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狭間に生きる僕ら

#45

謎解きゲーム(1)

バットは全員分のそうめんをテーブルに用意して、小学校の家庭の授業で作ったと思われる、炎を吐く黒いドラゴンの派手な刺繍が施されたエプロンを脱いでハンガーにかけていた。
「年齢的に恥ずかしくなってきたんだけど、捨てるのは勿体無いからさ」
バットはハンガーを台所の窓のカーテン軸に引っかけるついでに、窓のシャッターを閉めた。
「美味そうだな」
サファイヤが水槽から魚姿で飛び出したと思ったら、空中でポンと人間の姿になった。
正直、バットは少し雑な性格だと思っていたけど、薄く輪切りにされた赤い梅干しが薔薇みたいに盛り付けられていて、それを支えるようにシソの葉が敷かれていた。オクラの星型の断面が、麺つゆに沈むそうめんに散りばめられていて、料理と言うよりも一種の芸術作品のように丁寧に盛り付けられていた。大学のレポートを仕上げた峻兄ちゃんがリビングからやってきて、これで全員が揃った。
『いただきます』
梅干しの酸っぱさとシソの葉の苦みを、オクラのネバネバが和らげてくれる。麺つゆは梅干しとぶつからないように薄くしたようだけど、ほんの少しだけ甘みを感じる。
「ネットのメニュー通りに作ったら、味が濃すぎたんだ。それで麺つゆに水を少し入れて薄めたんだけど、何かそれはそれで物足りなくなちゃって。試しに砂糖とみりんを混ぜたやつを極微量入れてみたら、結構上手いこといったんだ」
なるほど、料理に関してはバットは天才だっていうウルフの言葉その通りだ。私、バットに料理教えてもらおうかな。

バットのそうめんはあっという間にお腹の中に入ってしまった。普段は残った麺つゆは多すぎなければ捨ててしまうんだけど、捨てるにはあまりにも勿体無いからじっくりと味わいながら飲ませてもらった。
「彗星の奴、そろそろ来るな」
エメラルドが時計を見ている。18時25分。峻兄ちゃんとバットが食器を洗う水の音。シンクに跳ねる水の音。食器と食器が触れ合う音。
「そういえばさ、金太郎の遺言だけど」
サファイヤがリビングから蓮くんのノートを持ってきて、テーブルの上に置きながら思い出したように言った。
「金太郎さ、空に憧れてたんだって。泳いでみたいなって、ずっと水槽から空を眺めるたびに思ってたらしい。だから、金太郎の夢が叶って良かったなって」
サファイヤがノートをパタンと広げた。
カチカチ…
18時28分。
カチカチ…
18時29分。
カチカチ…
「来るぞ」
エメラルドが時計を見た瞬間、針が18時30分を指した。

