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狭間に生きる僕ら

#48

隠された宇宙(2)

エメラルドの故郷、獣神国。
彗星の故郷、澄白国。
どちらの星でも、俺達地球の存在は忌避される。

アドルフが即位出来たのは、楓色の絹と水晶を神殿に納めたから。それは、第一王女様の髪の毛と瞳かもしれない。地球を忌み嫌う人が、地球人のおかげで即位出来たとは、何と皮肉なことか。

アドルフは今でこそ地球を恐れている。でも、エメラルドに地球の美しさを語ったのは、紛れもなくアドルフ本人だった。アドルフの過去が、アドルフの変化に影響を与えたことは確実だろう。

アドルフもランドルフもエメラルドを、国の慣習を破ってまで弟として愛している。彼らが子供ながらに全力を尽くして得られた最善の結果が、エメラルドを地下深くの牢に軟禁することだった。エメラルド本人もそれを気にしていないなら、俺が勝手に心配しないほうが良いのだろうか。

『よくぞ生きていたな、ラルフよ』

この声は…?
真っ暗で何も見えないから俺が今目を瞑っているのか開いているのかは分からないが、地味な書斎にエメラルドとランドルフと、もう一人の狼男が立っているのが見えてきた。サファイヤが見せてくれているんだ。

『地球の香りがするが…』
楓色の光を目から発している狼男が、エメラルドと向き合うようにして立っている。こいつが、アドルフか…。
『しばし地球に遊びに行って参りました』
『地球だと…!』
エメラルドから地球という言葉が発された時のアドルフの反応は、ランドルフの時と似ていた。だけど、少し違っていた。
『近寄るな』
アドルフは吐き捨てるように言うと、エメラルドとランドルフを書斎から出ていくように示した。何も言わず、鋭い爪の生えた人差し指で書斎の出口を指差している。エメラルドもランドルフも、最初からそうなることが分かっていたのか、お互いに顔を見合わせて頷くと、アドルフに一礼してから書斎を出た。
『やはり、親友を殺した地球に恨みを抱いているのでしょうか』
エメラルドが隠し扉に手を掛けながら、ランドルフに尋ねた。アドルフは、親友を殺された?
『…ああ、お前のペットやらを兄上にはくれぐれも見せないように』
ランドルフはそれだけ言うと、エメラルドに背中を向けて歩き出した。だが、エメラルドが隠し扉を開けた時、ランドルフはエメラルドに背中を向けたまま呼び止めた。
『アドルフ兄上は、ラルフを嫌ってはいない。それだけは承知しておれ』
『…承りました』

「ただいまー」
サファイヤの声が階段の方から聞こえると、映像は途切れた。
「…おかえり」
エメラルドはさっきと同じように、牢の柵を開けて中に入ると、自分の足首に、重りのついた鎖を巻き付けた。
「エメラルド…お前」
俺は何と声をかけたら良いのか分からない。地球という言葉を口に出した途端、挨拶もままならないままアドルフに拒絶されたところを、俺はサファイヤを通じて見ていただけだ。
「ああ、心配するな。アドルフ兄上のこと、知りたいだろ」
エメラルドはさっきの事を全く気にかけていない。今、エメラルドの中では、地球は忌避されて当然なものに戻ってしまったのか…?
「アドルフ兄上は地球が、兄弟の中で一番お好きであられた。だから、アドルフ兄上は地球を憎まれているのさ」
「親友を殺されたって…」
サファイヤはじっと黙ったまま、まだエメラルドの瞳の中にいる。エメラルドの緑色の光が、常夜灯みたいに暗闇を照らしている。
「アドルフ兄上の親友は、地球人だったんだ」
「へ?」
俺の中で、アドルフに彗星の姿が重なった。
「10年くらい前かな…」
エメラルドは、アドルフの過去を語り始めた。エメラルドの瞳は、俺の姿をボンヤリと照らしていた。
「兄上は10歳の時、父上と大喧嘩して家出したんだ。絶賛反抗期でな。あまりにも帰りが遅いから、ランドルフ兄上が迎えに行こうとしたんだ。その矢先にアドルフ兄上が嬉しそうな顔で戻ってきた。地球に友達が出来たって。大人が言う、地球人は愚かな魂の持ち主だっていうのは、やっぱり間違っていたって」
エメラルドの緑色の瞳が暗闇を、蛍のように優しく、何処か寂しげに照らしている。
「俺さ、一瞬で帰されちゃったけど、アドルフの瞳から多分その親友との記憶を読み取れたから、見せようと思うんだけど」
エメラルドが首を縦に振って目を瞑ると、視界は再び闇に包まれた。

