温かくて柔らかな光がカーテン越しに俺の顔を撫でる。本当なら圭吾かりこのどっちかが、俺の腹の上に飛び乗ってくるから朝から死にそうになるんだが、あいつらが戻ってくるまでは自力で起きないと。
ピピっピピっ
俺の眼はまだまだ夜だと勘違いしている。スマホに手を伸ばして、スクリーンの適当なところを触ったらアラームが止まった。
「いてっ」
昨晩までは俺の隣で並んで寝ていたはずの蓮の頭が何故か俺の足の方に会って、右足で俺の顔を蹴り飛ばすような格好。本人はまだまだ夢の中。佳奈美さんは、眠いのに頑張って夜中の間にスマホを蓮の枕元から取り戻そうとしたのか、蓮の枕の方に手を伸ばした姿でうつ伏せになって寝ている。峻兄さんは、夜の間中ずっと佳奈美さんと蓮の間で壁の役割を果たしたのか、腕を組んだまま二人の間で仰向けの姿で寝ている。
「ウルフ…」
バットのささやき声が俺の後ろから聞こえた。
「助けてくれ…」
見ると、エメラルドがワシ姿のバットを枕にして寝ている。本来の枕はどうしてか寝室の隅に追いやられてる。
「苦しいけど…動けない」
俺は重たい身体を起き上がらせると、まずは寝室の隅にあるエメラルドの枕を左手に持った。そして右手でエメラルドを起こさないようにそっとエメラルドの頭を持ち上げた。
「バット、今のうちに抜けろ」
バットとエメラルドの間に空間が出来た。
「助かった」
バットがワシ姿のまま起き上がって、エメラルドの枕地獄から脱した。俺は左手に持った枕をエメラルドの頭の下にセットして、そっとエメラルドの頭をそれに乗せた。エメラルドの寝息がする。これにて俺の第一ミッションクリア。
バットは人間に戻って、台所で珍しく朝ごはんの用意をしている。お皿もちゃんと、全員分用意して。俺が洗面所でうがいをしていた時、バットが味噌汁を濾している音がシャカシャカと台所から聞こえてきた。
「バット、お前わざわざ朝までエメラルドの枕にならなくても良かったんじゃないか?」
圭吾とりこが使っていた食器は、乾燥棚に置かれている。太陽の光に反射して、柔らかな白い光を発している。
「エメラルドの奴、夜中に俺の身体を撫でながら、何回も圭吾、圭吾って呼んでたんだ。俺だよって言うのは、少し可哀そうかなって思ってさ」
バットの作った味噌汁は思ったよりも味が薄い。
「味噌が切れかけてたんだ。今日、彗星と一裕がやってくるまでに買い出しに行かないと」
ガチャ…
峻兄さんが寝ぐせを片手で治しながら、台所にやってきた。
「お前ら、もう起きてたんか。朝ごはん、悪かったな」
峻兄さんが寝室に、皆を起こしに戻った。蓮はうがいを済ませて、味噌汁と白米を盛り付けると、俺の隣に腰かけたんだが、今日も若干不機嫌な気がする。
もしかして…?
「蓮、何があった?」
蓮は普段そんなことしないくせに、やたら大きな口を開けて、味噌汁と白米を一緒に食い始めた。
「何でもない。佳奈美のスマホのアラームが鳴り続けても、起きる気配がしなかったから俺が代わりに止めただけだ」
蓮は不機嫌でないふりをしているが、間違いない。
「佳奈美さん」
「ん?」
佳奈美さんは冷蔵庫から取り出したフルーツヨーグルトをデザートに食べている。
「俺、午前中に買い出しに行きたいから一応気温とか見ておいてくれない?サングラスが要るかどうか決めないと」
これは、半分ホントで半分噓。買い出しには行こうかなと思っているが、俺だってスマホはあるんだから自分ので調べれば良いだけの話。だけど、嘘も方便さ。
「ごめん、俺のスマホのバッテリーが切れちゃってさ。今充電中なんだ」
これも、半分嘘で半分ホント。確かに充電中ではあるが、俺はいつも50%を下回った段階で充電しないと気が済まない質の人間だ。
「あ、良いよ。ちょっと待っててね」
