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狭間に生きる僕ら

#27

王国の真実(1)

ーーーー「エメラルド」
佳奈美さんがトイレでりこちゃんと着替えている間、蓮が朝ごはんを食べに行く準備をしながら、圭吾と戯れるエメラルドに声をかけた。バットはまだ布団の中でもぞもぞと身体を動かしている。蓮が太陽に反射する波に目を細めながら、何かを思い出そうとしているような表情でよく分からないことを言った。
「俺、昨晩の記憶がないんだ。エメラルド、お前、俺に何かした心当たりはないか」
圭吾と戯れて笑顔だったエメラルドが真面目な顔をして、圭吾の耳を塞いだ。圭吾が不思議な顔でエメラルドを見上げている。
「蓮」
エメラルドの眼光が鋭く蓮を睨む。
「本当の気持ちを嘘にするな。だから」
佳奈美さんたちが着替え終わってトイレから出てきた。蓮が横目でチラリと佳奈美さんを見た。
「隠そうとするな。逃げるな」
エメラルドは蓮に忠告するような眼差しを向けた。そして、圭吾の耳を塞いでいた手を離すと、自然な笑顔を圭吾に向けて二人で先に朝ごはんを食べに出て行ってしまった。
「俺、聞いてたんだ」
エメラルドがいなくなったのを見計らって、バットがもぞもぞと布団から出てきた。ずっと前から目覚めていたのか、バットの目は冴えていた。
「昨晩、佳奈美さんが蓮を部屋の外に連れて行ったろ。蓮、あいつ、佳奈美さんのことを好きじゃないって、佳奈美さんにも蓮自身にも嘘をついた。でも、二人からその記憶を奪ってしまえば…」
エメラルドが部屋に財布を忘れたと言って戻ってきた。忙しそうに部屋をまた出て行ったエメラルドを見届けてからバットは続けた。
「…キューピットの役目、エメラルドに取られてしまうかもな」
蓮は記憶を探るような表情で、りこちゃんを連れて佳奈美さんと一緒に朝ごはんを食べに行った。

朝食はバイキング形式だった。私は蓮くんと並んでサラダやパスタをお皿に盛った。圭吾くんとりこちゃんは自分の好きなものしか取らないけれど、二人のお皿に峻兄ちゃんが無理やり野菜をトングで取って乗せていく。バットたちは盛り終えてテーブルで私たちを待っていた。
「俺さー」
蓮くんがコーンスープを慎重にテーブルに運んでいく。
「何か忘れてると思うんだけどな、昨日の記憶がないんだ。」
蓮くんも私と同じ。エメラルドがテーブルに座って私たちをジロリと見ている。
「エメラルドに変なこと、言われなかった?」
私の問いに蓮くんが突然立ち止まって私を見た。コーンスープが皿の中で揺れた。
「ない方が良い記憶っていうようなことを言っていたんだけど…」
いつまでも料理を手に持ったまま立ち止まって話している私たちを峻兄ちゃんがテーブルに呼んだ。
「エメラルドがそう言っていたなら、無理に思い出そうとしない方がいいのかな。俺たち」
蓮くんがスクランブルエッグをスプーンですくって口に入れた。サファイヤがデザートを持ってテーブルにやってきた。サファイヤは隣同士に座っている蓮くんと私に、どうしてか驚いたような表情を見せた。
「そういえば」
サファイヤが蓮くんの前にコーヒーゼリーを置くと思い出したように蓮くんに尋ねた。
「楓っていう子、探してるんでしょ」
蓮くんはサファイヤの言葉に、何かを思い出して膝頭を叩いた。
「俺、今までのことをノートに整理しているんだけど、朝食を食べて部屋に戻ったらみんなと共有したい。サファイヤも一緒に」
コーヒーゼリーが蓮くんのスプーンの上でプルプルと可愛らしく踊っていた

部屋に戻ると、蓮くんが部屋の中央付近にある円いテーブルにB4サイズのノートを広げた。四角い枠とベン図が描かれていた。蓮くんはサファイヤとエメラルドを両隣に座らせて、二人に今までのことを詳しく説明し始めた。峻兄ちゃんも近くで歯を磨きながら、ノートの中身を覗き込んでいた。
【吸血鬼】の丸の中にバットとウルフの名前が、【人間】の丸の中に蓮くん、峻兄ちゃん、私の名前があって、その二つの丸が重なったところに一裕の名前があった。
四角い枠の外には【異世界からの存在】と書いてあって、その中にエメラルド、彗星さん、圭吾くん、りこちゃん、そしてサファイヤの名前も含まれている。
「こうした方が良いんじゃないか」
バットがホテルのアンケート用のペンを取って、四角い枠とベン図の【吸血鬼】の丸を矢印でつないだ。楓くんの名前は、どこに含めたら良いのか分からなかったようで、余白に小さく書かれていた。
「この子が見つからないってことか」
サファイヤが楓の名前をじっと見つめている。
「俺が参加する前から既にこれだけの人数がいて、エメラルドと彗星っていう宇宙の存在もありながら、まだ見つけられないってこと?」
しばらくノート全体を眺めた後、サファイヤの目が青く光った。
「敢えて避けてきたもの。あるいは、忘れているものが鍵かもしれないし…楓っていう子自身が記憶を何かに奪われた可能性も…」
エメラルドの目が光った。
「記憶を奪ったり、塗り替えたり出来るのは、俺たち宇宙の存在だ。楓は宇宙と何か深い関りを持っている。ということは…」
蓮くんが新たな四角い枠をノートに作った。
【忘れていた・避けていたもの】と書きつけて、その中に一裕の名前を書いた。
「第一王女様の名前も書いて」
圭吾くんが机に乗り出して、ノートを真剣な表情で見ている。
「りこのいたところも、関係ある?」
りこちゃんは峻兄ちゃんに抱っこされて、圭吾くんの上からノートを覗き込んでいる。
「圭吾、第一王女様の名前は何だ」
蓮くんの手が止まっている。膨大で複雑な情報の関係性を整理しきれなくなったようだ。
「第一王女様の名前は、メイプル様だったよ」
圭吾くんの言葉に、りこちゃんを除き、皆が息を飲んだ。蓮くんが、余白に書き加えた【第一王女】と【楓】の間にイコールマークを書いて、近くにはてなマークを添えた。

