蓮くんがベッドにどさっと背中から飛び込んだ。
「頭がごちゃごちゃやわ、俺」
圭吾くんとりこちゃんは私の寝室で寝かせてある。一裕は、名残惜しそうにスマホの待ち受け画面に映る彗星さんを眺めたまま寝てしまった。満月が夜空を照らしている。バットが夜空をヒャッホーイとはしゃぎながら飛び回っていた。ウルフは電柱にぶら下がってそんなバットの様子をぼんやりと眺めていた。
ウルフの目が光った。こっちに飛んでくる。
「おい、お前ら、変な奴来たぞ」
ガサガサ
蓮くんの家から10メートルくらい先には雑木林がある。何かがこっちに向かってくる。
バサバサッ
カラスが逃げるようにして雑木林から飛んでいく。バットもウルフの隣にやってきた。
「俺の知らない香りがする」
バットが蓮くんのベットの上で人間の姿に戻った。蓮くんが下敷きになる。
「うげっ」
「あ、ごめん」
バットは蓮くんの寝室から出て、雑木林のある方の窓を開けた。その時。
窓の向こうには人間の姿をした狼がいた。
その近くには圭吾くんたちが寝ている。食べられる…!
「ああ、いや、怖がらないで」
狼が窓から入ってきた。蓮くんとウルフが私の前に立つ。
「彗星に呼ばれたんだよ、お前らの手助けをしてやれって」
狼の銀色の髪が滑らかに月の光を反射していた。緑色の瞳。狼はスルスルッと人間の姿に戻った。
「血が騒いじゃった。悪い。俺は彗星の友人で、あそこからやってきた」
狼だった男は、夜空に光るたった一つの緑色の星を指さした。あんな星、あったっけ。
「あんた…誰だ」
蓮くんが私を壁の方にやって、自分はその前に腕を広げて立っていた。
「ああ、悪いな。名前はないんだ」
「やっやこしいなあ、もう!」
バットが男の前でワシに戻って見せた。
「あら、吸血鬼ではないか」
「俺はバット、俺の後ろにいるのがウルフ」
ウルフもコウモリの姿に戻った。男がポリポリと頭を搔いている。
「ええっとな、ワシがバットで?コウモリがウルフで?」
「お前に名前やるよ」
ウルフが男の周りを一周した。
「お前は今日からエメラルドだ。お前の目の色に因んでな」
「…ウルフ、お前の名前と交換した方がしっくり来ないか?」
「うるせー」
ウルフが羽でエメラルドの顔を叩いた。
エメラルドが私たちに害を与えない存在だと判断したのか、蓮くんはエメラルドを部屋に招き入れた。蓮くんのベッドの横で、彗星さんの名前を寝言でニヤニヤしながら寝ている一裕がいる。
「ここで話をするつもりか、蓮」
ウルフが人間に戻った。一裕が起きないようにチラチラと様子を伺いながらバットが蓮くんの耳に口を近づけた。
「吸血鬼って寝ている間も周囲の音が聞こえるんだ」
蓮くんは立ち上がった。どこか、話せる別の場所を探しているのだろう。
「トイレか庭の納屋くらいしかないですけど、全員そこに入る訳がないし…」
エメラルドが狼の姿に戻った。さっきは人の形をしていたけれど、今回は本当の狼のようだ。
「俺の巣はどうだ?近くの雑木林ならさすがに聞こえないだろ」
バットとウルフがそれぞれワシとコウモリの姿に戻る。
「あれ、でもお前、あの星から来たんじゃなかったか」
ワシがくちばしで夜空に浮かぶ緑の星を指した。
「別荘だよ、別荘」
エメラルドが入ってきた窓から飛び降りた。
「おいでよ」
庭からエメラルドが私たちを呼んでいる。
「でも、子供達は」
圭吾くんとりこちゃんを、いくら一裕がいるとはいえ、置いていくわけにはいかない。
「俺たちが連れてく」
振り向くと、大きくなったワシとコウモリの姿が。
「背中に乗せたら大丈夫」
バットがりこちゃんを、ウルフが圭吾くんを、起きないようにそっと背中に乗せた。子供達は深く眠っている。
「さあ、行こう」
エメラルドを先頭に私たちは雑木林に向かう。月の光がエメラルドの全身を照らして、なんだかエメラルドが神々しく見える。バットとウルフは子供達を落とさないようにゆっくりと慎重に飛んでいく。
「あ、」
私たちが雑木林に手前まで来た時、バットが何かを見つけた。
「行き手に警察がいる」
隠れられる場所はない。いまさら引き返すことも出来ない。このまま見つかったら絶対に補導されるし、エメラルドももしかしたら保健所に連れていかれるかも。
「あれを使え、ウルフ」
「分かってる」
エメラルドの口元がニヤッと笑った。どうやら警察はいなくなったようだ。慌ただしくどこかへ去っていくのが向こうからかすかに聞こえた。
「ウルフ、何をしたの?」
雑木林に飛んでいくウルフの背中に私は尋ねた。
「コウモリって超音波が使えるだろ。だから、トランシーバーに影響を与えることが出来るんだ。警察、トランシーバーが壊れたと思って慌てて引き返していった」
「ここだよ」
エメラルドが案内してくれたのは、大きな木。葉っぱが生い茂っている。木の葉の隙間から月の光がエメラルドの背中を照らした。
「入るのか、ここに?」
大きな木は、根っこだけが雷に打たれたみたいに大きく裂けていた。だけど、子どもたちを背中に乗せたバットとウルフ、蓮くんと私、エメラルドの全員が入れそうにない。
「まあ、来いよ」
エメラルドが穴から入っていく。
「蓮くん、エメラルドを信じよう」
私は蓮くんの手を引いて穴に片足を入れた。
グワン
根っこの穴が急に大きくなった。
「うわっ」
気づいたら地面の中で四つん這いになっていた。土のにおいがする。蓮くんが私に覆いかぶさっている。
「佳奈美、ごめん!」
蓮くんが私から離れると、ごつんと鈍い音を立てて土の中に埋まっていた大きな石に頭をぶつけた。
「ああ、やっぱり、人間サイズだと狭すぎたかな」
暗い土の中、エメラルドの瞳が緑色に光っている。
「少し、小さくなってもらうね」
エメラルドがパチッと瞬きをした。
ギュン
エメラルドの巣が一気に広くなった。
「佳奈美、見てみろよ」
蓮くんの戸惑う声がする。
「蓮くん、なに?」
カマキリがいる。
は?
