エメラルドは別の星にある獣神国という国の王家の血筋を引いている。でも、本来なら誇りに思って良いような事実を、エメラルド本人は私たちに隠していたし、忘れようとしていた。
そもそも、私達が初めてエメラルドに会ったあの夜、名前を尋ねても「名前は無い」って答えた。だから、「エメラルド」っていう名前になった。でも、どうやら初めから「ラルフ」という名前を持っていたようだ。
邪推しちゃダメなんだろうけど、婚外子としてあまり良い扱いをしてもらえて来なかったのかな?だから、故郷を忘れようとしていた?
「俺が先頭に立って獣神国に皆を連れて行く。圭吾たちがいつ戻ってきても良いように、何人かは地球に残るべきだとは思うが…」
エメラルドは赤のボールペンに持ち替えて、次のページに大きな文字でこう書きつけた。
『獣神国の真実を暴く』
「待てよ…?」
エメラルドが最後の文字を書き終えたくらいのタイミングで、一裕は眉間に皺を寄せながら腕を組んでいた。
「俺達は、まだ1つの謎も解けてないんじゃないか…?」
皆の視線が一斉にエメラルドから一裕に移された。エメラルドもまた一裕を見ていた。半開きになったエメラルドの口の中で、狼の犬歯が鈍く光っていた。
「一裕、どういう意味だよ。お前の記憶の真実は分かったんだし、お前が楓の名前を聞いて落ち着いていられるようになったじゃないか」
蓮くんは一裕の幼馴染。だからこそ、一裕の豹変ぶりを誰よりもよく分かっていた。一裕は腕を組むのをやめて、前のページをペラリと捲った。そこには「楓」の名前がノートの余白に小さく書かれていた。
「それは表面的な謎だろ。今は、苔むした鍵穴から苔を頑張って取り除いた段階で、本当は俺達は鍵も無ければ鍵の開け方も知らないし、鍵を開けた先に何が待っているのかも、全っ然分からないままだ」
一裕は蓮くんを見る。皆は一裕を見る。
「…俺は、楓の父親だ。翠ちゃんは楓の母親だ。どういう意味か分かるか?」
蓮くんは一裕の言葉に、首を横に振った。彗星さんは一裕の横顔を物憂げな表情で見ている。
「楓の居場所なら分かってる。桜大さんが連れて帰って来るんだろ?問題は俺達だ。…父親としての俺と母親としての翠ちゃんは、今どこにいる…?どうして、高校生の俺達がこんなに楓に会いたがっているのに、親としての俺と翠ちゃんは楓を真っ先に迎えに行かない?…俺は今、どこにいるんだ…?」
蓮くんがハッと息を飲んだ。
この壮大な謎解きゲームは、まだ序の口にすら至っていない…?
「だったらさ」
ウルフがルーズリーフを取り出して、ノートの裏表紙にホッチキスで止めた。ルーズリーフの端っこがノートから少しはみ出ている。
「名簿を作ろう。獣神国組と、現実組と、一裕組の名簿を」
『獣神国組:エメラルド、サファイヤ、ウルフ』
『現実組:蓮、佳奈美、バット』
『一裕組:峻、一裕、彗星』
ウルフとバットはお互いに交信して連絡を取り合えるように、獣神国と現実に分かれた。サファイヤは瞳から記憶や思考回路を読み取れるから、何かと役に立つだろうということで宇宙人ペアと一緒に獣神国組に。
峻兄ちゃんは、桜大兄ちゃんの友達だから、一裕と一緒になった。彗星さんと一裕は桜大兄ちゃんを知らないから、万が一桜大兄ちゃんと一裕が出会うことになっても峻兄ちゃんが間に立てば、桜大兄ちゃんも一裕×彗星さんもぎこちない雰囲気にならずに済むだろうということで。
「でもさ、一裕組って何をすれば良いんだ」
名簿を作ったは良いものの、親としての彗星さんと一裕の居場所の手掛かりが全くない。もしかしたら地球にいるかもしれないし、宇宙にいるかもしれないし、私達の知らない世界にいるかもしれない。
楓くんが生まれた日、母親としての彗星さんは既にいなかった。だけど、父親としての一裕は楓くんが生まれたことを知っていたし、楓くんが無事に育っていたことを喜んでいたようだった。
「ちょっとごめんね」
サファイヤが彗星さんと一裕の瞳の奥を観察し始めた。
「もしかしたら、親としての二人の記憶を頑張れば読み取れるかも」
チクタク…
時計の針が1秒ずつ時を刻んでいく。皆がサファイヤを息を飲んで見守る。
サファイヤが目を瞑って息を深く吸って吐いた。
「驚かないでね。驚くと思うけど」
サファイヤがソファに腕を広げてボスンと身を沈めた。
「読み取れたのか?」
一裕の瞳が少しだけ不安に揺れている。彗星さんは、一裕の手をぎゅっと隣で握っている。
「二人とも…もういない。死んでる」
死んでる…?
