「確かに…」
バットがザクロのケーキをフォークで突き刺しながらつぶやいた。
「ウルフ、お前の仮説、めっちゃ腑に落ちた。でも、やっぱり、お前の仮説が正しいならどうして第一王女様の父親が監守をしていたのかが気になって仕方がないんだ」
バットがケーキを大きな口に放り込む。
「だから、王国に行って確かめよう。真実を」
サファイヤがオレンジジュースをコップに注いでいた。
「俺、胸が高鳴ってきた」
そう言ってサファイヤはオレンジジュースを口の中に流し込んだ。
「計画は綿密に立てる必要がある」
峻兄ちゃんは、さっきまであったはずのクッキーを全部平らげて、ノートに書かれたことを一つ一つ再確認していた。
「ところでエメラルド」
エメラルドがパンケーキを口に頬張ったまま峻兄ちゃんを見た。
「お前が今朝、ホテルで叫んでいた『あの能力』って何だ」
私の隣でケーキを食べていた蓮くんの手が止まる。峻兄ちゃん、りこちゃんが泣いているのに夢中で、あのカマキリが蓮くんだったってことに気付いていないのだろうか。
「僕たち、虫になれるんだよ」
ダンゴムシが一匹机の上にいた。りこちゃんがちょうどトイレに行ってて良かった。
「…圭吾?」
「そう!」
圭吾くんが人間の姿に戻って見せると、ダンゴムシに顔を近づけて凝視していた峻兄ちゃんのおでこに鼻をぶつけた。圭吾くんが鼻を押さえたまま、話し続けた。
「こうやって虫になれば、王国にいっても、王国の人に警戒されないだろうって」
散々非現実的なことに直面してきた峻兄ちゃんは、感覚がマヒしてしまったのか、人間が虫になれるという話に驚きすらしなかった。
りこちゃんがトイレから戻ってきた。
「踏まれないようにだけ十分気を付けろ」
そう言って峻兄ちゃんは、またノートの内容を確認し始めた。ショリショリとリンゴを食べるりこちゃんの姿を愛おしそうに見つめる彗星さんの眼差しは、私と同じ高校生のはずなのに、一人の母親のもののようだった。
「俺がもし、王国に行く班になったら、俺も虫になる必要があるよな…」
峻兄ちゃんが目線をノートに向けたまま、エメラルドに尋ねた。
「虫ってどうやったらなれるんだ」
「峻兄さん、こっち向いて」
エメラルドが峻兄さんと目を合わせると、パチッと瞬きをして見せた。私たちが虫になった、あの日と同じように。
「っ、佳奈美!見ない方がいい!」
蓮くんが私の目を覆った。
「なんでよ…」
りこちゃんが叫びながら部屋から飛び出していって、私たちが食べ終わる頃を見計らってお皿を回収しに部屋に向かってきた海夏さんにぶつかった。
ムカデ。ムカデがいた。机の上に。
「いやあああ!」
私は幼稚園の頃にムカデに足を嚙まれて以来、ムカデに対してトラウマを抱いている。
「佳奈美、やめろ!」
ムカデが壁をよじ登っていく。私が足を噛まれた日の光景がまざまざと浮かぶ。
「妹としての鬱憤をぶつけるのは、人間のときにしてあげて!」
バットが後ろから私の腰にしがみついて、蓮くんが私の両腕を固くつかんでいた。
「そんなもので叩かないであげて!」
気づいたら私はスリッパを片手に腕を振り上げていた。エメラルドがパチッと瞬きをすると、峻兄ちゃんが天井から床に叩きつけられた。
「あら、大丈夫かしら」
すごいな、彗星さん。ムカデ、平気なんだ。峻兄ちゃんが床からムクムクと腰をさすりながら起き上がった。
「俺とりこは現実に残ることにする。お前らの誰かが王国に行け」
峻兄ちゃんは不貞腐れたように、ノートに書かれた文字を一文字ずつ目で追っていた。
「かず…大丈夫か?」
私たちが彗星さんの家から帰るまでの間、一裕はずっと彗星さんに抱き締められながら瞳を揺らし続けていた。楓の名前を何度もつぶやいて。
彗星さんの運転手さんが、私たちをそれぞれの家に送り届けてくれるまで、一裕はぐったりと背もたれにもたれていた。
「何時間も運動していたくらいに、体力が残っていないんだけど…」
一裕から父親の人格はもう感じられなかった。蓮くんは曖昧な返事をしたまま、車の中で寝てしまった一裕の寝顔を見ていた。信号待ちをしているとき、近くの産婦人科から小さな赤ちゃんをあやしながら退院する幸せそうな夫婦が見えた。
「かずと彗星さんも、いつかあんな風に楓と暮らせたらいいな…」
蓮くんの浮かない顔が、車の窓に反射していて、夫婦の姿と重なって見えた。かずは呑気に大きないびきをかいていて、圭吾くんとりこちゃんが耳を塞いでいた。
