『ご馳走さまでした』
私たちが全員昼食を食べ終えたのは、時計の針が12時を後数分で指すタイミングだった。値段の割に量が多かったから、美術館のイベントが始まるまでの1時間でもう一品食べられる余裕もない。バットたちが使い終わったトレーを回収棚に戻して、蓮くんと私で燃えるごみをゴミ箱に捨てた。その間、サファイヤとエメラルドが、借りてきた椅子を元あったテーブルのところへ戻しに行っていた。
「思ったよりも早く食べ終わっちゃったね、俺たち」
フードコートを出て、私たちは目当てもなく彷徨い歩いた。ここに来た本来の目的は、買い出しをすることなんだから、イベントが始まる前に済ませてしまったらどうだろう。そうしたら、帰る時間までイベントを楽しめるし。バットたちはベンチに腰を下ろして、背もたれに背中を預けながらスマホをいじくっている。
「ねえ、バット」
バットはスマホを見るのをやめて、私の方を見たけど、右の手の平を私に見せて何も言わずに黙っている。
「ちょっと…待っ…ああ、クソっ」
バットはくしゃみが出そうだったのに出なかったようで、そのむず痒さを払うように頭を若干激しく振った。
「くしゃみ出なかったよ」
そう言って、バットは右手の人差し指で鼻の下をこすった。
「あの、先に買い物済ませようよ。そうしたら、皆も美術館のイベントに参加できるでしょ?」
私と、首を縦に振りかけたバットの間にウルフが突然腕を広げて割り込んできた。
「いやさ、蓮と佳奈美さんだけで行ってきなよ。俺たちは俺たちで時間つぶすからさ」
ウルフの瞳を観察するように見ていたサファイヤが、何かに気付いたようにニヤリと笑った。
「俺もそれが良いと思う。俺、多分この先人間として生きていかないといけないこともあるだろうから、漢字ドリルをやっておこうかな。エメラ…碧、お前もついて来いよ」
結局、16時まではサファイヤとエメラルド、峻兄ちゃんは本屋さんで過ごして、吸血鬼ペアは買い出しが終わったらショッピングモール内を適当に散歩して過ごして、蓮くんと私は一階のホールでイベントに参加することになった。16時に入り口近くにある像で待ち合わせることになっている。
左手首に付けた腕時計は、12時5分を指している。
「蓮くん、あと1時間ぐらいあるけど、どこで時間を潰そうか」
ゲーセンからコインのジャラジャラした音が絶えず聞こえてくる。
「あ!」
私は蓮くんの手を引いて、雑貨屋を目指した。雑貨屋はここから1つ上に上がった二階にあって、そこでは主に女子中高生向けの文房具や、アクセサリー、鞄とか諸々売られてるんだけど、私の目当てはただ一つ。私の愛するジュンヒョンのグッズ!
「どこに行こうとしてるんだよ」
蓮くんとエスカレーターに並んで乗っているとき、蓮くんはギュッと手すりに掴まって下を見ないようにしていた。高所恐怖症なのだ。私たちが幼稚園児の時に、蓮くんがどうしても幼稚園の二階には上がらないのだと泣いて抵抗していたのを思い出す。でも今は、エスカレーターに乗れている。
「…成長したね」
「は?」
「別に」
エスカレーターを下りて、洋服屋さんとメガネ屋さん、化粧品売り場を通り過ぎると、私の愛しいジュンヒョンのポスターが雑貨屋の入り口近くの壁に貼られているのが見えた。蓮くんが握っていた私の手を離した。
「俺、入りづらいよ」
確かに、この雑貨屋は女子中高生がターゲットだから当然お客さんの中には、私みたいな女子学生が多い。だけど、中には彼女へのプレゼントを買うために訪れる男性客もいるのだ。
「大丈夫でしょ。ほら、あれ」
大学生くらいの男の人が、入り口近くで販売さえれているアクセサリーコーナーをうろうろしている。
「来てよ」
どうしてか店に入りたがらない蓮くんを無理やり雑貨屋に連れ込んだ。今は鞄や文房具はどうでもいい。私の愛しいジュンヒョンは、店の一番奥にある。
「k-popコーナー?」