「それ、どういう意味だよ…?」
蓮くんの声が少し震えている。私達は一裕も彗星さんも生きていると思っている。でも、もしかしたら二人も、圭吾くんとりこちゃんみたいに、本当はこの世にいるはずのない人間だったの…?
「いや、それは大丈夫。高校生としての今の君達はちゃんと生きているから」
サファイヤは二人の瞳から読み取れた記憶を思い出しているのか、目を瞑って何度も深呼吸している。私達人間は当たり前だけど、宇宙人であるエメラルドも彗星さんも、吸血鬼の二人も、何が起きているのか分からないといった表情でサファイヤを見つめている。
「ママー、今日の夜ご飯なにー?」
「パパが取引先の人から沢山お肉を頂いてきたから、焼肉にしようかな」
「マジで宿題難しいんだけど!」
「この単元、習ってなくない?」
リビングの窓が開いている。ご近所さんの会話の内容が嫌でも聞こえてくる。
「サファイヤ…親として私も一裕さんも死んでいるって、どういう意味なのですの?私達は近い将来…死んでしまいますの?」
一裕の手を強く握っている彗星さんの手がカタカタと震えている。声は少し上ずっている。自分と自分の愛する人の「生」が「間違っているかもしれない」状況に、恐怖を隠せないでいる。
「大丈夫。今までの経験を踏まえると、世界は沢山あると思う。似ているものもあれば、全く違うものも。現実と地続きになっているものも。きっと、楓の親としての二人と、今ここにいる二人は、同一人物だけど実質違う人物。だから、死ぬ心配はしなくて良いよ。病気や事故、災害を除けばだけどね」
サファイヤは依然として、ソファに身を委ねたまま目を瞑って、二人から読み取った記憶を反芻しているようだ。
「俺が二人から記憶を読み取れるのは、親としての二人とは実質的には違う人間でも…なんというか…同じものを持っているから?何が同じなのか、それは俺にもよく分からないけど…」
サファイヤは眉間に皺を寄せて、何か深く考え込んでいる。
私達は、今までに何度も理解の範囲を超えるような存在、出来事に出会ってきた。灰色の世界、吸血鬼、宇宙人、古代生物の生き残り…。それでも、彼らにも理解の範疇を超えるような事柄は確かに存在するのだ。
「…見えた」
サファイヤがゆっくりと目を開いて、彗星さんとエメラルドの二人の顔を見た。
「彗星、確か君の星では地球人は忌み嫌われてたね」
彗星さんは、躊躇いながら首を縦に振った。
「ねえ、彗星、エメラルド。君達は友達みたいだけど、君の星同士に関わりはあったりするの?」
「ああ、俺は彗星とは10年くらい前に初めて会ったんだ。澄白国が獣神国に挨拶をしにきたんだ。俺は婚外子だったから王族らしい扱いはなくて、宮廷の調理場で食器洗いをしてた。調理場の窓の隙間から彗星が声を掛けてきたんだ。初めましてってな」
澄白国?
「澄白国は私の故郷の星ですの」
彗星さんが、獣神国へ挨拶をしにいくのについて行ったってこと?公の場に、わずか7歳の少女が?