「俺だよー」
カマキリが死に物狂いで鎌を振る。
「あれ、佳奈美さん。可愛くなってる」
見上げると、とんでもなく大きなバットとウルフが穴の中の私たちをのぞき込んでいた。圭吾くんとりこちゃんも巨人に見える。
「テントウムシになっちゃったね、佳奈美さん」
…え?
「また人間に戻れるから」
大きなエメラルドが私たちの前に座った。山の神みたい。
「よっこらしょっと」
バットたちが入ってきた。二匹の丸まったダンゴムシと一緒に。圭吾くんとりこちゃん?
「驚かせたらごめん、でも小さい方が便利だから」
大きな狼とワシ、コウモリと、小さなカマキリ、テントウムシ、ダンゴムシたちが一つの穴の中に一緒にいた。
「うーん…」
りこちゃんが目を覚ました。
「不思議な匂い…きゃああああ!」
りこちゃんが金切り声を上げた。
「お姉さん、お兄さん、どこー」
ダンゴムシがウロチョロしてる。可愛い。
「りこちゃん、大丈夫?」
蓮くんがダンゴムシのりこちゃんに近づく。
「虫、虫、いやあああ!」
ダンゴムシがカマキリから逃げる。
「りこちゃんも虫だよ!」
蓮くんが追いかける。りこちゃんがエメラルドの肉球と地面の隙間に隠れた。
「なあ、さすがに、ダンゴムシ目線で見たらカマキリって虫が苦手な奴じゃなくても怖いだろ」
バットがエメラルドをなじる。
「だってえ」
バットたちの声に気付いてダンゴムシが上の方を見ようとした。目の光った巨大な狼、コウモリ、ワシがりこちゃんをのぞき込む。ダンゴムシの身体でどうやって上を向いたのか知らないけれど、りこちゃんはまた逃げ惑い始めた。
「…は?」
あ、圭吾くんも起きた。もう一匹のダンゴムシが一連の騒動を見守っていた。ウルフが疲れた声でエメラルドに頼んだ。
「人間に戻ろう」
エメラルドが穴から出て、あたりに人間の気配がしないことを確認すると、私たちを穴の外に連れていく。それにしても、しんどすぎる。土から穴の外までが富士山、いや、エベレストのよう。
「俺、もう、死ぬ」
私の後ろを足がガクガクと折れそうになりながら登ってくる。ダンゴムシたちはすでにエメラルドが穴の外に連れ出していた。死にそうになりながらなんとか穴の外に出た。カマキリが私の後ろで死んだように倒れている。
パチ
エメラルドが瞬きすると、私たちはみんな人間の身体に戻っていた。穴を見ると、とてもちっぽけに見えた。たかがこれだけを上るのにあれだけの体力を消耗したなんて。蓮くんが虚無の表情で穴を見ていた。
「お兄さん、お姉さん」
りこちゃんも元の姿に戻っていた。
「怖い夢見た」
りこちゃんが私の首の周りに腕を巻くようにして抱きついてきた。
「僕も変な夢を見た、みんな虫になってて。バットさんとウルフさんが大きくて、知らない巨大な狼もいた」
「夢が夢じゃなかったら?」
人間姿のエメラルドが圭吾くんの背中を指でつつく。りこちゃんは私に抱きついたままエメラルドを見ている。エメラルドがりこちゃんに笑顔を見せると、戸惑った表情の圭吾くんの前で狼に変わって見せた。
「初めまして。俺、エメラルド。ウルフが俺の名付け親」
圭吾くんの瞳に、月に照らされたエメラルドの姿が反射する。
「…カッコイイ…!」
なんか、エメラルド、圭吾くんの中二病スイッチを押してしまった気がする。
圭吾くんが、憧れの俳優に握手してもらったときのように目を輝かせながらエメラルドに見惚れている。
「佳奈美さん、蓮」
エメラルドが私たちに近づいてくる。
「一回さ、俺の力なしで小さくなれるか、試してみて」
私は人間に戻っていたウルフにりこちゃんを預けた。ウルフがりこちゃんの両目を手で覆った。
「どうすればなれるの?」
エメラルドの緑の瞳が夜の雑木林の中、一点の星のように光っている。
「簡単さ、小さくなあれって。それだけ」
蓮くんの気配がしない。振り向くとカマキリがいる。私もやってみよう。ギュン。世界が巨大になる。海が近くに見える。「それ、水たまりだからね」
巨大なバットが私たちを見下ろしていた。
「どうすれば大きくなれるの?」
果てしなく高い所にいるエメラルドに私は叫んだ。
「今度は、大きくなあれって」
シュン
世界がなんか窮屈に感じた。
「その能力、この先役に立つと思う」
ウルフがりこちゃんの両目から手を離しながら言った。
「人間の姿だと不便なことが多すぎるからな」
「さて」
エメラルドは人間の姿だったけれど、目は緑色に光っていた。アニメのキャラクターがそのまま出てきたよう。
「彗星に頼まれたことなんだけど…」