韓国アイドルに興味のない蓮くんからしたら、ただ男の顔が印刷された摩訶不思議な商品が売られている空間かもしれないけど、ごめん、今は付き合って。
「俺、いなきゃダメ?」
他の韓国アイドルのグッズもあるのに、蓮くんは何故かジュンヒョンのグッズを恨めしそうに見ている。私が籠に、ジュンヒョンのクリアファイル、定規、ノート、スマホケースを次々と入れていくほど、蓮くんはますます不機嫌になる。もう…何でよ。
「蓮くん」
私が目を離しているうちに店から出ようとしていた蓮くんを止めて、最近知った韓国語を披露してあげた。
「パボヤ!」
「…はあ?」
蓮くんは韓国語を全く知らない。私に左手を握られたまま、口を半開きにして私を見ている。
「どういう意味だよ」
「バカってこと。カッコいい人をカッコいいって思って何がダメなの」
蓮くんは口を尖らせて、私から目を逸らしている。
「…じゃあさ、世界で一番カッコいいって思ってるってことか?」
「いや、それは…」
私は蓮くんの手を離した。言えるわけがない。ジュンヒョンのことは蓮くんに似ているから好きになっただなんて。…蓮くんが世界で一番カッコいいなんて。
「ご来店ありがとうございましたー」
雑貨屋を出たのは、12時10分過ぎ。まだまだ時間はある。あんなに拗ねていたのに、蓮くんはジュンヒョンのグッズが大量に入った袋を代わりに持ってくれている。
「蓮くんはどこか、行きたいところ無いの?」
まあ、蓮くんはショッピングモールに行きつくしてるから、今更知らない店なんて無いんだろうけど。
「…俺…あそこに行きたい。bloom&brew…」
蓮くんの私の手を握る力が少し強くなった。
「…良いよ。行こう」
私は蓮くんの手を強く握り返した。bloom&brewは、蓮くんと私が付き合って初めて二人だけで行ったジュース専門店。安いし、美味しいし、珍しい味のもあるから、学生や家族連れに人気の場所。確か、蓮くんはあの時、イチゴとリンゴのミックスジュースを飲んでたっけ。
「うわあ、結構種類増えたね」
実際行ってみると、メニュー表は目を凝らさないと見えないくらい沢山の種類のジュース名で埋め尽くされていた。私は頑張って文字を読もうとするけど、蓮くんは目が良いから目を細めることもない。
「俺、パイナップルのスムージーにする。佳奈美は?」
「うそ!本当にパイナップル平気になったの?」
信じられない。あんなに怖がっていたのに。幼稚園の時は、パイナップルを見ただけで逃げていったのに。
「…好きだ…から…。佳奈美は?」
「私、イチゴとリンゴのミックスジュース」
蓮くんがハッとした顔で私を見た。
「蓮くんも覚えてる?次に来たときは、お互いの飲み物を頼んでみようって約束したもんね。覚えててくれてありがとう」
そうだった。私は初めてここに来た時、今から蓮くんが飲もうとしているのと全く同じパイナップルスムージーを頼んだんだった。
私と蓮くんは並んでレジに立って、注文を始めた。
「以上の2点でよろしかったでしょうか」
「はい」
「合計500円頂戴します」
蓮くんが財布から500円玉を取り出して、店員さんに渡すと、別の店員さんがほとんど同時に私たちのジュースをトレイに乗せて私たちに渡してきた。
「二人に幸が訪れるよう」
ジュースのカップに黒いマーカーでメッセージが書かれていて、ストローは途中でハート型にくるりと曲がったタイプのものが刺さっている。蓮くんのは黄緑色で、私のは薄い紫色。これは、カップル限定のストロー。幼稚園児と小学校高学年くらいの男と女の兄弟が、大人しく二人並んで私たちの隣で、美味しそうにジュースを飲んでいる。りこちゃんと圭吾くんみたい。二人が戻ってきたら、連れてきてあげたい。桜大兄ちゃんも一緒に。蓮くんはパイナップルスムージーを3分の1くらい飲んで、少しリニューアルされた店内を見渡している。
「蓮くん」
「ん?」