「彗星、お前、皆に言ってなかったのか?お前が澄白国の王女だったって」
「…え?」
皆が彗星さんの顔を見た。特に一裕は、自分の彼女の新たな真実に戸惑いを隠せないでいる。
「翠ちゃん、ホント?」
彗星さんは、目を伏せて口をつぐんでいる。でもそれは、エメラルドの発言否定しているからではなく、肯定しているからだった。
「…俺が推測するに…彗星の遺骸は宇宙に散らばってて、一裕のは獣神国の何処かにある。はっきりしたことは分からない」
サファイヤはソファから立ち上がると、机に置かれた蓮くんのノートをペラリと捲った。
『獣神国の真実を暴く』
開かれたページには、エメラルドの文字でそう記されていた。
蓮くんがスッと息を軽く吸う音が隣から聞こえた。
「楓は、自分の親の居場所を気にしていた。そして、きっと、今も。だから、俺達で確かめよう。もう一人の一裕と彗星の居場所を」
蓮くんはペンで獣神国の文字の上に、澄白国も書き加えた。
「彗星、今のお前は地球人だから宇宙に行くのは危険だ。殺されに行くようなもの。俺がサファイヤと一緒に行ってくる。分かったことは交信して伝えるから、適宜蓮に伝えてノートに書いていってもらえ」
一裕組にいた彗星さんが、エメラルドたちについて宇宙に戻ろうとしていたのをエメラルドが察知して止めた。
時計の針が夜の9時を指している。夜ご飯を早く食べすぎて、少しお腹が空いてきた。
「…何か食べよう。食欲を満たさないと、何事においてもパフォーマンスの質が落ちるからな」
今まで一言も発さなかった峻兄ちゃんが、スマホでお寿司の出前を取った。峻兄ちゃんがサファイヤには別でピザを頼もうとしていたのを、サファイヤが止めた。
「拒んでるだけじゃ申し訳ないじゃん。生きたかっただろうに捨てさせられた命を、俺もありがたく頂かないと。家族に合わせる顔がない」
『毎度ありー!』
9時半頃にお寿司が届いた。
ウルフとバットは、恒例の真っ赤なイクラ丼。
一裕と彗星さんは、漬け丼とラーメンを半分ずつ分け合って食べている。
サファイヤはマグロやサーモン、ハマチのお刺身セット。
エメラルドと峻兄ちゃんは、さほどお腹が空いていなかったのか、半たまのラーメンだけ。
蓮くんと私は、韓国風の期間限定お寿司セット。
「食事の時くらいは、忘れようぜ。せーの!いただきます!」
バットがパンっと手を合わせて、イクラ丼を口の中にかき込んだ。ウルフも釣られたように、イクラ丼を口の中にかき込んでいく。
「佳奈美」
蓮くんはキンパを飲み込んだ後に、私にだけ聞こえるような声で話しかけてきた。
「もしかしたら、一裕と彗星さんは、織姫と彦星なのかもしれない。」
「どういう意味?」
「あの二人、サファイヤ曰く亡くなってるんだろ、既に。でも、楓が生まれた日には二人とも生きていた。おそらく、楓が生まれる日だけ会えて、それ以外は引き裂かれて…二人は最期を迎えた」
そもそも、彗星さんはともかく、地球人の一裕の遺骸が宇宙の星にあるのは不可解なこと。
そもそも、どうして彗星さんも一裕も亡くなったの?
そもそも、一裕の遺骸はどうして彗星さんの故郷の澄白国じゃなくて、エメラルドの故郷の獣神国にあるの?
だけど、私達はそれを解き明かさないといけないんだ。
一裕のために。
彗星さんのために。
エメラルドのために。
楓くんのために。
私はチーズがトッピングされたキムチ寿司を箸で掴んで口の中に入れた。チーズの風味が口の中に広がる。キムチの辛さが舌を刺激する。飲み込んだ後も、喉の奥がヒリヒリして痛い。私は冷蔵庫から峻兄ちゃんの天然水をコップに注いで、喉の痛みを癒やした。
チクタク…チクタク…
台所の時計が時を淡々と刻んでいく。
フワッ…
夜の生暖かい空気がカーテンを揺らして、台所に吹き込んでくる。空き地の方から虫の音が微かに聞こえてくる。
真実が近づいてくる足音が聞こえる…。
そもそも、私達が初めてエメラルドに会ったあの夜、名前を尋ねても「名前は無い」って答えた。だから、「エメラルド」っていう名前になった。でも、どうやら初めから「ラルフ」という名前を持っていたようだ。
邪推しちゃダメなんだろうけど、婚外子としてあまり良い扱いをしてもらえて来なかったのかな?だから、故郷を忘れようとしていた?
