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狭間に生きる僕ら

#31

王国の真実(5)

畳の上に広げられたノート。様々な筆跡が連ねられている。蓮くんのは少し雑で、バットのは文字が丸くて思いの外可愛くて、ウルフのは習字のお手本のように整っていた。
「じゃあ、まずは…」
私たちは、今まで自分達が立ててきた仮説と、事実を照らし合わせ始めた。謎は沢山ある。だけど、第一に確かめるべきは、王国時代の一裕が第一王女様の父親なのか。第二に、楓は王国に身代わりとして捕らわれているのか。そこから、すべてが始まる…と思う。
「かえ…で…」
彗星さんに手を握られた一裕が、ノートに書かれた「楓」を見ている。両手が震えていて、手汗がズボンに小さなシミを作っていた。一裕の瞳は揺れていた。でも、それは怒りではなかった。今まで怖くて直視できなかった現実に向き合おうとしている。そんな気がした。
「現実組と、王国組に分かれるか。人数はどうする」
虫が苦手なりこちゃんと、ムカデになってしまう峻兄ちゃんは現実に残ることが既に私たちの中で決まっていた。
「あのさ…」
サファイヤが一裕の瞳を注意深く観察しながら話に入った。
「各自の得意分野を生かすべきだと思う。俺は、目を見れば記憶を覗くことが出来る。昨日、王国には真実を示し裁く像って言われていたドラゴンの彫刻があったことをウルフに教わったんだ。今は、何かしらの理由で海に沈められているみたいだけど、俺が魚に姿を変えれば彫刻から王国の真実を少しくらいは読み取れると思うんだ。だから、俺は王国に行くべきだと思う」
サファイヤがエメラルドに視線を向けた。
「お前も王国組になれ。人から瞬時に記憶を奪える能力は、きっとどこかで役に立つ」
彗星さんもエメラルドを見ていた。サファイヤに賛同するように首を縦に振っていた。エメラルドも彗星さんの眼差しに気付いているようだった。
「ああ…それに、俺は…王族関連の事情に詳しいからな」
「なんでだよ」
「それで」
エメラルドはバットの声が聞こえないふりをして、話を続けた。
「圭吾は王国に行け。第一王女様を知るお前が必要だ。来てくれるな?」
圭吾くんは、エメラルドに問われるとゆっくりと首を縦に振った。それは、ためらいからではなく、自分にしか出来ないことがあると私たちに伝えているように見えた。エメラルドは、圭吾くんが首を縦に振ったのを確認すると、バットたちを見た。
「お前たちのどちらかは現実に残れ。そうすれば、お前たちが交信し合って、王国と現実で情報共有することが出来る。蓮、佳奈美さん」
エメラルドが私たちを見た。
「蓮、お前はどうやら小説に出てくる成瀬蓮に関わりがあるように思うし、何より、後々宮司龍臣と日下部透が誰なのかを突き止めるのに必要な存在だ。お前もそう思うだろ」
蓮くんが頷く。
「佳奈美さん、あんたは楓が自分のことを打ち明けた相手だ。楓の奴、蓮と佳奈美さんだけに打ち明けたんだろ。蓮だけで充分かもしれないが、蓮と佳奈美さんが揃っていたから打ち明けた可能性も否めなくて。佳奈美さんと蓮が王国にいることを、王国にいるかもしれない楓が何かしらの方法で知ったら安心すると思う。」
「ちょっと待て」
ノートに現実組と王国組の名簿を作っていたバットがエメラルドを止めた。
「このままだと、あまりにも現実組が王国組に対して少なくなるけど。だって、一裕と彗星は当然、王国組だろ?」
確かに。現実組は峻兄ちゃん、りこちゃん、二人の吸血鬼のどちらかの三人だけ。
「…いいんじゃない?」
サファイヤがノートに書かれた「楓」を見ている。
「必要なときは現実に戻ればいいんだし。それに、今頃寂しくて泣いてるかもしれない子供を見つけに行くのに、人数比が偏るからなんて理由で渋るべきじゃない」
ウルフがバットからペンを取って、ノートの名簿を完成させた。
ガチャ…
峻兄ちゃんがどこかに出かけようとしている。
「どこに行くの?」
「新しいノートを買ってくるんだよ。現実組と王国組で、1冊ずつ持っていた方が良いだろ」
峻兄ちゃんはそう言って、近くの本屋へ自転車でノートを買いに行った。