蓮くんは内装に興味津々で、私の顔を見ずに返事した。
「いつか子供達を連れて来ようよ」
「…うん」
蓮くんはやっぱり、私の顔を見ないで首を縦に振った。
その瞬間。
「ハアックショーン!!!」
びっくりした。地球がひっくり返ったかと思った。私には分かる。あの超絶デカいクシャミは、バットのもの。さっき出そうで出なかったクシャミが思いっきり出たのだろう。
「佳奈美」
蓮くんはスムージーを既に飲み干していた。
「バッ…翔飛にマシな声量でくしゃみをさせるには、どうすれば良いと思う」
「…知らない。翔飛って普段から学校であんな大きいクシャミをしてるのかな。友達とか先生とか、どうしてるんだろうね」
バットが隣の席でクシャミした日には、鼓膜が破れるかもしれない。今までバットと一緒に狭いアパートで暮らしてきたけど、クシャミをされなくて良かった。
時計の針が12時20分を指している。イベントまでは後40分。
「何しよう」
「そうですねえ」
私たちはbloom&brewを出て、近くにいくつか置かれたベンチの一つに並んで座った。蓮くんが持っている袋から、ジュンヒョンの御尊顔が顔を半分だけ覗かせている。そうだ。蓮くんにもジュンヒョンのカッコよさを分かってもらおう。ジュンヒョンのファンには男の人も半分くらいいるんだから。
「蓮くん、聞いてみてよ」
私はプレイリストを表示してスマホにイヤホンのプラグを指して、イヤホンの片方を無理やり蓮くんの左耳に入れた。もう片方は私の右耳に。再生ボタンを押すと、私が一番好きな音楽が流れた。最近韓国語を勉強し始めたから、だいたいの意味は分かる。
『君が隣にいない夜は 僕はただの放浪者 君を求めて彷徨うくせに 臆病な僕が大嫌い 僕は君が大嫌い 大嫌い 君が僕を狂わせたから 僕は君の (I want to)』
「なんか、中途半端なところで歌詞終わらなかったか?俺、英語は分かるから」
蓮くんのご指摘はごもっとも。だけど、それが私がこの歌を大好きな理由。僕は君の何になりたいのか。ヒーロー?それとも君の一番?如何様にも解釈できる。
「蓮くんは歌詞の最後にどんな言葉が来ると思う?」
韓国語を理解できない蓮くんに聞いても仕方ないかもしれないけど。
「俺だったら…君の…命になりたい、かな。生まれた瞬間から命尽きるまで一生傍にいれるから」
あら、思ったよりも良いこと言うじゃないの。
「他の曲も聴いてみてよ」
私は次の曲の再生ボタンを押した。
『連れて行きたくない 見ていたいよ 君が紡ぐ物語を 連れていきたい 見ていたいよ 永遠に 僕と 星を紡いでいこう』
今回は韓国語しかない歌だったから、日本語訳を蓮くんに見せながら聴かせた。これは最新曲で、アップロードされてから1日も経ってないのに再生回数が1000万回を超えたもの。
「もしかして…死神目線の歌か?」
蓮くんが興味深い印象を抱いたようだ。私は蓮くんに、そう思った理由を話すように促した。蓮くんが自ら音楽に対して持った感想を言うのは、かなり珍しいことなのだ。
「男は死神で、たぶん生きた女性に恋をしたんだと思う。でも、女性が人生っていう長い物語を紡いでいくのを見守りたいから、連れて行きたくないって言ってる。でも、死神には魂を連れていくっていう仕事もあるし、俺だったら好きな女性が自分の存在に気付きさえしないで他の男と出会って幸せに暮らすなんて、絶対に嫌だ。だから、連れていきたいとも歌ってる。星を紡ぐってさ、星と星を繋ぐっていう意味だから、なんとなくロマンチックな感じだろ?だから、俺のところにおいで、そして永遠に星座を描くみたいに繋がっていたい、っていう意味だと俺は解釈した」
…蓮くん、あなたは素晴らしい感性の持ち主です。
思わず私が大きな拍手をしたのを、蓮くんはイヤホンを耳に刺したまま、不思議そうな顔で見ていた。