サファイヤが車に乗った時から、ずっと一裕を観察するように見ている。
「俺が王国に行けたら役に立つかもしれない」
サファイヤが一裕を起こさないようにウルフに尋ねた。
「王国で一裕は処刑されたんだろ?せめて、頭蓋骨くらい残っていないかな?目のくぼみのところを見たら、王国時代の一裕が経験したことを間接的に見ることが出来るかもしれない」
「いや、難しいなそれは」
バットが山に沈みかけている太陽に目を細めながら答えた。
「ドラゴンの生贄にされたから」
サファイヤがまた解決策を練るように、一裕の寝る横顔を見つめた。
「じゃあ、ドラゴンの骨は?」
15分くらいして、サファイヤがまたバットたちと相談し始めた。
「俺、今朝ホテルで、王国時代にお前らを助けた男の人が、青いドラゴンに変身できる可能性を伝えたよな…あれ」
自信ありげに話していたサファイヤが言葉に詰まる。
「どうした?」
「いや、お前らさ、王国時代の一裕が生贄にされたっていうドラゴン、何色って言ってたっけ?」
「なんで?」
「いや、何でもない。頭が混乱してきた。ただ、俺が今朝立てたあの仮説が正しいとすれば、お前らを助けた男が自分で自分を食べたなんて結論に至ってしまって…今、混乱してるんだ、頭が」
私たちは今朝、小説の中の成瀬蓮と一裕の無邪気さが似ているから、二人が異世界をまたいだ共通点だという仮説を初めに立てた。でも、一裕はバットたちと一緒に殺されたあの男の人。そこでサファイヤは、あの男の人が青いドラゴンに変身できた可能性を唱えて、一裕、あの男の人、宮司龍臣の三人を結びつけようとした。若干無理やりな気もするけど、宮司龍臣と一裕の性格があまりにも似ていて蓮くんと仲がいいことを考えると、あり得ない話だとは断定できないし…。
「自分で自分を食べた…?」
太陽が山に沈んで、ぼやけた空が街を覆っていた。蓮くんもサファイヤの話に混乱している様子だ。
「じゃあ、あれは、一方的に殺されたんじゃなくて…自殺だった?いったい、何が正しいんだ…」
ウルフの目が泳いでいて、激しく動揺しているのが見て取れる。一裕のいびき声が車内に響いている。
真実は、王国に眠っている…。
バットがザクロのケーキをフォークで突き刺しながらつぶやいた。
「ウルフ、お前の仮説、めっちゃ腑に落ちた。でも、やっぱり、お前の仮説が正しいならどうして第一王女様の父親が監守をしていたのかが気になって仕方がないんだ」
バットがケーキを大きな口に放り込む。
「だから、王国に行って確かめよう。真実を」
サファイヤがオレンジジュースをコップに注いでいた。
「俺、胸が高鳴ってきた」
そう言ってサファイヤはオレンジジュースを口の中に流し込んだ。
「計画は綿密に立てる必要がある」
峻兄ちゃんは、さっきまであったはずのクッキーを全部平らげて、ノートに書かれたことを一つ一つ再確認していた。
「ところでエメラルド」
エメラルドがパンケーキを口に頬張ったまま峻兄ちゃんを見た。
「お前が今朝、ホテルで叫んでいた『あの能力』って何だ」
私の隣でケーキを食べていた蓮くんの手が止まる。峻兄ちゃん、りこちゃんが泣いているのに夢中で、あのカマキリが蓮くんだったってことに気付いていないのだろうか。
「僕たち、虫になれるんだよ」
ダンゴムシが一匹机の上にいた。りこちゃんがちょうどトイレに行ってて良かった。
「…圭吾?」
「そう!」
圭吾くんが人間の姿に戻って見せると、ダンゴムシに顔を近づけて凝視していた峻兄ちゃんのおでこに鼻をぶつけた。圭吾くんが鼻を押さえたまま、話し続けた。
「こうやって虫になれば、王国にいっても、王国の人に警戒されないだろうって」
散々非現実的なことに直面してきた峻兄ちゃんは、感覚がマヒしてしまったのか、人間が虫になれるという話に驚きすらしなかった。
りこちゃんがトイレから戻ってきた。
「踏まれないようにだけ十分気を付けろ」
そう言って峻兄ちゃんは、またノートの内容を確認し始めた。ショリショリとリンゴを食べるりこちゃんの姿を愛おしそうに見つめる彗星さんの眼差しは、私と同じ高校生のはずなのに、一人の母親のもののようだった。
「俺がもし、王国に行く班になったら、俺も虫になる必要があるよな…」
峻兄ちゃんが目線をノートに向けたまま、エメラルドに尋ねた。
「虫ってどうやったらなれるんだ」
「峻兄さん、こっち向いて」
エメラルドが峻兄さんと目を合わせると、パチッと瞬きをして見せた。私たちが虫になった、あの日と同じように。