「俺が先頭に立って獣神国に皆を連れて行く。圭吾たちがいつ戻ってきても良いように、何人かは地球に残るべきだとは思うが…」
エメラルドは赤のボールペンに持ち替えて、次のページに大きな文字でこう書きつけた。
『獣神国の真実を暴く』
「待てよ…?」
エメラルドが最後の文字を書き終えたくらいのタイミングで、一裕は眉間に皺を寄せながら腕を組んでいた。
「俺達は、まだ1つの謎も解けてないんじゃないか…?」
皆の視線が一斉にエメラルドから一裕に移された。エメラルドもまた一裕を見ていた。半開きになったエメラルドの口の中で、狼の犬歯が鈍く光っていた。
「一裕、どういう意味だよ。お前の記憶の真実は分かったんだし、お前が楓の名前を聞いて落ち着いていられるようになったじゃないか」
蓮くんは一裕の幼馴染。だからこそ、一裕の豹変ぶりを誰よりもよく分かっていた。一裕は腕を組むのをやめて、前のページをペラリと捲った。そこには「楓」の名前がノートの余白に小さく書かれていた。
「それは表面的な謎だろ。今は、苔むした鍵穴から苔を頑張って取り除いた段階で、本当は俺達は鍵も無ければ鍵の開け方も知らないし、鍵を開けた先に何が待っているのかも、全っ然分からないままだ」
一裕は蓮くんを見る。皆は一裕を見る。
「…俺は、楓の父親だ。翠ちゃんは楓の母親だ。どういう意味か分かるか?」
蓮くんは一裕の言葉に、首を横に振った。彗星さんは一裕の横顔を物憂げな表情で見ている。
「楓の居場所なら分かってる。桜大さんが連れて帰って来るんだろ?問題は俺達だ。…父親としての俺と母親としての翠ちゃんは、今どこにいる…?どうして、高校生の俺達がこんなに楓に会いたがっているのに、親としての俺と翠ちゃんは楓を真っ先に迎えに行かない?…俺は今、どこにいるんだ…?」
蓮くんがハッと息を飲んだ。
この壮大な謎解きゲームは、まだ序の口にすら至っていない…?
「だったらさ」
ウルフがルーズリーフを取り出して、ノートの裏表紙にホッチキスで止めた。ルーズリーフの端っこがノートから少しはみ出ている。
「名簿を作ろう。獣神国組と、現実組と、一裕組の名簿を」
『獣神国組:エメラルド、サファイヤ、ウルフ』
『現実組:蓮、佳奈美、バット』
『一裕組:峻、一裕、彗星』
ウルフとバットはお互いに交信して連絡を取り合えるように、獣神国と現実に分かれた。サファイヤは瞳から記憶や思考回路を読み取れるから、何かと役に立つだろうということで宇宙人ペアと一緒に獣神国組に。
峻兄ちゃんは、桜大兄ちゃんの友達だから、一裕と一緒になった。彗星さんと一裕は桜大兄ちゃんを知らないから、万が一桜大兄ちゃんと一裕が出会うことになっても峻兄ちゃんが間に立てば、桜大兄ちゃんも一裕×彗星さんもぎこちない雰囲気にならずに済むだろうということで。
「でもさ、一裕組って何をすれば良いんだ」
名簿を作ったは良いものの、親としての彗星さんと一裕の居場所の手掛かりが全くない。もしかしたら地球にいるかもしれないし、宇宙にいるかもしれないし、私達の知らない世界にいるかもしれない。
楓くんが生まれた日、母親としての彗星さんは既にいなかった。だけど、父親としての一裕は楓くんが生まれたことを知っていたし、楓くんが無事に育っていたことを喜んでいたようだった。
「ちょっとごめんね」
サファイヤが彗星さんと一裕の瞳の奥を観察し始めた。
「もしかしたら、親としての二人の記憶を頑張れば読み取れるかも」
チクタク…
時計の針が1秒ずつ時を刻んでいく。皆がサファイヤを息を飲んで見守る。
サファイヤが目を瞑って息を深く吸って吐いた。
「驚かないでね。驚くと思うけど」
サファイヤがソファに腕を広げてボスンと身を沈めた。
「読み取れたのか?」
一裕の瞳が少しだけ不安に揺れている。彗星さんは、一裕の手をぎゅっと隣で握っている。
「二人とも…もういない。死んでる」
死んでる…?