「でも待てよ」
バットが口を挟んだ。
「あの王国で第一王女様って皆に呼ばれていたということは、少なくとも身体の性別は女だったということだよな。でも、楓は心も体も男で…」
蓮くんが【第一王女様】と【楓】の間のイコールマークを消しゴムで消した。バットが口を挟んだ後、誰もが深く考え込んだような表情で黙ってしまった。近くの海水浴場に遊びに来た人たちの声が、波の音に混ざって部屋に届く。

「ちょっとごめんな」
サファイヤが圭吾くんの顔を両手で優しく挟んで、圭吾くんの目の奥を見つめ始めた。戸惑いに圭吾くんの瞳が揺れていた。
「君は第一王女様に会ったことがあるんだよね。第一王女様の顔が見てみたくなって」
サファイヤは数分間、圭吾くんの瞳の奥を瞬きもせずに見つめていた。すると今度は、蓮くんの顔を両手で挟んで瞳の奥を見つめ始めた。楓の顔を見ようとしていたのだ。皆がそれを息を飲んで見守った。
「…この子たち…」
サファイヤが息を飲んで目を見開き、瞳が青く光った。
「第一王女様と楓…同一人物ではないけれど…双子のように似ている…」
「あ!」
サファイヤに顔を挟まれたまま蓮くんが何を思い出したのか、いきなり叫んだ。
「俺たちが灰色の世界で圭吾とりこちゃんと一緒にいたときに、空が割れて第一王女様のいたドラゴンの王国の一部分だけを見たことがある。そこには、俺と佳奈美が読んだ小説の登場人物…日下部透と青いドラゴンに姿を変えた宮司龍臣がいて…二人とも、第一王女様の死を仄めかすようなことを言ったんだ」
圭吾くんの眼が揺れる。
「死…んだ…?」
バットが蓮くんのノートを捲って、新しいページに大きく【確かめること】と書いて、その下に箇条書きで何かを連ね始めた。
『亡くなった第一王女様の身代わりに、楓が無理やりされているかもしれない』
『楓はどこにいる?』
「蓮」
バットがペンを握ってノートを見つめたまま、蓮くんに尋ねた。
「日下部透と宮司龍臣って誰だ」
蓮くんが首を横に振ると、バットは書き足した。
『日下部透と宮司龍臣は誰?』
ウルフがバットのペンを握る手を止めた。
「なんだよ」
バットがウルフを訝しそうに見上げる。
「その宮司龍臣って奴…蓮の話では、小説の中の大学生時代の蓮の友達だろ?それが、この世界では、無邪気なはしゃぎっぷりと言い、宮司龍臣は一裕って奴に似ている気がするんだ。でも、一裕は俺たちを守ろうとして俺たちと一緒に処刑されたあの男の人だ…でも、蓮が言うには、宮司龍臣は青いドラゴンに姿を変えていた…だから、宮司龍臣がこの世界で今山一裕として生きているというわけじゃないんじゃ…」
バットが右手にペンを握ったまま頭を抱える。
「複雑すぎるだろ…」
サファイヤは腕に顎を乗せてじっとウルフの話を聴いていた。
「いや、もしかしたら…」
サファイヤが口を開いた。皆がサファイヤに視線を浴びせる。
「俺たちが本当の姿と人間の間を行き来できるように、バットたちを守って殺されたっていう男の人も、その青いドラゴンに姿を変えることが出来た可能性はないか…?」
蓮くんがバットの【確かめること】リストを眺める。
「俺たち、もっとこれから沢山のことを確かめていく必要があるな…」

「見に行ってみるか…王国に」
ウルフがノートを眺めて言った。鍵は王国にあるのかもしれない。
「でもよ」
指を鳴らそうとしたウルフをバットが止める。
「俺たちが王国に行けるのにはタイムリミットがある。タイムリミットが来たら、王国の奴らに姿を見られる」
ウルフが指を鳴らすのをやめてベッドに仰向けになる。
「俺たち、もう一回殺されるわけにはいかないしな…」
サファイヤも椅子に座ったまま頭を抱えている。
「王国のやつらに、バレない方法はないのか?」
サファイヤの水色の瞳が群青色に濁っているように光を失って見えた。反対に、エメラルドの瞳は輝いていた。
「とうとう、あの能力を使う時が来たぞ、お前ら!」
エメラルドの声が部屋中に響いた。
「虫…」
圭吾くんがつぶやく。
「やだ、りこ、虫いやだー!」
りこちゃんが峻兄ちゃんの腕の中で暴れながら必死に抵抗していた。
「誰かは人間世界に残っていた方が良いだろうから、りこちゃんは虫にならなくてもいいよ」
あの日のりこちゃんの恐怖におびえる姿を思い出したのか、エメラルドは申し訳なさそうにりこちゃんの頭を撫でた。あれ、蓮がいない。
「あ」
圭吾くんが床を指さす。
カマキリ。
「いやあああ!」
カマキリに気付くと、りこちゃんは峻兄ちゃんに抱きついて大声で泣き始めた。カマキリの…蓮くんのアホ!


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2025/06/25 16:37

花火
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