私たちは円になって座った。蓮くんの膝の上にりこちゃんが座ってて、圭吾くんはエメラルドの横に引っ付くようにして座っている。エメラルドが私たち一人一人の顔を確認するようにぐるりと顔を回した。しばらく考え込むように右手を顎に添えると、突如として叫んだ。
「もともとこの世界の人間じゃない人!」
「はい!」
バットがピンと手を伸ばして挙手していた。ウルフは太ももに腕を乗せたまま手だけを立てていた。りこちゃんと圭吾くんもおずおずと手を上げた。
「比率が偏ってるな」
七人いる中で、この世界に元々いたのは蓮くんと私の二人だけ。彗星さんも含めると、三対一になってしまう。
「人間ってさ」
エメラルドが満月を見上げている。
「俺らのこと全然理解しないまま、勝手に怖がってる。だけど、逆もきっとそう。俺…地球の女はみんな…」
そこまで言うと、エメラルドは私の方を見て、小さくごめんと謝った。
「俺、地球の女はみんな、ブッサイクだって思ってました。すみません」
…殴っていい?
「でもでもでも」
エメラルドが私の目の前で両手をひらひらとさせる。
「佳奈美さんに出会った瞬間に、目の中が宇宙みたいで綺麗だなって思ったんだ」
エメラルドの瞳が本当の宝石のように輝いている。
「だから、俺たちも人間のこと、分かっていない」
エメラルドが仰向けになって倒れる。
「彗星の息子の楓って奴さ、もともとこの世界にいたお前らにだけ心を開いたんだろ?なんで、真っ先に母親である彗星のところに行かなかったんだろうな。お前ら人間が手掛かりなんだけど…俺らに理解を示してくれる人間っていないもんかねえ?」
エメラルドが口を尖らせてふうッと息を吐いた。
「…私の兄なら多分…大丈夫だと思います…」
エメラルドが期待の眼差しで私を見る。
「会える?」私はスマホを取り出した。バッテリーの残量があと数パーセント。お願い。出て…。
『おう』
峻兄ちゃんの声を聴いたことがない三人がスマホから一生懸命峻兄ちゃんの声を聞き取ろうとしていた。
「峻兄ちゃんのアパートに今から行きたい」
『おう…』
実は峻兄ちゃんは先日からアパートに住み始めた。私の秘密を親から隠すために。前に峻兄ちゃんからメールが送られていた。
『危ないから迎えに行く。待ってろ。どこにいる』
「蓮くんの家の近くの雑木林の中」
『はあ?』
「早く来て、スマホの充電したい」
峻兄ちゃんが何か言いかけたけど、私はブチッと電話を切った。
峻兄ちゃんは手ぶらでやってきた。
「迷い込んで帰れなくなったんか」
りこちゃんが峻兄ちゃんの太ももにまとわりつく。
「よっ」
峻兄ちゃんが蓮くんと圭吾くんに気付く。蓮くんは軽く頭を下げた。
「おい、野生動物がおる…」
峻兄ちゃんが雑木林の奥にバットたちが息を潜めていることに気付いた。
「いや、兄ちゃん、あれは…」
奥からバットとウルフ、エメラルドが姿を現す。動物の姿。鋭い眼光。峻兄ちゃんはエメラルドに気付くと、私たちの前に両手を広げて立った。
「人間の姿で待ってたほうが良かったな」
三人がポンと人間の姿になる。峻兄ちゃんの広げられた腕がカタカタと震えている。
「是非ともお話ししたいことがうんとありましてね」
エメラルドの緑色の光が峻兄ちゃんに注がれる。
「お宅にお邪魔していいですか」
「お名前を伺っても…」
「バット」「ウルフ」「エメラルド」
三人が戦隊ヒーローのようなポーズを組んで順番に名乗る。
「良いですよ、親御さんは…」
「あ、今はそんなのどうでもいいんで」
「…いや、そういうわけには」
「連れて行ってくれますね」
峻兄ちゃんが連れて行くというよりは、峻兄ちゃんが連れていかれような形でアパートに着いた。峻兄ちゃんがアパートの鍵を開ける。
キイーッ…
引っ越したばかりの峻兄ちゃんの部屋は存外片付いていた。
「新しいお家ー」
りこちゃんが先に靴を脱いでアパートの中にトコトコと入っていった。
「佳奈美、ほれ」
リビングの電気を点けると峻兄ちゃんが充電器を貸してくれた。峻兄ちゃんが台所の低い机にみんなを座らせて、冷蔵庫の中を開けた。
「レバーあります?」
冷蔵庫には天然水とコンビニ弁当以外何も入っていないことが、台所の外の廊下で充電器をコンセントに指しているときに見えた。バットにもそれは分かるはず…。
「レバー…?買ってきて焼きましょうか」
「生でお願いします」
バットの無茶な要求に峻兄ちゃんは完全に頭を抱えてしまった。
「佳奈美のお兄さん、俺らのこと、なんやと思ってます?」
