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狭間に生きる僕ら

#24

海の少年(1)

私と同い年くらいの男子が何事もなかったかのように、砂浜に座っている。
「どうしたんです、みなさん」
群集がどよめく。水の中で目をつむった人が浮かんでいたら誰だって溺れていると勘違いするだろうし、水の中で寝るなんてできるわけ…あるかもしれない…。
この人が、人間でないならば。
「お前さー」
ウルフとバットがいつの間に日陰から移動したのか、日傘も持たずに群衆に紛れていた。バットが群衆を押し分けて、群衆に囲まれた少年に近づいた。
「おしゃべりしようぜ」
バットが少年の手を引っ張って立たせると、少年はご心配をおかけしましたとだけ言って、スタスタとバットと一緒に群集を抜けてしまった。峻兄ちゃんがエメラルドたちとアイスを手に持ちながらやってくる。
「なんや、この人だかりは」
群集がどよめきつつも、一人一人と散り始めていた。
「溺れてた男子高校生がいたんですけど、平気そうにバットに連れていかれて」
蓮くんが峻兄ちゃんに説明している間に、バットとウルフに連れられた謎の男子は日陰で三人仲良く並んでシェイクを飲んでいた。
「佳奈美お姉さん、あの男の人誰?」
圭吾くんがメロンのアイスを舐めながら、バットたちの方を見ている。
「新たな仲間になるかもしれない人だよ」
エメラルドのその宝石のような緑の眼光が、謎の男子に注がれていた。

蓮くんとエメラルドが謎の男子のいる日陰に向かって歩き出した。りこちゃんと圭吾くんが走って追いかけようとしたけど、アイスが落ちるといけないし行儀悪いからといって二人を止めた。
私たちが日陰に着いた頃には、謎の男子は残り少なくなったシェイクをストローでゾゾっと汚い音を立てて飲んでいる。もし、この人が人間だとしたら、さっきまで溺れていただなんて信じられないくらいピンピンしている。バットとウルフが仲良さそうにその人と喋っていた。エメラルドがその人に近づく。何かを知っているような面持ちで。
「佳奈美さん、俺の姿が他の人らに見えないように、蓮のバスタオルで隠しておいてくれないか」
エメラルドはその謎の男子を見下ろすように立っている。謎の男子はエメラルドを見上げている。峻兄ちゃんと子供達は、こことは別の日陰でアイスを食べていた。溶けるから早くしろ、と峻兄ちゃんの急かす声が波音と人々の話声に紛れて聞こえた。私はエメラルドをバスタオルで、他の人に見えないように隠した。
「俺は、こういうものだ」
エメラルドがバスタオルと謎の男子の間で、狼男の姿になった。緑の瞳を持った銀色の狼男の姿が、謎の男子の瞳に映る。
「俺らはね、これ」
そういってバットたちが吸血鬼になり始めた。バスタオルが三人を隠せるくらいに大きくてよかった。謎の男子は、三人が人間でないことを目の当たりにしても全く動じなかった。それどころか、初めから知っているような顔をしていた。
「あなたは、何なの?」
私はタオルを広げたまま、狼男と二人の吸血鬼に囲まれた、謎の男子に尋ねた。
「本当の姿を現したくないわけじゃないけど」
謎の男子の目は、サファイヤみたいに綺麗な水色だった。アイスを食べ終えた峻兄ちゃんたちがやってきた。
「佳奈美、何やっとる」
峻兄ちゃんが私の肩からタオルの向こうを覗いた。圭吾くんは、狼男のエメラルドの姿に興奮していた。
「お前ら、人間に戻れ。人に見られたらどうする」
峻兄ちゃんに注意されて三人は人間になった。
「君は誰だ」
峻兄ちゃんが私の持っていた蓮くんのタオルを畳みながら、謎の男子を見ている。謎の男子は、峻兄ちゃんの目を水色の瞳で見返した。
「あなたが興味を持つかもしれない者です」
蓮くんが峻兄ちゃんに渡されたタオルをカバンの中にしまいながら、私たちの会話に耳を澄ませていた。
「今夜、お会いしたいです」
「なら、俺たちと一緒になれよ」
バットが謎の男子の肩を組む。
「この近くのホテルに泊まる予定ってあったりしますか」
バットに肩を組まれたまま、男子は峻兄ちゃんを見上げながら尋ねる。
「…今からお勧めのホテルにお連れします」
男子の目がほんの一瞬だけ青く光った。
「今夜、僕の姿、お見せします」

海水浴場から徒歩15分くらいのところにあるお手頃なホテルに今夜は皆でそこに泊まることにした。謎の男子も一緒に。ホテルに着いた。ホテルの入り口の児童扉は、日光を反射してゆらゆら揺れる水面のデザイン。ホテルの床はグレーの石で出来たタイルが整然と並ぶ中、白やピンクの貝殻がセンス良く埋め込まれている。ロビーには大きな噴水を蓋のないドーナツ状の水槽が囲んだものがあって、水槽の中を、さっきりこちゃんが見つけたような小さな魚たちが泳いでいる。
「俺、ここおススメなんだ。それに、皆の予定も聴かずに無理やり泊まらせてしまうから、今晩は無料にする」
謎の男子の言動の節々が、料亭の娘の彗星さんに似ていた。

