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狭間に生きる僕ら

#23

伝えられなかった「すき」 エピソード1

二人が楽しそうにそうめんを次から次へと流す。そうめんがどんどん下に溜まっていく。「おいおい、食べなきゃ」バットとウルフが下に溜まっているそうめんを子どもたちの麺つゆの中に入れていく。バットたちは人間として暮らしてきたから、そうめんを当然知っていたらしいけど、エメラルドはそうでもなかった。
「なんか、柔らかい糸みたいな感じ…」
峻兄ちゃんがそうめんを飲み込みながら、テレビをつけた。子供たちの喧嘩の原因となったと思われる番組が、まだ放送されていた。

小さな色とりどりの魚たちがサンゴの間をチロチロと泳ぐ姿。ウミガメが優雅に泳ぐ姿。甲羅の上で日の光がゆらゆらと踊っている姿。エイが堂々と腕を広げるように小魚の群れの中を通っていく姿。満天の星空の下、大きなクジラが海の中から勢いよく飛び跳ねる姿。クジラの飛ばした海水の粒が、星に照らされて宝石の粒のように輝く姿。本当だ、彗星さんの言っていた通りだ。海って、すごく綺麗だ。

「ダイビングっていうのがあってな」
峻兄ちゃんはもう食べ終わってお椀を水でゆすいでいた。
「少しの間なら、人間だって海の中を泳げるんだ」
圭吾くんがそうめんを口に含んだまま、目を丸くして峻兄ちゃんを見た。
「そんなことしたら、死んじゃうんじゃないの?」
峻兄ちゃんが水道の水を止めて、冷蔵庫から取り出した天然水を一口飲んだ。
「道具を用意すればだけどな」
峻兄ちゃんが台所の窓を開けた。窓の向こうは田んぼだらけ。人の姿は、たまに来る散歩中の人以外ない。
「海に行くぞー!」
峻兄ちゃんが大きな声で窓から叫んだ。
「今から?でも」
峻兄ちゃんがせき込みながら窓を閉めた。
「急で悪いな。でも、お前ら全員、思いつめたような表情してる。たまには休憩しろ」
峻兄ちゃんが財布とスマホをリュックサックに入れて玄関に向かう。そうめんを不器用に食べていたエメラルドがやっと食べ終えて、シンクに麺つゆの残ったお椀を入れながらテレビに目線をやっている。
「海…か。俺も見たことないな」
蓮くんがテレビを消した。
「百聞は一見に如かずだ、エメラルド。行こう」
バットとウルフは、今度は人間姿のまま玄関の外で待っていた。二人に急かされてエメラルドは狼に姿を変えて、二人の元に走っていった。
「おい、エメラルド。やめておけ。怖がられる」
ウルフの忠告にエメラルドはしぶしぶ人間姿に戻った。

海水浴場は、彗星さんのいるショッピングモールをさらに五駅くらい離れたところにある。蓮くんは家から中学時代の水着を持ってこれた。でも、私はママとパパに校外宿泊学習に行くってごまかしちゃったから家には帰れないし、峻兄ちゃんが女性用水着を持っている訳がなかった。
「つまりは、蓮と俺以外、水着がないってことだろ」
峻兄ちゃんが電車に揺られながら財布の中のお金を確認している。
「全然心配ない」
峻兄ちゃんは財布をカバンの中にしまった。
「アルバイト代を全部財布に詰め込んできたからな。凝ったデザインのでなければ海水浴場で販売されてる」
りこちゃんと圭吾くんは電車の窓から通り過ぎていく景色を窓にへばりついて眺めている。エメラルドは二人以上にはしゃいでいる。席に座ってはいるものの、目は外の景色にくぎ付けだ。
「おいっ」
エメラルドの隣にいたバットが、自分の被っていた帽子をエメラルドに被せた。
「狼の耳を出すんじゃねえ」
ウルフが他の乗客に聞こえないようにエメラルドの人間の耳のすぐ近くでものすごく静かに叫んだ。

あ。一裕のこと、完全に忘れてた。
「蓮くん、一裕はどうした?」
蓮くんは子供たちの様子を見ながら、電車に乗る前に買ったレモンの清涼飲料水を私の隣に座って飲んでいた。
「俺が家に水着を取りに戻ったころには家にいなくて、びっくりしてあいつに電話をかけたら、ちゃんと返事した。それにあいつ、久しぶりに家に両親が仕事から帰ってくるみたいで嬉しそうにしてた。だから、大丈夫だと思う…」
蓮くんの喉ぼとけがわずかに動いた。