バットが冷蔵庫の扉を閉めに立ち上がった。
「野生動物が人間になったもの…?」
「惜しい」
バットたち三人は峻兄ちゃんの前に立った。
「見ててください」
峻兄ちゃんを目の前に、バットは瞳の色が紫色になって、口から鋭い犬歯が飛び出す。ウルフは真っ赤な瞳に片目だけ真っ黒な線が走って、口を大きく開けて見せた。犬歯が白く光っている。エメラルドは銀色の体毛に包まれた人型の狼になって、緑色の瞳でまっすぐに峻兄ちゃんを見る。
「吸血鬼…と…狼男…?」
「正解!」
バットが右の人差し指を立てた。
「あなたなら、俺らのことを受け入れてくれると信じています」
エメラルドの声はいつになく切実だった。
『カッコイイ…』
圭吾くんのため息交じりの声。振り向くと、峻兄ちゃんが無理やり着せたパジャマ姿のまま、寝室から出て三人の異種人間に見惚れていた。
峻兄ちゃんは数回深呼吸をした。
「俺は何をすればいいんです」
峻兄ちゃんが洗面所から赤いタオルを持ってきた。
「これで我慢してください」
そう言って峻兄ちゃんはバットとウルフの前に置いた。いや、いくらなんでも…。
「ご意見を伺いたいのです」
人間に戻ったエメラルドが峻兄ちゃんの正面に正座をした。
「俺は宇宙から来まして。彗星っていう、御宅の娘さんの友達の友達の彼女でもともと宇宙人だった俺の友人に頼まれまして、いずれその女性とお宅の娘さんの友達の友達の間に出来る子供が迷子になっているから、探しているんですけど」
「エメラルド、お前説明が下手すぎる。迷子を捜す手伝いをしてほしいんです。詳しいことは後程お伝えします」
ウルフがエメラルドの言葉を遮って、簡単に説明した。
「宇宙…子供…迷子…?」
峻兄ちゃんの頭の上に沢山のはてなマークが浮かんでいる。
「要は、人間の視点も必要ってことだ」
バットが補足した。峻兄ちゃんの渡した赤いタオルをガジガジと噛んでいる。
「俺、トマトジュース何本か買ってこようかな」
アパートの向かいに見えるコンビニに蓮くんが走って買いに行った。
「圭吾、お前は早く寝ろ」
エメラルドに目を輝かせていた圭吾くんを峻兄ちゃんが無理やり寝室に押し込んだ。
「佳奈美」
圭吾くんを寝室に押し込んで寝室の扉を片手で押さえている。扉の向こうで圭吾くんが開けようともがいていたが、数分すると諦めて眠ったのか、扉の向こうが静かになった。
「迷子の子のこと。詳しく聞かせろ」
「ふーん…」
楓くんのことを知った峻兄ちゃんは複雑な顔をして見せた。
「楓…俺に似てる…」
バットが峻兄ちゃんの隣で蓮くんの買ってきたトマトジュースをぐびぐび飲んでいる。ウルフは蓮くんがついでに買ってきた生レバーをちびちびともったいぶって食べていた。エメラルドの頭から狼の耳がピンと立っている。
「峻兄ちゃん、どういう意味?」
峻兄ちゃんは三人の異種人間を順番に見ていった。
「どこの世界でも子どもって言うのは大人に振り回されるんだな…」
峻兄ちゃんが最後に私の顔を見る。
「黙っててごめん。初めて伝える。今から言うことを俺が佳奈美に教えたことは、母さんにも父さんにも言うな。俺は…お前とは血がつながってない」
エメラルドの耳がピクンと揺れる。バットはトマトジュースが変なところにひっかっかったみたいでせき込む。ウルフは喉に詰まらせた生レバーを、バットの飲んでいたトマトジュースを奪って流し込む。蓮くんは圭吾くんたちの様子を見に行っていて、ちょうどいなかった。
「俺は佳奈美の本当の兄貴にはなれやん」
「頭がごちゃごちゃやわ、俺」
圭吾くんとりこちゃんは私の寝室で寝かせてある。一裕は、名残惜しそうにスマホの待ち受け画面に映る彗星さんを眺めたまま寝てしまった。満月が夜空を照らしている。バットが夜空をヒャッホーイとはしゃぎながら飛び回っていた。ウルフは電柱にぶら下がってそんなバットの様子をぼんやりと眺めていた。
ウルフの目が光った。こっちに飛んでくる。
「おい、お前ら、変な奴来たぞ」
ガサガサ
蓮くんの家から10メートルくらい先には雑木林がある。何かがこっちに向かってくる。
バサバサッ
カラスが逃げるようにして雑木林から飛んでいく。バットもウルフの隣にやってきた。
「俺の知らない香りがする」
バットが蓮くんのベットの上で人間の姿に戻った。蓮くんが下敷きになる。
「うげっ」
「あ、ごめん」
バットは蓮くんの寝室から出て、雑木林のある方の窓を開けた。その時。
窓の向こうには人間の姿をした狼がいた。
その近くには圭吾くんたちが寝ている。食べられる…!