佳奈美さん、すまねえな。俺は佳奈美さんがスマホの画面を点ける瞬間、佳奈美さんの横に立って待ち受け画像を確認してやった。俺、こいつ知ってるわ。なんかの化粧品のコマーシャルに出てたやつだ。昨晩は見えにくかったから気が付かなかったけど、こいつ、多少蓮に似ている気もするんだけど。画面の中のそいつは、ストローの刺さったフラペチーノを飲みながら、俺を見て笑顔を見せている。カッコつけすぎていない、自然な笑顔。男の俺でも良いやつだなって思う。
「これね、彼氏風壁紙って言ってね。他にもね、こんなのとか…」
佳奈美さんは、今日の気温を調べるというミッションを完全に忘れて、俺に色々なスクショで保存したような写真を見せ始めた。蓮、どんな顔をしているんだろう。俺は気になって、顔は佳奈美さんのスマホに向けながら、目を蓮のいるところに向けた。…蓮、俺をそんなに怖い目で睨まないでくれ。
「佳奈美さん、この人さ、少し蓮に似てないか?」
「うーん、そうかもね。だから好きになっちゃったていうのもある。…蓮くんには内緒でお願い」
俺は蓮に再び視線を向けたが、味噌汁のお椀で顔が見えなかったのが残念だ。
「おい、エメラルド」
「なんだ」
蓮が空になったお椀を左手に持って、シンクに入れがてら右手でエメラルドの頭部を指さしている。エメラルドは、小さな容器のヨーグルトを最後まで丁寧にスプーンで掬っては食べている。エメラルドの側頭部に、鳥の羽が上手い具合に刺さっている。どこかの先住民族みたいだ。
「ああ、ごめん。それ、俺のだ」
バットはエメラルドの髪の毛から自分の羽毛を引っこ抜くと、台所の窓を開けて雑木林の方に投げた。羽は、最初は順調に風に乗って雑木林の方に向かっていったが、運悪く風が途切れて雑木林手前のあぜ道に落ちた。鳥の羽はただでさえ、子供が一度は手に持ってみたいものの一つ。ましてや、グレーにワイン色の混ざった羽となればなおさらだ。半袖半ズボンの男子たち3人くらいが向こうから走ってくるのが見える。明らかにバットの羽目当て。
「触るなー!!」
子供の一人が羽に手を触れようとした瞬間、バットが窓からバカでかい声で叫んだ。子供が素早く手を引っ込めて、バットを見上げた。
「鳥の羽は汚いぞ!下手したら死ぬからな!」
子供たちが雑木林の方へ逃げるように走っていく。雑木林を抜けて、街に出るとゲーセンがあるから、おそらくそこが目当てだろう。バットが窓を閉めて、グラノーラを食べようとテーブルに身体を向けた。
「何が起きたんだ?」
食器棚からプラスチックのコップが五つくらい落ちて、床に転がっているのを峻兄さんが拾っている。リビングの方では、本棚から漫画や参考書が何冊も落ちて、床に倒れているのを蓮と佳奈美さんで拾っている。
「バット、気を付けろ。心臓に悪い」
エメラルドが耳を塞いでいる。
「でも、俺、間違ったことは言ってないし…」
バットは昔から声がデカい。俺はもう慣れたけど、王国にいた頃には声がデカすぎるのを利用されて、数千人の兵士の前で連絡事項を伝える役割を与えられていた。今思えば、バットと距離の近かった最前列にいた兵士たちの鼓膜が心配になる。
『おはようございます。朝の6時半になりました。ニュースをお伝えします。おととい、○○病院に搬送された妊婦が死亡しました。検査の結果、鳥から検出される菌が原因だと推定され…』
バットがテレビを消して、グラノーラに牛乳を注いだ。
「心配するな。俺はワシにはなれるけど、元々の身体は人間だ。怖い菌は持ってない。でも、簡単に鳥の羽を触ろうとするもんじゃないってことを、早いうちにガキたちに教えとかないと」
やっぱり、圭吾たちがいないと、アパートが広いな。台所には俺も入れて6人。…ん?6人?俺はメンバーの名前を頭に思い浮かべながら、台所にいるメンバーを順番に指さしていった。あれ?昨晩までいたのに、サファイヤの奴、どこに行った?
