの…遺骸?」
「今の私と彗星は間違いなく生きています。しかし、この世界は人類が説明できないほど複雑で不可思議なものです。俺はここ最近、それを身を持って体験してきました」
アドルフは、自分の治める国の全てを思い出すように、暫くの間腕を組んで唸っていた。
「ラルフ?!」
アドルフが、いきなり目をカッと見開いてエメラルドを見た。
「兄上、いかが致しました」
「たった今、ランドルフから通達があった。獣神国で水が見つかったらしい」
「水が?!」
水は獣神国には、あるはずのないものであり、地球の象徴でもある。まさか、一裕の遺骸が水として存在してる…?
「ランドルフ兄上は何と仰っておいでですか」
「…今、詳しく調べさせているらしい。詳細が分かれば後程通達すると…」
彗星と一裕は、アドルフの前に二人並んで座っている。2人共、もう一人の自分の真実を探るために、事実に向き合おうとしている。それが、自分達の遺骸という残酷なものであろうとも…。
「よかったら、今のうちに桜大のお墓に参りましょうか」
俺は峻兄さんの発言を聞いて、少し心臓がドキッとした。額に冷や汗が浮かぶ。アドルフにとって、桜大の死はタブーだからだ。
「…地球に来たのも何かの縁。連れて行ってくれ」
「かしこまりました」
アドルフは峻兄さんに案内されて、桜大の墓へと向かった。
「兄上、お供いたします」
エメラルドがアドルフについていこうとしたが、アドルフは俺達と一緒に留守番するよう伝えた。
「桜大の親友だった者同士でしか話せないこともあろう」
ガチャ…
「…ウルフ、サファイヤ。朝ご飯」
「え、ああ。そうか」
俺とサファイヤは台所に移動して、佳奈美さんが温め直してくれた食パンを口に入れながら、アドルフと峻兄さんはが今頃どのような会話をしているだろうかと思いを馳せた。
チリンチリン…
畳の部屋の風鈴が、涼しいそよ風に揺られた。

「翠ちゃん、大丈夫?」
俺達が遅めの朝ご飯を食べ終えてリビングに戻ると、一裕が彗星を抱き締めて、背中を優しく叩いていた。彗星は泣いてこそいなかったものの、込み上げそうになる涙を必死に堪えているような声だ。
「大丈夫…ちょっと…だけ…悲しかった…だけ…」
一裕の胸に抱かれている彗星は、もはや王女ではない。なのに、王女であった現実が彗星を苦しめた。彗星のことや澄白国のこと、気になるけど、根掘り葉掘り聞き出さないほうが良いな…。謎は、解ければ良いというものでもないようだ。
「俺さ、何してるんだろうって」
ベランダの花への今日の水やり当番は、俺と蓮だ。蓮は緑色の象の形をした小さなジョウロで、根元の土に水をかけていた。
「何か、友達の遺骸にこんなに興味を持ってしまっているって…サイコパスな気がして」
チョロ…
俺のジョウロが空になった。
「翠ちゃん、辛いけど、ちゃんと俺達の死に向き合おう?そうじゃないと、将来楓が生まれてきてくれた時に合わせる顔がないよ。俺は、どうして親として楓の近くにいてやれなかったのか知りたいんだ」
「…うん…私も」
リビングから一裕と彗星が話しているのが聞こえる。
「…当の本人達に覚悟があるんだ。俺達も覚悟を決めよう」
チョロ…
蓮のジョウロが空になった。
「そろそろお昼ご飯だけど、どうしよう?峻兄ちゃんたち帰ってこないなー。私達だけで食べちゃう?」
佳奈美さんとエメラルドが冷蔵庫に何か無いか漁っている。
「兄上は峻兄さんと昼ご飯を食べてくるって。峻兄さんと桜大の思い出の場所にも行くみたいだから、もしかしたら夕方まで帰ってこないって、あ、そうだ。俺が作る」
エメラルドが冷蔵庫を一旦閉めて、スマホで何かを調べ始めた。
「美味そうなの見つけたんだ。レモンスライスとささみのそうめん」
…美味そ。
「…冒険は終わらないな、ウルフ」
「それでこそ、冒険だ」
ベランダの花が誇り高く胸を張って、青空を目指している。ちっぽけな普通の花が、果てしなく高く宇宙に繋がる青空を目指している。
「エメラルドがそうめん作ってくれたって」
佳奈美さんが窓の向こうから叫んだ。太陽の光が焼けるように熱い。数時間前に着替えたばかりのシャツが、あっという間にびしょ濡れになってしまった。
「今行きまーす」
ベランダの窓を開けると、室内の冷気と一緒に、レモンの爽やかな香りが俺を包んだ。
一裕と彗星も既に席についている。
『いただきます』
「…酸っぱいけど、甘いけど、苦いけど…青春の思い出を全部詰め込んだような味がする」
俺は初めて、蓮が意外と感性豊かかもしれないと思った。確かに、エメラルドのそうめんは単純に美味いと表現するだけでは物足りない。美味しさの中に、チクリと胸の何処かを刺すような酸味が効いている。
「結構美味しいじゃん」
バットは既に食べ終えていた。レモンの種が一粒、皿の隅っこにのけられていた。
「翠ちゃん、今度こそは皆で幸せになるよ?だから、知らないと。もう一人の俺達を不幸にした運命を」
一裕の言葉に、彗星はそうめんを噛みながら首を縦に振った。
ページ選択

2025/07/10 20:27

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
コメント

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権は花火さんに帰属します

TOP