「ああ、いや、怖がらないで」
狼が窓から入ってきた。蓮くんとウルフが私の前に立つ。
「彗星に呼ばれたんだよ、お前らの手助けをしてやれって」
狼の銀色の髪が滑らかに月の光を反射していた。緑色の瞳。狼はスルスルッと人間の姿に戻った。
「血が騒いじゃった。悪い。俺は彗星の友人で、あそこからやってきた」
狼だった男は、夜空に光るたった一つの緑色の星を指さした。あんな星、あったっけ。
「あんた…誰だ」
蓮くんが私を壁の方にやって、自分はその前に腕を広げて立っていた。
「ああ、悪いな。名前はないんだ」
「やっやこしいなあ、もう!」
バットが男の前でワシに戻って見せた。
「あら、吸血鬼ではないか」
「俺はバット、俺の後ろにいるのがウルフ」
ウルフもコウモリの姿に戻った。男がポリポリと頭を搔いている。
「ええっとな、ワシがバットで?コウモリがウルフで?」
「お前に名前やるよ」
ウルフが男の周りを一周した。
「お前は今日からエメラルドだ。お前の目の色に因んでな」
「…ウルフ、お前の名前と交換した方がしっくり来ないか?」
「うるせー」
ウルフが羽でエメラルドの顔を叩いた。
エメラルドが私たちに害を与えない存在だと判断したのか、蓮くんはエメラルドを部屋に招き入れた。蓮くんのベッドの横で、彗星さんの名前を寝言でニヤニヤしながら寝ている一裕がいる。
「ここで話をするつもりか、蓮」
ウルフが人間に戻った。一裕が起きないようにチラチラと様子を伺いながらバットが蓮くんの耳に口を近づけた。
「吸血鬼って寝ている間も周囲の音が聞こえるんだ」
蓮くんは立ち上がった。どこか、話せる別の場所を探しているのだろう。
「トイレか庭の納屋くらいしかないですけど、全員そこに入る訳がないし…」
エメラルドが狼の姿に戻った。さっきは人の形をしていたけれど、今回は本当の狼のようだ。
「俺の巣はどうだ?近くの雑木林ならさすがに聞こえないだろ」
バットとウルフがそれぞれワシとコウモリの姿に戻る。
「あれ、でもお前、あの星から来たんじゃなかったか」
ワシがくちばしで夜空に浮かぶ緑の星を指した。
「別荘だよ、別荘」
エメラルドが入ってきた窓から飛び降りた。
「おいでよ」
庭からエメラルドが私たちを呼んでいる。
「でも、子供達は」
圭吾くんとりこちゃんを、いくら一裕がいるとはいえ、置いていくわけにはいかない。
「俺たちが連れてく」
振り向くと、大きくなったワシとコウモリの姿が。
「背中に乗せたら大丈夫」
バットがりこちゃんを、ウルフが圭吾くんを、起きないようにそっと背中に乗せた。子供達は深く眠っている。
「さあ、行こう」
エメラルドを先頭に私たちは雑木林に向かう。月の光がエメラルドの全身を照らして、なんだかエメラルドが神々しく見える。バットとウルフは子供達を落とさないようにゆっくりと慎重に飛んでいく。
「あ、」
私たちが雑木林に手前まで来た時、バットが何かを見つけた。
「行き手に警察がいる」
隠れられる場所はない。いまさら引き返すことも出来ない。このまま見つかったら絶対に補導されるし、エメラルドももしかしたら保健所に連れていかれるかも。
「あれを使え、ウルフ」
「分かってる」
エメラルドの口元がニヤッと笑った。どうやら警察はいなくなったようだ。慌ただしくどこかへ去っていくのが向こうからかすかに聞こえた。
「ウルフ、何をしたの?」
雑木林に飛んでいくウルフの背中に私は尋ねた。
「コウモリって超音波が使えるだろ。だから、トランシーバーに影響を与えることが出来るんだ。警察、トランシーバーが壊れたと思って慌てて引き返していった」
「ここだよ」
エメラルドが案内してくれたのは、大きな木。葉っぱが生い茂っている。木の葉の隙間から月の光がエメラルドの背中を照らした。
「入るのか、ここに?」
大きな木は、根っこだけが雷に打たれたみたいに大きく裂けていた。だけど、子どもたちを背中に乗せたバットとウルフ、蓮くんと私、エメラルドの全員が入れそうにない。
「まあ、来いよ」
エメラルドが穴から入っていく。
「蓮くん、エメラルドを信じよう」
私は蓮くんの手を引いて穴に片足を入れた。
グワン
根っこの穴が急に大きくなった。
「うわっ」
気づいたら地面の中で四つん這いになっていた。土のにおいがする。蓮くんが私に覆いかぶさっている。
「佳奈美、ごめん!」
蓮くんが私から離れると、ごつんと鈍い音を立てて土の中に埋まっていた大きな石に頭をぶつけた。
「ああ、やっぱり、人間サイズだと狭すぎたかな」
暗い土の中、エメラルドの瞳が緑色に光っている。
「少し、小さくなってもらうね」
エメラルドがパチッと瞬きをした。
ギュン
エメラルドの巣が一気に広くなった。
「佳奈美、見てみろよ」
蓮くんの戸惑う声がする。
「蓮くん、なに?」
カマキリがいる。
は?