「おーい、同居人が亡くなったよ」
水槽からサファイヤの声がする。見に行ってみると、水面に金魚がお腹を上にして浮かんでいた。サファイヤが今度はメダカになって、金魚に寄り添うようにして水面近くを泳いでいる。
「ああ…俺が小学校の時に夏祭りで金魚すくいをした時から生きてたんだ。とうとう最後の一匹が寿命を迎えたか」
峻兄さんが両手で優しく金魚の身体を掬った。
「…じゃあな」
峻兄さんは金魚の身体を、ベランダの鉢植えの土に埋めた。エメラルド曰く、彗星は塾の夏期講習に行かないといけないから、夜の五時くらいにアパートに着くらしい。塾が一裕の家と同じ方面にあるから、その時一裕もついでに乗せてくると言っているそうだ。
佳奈美さんと蓮が家に帰るまで、タイムリミットは後10日。圭吾たちがいつ戻ってくるのかは見当も付かない。だけど、俺たちにはまだまだ解決すべき問題が沢山ある。一日一つずつ解決していって、間に合うかどうか…。
俺とバットは両親に、本当のことを伝えてしばらく家に帰らない許可を貰った。学校には、俺たちがインフルエンザに罹ってなかなか治らないという設定で連絡を入れてくれることになった。厳格な親父が許してくれるか不安だったが、杞憂だった。俺が親父に電話をしてその旨を伝えた時、俺の親父はこう言った。
「保身のために嘘を付くな。人を傷つけるから。だが、時には嘘を付け。嘘は時に誰かを救うから」
俺が将来子供を持つかは分からないけど、この言葉だけは受け継いでいきたいと思う。
「なあなあ、昼飯の材料もいるし、久しぶりに皆でショッピングモールに出かけようぜ」
時計の針は8時を指している。彗星と一裕がいないのでは、王国に行ってもあまり意味がないし…。彗星と一裕が来てからは大忙しになりそうだし…。
今のうちに…。
「おい、蓮」
蓮はリビングでソファに身を預けながら、最近ハマりだしたという漫画を読んでいた。
「ウルフ?どうした」
蓮は漫画を閉じると、自分の太ももの上に置いた。佳奈美さんはベランダの花に水をやっている。
「蓮、お前にミッションをやる。佳奈美さんとデートに行け」
蓮が顔をトマトみたいに真っ赤にして俺の口を塞ごうと俺に飛び掛かってきたけど、俺が華麗に避けると、蓮は床に倒れ込んだ。佳奈美さんはりこが好きだった歌を歌いながら、朝顔に水をやっている。
「今から皆でショッピングモールに行く。食材なら俺たちが買っておいてやる。欲しいのがあるなら伝えろ。今、ショッピングモールに期間限定で美術館が主催したイベントがあるんだ。『カップルにおススメ!』ってキャッチコピーが付いてたからな。行ってこい」
嫌だとは言わせないぞ、蓮。俺の思惑通り、蓮は顔を赤らめながらも、ベランダにいる佳奈美さんに見惚れて首を縦に振った。今夜から、忙しくなる。今のうちに、恋を楽しんでおけ、蓮。俺たちが王国で味わえなかったことを、思う存分経験して来い。
ピピっピピっ
俺の眼はまだまだ夜だと勘違いしている。スマホに手を伸ばして、スクリーンの適当なところを触ったらアラームが止まった。
「いてっ」
昨晩までは俺の隣で並んで寝ていたはずの蓮の頭が何故か俺の足の方に会って、右足で俺の顔を蹴り飛ばすような格好。本人はまだまだ夢の中。佳奈美さんは、眠いのに頑張って夜中の間にスマホを蓮の枕元から取り戻そうとしたのか、蓮の枕の方に手を伸ばした姿でうつ伏せになって寝ている。峻兄さんは、夜の間中ずっと佳奈美さんと蓮の間で壁の役割を果たしたのか、腕を組んだまま二人の間で仰向けの姿で寝ている。
「ウルフ…」
バットのささやき声が俺の後ろから聞こえた。
「助けてくれ…」
見ると、エメラルドがワシ姿のバットを枕にして寝ている。本来の枕はどうしてか寝室の隅に追いやられてる。
「苦しいけど…動けない」
俺は重たい身体を起き上がらせると、まずは寝室の隅にあるエメラルドの枕を左手に持った。そして右手でエメラルドを起こさないようにそっとエメラルドの頭を持ち上げた。
「バット、今のうちに抜けろ」
バットとエメラルドの間に空間が出来た。
「助かった」
バットがワシ姿のまま起き上がって、エメラルドの枕地獄から脱した。俺は左手に持った枕をエメラルドの頭の下にセットして、そっとエメラルドの頭をそれに乗せた。エメラルドの寝息がする。これにて俺の第一ミッションクリア。
バットは人間に戻って、台所で珍しく朝ごはんの用意をしている。お皿もちゃんと、全員分用意して。俺が洗面所でうがいをしていた時、バットが味噌汁を濾している音がシャカシャカと台所から聞こえてきた。
「バット、お前わざわざ朝までエメラルドの枕にならなくても良かったんじゃないか?」
圭吾とりこが使っていた食器は、乾燥棚に置かれている。太陽の光に反射して、柔らかな白い光を発している。
「エメラルドの奴、夜中に俺の身体を撫でながら、何回も圭吾、圭吾って呼んでたんだ。俺だよって言うのは、少し可哀そうかなって思ってさ」
バットの作った味噌汁は思ったよりも味が薄い。
「味噌が切れかけてたんだ。今日、彗星と一裕がやってくるまでに買い出しに行かないと」
ガチャ…
峻兄さんが寝ぐせを片手で治しながら、台所にやってきた。
「お前ら、もう起きてたんか。朝ごはん、悪かったな」
峻兄さんが寝室に、皆を起こしに戻った。蓮はうがいを済ませて、味噌汁と白米を盛り付けると、俺の隣に腰かけたんだが、今日も若干不機嫌な気がする。
もしかして…?