海水浴場は沢山の親子連れとカップルで溢れていた。サーフボードばかりを売っている店や、マリンクラフトの店、アイスやシェイクを売っている店が、太陽の光に反射して真っ白に光る浜辺に目立って見えた。
「あそこで買うぞ」
峻兄ちゃんが私が見ていた方向とは正反対の方にザクザクと砂浜に両足を沈めながら歩いていく。
「りこ、アイス食べる」
りこちゃんが私の真後ろでアイスの看板を指さしている。
「後で買ってやる」
峻兄ちゃんは、お店の中に入っていった。バットとウルフは太陽の光から逃げるように、蓮くんに借りた一枚の大きなバスタオルで全身を覆って、肩を寄せ合いながら窮屈そうに峻兄ちゃんの後を追っていく。圭吾くんは裸足のまま、湿った砂浜にしゃがみ込んで寄り返す波と戦いながら歩いていくヤドカリを見つめていた。
「子供だけで海に近寄るな」
知らないおじさんに怒鳴られると、圭吾くんは驚いて峻兄ちゃんのいる店に走っていった。りこちゃんがそれについていく。エメラルドのグリーンの瞳が海の青色に似合っている。黒髪に少しだけ銀色の混ざった頭髪。宝石を中に宿したような瞳。エメラルドは美人なお姉さま方数人に囲まれてナンパされていたが、軽くあしらって店の方に向かって歩いて行った。

店の中には色々な水着が売られていた。蓮くんは暇そうにお店の中の自販機の飲み物を一つ一つ眺めていた。ウルフとバットも含めて、海に来たことがないメンバーが夢中で水着を選んでいる。圭吾くんは少し顔を赤くしながらビキニ姿のマネキンの方を見ていた。

「合計1万5000円になります」
峻兄ちゃんが男子陣を男子トイレに連れていく。
「佳奈美、お前はりこと一緒に女子トイレで着替えてこい」
男子陣が続々とトイレの中に入っていった。
「お着替えしよか」
私はりこちゃんの手を引いて、二人でトイレの個室に入った。少し窮屈だったけれど、昔、ママと同じことをしたのを思い出して楽しかった。私たちが着替え終わって店を出ると、峻兄ちゃんと蓮くんが先に待っていた。赤茶色の水着は案外峻兄ちゃんに似合っていたし、蓮くんはシンプルな真っ黒のスクール水着を履いていたけど、格好よく見えた。
「お、来た来た」
残りの男子が着替え終わって出てきた。紫の星雲の写真を直接印刷した水着を履いたバット。真っ黒な背景に、筆で殴り書いたような「DEAD」という真っ赤な文字がグレーの髑髏に重なったようなデザインを選んだウルフ。蛍光色の緑の生地に銀色の太いストライプが一本走ったデザインを履いたエメラルドと圭吾くん。あれ…?圭吾くんの身体が、男の子になってる?
「蓮お兄さん、佳奈美お姉さん、見て!」
圭吾くんがはじけそうな笑顔で走り寄ってきた。蓮くんの前で立ち止まると、圭吾くんは自分の上半身を両手で指さして見せた。
「エメラルドさんに男にしてもらった」
蓮くんがエメラルドを見る。エメラルドは蓮くんにウインクをして見せた。
「こっち来ーい」
峻兄ちゃんがりこちゃんを肩車して波打ち際に向かって歩き出した。りこちゃんの選んだ星柄のスカートタイプの水着が、峻兄ちゃんのうなじのあたりをヒラヒラとしていた。バットとウルフは、店で買ったらしい大きな日傘を相合傘して日陰を探して歩き出した。圭吾くんがエメラルドの手を引いて、峻兄ちゃんの後を走り出した。
「佳奈美。似合ってる」
蓮くんも圭吾くんたちの後を走ってついていく。蓮くんが走った時の風で、水色のワンピースタイプの水着の裾がフワッと捲れた。

海水浴場だからそんなに深くないけれど、りこちゃんは峻兄ちゃんが腰をしっかりと持っていてあげないと危なっかしいくらいに小さい。
「あ」
峻兄ちゃんに腰を支えられたりこちゃんが何かを指さした。
「圭吾くん、見て、おさかなー」
エメラルドと一緒にどれだけ息を止めていられるかを競っていた圭吾くんが、顔の水を両手で拭いながらりこちゃんの指さす先を見た。エメラルドはまだ潜っていた。圭吾くんとりこちゃんの前を、オレンジのピンクが混ざったような一匹の小さなまるい魚がフヨフヨと泳いでいる。圭吾くんがその魚をすくうように手を丸めた。圭吾くんの手の中で魚が窮屈そうに行ったり来たりしていた。
「おい、俺のこと無視すんなよ」
エメラルドがゲラゲラ笑いながら圭吾くんの頭をつつく。圭吾くんが魚を放して、またエメラルドと競い始めた。魚はフヨフヨと海の向こうに泳いでいった。りこちゃんが目で魚の行き先を追う。