私たちが全員昼食を食べ終えたのは、時計の針が12時を後数分で指すタイミングだった。値段の割に量が多かったから、美術館のイベントが始まるまでの1時間でもう一品食べられる余裕もない。バットたちが使い終わったトレーを回収棚に戻して、蓮くんと私で燃えるごみをゴミ箱に捨てた。その間、サファイヤとエメラルドが、借りてきた椅子を元あったテーブルのところへ戻しに行っていた。
「思ったよりも早く食べ終わっちゃったね、俺たち」
フードコートを出て、私たちは目当てもなく彷徨い歩いた。ここに来た本来の目的は、買い出しをすることなんだから、イベントが始まる前に済ませてしまったらどうだろう。そうしたら、帰る時間までイベントを楽しめるし。バットたちはベンチに腰を下ろして、背もたれに背中を預けながらスマホをいじくっている。
「ねえ、バット」
バットはスマホを見るのをやめて、私の方を見たけど、右の手の平を私に見せて何も言わずに黙っている。
「ちょっと…待っ…ああ、クソっ」
バットはくしゃみが出そうだったのに出なかったようで、そのむず痒さを払うように頭を若干激しく振った。
「くしゃみ出なかったよ」
そう言って、バットは右手の人差し指で鼻の下をこすった。
「あの、先に買い物済ませようよ。そうしたら、皆も美術館のイベントに参加できるでしょ?」
私と、首を縦に振りかけたバットの間にウルフが突然腕を広げて割り込んできた。
「いやさ、蓮と佳奈美さんだけで行ってきなよ。俺たちは俺たちで時間つぶすからさ」
ウルフの瞳を観察するように見ていたサファイヤが、何かに気付いたようにニヤリと笑った。
「俺もそれが良いと思う。俺、多分この先人間として生きていかないといけないこともあるだろうから、漢字ドリルをやっておこうかな。エメラ…碧、お前もついて来いよ」
結局、16時まではサファイヤとエメラルド、峻兄ちゃんは本屋さんで過ごして、吸血鬼ペアは買い出しが終わったらショッピングモール内を適当に散歩して過ごして、蓮くんと私は一階のホールでイベントに参加することになった。16時に入り口近くにある像で待ち合わせることになっている。
左手首に付けた腕時計は、12時5分を指している。
「蓮くん、あと1時間ぐらいあるけど、どこで時間を潰そうか」
ゲーセンからコインのジャラジャラした音が絶えず聞こえてくる。
「あ!」
私は蓮くんの手を引いて、雑貨屋を目指した。雑貨屋はここから1つ上に上がった二階にあって、そこでは主に女子中高生向けの文房具や、アクセサリー、鞄とか諸々売られてるんだけど、私の目当てはただ一つ。私の愛するジュンヒョンのグッズ!
「どこに行こうとしてるんだよ」
蓮くんとエスカレーターに並んで乗っているとき、蓮くんはギュッと手すりに掴まって下を見ないようにしていた。高所恐怖症なのだ。私たちが幼稚園児の時に、蓮くんがどうしても幼稚園の二階には上がらないのだと泣いて抵抗していたのを思い出す。でも今は、エスカレーターに乗れている。
「…成長したね」
「は?」
「別に」
エスカレーターを下りて、洋服屋さんとメガネ屋さん、化粧品売り場を通り過ぎると、私の愛しいジュンヒョンのポスターが雑貨屋の入り口近くの壁に貼られているのが見えた。蓮くんが握っていた私の手を離した。
「俺、入りづらいよ」
確かに、この雑貨屋は女子中高生がターゲットだから当然お客さんの中には、私みたいな女子学生が多い。だけど、中には彼女へのプレゼントを買うために訪れる男性客もいるのだ。
「大丈夫でしょ。ほら、あれ」
大学生くらいの男の人が、入り口近くで販売さえれているアクセサリーコーナーをうろうろしている。
「来てよ」
どうしてか店に入りたがらない蓮くんを無理やり雑貨屋に連れ込んだ。今は鞄や文房具はどうでもいい。私の愛しいジュンヒョンは、店の一番奥にある。
「k-popコーナー?」