「それ、どういう意味だよ…?」
蓮くんの声が少し震えている。私達は一裕も彗星さんも生きていると思っている。でも、もしかしたら二人も、圭吾くんとりこちゃんみたいに、本当はこの世にいるはずのない人間だったの…?
「いや、それは大丈夫。高校生としての今の君達はちゃんと生きているから」
サファイヤは二人の瞳から読み取れた記憶を思い出しているのか、目を瞑って何度も深呼吸している。私達人間は当たり前だけど、宇宙人であるエメラルドも彗星さんも、吸血鬼の二人も、何が起きているのか分からないといった表情でサファイヤを見つめている。
「ママー、今日の夜ご飯なにー?」
「パパが取引先の人から沢山お肉を頂いてきたから、焼肉にしようかな」
「マジで宿題難しいんだけど!」
「この単元、習ってなくない?」
リビングの窓が開いている。ご近所さんの会話の内容が嫌でも聞こえてくる。
「サファイヤ…親として私も一裕さんも死んでいるって、どういう意味なのですの?私達は近い将来…死んでしまいますの?」
一裕の手を強く握っている彗星さんの手がカタカタと震えている。声は少し上ずっている。自分と自分の愛する人の「生」が「間違っているかもしれない」状況に、恐怖を隠せないでいる。
「大丈夫。今までの経験を踏まえると、世界は沢山あると思う。似ているものもあれば、全く違うものも。現実と地続きになっているものも。きっと、楓の親としての二人と、今ここにいる二人は、同一人物だけど実質違う人物。だから、死ぬ心配はしなくて良いよ。病気や事故、災害を除けばだけどね」
サファイヤは依然として、ソファに身を委ねたまま目を瞑って、二人から読み取った記憶を反芻しているようだ。
「俺が二人から記憶を読み取れるのは、親としての二人とは実質的には違う人間でも…なんというか…同じものを持っているから?何が同じなのか、それは俺にもよく分からないけど…」
サファイヤは眉間に皺を寄せて、何か深く考え込んでいる。
私達は、今までに何度も理解の範囲を超えるような存在、出来事に出会ってきた。灰色の世界、吸血鬼、宇宙人、古代生物の生き残り…。それでも、彼らにも理解の範疇を超えるような事柄は確かに存在するのだ。
「…見えた」
サファイヤがゆっくりと目を開いて、彗星さんとエメラルドの二人の顔を見た。
「彗星、確か君の星では地球人は忌み嫌われてたね」
彗星さんは、躊躇いながら首を縦に振った。
「ねえ、彗星、エメラルド。君達は友達みたいだけど、君の星同士に関わりはあったりするの?」
「ああ、俺は彗星とは10年くらい前に初めて会ったんだ。澄白国が獣神国に挨拶をしにきたんだ。俺は婚外子だったから王族らしい扱いはなくて、宮廷の調理場で食器洗いをしてた。調理場の窓の隙間から彗星が声を掛けてきたんだ。初めましてってな」
澄白国?
「澄白国は私の故郷の星ですの」
彗星さんが、獣神国へ挨拶をしにいくのについて行ったってこと?公の場に、わずか7歳の少女が?