ーーーー俺は蓮が佳奈美さんに好意を抱いていることくらい、お見通しさ。バットが俺の隣でイチゴアイスをペロペロと舐めている。
「バット、俺ちょっと行ってくるわ。荷物見ててくれ」
俺は日傘をさして蓮を探した。蓮は圭吾とりこの面倒を見ているように見せかけて、あいつ、隙があれば佳奈美のことを見ている。佳奈美さん、気付いていないのかな。あ、いたいた。やっぱり、水色の水着に身を包んでりこちゃんと戯れる佳奈美さんに恍惚と見惚れている。
「蓮!」
蓮の肩がビクンと動いた。蓮が俺の方を目を丸くして振り返る。
「驚かすな」
蓮が胸を手で押さえている。
「蓮、良いか。佳奈美さんと泳いで来い。これは命令だ」
蓮の返事なんて気にしない。太陽の光が痛い。俺は日陰を求めてバットのいるところに戻った。バットはまだ、イチゴアイスを食べていた。

「佳奈美、あのさ」
蓮くんが知らない間に私とりこちゃんのすぐ近くにいた。りこちゃんの近くで圭吾くんの様子を確認していた峻兄ちゃんが、何かを察したようにりこちゃんを圭吾くんとエメラルドのところに連れて行ってしまった。
「…泳…ごうぜ。向こうで」
蓮くんが指さす先は、カップル専用のビーチなのかと勘違いするくらいにカップルが溢れた砂浜。
「蓮くん、熱中症じゃない?顔、赤いよ?」
蓮くんの顔が異常に赤い気がする。蓮くんの頬に手を近づけると、ムワッと熱い何かが漂ってきた。
「暑いからだよ!」
蓮くんはカップルの砂浜のほうに歩いていく。蓮くんがそっちの方を見たまま、私の顔は水に右手を私に差し出した。
「…行こう」
蓮くんが私の左手を握って歩き出した。冷たい海水が足元を撫でる。蓮くんが歩くたび、小さな水しぶきが太ももにかかる。だんだん私たちの周りがカップルばかりになってきた。…照れくさいけど、まあ、良いや。私は蓮くんの手を握り返した。

ーーーー「なあ、ウルフ。あの二人、何か良い感じじゃないか?」
バットが今度は黄色いアイスを舐めながら、蓮たちの方を見ている。
「俺が言ったんだ、佳奈美さんを誘えって」
バットも薄々気付いているはずだ。蓮の佳奈美さんへの想いに。
「俺ら、弓矢かなんか買って来るべきか?」
バットが溶け始めた黄色いアイスを急いで舐めながら突拍子もないことを言う。
「誰を殺すつもりだ」
「殺すんじゃねえよ」
バットがドロドロになったアイスの残りを飲んだ。
「恋のキューピットが弓矢を持ってるだろ。弓矢って武器だけどさ。人と人を別れさせるために使うんじゃなくて、人と人を繋げるために使いたいんだ。…元龍隊の兵士としてな…」
バットはアイスのゴミをクシャクシャッと丸めて、ナイロンの袋の中に入れて口を縛った。

ーーーー「おい、ウルフ。蓮と佳奈美さんの近くで騒動が起きてるぞ」
バットが日傘を持って群衆の方に向かって歩き出した。
「なんか、群集を見ると、俺らが殺された日のこと思い出すな、ウルフ」
バットが突然日傘を放り投げて勢いよく走り出した。
「バット、どうした!」
バットが群衆に向かって走りながら叫んだ。
「溺れたって、誰かが叫んでる!」

蓮…?!佳奈美さん…?!みんな…?!

俺たちは群衆をかき分ける。太陽の光が痛いけど、今は、それどころじゃない。群集は、一人の少年を囲んでいた。蓮たちと同い年くらいか?目をつぶって倒れている。第一発見者らしき子供連れの父親が、痩せた男の人に事情聴取っぽいことをされていて、屈強なライフガードの男の人が、何とか少年の命を吹き返らせようとしていた。蓮と佳奈美さんが群衆に混ざって心配そうに少年を見つめている。峻さんは騒動が起きた頃、ちょうど子供達とエメラルドと一緒にアイスを買いに行ったようでいなかった。

…でも、なんか、この少年、変だ。溺れたからってだけかもしれないが肌の色が少し青いし、なんか、水の照り具合を見るに、少年の皮膚がカエルの皮膚みたいにヌメヌメしてそうなんだが…。

「おい、ウルフ」
バットが俺を群衆から連れ出した。
「俺たちとは違う異世界の匂いがあいつからするんだけど」
バットが言い終えかけたときに、群衆から安堵の声が聞こえた。その中に蓮と佳奈美さんのものも混ざっていた。少年が意識を回復したようだ。
「俺、寝てました」
群集がどよめいた。
「ほらな」
バットが得意げに俺の方を見る。
「俺、鼻が利くんだ」

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2025/06/24 16:41

花火
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