ピーンポーン

『遅くに申し訳ございません。彗星と一裕です』
…来た。
「はいはーい」
食器を洗い終えたバットがタオルで手を拭いてから玄関に向かった。
「こんばんは、皆さん」
あれ、彗星さんの髪が短くなってる。海夏さんみたい。
「翠ちゃんね、イメチェンしてみたんだって。俺、もう、可愛くって可愛くって、たまんないの~」
「あら、人前でそのような鼻を伸ばしたような顔をなさらないで」
一裕×彗星カップルは、相も変わらずお互いにベタ惚れだ。
「そんなこと言ったらな、俺らにも報告することはあるんだよ。な?」
バットが蓮くんと私の背中を押して、一裕と彗星さんの前に突き出した。
「俺と佳奈美は…」
蓮くんはそこまで言うと、顔を梅干しみたいに真っ赤にして俯いてしまった。
「早よ言わんかい!」
「付き合うことになりました!」
バットが蓮くんの背中をどついたのと同時に、蓮くんが「報告」をした。彗星さんは口を両手で隠して上品に驚いていたけど、一裕は驚くどころが「1+1=2ですよ」と言われたような表情を見せて蓮くんを見ている。
「お前ら、付き合ってなかったの?蓮、お前、こないだショッピングモールに皆で翠ちゃんに会いに行ったときに、一緒にトイレしただろ。そん時、確か、俺は佳奈美がすっ…!」
蓮くんが一裕の口を塞いだ。
「まあまあ、さてさて」
エメラルドが一裕たちを台所に連れて行って、テーブルに座らせた。
「これ、バットが作ったジュースだから飲んでみて。あいつには似合わず繊細な味がするから」
「お前、今一言余計だったぞ」
ウルフはレモンとイチゴのシロップの残りをそれぞれコップに入れて、牛乳を注いだ。
「お、ホントだ。美味い」
「まあ、私こんなに美味しい飲み物は初めてですわ」
二人に絶賛されて、バットは得意げな表情で二人がジュースを飲むのを見ていた。
「それでは皆さん」
サファイヤが新しいページを開けたノートをテーブルの中央に置いた。たった一冊のノートを、9人が緊張した眼差しで見つめる。
「ゲーム、スタート」
何も書かれていないB罫の見開きのページが冷房の風を受けて、ページの端っこがペラペラと不規則に捲れる。蓮くんが筆箱からシャーペンを取り出した。
カチカチ…
シャー芯の長さを調節すると、蓮くんはノートを自分の前に置いて、書き始める準備をした。蓮くんを挟むようにサファイヤと私が座っていて、峻兄ちゃんは私の隣。一裕と彗星さん、エメラルドの三人は蓮くんの向かい側に座っていて、バットとウルフは立って蓮くんの後ろからノートを覗き込んでいる。
「まずはね、整理しよう」
サファイヤが蓮くんのボールペンを借りて、分かっていることを見開きの左側に小さくて丁寧な文字で書いた。

『圭吾とりこは二人とも桜大の兄弟で、圭悟と莉香という名前だった』
『圭吾は流産した後、王国に女の身体を持って転生した。第一王女の片腕として仕えるも、第一王女が山賊に惨殺された際に責任を取って自決』
『龍獅国王リオンドールと、バットたちを助けた男クランシーは双子だった。当時、朱色は忌避色だったため、クランシーは捨てられて庶民として育った→兄弟間に軋轢→和解(朱色は忌み嫌うものではないと、リオンドールが定めた)(孤児の保護、養育→孤児の減少)』
『クランシーはアンバーとの間に一女をもうけるが、クランシーが徴兵されている間に出産したアンバーは命を落とす。赤子が誰かに拾われることを願って、橋の下の河川敷に赤子を置いた直後に絶命したと思われる』
『赤子は伝令に拾われて、妻と子供を失ったリオンドールの娘として育てられる。名前はメイプル』
『クランシーは第一王女が自分の娘であることは最後まで知らなかった』
『伝令が流行り病に罹って死ぬ直前、第一王女メイプルがリオンドールの実子でないことを明かす。第一王女は実父探しの旅に内密に出かけるも、オレンジ色の髪と楓色の瞳を宇宙からの山賊に狙われて、惨殺される→圭吾は自決。リオンドールは返せと叫んで憤死』
『リオンドールの跡、再び朱色が忌み嫌われるようになり、孤児も増加⇔クランシーは亡き兄の遺志を継いで孤児であったバットとウルフを保護するも、結局は国の方針に逆らった罪で処刑される』

「ふぅー…」
サファイヤは10行ぐらいを一気に書き終えると、一息ついてボールペンを筆箱に戻した。右手をプラプラと振っている。
「俺が楓の名前を聞いて狂ってしまっていたのは、王国で娘として育てていたメイプルの悲劇があったからなのか。双子で記憶を共有することはあり得るし、俺は王国ではクランシーであったとしても、俺の記憶にリオンドールの記憶が混ざっていたということだったのか」
一裕は、書いているうちにだんだんと大きくなっていったサファイヤの文字を見ている。一裕自身が「楓」という名前を口にしても、以前のように父親の人格が現れることは無かった。エメラルドが予め、楓は桜大兄ちゃんのご両親のもとにいるから桜大兄ちゃんが連れて帰ってくると約束したことを交信で伝えてあったようだ。おそらく、一裕の父親としての人格は、今度こそ我が子は無事であることが保障されて安心したのだろう。
「…なんだか、寂しいけれど…その分、私たち全員で頑張らないといけませんわね」
リビングの壁にマスキングテープで貼り付けられた、圭吾くんとりこちゃんの描いた花や魚の絵を、彗星さんが寂しい目で見つめている。
「それでだ!俺たちの前には、問題がまだ山ほどあるんだ」
サファイヤが今度はウルフと並んで立って蓮くんの後ろからノートを覗き込んで、バットはサファイヤが座っていたところに腰を下ろした。バットの可愛らしい文字が見開きの右側に罫線を無視して連ねられていく。