韓国アイドルに興味のない蓮くんからしたら、ただ男の顔が印刷された摩訶不思議な商品が売られている空間かもしれないけど、ごめん、今は付き合って。
「俺、いなきゃダメ?」
他の韓国アイドルのグッズもあるのに、蓮くんは何故かジュンヒョンのグッズを恨めしそうに見ている。私が籠に、ジュンヒョンのクリアファイル、定規、ノート、スマホケースを次々と入れていくほど、蓮くんはますます不機嫌になる。もう…何でよ。
「蓮くん」
私が目を離しているうちに店から出ようとしていた蓮くんを止めて、最近知った韓国語を披露してあげた。
「パボヤ!」
「…はあ?」
蓮くんは韓国語を全く知らない。私に左手を握られたまま、口を半開きにして私を見ている。
「どういう意味だよ」
「バカってこと。カッコいい人をカッコいいって思って何がダメなの」
蓮くんは口を尖らせて、私から目を逸らしている。
「…じゃあさ、世界で一番カッコいいって思ってるってことか?」
「いや、それは…」
私は蓮くんの手を離した。言えるわけがない。ジュンヒョンのことは蓮くんに似ているから好きになっただなんて。…蓮くんが世界で一番カッコいいなんて。
「ご来店ありがとうございましたー」
雑貨屋を出たのは、12時10分過ぎ。まだまだ時間はある。あんなに拗ねていたのに、蓮くんはジュンヒョンのグッズが大量に入った袋を代わりに持ってくれている。
「蓮くんはどこか、行きたいところ無いの?」
まあ、蓮くんはショッピングモールに行きつくしてるから、今更知らない店なんて無いんだろうけど。
「…俺…あそこに行きたい。bloom&brew…」
蓮くんの私の手を握る力が少し強くなった。
「…良いよ。行こう」
私は蓮くんの手を強く握り返した。bloom&brewは、蓮くんと私が付き合って初めて二人だけで行ったジュース専門店。安いし、美味しいし、珍しい味のもあるから、学生や家族連れに人気の場所。確か、蓮くんはあの時、イチゴとリンゴのミックスジュースを飲んでたっけ。
「うわあ、結構種類増えたね」
実際行ってみると、メニュー表は目を凝らさないと見えないくらい沢山の種類のジュース名で埋め尽くされていた。私は頑張って文字を読もうとするけど、蓮くんは目が良いから目を細めることもない。
「俺、パイナップルのスムージーにする。佳奈美は?」
「うそ!本当にパイナップル平気になったの?」
信じられない。あんなに怖がっていたのに。幼稚園の時は、パイナップルを見ただけで逃げていったのに。
「…好きだ…から…。佳奈美は?」
「私、イチゴとリンゴのミックスジュース」
蓮くんがハッとした顔で私を見た。
「蓮くんも覚えてる?次に来たときは、お互いの飲み物を頼んでみようって約束したもんね。覚えててくれてありがとう」
そうだった。私は初めてここに来た時、今から蓮くんが飲もうとしているのと全く同じパイナップルスムージーを頼んだんだった。
私と蓮くんは並んでレジに立って、注文を始めた。
「以上の2点でよろしかったでしょうか」
「はい」
「合計500円頂戴します」
蓮くんが財布から500円玉を取り出して、店員さんに渡すと、別の店員さんがほとんど同時に私たちのジュースをトレイに乗せて私たちに渡してきた。
「二人に幸が訪れるよう」
ジュースのカップに黒いマーカーでメッセージが書かれていて、ストローは途中でハート型にくるりと曲がったタイプのものが刺さっている。蓮くんのは黄緑色で、私のは薄い紫色。これは、カップル限定のストロー。幼稚園児と小学校高学年くらいの男と女の兄弟が、大人しく二人並んで私たちの隣で、美味しそうにジュースを飲んでいる。りこちゃんと圭吾くんみたい。二人が戻ってきたら、連れてきてあげたい。桜大兄ちゃんも一緒に。蓮くんはパイナップルスムージーを3分の1くらい飲んで、少しリニューアルされた店内を見渡している。
「蓮くん」
「ん?」
蓮くんは内装に興味津々で、私の顔を見ずに返事した。