「りこ、お姉さんたちに会えないの?圭吾くんにも?」
話に入ることが出来ずに、今までずっと圭吾くんの隣でノートを見つめていたりこちゃんが、初めて口を開いた。
「りこ、寂しい…」
サファイヤがりこちゃんに近づいていって、頭に右手を乗せた。
「ごめんね、りこちゃん。楓くんのことに夢中になりすぎたね。でもね」
サファイヤの水色の瞳が、りこちゃんの瞳の奥を覗き込んだ。
「りこちゃんの本当の気持ちがね、早く楓くんに会いたいって。嘘じゃないよ。りこちゃんが今、寂しいって思うなら、楓くんの気持ちも分かってあげられるかな?」
りこちゃんが小さく、でも、しっかりと頷いた。
「だったら、いつかりこちゃんが楓くんに会えたなら」
そう言ってサファイヤはりこちゃんの小さな体を抱きしめた。
「こうやって、楓くんを抱きしめてあげて」
ガチャ…
ノートを何冊か袋に入れた峻兄ちゃんが戻ってきた。
「お前ら、いつ王国に行くんだ」
峻兄ちゃんがノートをナイロンの袋から取り出す音が、畳の部屋に響く。
「異世界への扉って、太陽が沈んでからの方が開きやすいんだよ」
峻兄ちゃんから新しいノートを1冊渡されたバットが、皆に聞こえるように言った。
「だから、夜に出かけよう」
「今から行けないでしょうか」
彗星さんが口を挟んだ。
「早く息子を見つけてあげたいんです」
バットが何かを言いにくそうに頭を指先でポリポリと掻き始めた。
「いや、彗星さ、知らないなら教えてあげるけど。人間を異世界に頻繁に連れていくと、一回連れていくごとに寿命が少しづつ縮んでいくんだ。どれだけ縮むかは、正直個人差があってよく分からない。1秒かもしれないし、1日かもしれないし、1年かもしれないし…。俺だって無責任なことはしたくないんだ。俺が前、蓮たちを王国に連れて行った時だって、夜だった。」
「でも、夜になるまでに、息子に何かあったら…」
彗星さんの息が上がっている。昔、家族で遊園地に行ったときに、迷子になった峻兄ちゃんを探しているときのママとパパの顔を思い出した。
「じゃあ、俺が一度様子を見てこようか。ドラゴンの例の彫刻も気になるし」
お互いに守りたいものがあって睨み合っていたバットと彗星さんが、同時にサファイヤを見た。
「でも、お前。確かに人間ではないけど、人間と同じ世界で暮らすお前だって、異世界に行ったら寿命が縮むんだぞ。お前のネッシーとしての身体のデカさを考えると、一度の移動で…50年は絶対に」
「いいよ、それでも」
サファイヤが金魚の泳ぐ水槽の前に立った。
「俺さ、前もホテルで伝えたと思うけど、首長竜だから、他の生き物に比べると寿命が長すぎるんだ。なんか、峻兄さんの本を借りて読んでみたら、首長竜の平均寿命は10~20年程度って書いてあったけど、あんなの、違う。少なくとも俺は。俺が初めて人間に見つかったの、いつか知ってる?ちょうど200年前。それで、試しに人間になってみたら、16歳になってた。もし俺が、人間の平均寿命まで生きようとしたら、後…1000年も生きなくちゃいけない。俺はお前らが俺より先に死んでいくの…友達が俺より先に死んでいくのを、もう二度と見送りたくないんだ。今までにどれだけの友達を見送ってきたと思う」
そう言ってサファイヤは、首にかけたネックレスを私たちに見せた。二枚貝。ヤドカリの殻。巻貝。サメかシャチの牙。魚の骨。ネックレスの紐は、クジラの髭で出来ていた。
「みーんな、死んでった」
サファイヤが、白く光るそれら一つ一つを丁寧に撫でた。
「だから、行かせてくれないか」
「…分かった」
バットがサファイヤの後ろ姿に返事した。自らの命を削ろうとしているサファイヤの後ろ姿に、ためらいも悲しみもなかった。
「行ってくるね」
そう言って、サファイヤは風に吹かれるように姿を消してしまった。