『真実を示し裁く像は、何かしらに記憶を奪われている→宇宙人の仕業?→いつ、何のために』
『第一王女を襲った宇宙人はどこの星の奴ら?』
『圭悟はなんで圭吾になったのか、どうして灰色の世界にいたか』
『りこもなんで、灰色の世界にいた?』
『そもそも、灰色の世界ってどこ』

バットは書き終えると、右手でペン回しをしながら、向かいに座っている彗星さんとエメラルドを見た。
「次の謎解きゲームには、宇宙の存在が絡んでくる。お前らじゃないと分からないこともあるはずだ。どうやって宇宙の事情を調べるかなんだけど…エメラルド、彗星、本当にお前ら、楓に狂信的な価値を置く宇宙人と聞いて心当たりはない?」
彗星さんは本当に心当たりが無いようで、右手を口に当てて少し俯きながら、上品で可憐に悩んでいた。
「…まさかなんだけど」
エメラルドの緑色の瞳に、一瞬雲がかかった。
「俺の星かもしれない」
「は?」
皆がエメラルドを、信じられないといった表情で見ている。エメラルドが少し曇った緑色の瞳を伏せた。
「ごめん、俺、自分の星のこと、忘れようとしてたけど、思い出さないといけないな」
エメラルドの瞳に光が戻った。エメラルドは顔を上げて、キッと正面を意を決した表情で見つめている。
「俺は獣神国王アドルファスの婚外子。後継者になる権利はないから、こうやって地球にいても御咎めなしだ。俺の名前は…エメラルドじゃない」
エメラルドが名付け親であるウルフに向き合った。真剣な眼差し。
「俺の名前は、ラルフだ」

「ラル…フ…?お前…誰だ」
ウルフのその言葉はここにいる私達全員の思いを代弁したものだった。ただ一人、彗星さんを除いては。
「やっと呼び慣れた名前であなたを呼べるわね、ラルフ」
エメラルド…いや、ラルフは蓮くんのノートを自分の前に持ってきて、筆箱から万年筆を取り出すと、自分の経歴について書き始めた。婚外子とはいえ、教養の高さを思わせる美しい文字で。
「ちゃんと書くから。皆、俺の本当の姿を見てくれ」

『17年前、獣神国王アドルファスと侍女の間に誕生。
アドルファスには正式な息子が2人いる。1人は20歳で名前はアドルフ。もう1人は18歳で、名前はランドルフ。アドルフは3年前に父王の跡を継いで獣神国王となった。』

「それがよ…」
バットの声にラルフが書く手を止めた。
「お前が獣神国王の婚外子だってことが、どう楓に関係するんだよ」
バットの声が震えている。バットは机に身を乗り出して、ラルフの襟首を掴んでいる。バットの見開かれた両目には絶望が宿っている。
「お前が…黒幕なのか…?」
ラルフはバットの手を優しく掴んで離した。
「俺は黒幕じゃない…でも、黒幕に一番近い側の人間なのかもしれない。獣神国王になるには、楓色の水晶と絹を神殿に捧げないといけないんだ」
ラルフは目を瞑って一度深呼吸をすると、ゆっくりと目を開いた。緑色の瞳は、決意の色と一抹の不安の色が混ざった色をしている。
「俺の兄が…アドルフ国王が黒幕かもしれない」
メイプルの瞳と髪の毛…!
「今更呼び名を変えるのは嫌だからエメラルドと呼ばせてもらうが、エメラルド」
サファイヤがラルフの横に腰を降ろして、ラルフの肩を組んだ。
「一度アドルフ国王とランドルフに会わせてくれ。二人の瞳から記憶を読み取って、まずはお前の兄貴たちが黒幕なのか調べないと」
ウルフが後ろからラルフの肩に手を置いた。
「俺達の前では、お前はエメラルドだ」
エメラルドは首をゆっくりと縦に振った。
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2025/07/11 17:32

花火
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