「いつか子供達を連れて来ようよ」
「…うん」
蓮くんはやっぱり、私の顔を見ないで首を縦に振った。
その瞬間。
「ハアックショーン!!!」
びっくりした。地球がひっくり返ったかと思った。私には分かる。あの超絶デカいクシャミは、バットのもの。さっき出そうで出なかったクシャミが思いっきり出たのだろう。
「佳奈美」
蓮くんはスムージーを既に飲み干していた。
「バッ…翔飛にマシな声量でくしゃみをさせるには、どうすれば良いと思う」
「…知らない。翔飛って普段から学校であんな大きいクシャミをしてるのかな。友達とか先生とか、どうしてるんだろうね」
バットが隣の席でクシャミした日には、鼓膜が破れるかもしれない。今までバットと一緒に狭いアパートで暮らしてきたけど、クシャミをされなくて良かった。
時計の針が12時20分を指している。イベントまでは後40分。
「何しよう」
「そうですねえ」
私たちはbloom&brewを出て、近くにいくつか置かれたベンチの一つに並んで座った。蓮くんが持っている袋から、ジュンヒョンの御尊顔が顔を半分だけ覗かせている。そうだ。蓮くんにもジュンヒョンのカッコよさを分かってもらおう。ジュンヒョンのファンには男の人も半分くらいいるんだから。
「蓮くん、聞いてみてよ」
私はプレイリストを表示してスマホにイヤホンのプラグを指して、イヤホンの片方を無理やり蓮くんの左耳に入れた。もう片方は私の右耳に。再生ボタンを押すと、私が一番好きな音楽が流れた。最近韓国語を勉強し始めたから、だいたいの意味は分かる。
『君が隣にいない夜は 僕はただの放浪者 君を求めて彷徨うくせに 臆病な僕が大嫌い 僕は君が大嫌い 大嫌い 君が僕を狂わせたから 僕は君の (I want to)』
「なんか、中途半端なところで歌詞終わらなかったか?俺、英語は分かるから」
蓮くんのご指摘はごもっとも。だけど、それが私がこの歌を大好きな理由。僕は君の何になりたいのか。ヒーロー?それとも君の一番?如何様にも解釈できる。
「蓮くんは歌詞の最後にどんな言葉が来ると思う?」
韓国語を理解できない蓮くんに聞いても仕方ないかもしれないけど。
「俺だったら…君の…命になりたい、かな。生まれた瞬間から命尽きるまで一生傍にいれるから」
あら、思ったよりも良いこと言うじゃないの。
「他の曲も聴いてみてよ」
私は次の曲の再生ボタンを押した。
『連れて行きたくない 見ていたいよ 君が紡ぐ物語を 連れていきたい 見ていたいよ 永遠に 僕と 星を紡いでいこう』
今回は韓国語しかない歌だったから、日本語訳を蓮くんに見せながら聴かせた。これは最新曲で、アップロードされてから1日も経ってないのに再生回数が1000万回を超えたもの。
「もしかして…死神目線の歌か?」
蓮くんが興味深い印象を抱いたようだ。私は蓮くんに、そう思った理由を話すように促した。蓮くんが自ら音楽に対して持った感想を言うのは、かなり珍しいことなのだ。
「男は死神で、たぶん生きた女性に恋をしたんだと思う。でも、女性が人生っていう長い物語を紡いでいくのを見守りたいから、連れて行きたくないって言ってる。でも、死神には魂を連れていくっていう仕事もあるし、俺だったら好きな女性が自分の存在に気付きさえしないで他の男と出会って幸せに暮らすなんて、絶対に嫌だ。だから、連れていきたいとも歌ってる。星を紡ぐってさ、星と星を繋ぐっていう意味だから、なんとなくロマンチックな感じだろ?だから、俺のところにおいで、そして永遠に星座を描くみたいに繋がっていたい、っていう意味だと俺は解釈した」
…蓮くん、あなたは素晴らしい感性の持ち主です。
思わず私が大きな拍手をしたのを、蓮くんはイヤホンを耳に刺したまま、不思議そうな顔で見ていた。
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線