「彗星、お前、皆に言ってなかったのか?お前が澄白国の王女だったって」
「…え?」
皆が彗星さんの顔を見た。特に一裕は、自分の彼女の新たな真実に戸惑いを隠せないでいる。
「翠ちゃん、ホント?」
彗星さんは、目を伏せて口をつぐんでいる。でもそれは、エメラルドの発言否定しているからではなく、肯定しているからだった。
「…俺が推測するに…彗星の遺骸は宇宙に散らばってて、一裕のは獣神国の何処かにある。はっきりしたことは分からない」
サファイヤはソファから立ち上がると、机に置かれた蓮くんのノートをペラリと捲った。
『獣神国の真実を暴く』
開かれたページには、エメラルドの文字でそう記されていた。
蓮くんがスッと息を軽く吸う音が隣から聞こえた。
「楓は、自分の親の居場所を気にしていた。そして、きっと、今も。だから、俺達で確かめよう。もう一人の一裕と彗星の居場所を」
蓮くんはペンで獣神国の文字の上に、澄白国も書き加えた。
「彗星、今のお前は地球人だから宇宙に行くのは危険だ。殺されに行くようなもの。俺がサファイヤと一緒に行ってくる。分かったことは交信して伝えるから、適宜蓮に伝えてノートに書いていってもらえ」
一裕組にいた彗星さんが、エメラルドたちについて宇宙に戻ろうとしていたのをエメラルドが察知して止めた。
時計の針が夜の9時を指している。夜ご飯を早く食べすぎて、少しお腹が空いてきた。
「…何か食べよう。食欲を満たさないと、何事においてもパフォーマンスの質が落ちるからな」
今まで一言も発さなかった峻兄ちゃんが、スマホでお寿司の出前を取った。峻兄ちゃんがサファイヤには別でピザを頼もうとしていたのを、サファイヤが止めた。
「拒んでるだけじゃ申し訳ないじゃん。生きたかっただろうに捨てさせられた命を、俺もありがたく頂かないと。家族に合わせる顔がない」
『毎度ありー!』
9時半頃にお寿司が届いた。
ウルフとバットは、恒例の真っ赤なイクラ丼。
一裕と彗星さんは、漬け丼とラーメンを半分ずつ分け合って食べている。
サファイヤはマグロやサーモン、ハマチのお刺身セット。
エメラルドと峻兄ちゃんは、さほどお腹が空いていなかったのか、半たまのラーメンだけ。
蓮くんと私は、韓国風の期間限定お寿司セット。
「食事の時くらいは、忘れようぜ。せーの!いただきます!」
バットがパンっと手を合わせて、イクラ丼を口の中にかき込んだ。ウルフも釣られたように、イクラ丼を口の中にかき込んでいく。
「佳奈美」
蓮くんはキンパを飲み込んだ後に、私にだけ聞こえるような声で話しかけてきた。
「もしかしたら、一裕と彗星さんは、織姫と彦星なのかもしれない。」
「どういう意味?」
「あの二人、サファイヤ曰く亡くなってるんだろ、既に。でも、楓が生まれた日には二人とも生きていた。おそらく、楓が生まれる日だけ会えて、それ以外は引き裂かれて…二人は最期を迎えた」
そもそも、彗星さんはともかく、地球人の一裕の遺骸が宇宙の星にあるのは不可解なこと。
そもそも、どうして彗星さんも一裕も亡くなったの?
そもそも、一裕の遺骸はどうして彗星さんの故郷の澄白国じゃなくて、エメラルドの故郷の獣神国にあるの?
だけど、私達はそれを解き明かさないといけないんだ。
一裕のために。
彗星さんのために。
エメラルドのために。
楓くんのために。
私はチーズがトッピングされたキムチ寿司を箸で掴んで口の中に入れた。チーズの風味が口の中に広がる。キムチの辛さが舌を刺激する。飲み込んだ後も、喉の奥がヒリヒリして痛い。私は冷蔵庫から峻兄ちゃんの天然水をコップに注いで、喉の痛みを癒やした。
チクタク…チクタク…
台所の時計が時を淡々と刻んでいく。
フワッ…
夜の生暖かい空気がカーテンを揺らして、台所に吹き込んでくる。空き地の方から虫の音が微かに聞こえてくる。
真実が近づいてくる足音が聞こえる…。
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線