「っ、佳奈美!見ない方がいい!」
蓮くんが私の目を覆った。
「なんでよ…」
りこちゃんが叫びながら部屋から飛び出していって、私たちが食べ終わる頃を見計らってお皿を回収しに部屋に向かってきた海夏さんにぶつかった。
ムカデ。ムカデがいた。机の上に。
「いやあああ!」
私は幼稚園の頃にムカデに足を嚙まれて以来、ムカデに対してトラウマを抱いている。
「佳奈美、やめろ!」
ムカデが壁をよじ登っていく。私が足を噛まれた日の光景がまざまざと浮かぶ。
「妹としての鬱憤をぶつけるのは、人間のときにしてあげて!」
バットが後ろから私の腰にしがみついて、蓮くんが私の両腕を固くつかんでいた。
「そんなもので叩かないであげて!」
気づいたら私はスリッパを片手に腕を振り上げていた。エメラルドがパチッと瞬きをすると、峻兄ちゃんが天井から床に叩きつけられた。
「あら、大丈夫かしら」
すごいな、彗星さん。ムカデ、平気なんだ。峻兄ちゃんが床からムクムクと腰をさすりながら起き上がった。
「俺とりこは現実に残ることにする。お前らの誰かが王国に行け」
峻兄ちゃんは不貞腐れたように、ノートに書かれた文字を一文字ずつ目で追っていた。
「かず…大丈夫か?」
私たちが彗星さんの家から帰るまでの間、一裕はずっと彗星さんに抱き締められながら瞳を揺らし続けていた。楓の名前を何度もつぶやいて。
彗星さんの運転手さんが、私たちをそれぞれの家に送り届けてくれるまで、一裕はぐったりと背もたれにもたれていた。
「何時間も運動していたくらいに、体力が残っていないんだけど…」
一裕から父親の人格はもう感じられなかった。蓮くんは曖昧な返事をしたまま、車の中で寝てしまった一裕の寝顔を見ていた。信号待ちをしているとき、近くの産婦人科から小さな赤ちゃんをあやしながら退院する幸せそうな夫婦が見えた。
「かずと彗星さんも、いつかあんな風に楓と暮らせたらいいな…」
蓮くんの浮かない顔が、車の窓に反射していて、夫婦の姿と重なって見えた。かずは呑気に大きないびきをかいていて、圭吾くんとりこちゃんが耳を塞いでいた。
サファイヤが車に乗った時から、ずっと一裕を観察するように見ている。
「俺が王国に行けたら役に立つかもしれない」
サファイヤが一裕を起こさないようにウルフに尋ねた。
「王国で一裕は処刑されたんだろ?せめて、頭蓋骨くらい残っていないかな?目のくぼみのところを見たら、王国時代の一裕が経験したことを間接的に見ることが出来るかもしれない」
「いや、難しいなそれは」
バットが山に沈みかけている太陽に目を細めながら答えた。
「ドラゴンの生贄にされたから」
サファイヤがまた解決策を練るように、一裕の寝る横顔を見つめた。
「じゃあ、ドラゴンの骨は?」
15分くらいして、サファイヤがまたバットたちと相談し始めた。
「俺、今朝ホテルで、王国時代にお前らを助けた男の人が、青いドラゴンに変身できる可能性を伝えたよな…あれ」
自信ありげに話していたサファイヤが言葉に詰まる。
「どうした?」
「いや、お前らさ、王国時代の一裕が生贄にされたっていうドラゴン、何色って言ってたっけ?」
「なんで?」
「いや、何でもない。頭が混乱してきた。ただ、俺が今朝立てたあの仮説が正しいとすれば、お前らを助けた男が自分で自分を食べたなんて結論に至ってしまって…今、混乱してるんだ、頭が」
私たちは今朝、小説の中の成瀬蓮と一裕の無邪気さが似ているから、二人が異世界をまたいだ共通点だという仮説を初めに立てた。でも、一裕はバットたちと一緒に殺されたあの男の人。そこでサファイヤは、あの男の人が青いドラゴンに変身できた可能性を唱えて、一裕、あの男の人、宮司龍臣の三人を結びつけようとした。若干無理やりな気もするけど、宮司龍臣と一裕の性格があまりにも似ていて蓮くんと仲がいいことを考えると、あり得ない話だとは断定できないし…。
「自分で自分を食べた…?」
太陽が山に沈んで、ぼやけた空が街を覆っていた。蓮くんもサファイヤの話に混乱している様子だ。
「じゃあ、あれは、一方的に殺されたんじゃなくて…自殺だった?いったい、何が正しいんだ…」
ウルフの目が泳いでいて、激しく動揺しているのが見て取れる。一裕のいびき声が車内に響いている。
真実は、王国に眠っている…。
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線