「俺だよー」
カマキリが死に物狂いで鎌を振る。
「あれ、佳奈美さん。可愛くなってる」
見上げると、とんでもなく大きなバットとウルフが穴の中の私たちをのぞき込んでいた。圭吾くんとりこちゃんも巨人に見える。
「テントウムシになっちゃったね、佳奈美さん」
…え?
「また人間に戻れるから」
大きなエメラルドが私たちの前に座った。山の神みたい。
「よっこらしょっと」
バットたちが入ってきた。二匹の丸まったダンゴムシと一緒に。圭吾くんとりこちゃん?
「驚かせたらごめん、でも小さい方が便利だから」
大きな狼とワシ、コウモリと、小さなカマキリ、テントウムシ、ダンゴムシたちが一つの穴の中に一緒にいた。
「うーん…」
りこちゃんが目を覚ました。
「不思議な匂い…きゃああああ!」
りこちゃんが金切り声を上げた。
「お姉さん、お兄さん、どこー」
ダンゴムシがウロチョロしてる。可愛い。
「りこちゃん、大丈夫?」
蓮くんがダンゴムシのりこちゃんに近づく。
「虫、虫、いやあああ!」
ダンゴムシがカマキリから逃げる。
「りこちゃんも虫だよ!」
蓮くんが追いかける。りこちゃんがエメラルドの肉球と地面の隙間に隠れた。
「なあ、さすがに、ダンゴムシ目線で見たらカマキリって虫が苦手な奴じゃなくても怖いだろ」
バットがエメラルドをなじる。
「だってえ」
バットたちの声に気付いてダンゴムシが上の方を見ようとした。目の光った巨大な狼、コウモリ、ワシがりこちゃんをのぞき込む。ダンゴムシの身体でどうやって上を向いたのか知らないけれど、りこちゃんはまた逃げ惑い始めた。
「…は?」
あ、圭吾くんも起きた。もう一匹のダンゴムシが一連の騒動を見守っていた。ウルフが疲れた声でエメラルドに頼んだ。
「人間に戻ろう」
エメラルドが穴から出て、あたりに人間の気配がしないことを確認すると、私たちを穴の外に連れていく。それにしても、しんどすぎる。土から穴の外までが富士山、いや、エベレストのよう。
「俺、もう、死ぬ」
私の後ろを足がガクガクと折れそうになりながら登ってくる。ダンゴムシたちはすでにエメラルドが穴の外に連れ出していた。死にそうになりながらなんとか穴の外に出た。カマキリが私の後ろで死んだように倒れている。
パチ
エメラルドが瞬きすると、私たちはみんな人間の身体に戻っていた。穴を見ると、とてもちっぽけに見えた。たかがこれだけを上るのにあれだけの体力を消耗したなんて。蓮くんが虚無の表情で穴を見ていた。
「お兄さん、お姉さん」
りこちゃんも元の姿に戻っていた。
「怖い夢見た」
りこちゃんが私の首の周りに腕を巻くようにして抱きついてきた。
「僕も変な夢を見た、みんな虫になってて。バットさんとウルフさんが大きくて、知らない巨大な狼もいた」
「夢が夢じゃなかったら?」
人間姿のエメラルドが圭吾くんの背中を指でつつく。りこちゃんは私に抱きついたままエメラルドを見ている。エメラルドがりこちゃんに笑顔を見せると、戸惑った表情の圭吾くんの前で狼に変わって見せた。
「初めまして。俺、エメラルド。ウルフが俺の名付け親」
圭吾くんの瞳に、月に照らされたエメラルドの姿が反射する。
「…カッコイイ…!」
なんか、エメラルド、圭吾くんの中二病スイッチを押してしまった気がする。
圭吾くんが、憧れの俳優に握手してもらったときのように目を輝かせながらエメラルドに見惚れている。
「佳奈美さん、蓮」
エメラルドが私たちに近づいてくる。
「一回さ、俺の力なしで小さくなれるか、試してみて」
私は人間に戻っていたウルフにりこちゃんを預けた。ウルフがりこちゃんの両目を手で覆った。
「どうすればなれるの?」
エメラルドの緑の瞳が夜の雑木林の中、一点の星のように光っている。
「簡単さ、小さくなあれって。それだけ」
蓮くんの気配がしない。振り向くとカマキリがいる。私もやってみよう。ギュン。世界が巨大になる。海が近くに見える。「それ、水たまりだからね」
巨大なバットが私たちを見下ろしていた。
「どうすれば大きくなれるの?」
果てしなく高い所にいるエメラルドに私は叫んだ。
「今度は、大きくなあれって」
シュン
世界がなんか窮屈に感じた。
「その能力、この先役に立つと思う」