『お前、犬?』
…これは、アドルフの記憶の中の声?俺、この声に聞き覚えがあるぞ?
『ううん、狼』
会話の内容からして、狼だと答えたほうがアドルフの声だろう。今は心臓まで響くような低い声だが、ガキの頃は子猫みたいな可愛い声をしていたようだ。
『え、喋った?!』
ボヤケていた記憶の映像が、段々と鮮明に見え始めた。一匹の小さな狼が小学生中学年くらいの男の子を見上げている。下校中だろう。オレンジがかった太陽の光が二人を照らして、道に二人の影がニョキッと伸びている。男の子はランドセルを背負って、狼…アドルフを子犬みたいに撫でている。…こいつ…?!
『君、名前何ていうの?俺は桜大』
…桜大?!
あの、楓を迎えに行っている、あの桜大か?
峻兄さんの友達だった、あの桜大か?
10歳の時に交通事故で亡くなった、あの桜大か?
間違いない。同姓同名なんかじゃない。こいつは、正真正銘の桜大だ…。
『僕はアドルフ』
アドルフは短い尻尾を激しく振って、ピョンピョンと跳ねながら桜大を見上げている。

桜大が…アドルフの親友だった?
『俺、この後塾があるから帰らないといけないけど…明日はスイミングがあるし…そうだ、明後日の夜、俺の家においでよ。遊ぼ?』
嫌な予感がする…。
『分かった。桜大の匂いを辿れば家に行けるから。バイバイ』
桜大が手を振って、ランドセルを揺らしながら夕方の色に染まった住宅街を駆けていく。アドルフは、桜大の姿が小さくなって見えなくなるまで見送ると、フット姿を消した。
「兄上…?桜大…?」
映像が途切れた。エメラルドは遠い所を見つめるように、ボウっと虚空を見つめている。
「エメラルド、アドルフの親友って…」
「桜大…だった…?」

筋は通る。おそらく、桜大は間もなく交通事故に遭って命を落とす。記憶の映像の次の日くらいに…。きっと、約束通り地球にやってきたアドルフは、桜大の遺体を目の当たりにした…。
だから、親友を殺した地球を憎んだ?
或いは、地球は親友の死を思い出させるから、避けるようになった?

スゥーッ
サファイヤが息を吸ったのが聞こえた。
「俺が読み取れたのはここまでだ。この先は…どうしようか…」
カツ…カツ…
誰かが地下牢に降りてくる。まさか、アドルフ?!
俺は地下牢の隅っこの一番暗いところに身を隠した。エメラルドは音のする方を牢の中から見ている。サファイヤはエメラルドの瞳の中で息を潜めている。
「ラルフ」
地下牢にやって来たのは、アドルフだった。アドルフは柵を開けて牢の中に入ってきた。アドルフはエメラルドが立ち上がろうとするのを止めて、エメラルドの前に腰を下ろした。
「先ほどは…拒んで申し訳なかった」
「いいえ、兄上のお気持ちを察することが出来ず申し訳ありませんでした…兄上、」
アドルフの楓色の瞳と、エメラルドの緑色の瞳が暗闇の中、星みたいに輝いている。
「私は、桜大を存じております。桜大の親友だった者と地球で共に過ごして参りました」
「それは誠か」
アドルフは目を見開いて、エメラルドの肩を両手で掴んだ。エメラルドはしっかりと首を縦に振った。エメラルドが俺の方を見て、来いとジェスチャーで示してきた。アドルフの視線も俺に注がれている。
「ウルフ、兄上は闇雲に地球を憎んでいらっしゃるわけではないから安心しろ」
「何に向かって話しているのだ、ラルフ」
アドルフは俺の姿が見えていないようだ。でも、エメラルドの言うように、アドルフは本当は悪い奴じゃない。優しすぎて、地球を再び愛する勇気を持てなかっただけの、物凄く人間的な奴なんだ。俺は意を決して、人間姿になってエメラルドの隣に立った。サファイヤはビックリ箱から飛び出すように、エメラルドの瞳から飛び出して俺の隣に立った。本来なら俺達は不法侵入者なんだけど、アドルフは怒ることもなくポカンと口を開けて俺達を見ている。
「ご覧の通り、俺達は地球の生き物で、弟君の友人です。地球には他にも沢山弟君の友人がおります。私はサファイヤで、こいつはウルフです。因みに狼とは全く関係の無いやつです」
アドルフが俺とサファイヤとエメラルドの顔を順番に見ていった。
「…何のために獣神国に来たのだ」
不法侵入者が弟の友人であるという事実を飲み込むのが思いの外早くて、安心しつつも王として頼りないのではないかとも心配になった。
「アドルフ兄上は、謎を解く鍵であられます。あまりにも多くて、複雑に絡み合った、世界を跨ぐ謎を解き明かさなくてはならないのです。話し出せばキリがございません。兄上、一度地球にお越しください」
エメラルドは静かで落ち着いた声で、まくし立てるようにアドルフに地球に来るように頼んだ。
「兄上、いってらっしゃいませ」
アドルフの背後にピンク色の瞳が光っているのが見える。ランドルフだ。
「兄上の御苦しみは、見ている我等も胸が痛く御座います。兄上のお気持ちが少しでも晴れるようなら、このランドルフ、精一杯応援致す所存です。政務ならばご安心を。私が代理を務めます」
アドルフとランドルフとエメラルド。3人は確かに兄弟の絆で繋がっている。そして、宇宙の暗黙の了解にも背く勇者でもあるのだ。
「参ろう」
フワッと体が軽くなったと思うと、俺達は緑色の柔らかな光に包まれた。エメラルドの言っていた、異世界への移動スポットだ。俺達は地球に戻ろうとしている。今度は、アドルフも連れて。
「ラルフ、兄上」
ランドルフの姿はもう、緑色の光に遮られて見えなかったが、声は確かに届いた。
「いつか、地球へ旅行しに行く夢を叶えましょう」