「無料にするって…」
峻兄ちゃんが人のいない受付で誰か受付をしてくれる人を探している。チーンと呼び出しのベルを鳴らしたが、誰も受付に姿を現さなかった。
「俺が全部管理してるんで」
そう言って男子はエレベーターに私たちを連れていく。峻兄ちゃんは、ただの高校生が一つのホテルを取り仕切っていて、しかもその高校生がバットたちと同じように人間ではない存在かもしれないことに狼狽えを隠し切れないまま、男子の後をついていく。蓮くんが噴水の水槽に泳ぐ魚に魅入っていた圭吾くんとりこちゃんの手を繋いで、私の後ろに並んだ。その後ろにバットたちが並んだ。天井まであるような大きな扉のエレベーター。
ドーン…
深海から聞こえてくるような深くて重い音が床を伝わって心臓に響いた。巨大な扉が時間をかけてゆっくりと開く。扉の向こうは、まるで水族館のようだった。大小さまざまな色とりどりの魚が優雅に泳いでいる。
「どうぞ、乗って」
私たち全員がエレベーターに乗るまで、男子は扉を開けておいてくれた。透明な箱に入れられて、海の中に投げ込まれたみたい。圭吾くんとりこちゃんは、キラキラと目を輝かせてエレベーターの天井を見上げる。おそらく水のない星から来たのであろうエメラルドも、天井に見惚れていた。
「修学旅行で行った水族館以来だな、こんな光景」
バットとウルフも天井を見上げていた。峻兄ちゃんも。蓮くんも。
「佳奈美、見てみろ」
蓮くんに促されて私は天井を見た。大きなジンベエザメが私たちの真上をゆったりと泳いでいた。逆光の中、ジンベエザメの斑点がわずかに見える。ジンベエザメの姿が私たちに近づき始める。エレベーターが上昇し始めたからだ。ウミガメが、エイが、スーッと視界を上から下に流れていく。ジンベエザメは、何も恐れるものが無いように悠々と泳いでいた。
「綺麗…」
思わず感動のため息をついた私に男子は、そうでしょ、と天井を見上げながら自慢げに言った。
「これが、俺の居場所」
ドーン…
扉が開いた。扉の先は、打って変わってごく普通のホテルと全く同じだった。
「∞号室に案内するね」
ホテルの部屋番号に∞なんて付ける人、初めて見た。

∞号室も、部屋の番号を覗けば本当にごく普通の部屋だった。海らしいデザインというわけでもなく、ちょっとだけオシャレなホテルという程度。エレベーターの光景が夢だったのではないかと思うくらい。圭吾くんとりこちゃんは、ベッドの上で飛び跳ねていた。峻兄ちゃんが二人の足を掴んで、無理やり靴を脱がせる。バット、ウルフ、エメラルドの三人は、よくあるようなデザインの部屋に拍子を抜かしたような顔で、こげ茶色のソファに腰を下ろしていた。蓮くんが濡れた水着とタオルをカバンから取り出して、ホテルのハンガーを借りてカーテン軸にひっかけている。…あ!りこちゃんと私の下着…!
「貸して!」
私は蓮くんのカバンを奪い取って女子陣の下着が入った袋だけ回収して蓮くんに返した。

午後六時。私たちを部屋に案内してくれてから部屋を出ていったきり戻ってこなかった男子が、私たちを宴会場に連れて行くと言ってやってきた。りこちゃんは峻兄ちゃんと一緒に魚の絵を描いていた。峻兄ちゃんが黒いペンで描いた魚の形に、りこちゃんが思いっきりはみ出させながら色んな色で塗っていく。圭吾くんは狼姿のエメラルドの銀色の髪を一本一本観察していて、エメラルドは何時間も体勢を変えることができない苦行にひたすら耐えていた。蓮くんとバット、ウルフの三人は、ベットに寝そべりながらぼんやりとテレビを眺めていた。
「夜ご飯を用意したから」
そう言って男子は私たち皆を部屋の外に連れ出した。
太陽が海の向こうに沈んで、淡いオレンジの光がぼんやりと紫色の空を染めていた。