ウルフがりこちゃんの両目から手を離しながら言った。
「人間の姿だと不便なことが多すぎるからな」
「さて」
エメラルドは人間の姿だったけれど、目は緑色に光っていた。アニメのキャラクターがそのまま出てきたよう。
「彗星に頼まれたことなんだけど…」
私たちは円になって座った。蓮くんの膝の上にりこちゃんが座ってて、圭吾くんはエメラルドの横に引っ付くようにして座っている。エメラルドが私たち一人一人の顔を確認するようにぐるりと顔を回した。しばらく考え込むように右手を顎に添えると、突如として叫んだ。
「もともとこの世界の人間じゃない人!」
「はい!」
バットがピンと手を伸ばして挙手していた。ウルフは太ももに腕を乗せたまま手だけを立てていた。りこちゃんと圭吾くんもおずおずと手を上げた。
「比率が偏ってるな」
七人いる中で、この世界に元々いたのは蓮くんと私の二人だけ。彗星さんも含めると、三対一になってしまう。
「人間ってさ」
エメラルドが満月を見上げている。
「俺らのこと全然理解しないまま、勝手に怖がってる。だけど、逆もきっとそう。俺…地球の女はみんな…」
そこまで言うと、エメラルドは私の方を見て、小さくごめんと謝った。
「俺、地球の女はみんな、ブッサイクだって思ってました。すみません」
…殴っていい?
「でもでもでも」
エメラルドが私の目の前で両手をひらひらとさせる。
「佳奈美さんに出会った瞬間に、目の中が宇宙みたいで綺麗だなって思ったんだ」
エメラルドの瞳が本当の宝石のように輝いている。
「だから、俺たちも人間のこと、分かっていない」
エメラルドが仰向けになって倒れる。
「彗星の息子の楓って奴さ、もともとこの世界にいたお前らにだけ心を開いたんだろ?なんで、真っ先に母親である彗星のところに行かなかったんだろうな。お前ら人間が手掛かりなんだけど…俺らに理解を示してくれる人間っていないもんかねえ?」
エメラルドが口を尖らせてふうッと息を吐いた。
「…私の兄なら多分…大丈夫だと思います…」
エメラルドが期待の眼差しで私を見る。
「会える?」私はスマホを取り出した。バッテリーの残量があと数パーセント。お願い。出て…。
『おう』
峻兄ちゃんの声を聴いたことがない三人がスマホから一生懸命峻兄ちゃんの声を聞き取ろうとしていた。
「峻兄ちゃんのアパートに今から行きたい」
『おう…』
実は峻兄ちゃんは先日からアパートに住み始めた。私の秘密を親から隠すために。前に峻兄ちゃんからメールが送られていた。
『危ないから迎えに行く。待ってろ。どこにいる』
「蓮くんの家の近くの雑木林の中」
『はあ?』
「早く来て、スマホの充電したい」
峻兄ちゃんが何か言いかけたけど、私はブチッと電話を切った。
峻兄ちゃんは手ぶらでやってきた。
「迷い込んで帰れなくなったんか」
りこちゃんが峻兄ちゃんの太ももにまとわりつく。
「よっ」
峻兄ちゃんが蓮くんと圭吾くんに気付く。蓮くんは軽く頭を下げた。
「おい、野生動物がおる…」
峻兄ちゃんが雑木林の奥にバットたちが息を潜めていることに気付いた。
「いや、兄ちゃん、あれは…」
奥からバットとウルフ、エメラルドが姿を現す。動物の姿。鋭い眼光。峻兄ちゃんはエメラルドに気付くと、私たちの前に両手を広げて立った。
「人間の姿で待ってたほうが良かったな」
三人がポンと人間の姿になる。峻兄ちゃんの広げられた腕がカタカタと震えている。
「是非ともお話ししたいことがうんとありましてね」
エメラルドの緑色の光が峻兄ちゃんに注がれる。
「お宅にお邪魔していいですか」
「お名前を伺っても…」
「バット」「ウルフ」「エメラルド」
三人が戦隊ヒーローのようなポーズを組んで順番に名乗る。
「良いですよ、親御さんは…」
「あ、今はそんなのどうでもいいんで」
「…いや、そういうわけには」
「連れて行ってくれますね」
峻兄ちゃんが連れて行くというよりは、峻兄ちゃんが連れていかれような形でアパートに着いた。峻兄ちゃんがアパートの鍵を開ける。
キイーッ…
引っ越したばかりの峻兄ちゃんの部屋は存外片付いていた。
「新しいお家ー」
りこちゃんが先に靴を脱いでアパートの中にトコトコと入っていった。