「蓮、何があった?」
蓮は普段そんなことしないくせに、やたら大きな口を開けて、味噌汁と白米を一緒に食い始めた。
「何でもない。佳奈美のスマホのアラームが鳴り続けても、起きる気配がしなかったから俺が代わりに止めただけだ」
蓮は不機嫌でないふりをしているが、間違いない。
「佳奈美さん」
「ん?」
佳奈美さんは冷蔵庫から取り出したフルーツヨーグルトをデザートに食べている。
「俺、午前中に買い出しに行きたいから一応気温とか見ておいてくれない?サングラスが要るかどうか決めないと」
これは、半分ホントで半分噓。買い出しには行こうかなと思っているが、俺だってスマホはあるんだから自分ので調べれば良いだけの話。だけど、嘘も方便さ。
「ごめん、俺のスマホのバッテリーが切れちゃってさ。今充電中なんだ」
これも、半分嘘で半分ホント。確かに充電中ではあるが、俺はいつも50%を下回った段階で充電しないと気が済まない質の人間だ。
「あ、良いよ。ちょっと待っててね」
佳奈美さん、すまねえな。俺は佳奈美さんがスマホの画面を点ける瞬間、佳奈美さんの横に立って待ち受け画像を確認してやった。俺、こいつ知ってるわ。なんかの化粧品のコマーシャルに出てたやつだ。昨晩は見えにくかったから気が付かなかったけど、こいつ、多少蓮に似ている気もするんだけど。画面の中のそいつは、ストローの刺さったフラペチーノを飲みながら、俺を見て笑顔を見せている。カッコつけすぎていない、自然な笑顔。男の俺でも良いやつだなって思う。
「これね、彼氏風壁紙って言ってね。他にもね、こんなのとか…」
佳奈美さんは、今日の気温を調べるというミッションを完全に忘れて、俺に色々なスクショで保存したような写真を見せ始めた。蓮、どんな顔をしているんだろう。俺は気になって、顔は佳奈美さんのスマホに向けながら、目を蓮のいるところに向けた。…蓮、俺をそんなに怖い目で睨まないでくれ。
「佳奈美さん、この人さ、少し蓮に似てないか?」
「うーん、そうかもね。だから好きになっちゃったていうのもある。…蓮くんには内緒でお願い」
俺は蓮に再び視線を向けたが、味噌汁のお椀で顔が見えなかったのが残念だ。
「おい、エメラルド」
「なんだ」
蓮が空になったお椀を左手に持って、シンクに入れがてら右手でエメラルドの頭部を指さしている。エメラルドは、小さな容器のヨーグルトを最後まで丁寧にスプーンで掬っては食べている。エメラルドの側頭部に、鳥の羽が上手い具合に刺さっている。どこかの先住民族みたいだ。
「ああ、ごめん。それ、俺のだ」
バットはエメラルドの髪の毛から自分の羽毛を引っこ抜くと、台所の窓を開けて雑木林の方に投げた。羽は、最初は順調に風に乗って雑木林の方に向かっていったが、運悪く風が途切れて雑木林手前のあぜ道に落ちた。鳥の羽はただでさえ、子供が一度は手に持ってみたいものの一つ。ましてや、グレーにワイン色の混ざった羽となればなおさらだ。半袖半ズボンの男子たち3人くらいが向こうから走ってくるのが見える。明らかにバットの羽目当て。
「触るなー!!」
子供の一人が羽に手を触れようとした瞬間、バットが窓からバカでかい声で叫んだ。子供が素早く手を引っ込めて、バットを見上げた。
「鳥の羽は汚いぞ!下手したら死ぬからな!」
子供たちが雑木林の方へ逃げるように走っていく。雑木林を抜けて、街に出るとゲーセンがあるから、おそらくそこが目当てだろう。バットが窓を閉めて、グラノーラを食べようとテーブルに身体を向けた。
「何が起きたんだ?」
食器棚からプラスチックのコップが五つくらい落ちて、床に転がっているのを峻兄さんが拾っている。リビングの方では、本棚から漫画や参考書が何冊も落ちて、床に倒れているのを蓮と佳奈美さんで拾っている。
「バット、気を付けろ。心臓に悪い」
エメラルドが耳を塞いでいる。
「でも、俺、間違ったことは言ってないし…」