宴会場は1階。私たちの部屋からは3階降りるだけでいい。男子はエレベーターではなく、階段を通って宴会場に案内した。階段は若干電気が青っぽい以外は、ただの階段でしかなかった。
「どうぞ、ここで靴を脱いで」
宴会場は何畳もある畳の部屋。群青色の透明な長い机がただ一つだけ、中央付近に置かれている。座布団は紫色の星空に浮かぶ月の中にクジラの泳いでいるシルエットが施されていて、ちょっと欲しいと思ってしまった。座布団に座って机の柄をよく観察した。机の中に、ガラス細工の小さな魚たちが泳いでいるように埋め込まれていた。
「召し上がれ」
男子は私たちの前に料理を並べ始めた。以外にも海鮮料理ではなく中華料理だった。その中にも、魚介類は含まれていなかった。海の近くのホテルの、和風の宴会場で、魚介類のない中華料理を食べる。なんか、男子の行動を深読みしてしまう。
「食べ終わったら、僕の姿見せてあげる」
そう言って男子は宴会場から海に直接行くことが出来る通路の扉を開けて出て行ってしまった。
「…いただきます…」
ピリッと舌に刺激が走る。バットとウルフは真っ赤な料理に興奮が隠せないでいる。エメラルドと圭吾くんたちは、水を飲んでは少し食べてを繰り返していた。蓮くんと峻兄ちゃんが、お互いに意識することなく全く同じ料理を全く同じタイミングで食べているのが何だか面白かった。

蓮くんが大事に残していた餃子の最後の一切れを口に運ぼうと箸でつまんだけど、宴会場の海が見える大きな窓に視線をやると、口を開けたまま餃子をボトリと机に落とした。
「あれ、見ろ」
蓮くんの視線の先。海には真っ白に輝く大きな月が浮かんでいた。その月に、大きなシルエットがくっきりと浮かび上がる。あれは、古代の生物図鑑で見た…。
「あいつ、ネッシー…か?」
峻兄ちゃんが蓮くんと全く同じポーズで窓の外の光景にくぎ付けになっていた。
「お兄さん、お姉さん、見て見て見て」
圭吾くんたちが未知の存在に大興奮して、窓にへばりついている。
「あれは、蓮のバスタオルに収まるわけないな」
ウルフが赤唐辛子を丸ごと口の中に放り込みながら、海に続く通路に向かった。
「行こうぜ。あいつの姿を確かめに」

男子が宴会場から海に向かっていった通路を、今度は私たちがぞろぞろと進んでいく。通路はまっすぐ海まで伸びていて、波の音が通路の中を反響する。夜の海の中に潜っているよう。暗い。遠くに見える出口から差し込む月の明かりだけが頼りだった。峻兄ちゃんが先頭。りこちゃんは私に、圭吾くんは蓮くんにしがみついて進んでいく。動物姿になった三人が私たちを追い抜いて、あっという間に出口から海に出て行ってしまった。
海に出た。
波の音が静かな浜辺を揺らすように音を奏でいる。目の前に、「ネッシー」がいた。ネッシーは月の光を見ていた。ネッシーの首は月に届きそうなくらいに高い所にあった。
「…びっくりした?」
波が遠慮がちに引いていく。男子が誰に聴くでもなく、独り言みたいに月に向かって話しかけた。
「デカさには驚いたぞ」
バットとウルフが、ネッシーの顔のところまで高く高く飛んでいった。
「心配すんなー!」
エメラルドが浜辺からネッシーに叫んだ。
「ここにいる人間たちは、お前を拒まない!俺たちと一緒にいることが、何よりの証拠だ!」
エメラルドの叫び声が夜の浜辺に響く。
「…よかった…」
ネッシーがゆっくりと首を動かした。ネッシーが私たちを見下ろしている。図鑑で見たよりも、ずっと迫力があって、どこか優しい首長龍が今、私たちの前にいる。
ザザン…
引いていった波が再び私たちの足を濡らした。

エメラルドが一回咳ばらいをすると、もう一度ネッシーを見上げて叫んだ。
「お前だろ、俺たちをホテルに連れて行った、ホテルの経営者ー!それが、お前の本当の姿なんだろー?!」
ネッシーが高くもたげていた首をゆっくりと私たちに近づけた。バットとウルフが、私たちのところへ戻ってきた。エメラルドも、バットたちも動物姿のままだった。ネッシーの顔が私たちの目の前にある。艶やかな身体が月の光を反射している。軽自動車一台分くらいある大きな瞳。サファイヤみたいに透き通った水色だった。その瞳は、ちっぽけな私たちの姿を映していた。
「そう、俺がネッシー」
ネッシーの声そのものは男子のもののはずなのに、深海まで響きそうなくらい重かった。ネッシーの声が、夜の浜辺を揺らすように響いた。
「今晩くらい、俺たちみんな、素顔を曝け出して話そうぜ」
エメラルドたちが各自、本来の自分の姿を見せた。
「ネッシーって呼ぶのも変だから、名前を教えてくれへんか」
峻兄ちゃんがネッシーの顔に近づく。ネッシーの口は、私たち全員を丸呑みできそうなくらいに大きかった。
「名前なんてない」
「じゃあ、俺がつけてやる」
狼男のエメラルドが峻兄ちゃんの隣に立った。
「今日からお前はサファイヤだ。俺はエメラルド。宝石同士。俺とお揃いだ」
エメラルドがサファイヤに近づいて、その鼻先に触れた。サファイヤは再び首を持ち上げた。月の光でサファイヤの顔は見えなかったけど、瞳だけは星みたいに月に負けじと光を放っていた。
「教えてあげる。俺のこと」







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2025/06/24 20:12

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
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