「佳奈美、ほれ」
リビングの電気を点けると峻兄ちゃんが充電器を貸してくれた。峻兄ちゃんが台所の低い机にみんなを座らせて、冷蔵庫の中を開けた。
「レバーあります?」
冷蔵庫には天然水とコンビニ弁当以外何も入っていないことが、台所の外の廊下で充電器をコンセントに指しているときに見えた。バットにもそれは分かるはず…。
「レバー…?買ってきて焼きましょうか」
「生でお願いします」
バットの無茶な要求に峻兄ちゃんは完全に頭を抱えてしまった。
「佳奈美のお兄さん、俺らのこと、なんやと思ってます?」
バットが冷蔵庫の扉を閉めに立ち上がった。
「野生動物が人間になったもの…?」
「惜しい」
バットたち三人は峻兄ちゃんの前に立った。
「見ててください」
峻兄ちゃんを目の前に、バットは瞳の色が紫色になって、口から鋭い犬歯が飛び出す。ウルフは真っ赤な瞳に片目だけ真っ黒な線が走って、口を大きく開けて見せた。犬歯が白く光っている。エメラルドは銀色の体毛に包まれた人型の狼になって、緑色の瞳でまっすぐに峻兄ちゃんを見る。
「吸血鬼…と…狼男…?」
「正解!」
バットが右の人差し指を立てた。
「あなたなら、俺らのことを受け入れてくれると信じています」
エメラルドの声はいつになく切実だった。
『カッコイイ…』
圭吾くんのため息交じりの声。振り向くと、峻兄ちゃんが無理やり着せたパジャマ姿のまま、寝室から出て三人の異種人間に見惚れていた。
峻兄ちゃんは数回深呼吸をした。
「俺は何をすればいいんです」
峻兄ちゃんが洗面所から赤いタオルを持ってきた。
「これで我慢してください」
そう言って峻兄ちゃんはバットとウルフの前に置いた。いや、いくらなんでも…。
「ご意見を伺いたいのです」
人間に戻ったエメラルドが峻兄ちゃんの正面に正座をした。
「俺は宇宙から来まして。彗星っていう、御宅の娘さんの友達の友達の彼女でもともと宇宙人だった俺の友人に頼まれまして、いずれその女性とお宅の娘さんの友達の友達の間に出来る子供が迷子になっているから、探しているんですけど」
「エメラルド、お前説明が下手すぎる。迷子を捜す手伝いをしてほしいんです。詳しいことは後程お伝えします」
ウルフがエメラルドの言葉を遮って、簡単に説明した。
「宇宙…子供…迷子…?」
峻兄ちゃんの頭の上に沢山のはてなマークが浮かんでいる。
「要は、人間の視点も必要ってことだ」
バットが補足した。峻兄ちゃんの渡した赤いタオルをガジガジと噛んでいる。
「俺、トマトジュース何本か買ってこようかな」
アパートの向かいに見えるコンビニに蓮くんが走って買いに行った。
「圭吾、お前は早く寝ろ」
エメラルドに目を輝かせていた圭吾くんを峻兄ちゃんが無理やり寝室に押し込んだ。
「佳奈美」
圭吾くんを寝室に押し込んで寝室の扉を片手で押さえている。扉の向こうで圭吾くんが開けようともがいていたが、数分すると諦めて眠ったのか、扉の向こうが静かになった。
「迷子の子のこと。詳しく聞かせろ」
「ふーん…」
楓くんのことを知った峻兄ちゃんは複雑な顔をして見せた。
「楓…俺に似てる…」
バットが峻兄ちゃんの隣で蓮くんの買ってきたトマトジュースをぐびぐび飲んでいる。ウルフは蓮くんがついでに買ってきた生レバーをちびちびともったいぶって食べていた。エメラルドの頭から狼の耳がピンと立っている。
「峻兄ちゃん、どういう意味?」
峻兄ちゃんは三人の異種人間を順番に見ていった。
「どこの世界でも子どもって言うのは大人に振り回されるんだな…」
峻兄ちゃんが最後に私の顔を見る。
「黙っててごめん。初めて伝える。今から言うことを俺が佳奈美に教えたことは、母さんにも父さんにも言うな。俺は…お前とは血がつながってない」
エメラルドの耳がピクンと揺れる。バットはトマトジュースが変なところにひっかっかったみたいでせき込む。ウルフは喉に詰まらせた生レバーを、バットの飲んでいたトマトジュースを奪って流し込む。蓮くんは圭吾くんたちの様子を見に行っていて、ちょうどいなかった。
「俺は佳奈美の本当の兄貴にはなれやん」
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線