バットは昔から声がデカい。俺はもう慣れたけど、王国にいた頃には声がデカすぎるのを利用されて、数千人の兵士の前で連絡事項を伝える役割を与えられていた。今思えば、バットと距離の近かった最前列にいた兵士たちの鼓膜が心配になる。
『おはようございます。朝の6時半になりました。ニュースをお伝えします。おととい、○○病院に搬送された妊婦が死亡しました。検査の結果、鳥から検出される菌が原因だと推定され…』
バットがテレビを消して、グラノーラに牛乳を注いだ。
「心配するな。俺はワシにはなれるけど、元々の身体は人間だ。怖い菌は持ってない。でも、簡単に鳥の羽を触ろうとするもんじゃないってことを、早いうちにガキたちに教えとかないと」
やっぱり、圭吾たちがいないと、アパートが広いな。台所には俺も入れて6人。…ん?6人?俺はメンバーの名前を頭に思い浮かべながら、台所にいるメンバーを順番に指さしていった。あれ?昨晩までいたのに、サファイヤの奴、どこに行った?
「おーい、同居人が亡くなったよ」
水槽からサファイヤの声がする。見に行ってみると、水面に金魚がお腹を上にして浮かんでいた。サファイヤが今度はメダカになって、金魚に寄り添うようにして水面近くを泳いでいる。
「ああ…俺が小学校の時に夏祭りで金魚すくいをした時から生きてたんだ。とうとう最後の一匹が寿命を迎えたか」
峻兄さんが両手で優しく金魚の身体を掬った。
「…じゃあな」
峻兄さんは金魚の身体を、ベランダの鉢植えの土に埋めた。エメラルド曰く、彗星は塾の夏期講習に行かないといけないから、夜の五時くらいにアパートに着くらしい。塾が一裕の家と同じ方面にあるから、その時一裕もついでに乗せてくると言っているそうだ。
佳奈美さんと蓮が家に帰るまで、タイムリミットは後10日。圭吾たちがいつ戻ってくるのかは見当も付かない。だけど、俺たちにはまだまだ解決すべき問題が沢山ある。一日一つずつ解決していって、間に合うかどうか…。
俺とバットは両親に、本当のことを伝えてしばらく家に帰らない許可を貰った。学校には、俺たちがインフルエンザに罹ってなかなか治らないという設定で連絡を入れてくれることになった。厳格な親父が許してくれるか不安だったが、杞憂だった。俺が親父に電話をしてその旨を伝えた時、俺の親父はこう言った。
「保身のために嘘を付くな。人を傷つけるから。だが、時には嘘を付け。嘘は時に誰かを救うから」
俺が将来子供を持つかは分からないけど、この言葉だけは受け継いでいきたいと思う。
「なあなあ、昼飯の材料もいるし、久しぶりに皆でショッピングモールに出かけようぜ」
時計の針は8時を指している。彗星と一裕がいないのでは、王国に行ってもあまり意味がないし…。彗星と一裕が来てからは大忙しになりそうだし…。
今のうちに…。
「おい、蓮」
蓮はリビングでソファに身を預けながら、最近ハマりだしたという漫画を読んでいた。
「ウルフ?どうした」
蓮は漫画を閉じると、自分の太ももの上に置いた。佳奈美さんはベランダの花に水をやっている。
「蓮、お前にミッションをやる。佳奈美さんとデートに行け」
蓮が顔をトマトみたいに真っ赤にして俺の口を塞ごうと俺に飛び掛かってきたけど、俺が華麗に避けると、蓮は床に倒れ込んだ。佳奈美さんはりこが好きだった歌を歌いながら、朝顔に水をやっている。
「今から皆でショッピングモールに行く。食材なら俺たちが買っておいてやる。欲しいのがあるなら伝えろ。今、ショッピングモールに期間限定で美術館が主催したイベントがあるんだ。『カップルにおススメ!』ってキャッチコピーが付いてたからな。行ってこい」
嫌だとは言わせないぞ、蓮。俺の思惑通り、蓮は顔を赤らめながらも、ベランダにいる佳奈美さんに見惚れて首を縦に振った。今夜から、忙しくなる。今のうちに、恋を楽しんでおけ、蓮。俺たちが王国で味わえなかったことを、思う存分経験して来い。
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線