ガクン

地球だ。重力だ。ここは…アパートのリビングか。電気は消えていて、台所の窓の外に小さな星たちがか弱く光っているのが見える。
「ラルフよ、ここは何処だ」
「私の地球の居場所です」
リビングの時計の針は12時を指している。流石に皆、寝てしまったか?
カタ…
寝室の扉が静かに開いた。
「あれ、おかえり。明日になるかと思ってたのに。皆寝ちゃったよ」
バットが寝室の扉から顔だけを出している。アドルフにはまだ気付いていない。
「兄を連れてきた」
「え?」
バットが寝室の扉を静かに開けて、抜き足差し足忍び足でリビングにやって来た。
「あ、ホント。狼男が2人いる」
「夜分遅くに申し訳ない。ラルフの兄のアドルフだ」
アドルフは天井に頭が付きそうなくらいに大きい。俺たちの中では大きい方だったエメラルドが小さく見える。
「…で、エメラルド。何で連れてきたの」
「エメラルド?」
アドルフは案の定、何故ラルフと呼ばれていないのか分からず、彗星の時と同じような反応を示した。
「私の地球での名前です。ウルフが付けてくれました」
そういえば俺、高校生で誰かの名付け親になるなんて夢にも思わなかったな。ましてや狼男の。
「私が謎を解く鍵になると聞いて参った。何より、桜大の親友だった者に御目通り願いたい」
「なんで?」
ガタ…
「バット、何してる」
峻兄さんは俺達の会話で目が覚めたのか、リビングにやって来た。高校生から使っているという、着古されたヨレヨレの半袖半ズボンで。
「…エメラルド、お兄さんか」
峻兄さんはアドルフに気が付くと、リビングの扉を閉めて電気を付けた。
ピカーッ
獣神国では地下牢にいたから、久しぶりの光が眩しく感じる。
「おかけ下さい」
峻兄さんはアドルフをテーブルの椅子に座るよう促して、峻兄さんはその向かいに座った。エメラルドはアドルフの隣に座って、俺とサファイヤは峻兄さんの両隣に座った。椅子が足りなかったから、バットは俺の真後ろに立つことになった。
「時間が時間ですので、ご用がございますならば明日にして頂ければ幸いなのですが…」
「ああ、会いたい者がいて急いでしまった。地球の事情を考慮しなかったこと、面目ない」
当たり前かもしれないが、アドルフって時代劇でしか聞かれないような話し方するな。
「桜大の親友だった者に会いたいのだが」
峻兄さんの左の眉がピクッと動いた。
「私ですが…」

俺達は最初は、アドルフが即位するために第一王女様を襲ったと睨んで獣神国に行った。でも、アドルフはただ、桜大を親友として愛していただけの普通の人だ。アドルフ本人は、初めから悪人でも善人でもなかったのだ。
エメラルドは、アドルフが謎を解く鍵になると言った。一裕の遺骸が、サファイヤの言ったように獣神国にあるのなら、一理ある。でも、彗星のことは?第一王女様のことは?灰色の世界のことは?ただ、アドルフが鍵の一部分をなしていることは間違いないだろう。

チクタク…チクタク…

時計の針は夜中の1時を過ぎている。気付いたら日にちが変わっていた。
「…あなたのことは私も気になります。しかし、話の続きは明日で宜しいでしょうか。寝室は…一国の王様に雑魚寝をさせるわけにも…」
「気遣い感謝する。案ずるな。私はラルフとともにあちらの雑木林で一夜を明かすとしよう。狼姿になれば夜の寒さなど大差ない」
そう言ってアドルフとエメラルドは狼になると窓から軽々と飛び降りて、雑木林へと走っていった。
「…寝ろ。寝不足は危険だ」
俺達は着替えてもいないのに峻兄さんに寝室に連れて行かれて、敷かれた俺達の布団に押し込まれた。佳奈美も蓮も、一裕も彗星も俺達が帰ってきたことに全く気付いていない。
『彗星、言ってなかったのか。お前が、澄白国の王女だったことを』
エメラルドの昨晩の言葉が脳裏をよぎる。彗星は佳奈美さんと並んで寝ている。彗星と佳奈美の胸が、僅かに上下する。

謎が解けてもいないのに、新たな謎がやって来る。でも俺達は、解いてやる。謎よ…かかってこい。

俺は高鳴る胸を沈めながら目を瞑った。

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2025/07/09 15:06

花火
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