峻兄ちゃんは、ただ黙って消えていくサファイヤを見届けた。止めることもせず。むしろ、サファイヤに対して共感しているような表情を浮かべていた。
「サファイヤの気持ち、分かるなー…俺も幼馴染が、小4の時に交通事故で亡くなってしまって…しかも、あいつ、10人以上の友達が死んでいったんなら、なおさらな…」
あ。10年前に峻兄ちゃんが食欲を失って部屋に籠るようになったのって、その時からだ…。
「サファイヤのご両親は」
彗星さんの両目から涙が流れた。
「私なら、耐えられない。我が子が寿命を削るなんて。サファイヤのご両親はもう、大昔に亡くなったらしいと仰っていたけれど…私なら、耐えられない。死んでも…」
彗星さんの涙が止まらない。彗星さんは、もう、一人の母親なんだ。
「でも、どうせなら」
ウルフが彗星さんにティッシュの箱を渡した。
「悲しみを何度も味わって生きるよりは、幸せに暮らしていてほしいんじゃないかな。俺には子供がまだいないから、よく分かんないけど…」
「あ、」
圭吾くんが赤くなり始めた空を指さした。
「青い星!サファイヤさんだ!」
圭吾くんがその星に向かって、おーい、と手を振ると、星が水色に瞬いた。
「あいつは、納得してるみたいだから」
ウルフがそういうと、彗星さんは上品な手つきで涙をティッシュで拭いた。
「サファイヤ…頼んだぞ。俺らも、もうすぐそっちに行くから」
エメラルドが、青い星を見上げていた。
「そろそろだな」
空が紫色に染まり始めた。蓮くんが覚悟を決めたように、コップの麦茶を一度で飲み干した。

空の色が黒くなって、星がいくつか浮かび始めた。王国に行くのは、ウルフの方になった。理由は、バットはウルフよりも感情的になりやすいから。二人には王国で処刑されたという残酷な過去がある。あの日、バットに王国に連れていかれた時、バットが自分の処刑される場面を見ていた時、強く手を握りしめすぎて、爪が手の平に食い込んでしまって、血が流れていたのを私は今でも覚えている。
「行くぞ、お前ら」
ウルフが私たちを寝室に連れて行って、夜空に光る青い星を見つめながら、指を鳴らす準備をした。りこちゃんには、刺激を与えるといけないから、「しばらく寝る」と適当にごまかした。別に死ぬわけではないけれど、目の前にいた人たちが急に意識を失って倒れる姿をりこちゃんに見せるわけにはいかない。
「準備はいいか」
彗星さんが一裕を抱きしめる。エメラルドは、青い星を見つめている。蓮くんが私の右手を強く握る。私も強く握り返す。
「行くぞ!」
パチン!
ウルフが指を強く鳴らした。彗星さんたちが、お互いに抱き合ったまま床に倒れた。床がグニャグニャする。天井が回っている。蓮くんが先に意識を失って、引っ張られるように私も床に倒れた。朦朧とした意識の中、ぼやけた視界に大きな体のウルフが倒れるのがうっすらと見えた。
私は怖くない。みんながいるから。蓮くんが手を握っていてくれるから。
真実への旅が、今、始まった。





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2025/06/26 18:01

花火
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