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狭間に生きる僕ら

#18

思い出せ(2)

私たちは当てもなく彷徨った。夜空には沢山の星が輝いていた。さっきまで、人の死を三人分見届けたとは思えないほど、美しかった。丈の高い猫じゃらしに似た雑草が私たちを囲む。何だか、虫になった気分。
「どこに行こうかな…っ」
先頭で草をかき分けながら進んでいたバットが突然しゃがんだ。
『伏せろ』
バットがそうジェスチャーした。
「我が娘彗星よ、これが地球だ」
30代くらいだろうか。若めの男の人の声がする。
「地球人は互いに滅ぼし合う愚かな存在だ。宇宙の秩序の妨げとなる。我々が愚かな地球の民を救わねばならぬ」
「すいが?」
すい。翠。
『翠…ちゃん?』
一裕の口が動いた。
『見つけたな』
私の後ろにいたバットがささやく。
『追おう』
蓮くんが、声のする方へ草むらをしゃがんだまま進んでいく。出来るだけ、草を揺らさないようにして。草と草の隙間から、全身が異様に白い親子のような人影が一組見えた。
『あ』
白い親子の前に、光で出来た扉のようなものが現れた。白い親子がその中に入っていくと、扉がスーッと消え始めた。
『あ、良いところに』
私の後ろにいたバットが、手のひらサイズの透明な円い板のようなものを、その扉の中に投げ入れた。扉は消えた。
シリーンシリーン
私の知らない虫の音が夜空の下で奏でられていた。
「あのね、龍の目の中の水晶を使えば、別世界のものを見ることが出来るんだ。」
バットがさっき、扉に投げ込んだものと同じような円い透明なものを手に持っていた。
「同じ龍のものじゃないとダメなんだけどね。ずっと前にこの辺りで龍が亡くなったみたい。水晶の部分だけが残ってた」バットは草むらに腰を下ろして龍の水晶を覗き込みながら、私たちを手招きした。みんなで頭を突き合わせて水晶の中を覗き込んだ。そこには、火星でも金星でも土星でもない、私の知らない光景が広がっていた。
『彗星よ』
男の人の声が水晶からはっきりと聞こえた。
『はい、お父様』
水晶の中には、全身が真っ白で異様に大きな真っ黒の目を持った子供の宇宙人のような姿が見えた。
「これが、幼少期の翠さんか?翠さんの本当の姿は、これなんか?」
蓮くんの瞳に、水晶に映る子供の姿が反射していた。

「あれ?」
水晶の中に映る子供と目が合った。
「地球人さん?」
バットが水晶を投げ捨てた。
「なんで、向こうから見られるんだ。こっちからしか見られないはずなのに…!」
投げ捨てられた水晶が暗い草むらの中で光っていた。
「あれ、おーうい」
水晶から子供が私たちを探すような声がする。一裕が水晶を拾って覗き込んだ。
「あ、いた!」
水晶の中で子供が笑っていた。蛍を見つけた少女みたいだった。水晶に映る子供が、扉の向こうに投げ入れられたもう片方の水晶を拾ったようだ。子供の真っ白な顔と真っ黒な目が水晶いっぱいに見える。
「私、君のことが好き!」
子供の真っ黒な目が無邪気に笑った。
「私、地球人さんとお友達になる!」
子供は、親に内緒で拾ってきた子猫を家のどこかに隠そうとしているように、水晶をもって移動し始めた。もし、この子供が翠さんなら。その子が一裕を見て「好き」だと言ったのは、きっと親戚のお兄さんの好意程度だろう。今は。いつの日か、それが、異性に対するものに姿を変えたなら。楓くんの避けたかった未来が、刻一刻と近づいている足音がする。

水晶に映る世界が急に暗くなった。ギュッと何かに押し込められているような音がする。
トトトト…
子供の走り去っていく音が聞こえた。
「この子、水晶をどこかに隠したな」
一裕の手に握られている水晶をバットが一裕の横から見ていた。
『彗星、いったいこれはどういうことなのか、説明しなさい!』
若い女の人の怒鳴り声。一裕の手がビクッと震えた。
『地球に行ってみたいだなんて!』
子供の母親だろうか。泣き叫びながら怒鳴っている。
『先ほども教えたはずだ、彗星!』
男の人も子供を叱っているようだ。
『そんなの、分かんないじゃん!』
子供の反発する声。
『地球には水っていうものがあってね。そこには色んな命が生きてるの。水っていうのが沢山の命を産むんだよ。すい、見てみたい!』
『いけません!』
『いやだ!』
親子が水晶の向こう側で大ゲンカし始めた。
「俺と翠ちゃんだけでデートするときに、やたら水族館や海に行きたがってたのって、もしかして…」
一裕が真っ暗な世界を映す水晶を握っていた。

『どうして地球に行っちゃダメなの?!』
子供が泣き始めた。
『それは、地球は愚かな命の巣窟だからよ!気持ち悪い…』
母親の言葉に蓮くんが眉をひそめた。
『どうして毛嫌いするの?だって、さっき、お父様が地球人を助けなきゃって…』
子供がむせながら泣いている。
『そうだ、我々は地球の民を救わねばならん。だから、地球を滅亡させるのだ』
子供が泣きやんだ。私たちも息を飲む。
『愚かな命を生きるくらいなら、死なせてあげた方が、お前の好きな地球人のためになるとは思わないか、彗星』
父親の言葉に子供が大声で泣き始めた。静かな夜空の下、子どもの泣き声が響き渡った。

ト…ト…
子供が近づいてくる。水晶の向こうが明るくなって子供の姿が見えた。
「この子、さっきまで泣いてたよな?」
なるほど、この星には本当に水がないんだ。子供の目には、涙が一滴も見えなかった。
「すい…地球に行くもん」
子供がうつむいている姿を最後に、水晶は何も映さなくなった。
「もしかしたら、戻ったほうがいいんじゃないか」
バットが真っ暗な水晶を見つめる。
「俺も、翠さんっていう人に会ってみようかな」
パチン
バットが指を鳴らした。ドラゴンの王国に来た時と同じような感覚に包まれる。ぼやけた世界に蓮くんが倒れるのが見えた。

目を覚ますと、そこは一裕宅の台所だった。
「お姉さん、お兄さん、死なないで」
りこちゃんが私を、圭吾くんが蓮くんと一裕を目にいっぱいの涙を溜めながら私達の身体を細くて短い腕で一生懸命に揺らしていた。
「馬鹿野郎!」
ウルフがバットの顔面を平手打ちして目覚めさせた。
「あまりにも家の中が静かだから心配して見に行ったら、倒れてるじゃんか。子供にトラウマを植え付けるな!」
ウルフがバットに往復びんたを食らわせた。窓の向こうは真っ暗で、月が明るく輝いていた。星のない夜空。彗星が一筋、夜空に線を描いた。
「今日のところは帰るか…」
バットは赤くなった頬を押さえながら立ち上がった。
「蓮、一裕、佳奈美さん」
バットが台所を出ていきがてら言った。
「明日、俺らも翠さんに会わせろ」
一裕と蓮くんは静かに首を縦に振った。

コンコン…
窓を軽く叩く音がする。あ、そうか。昨晩、色んな事があってから、みんなで蓮くんの家に帰ったんだった。
コンコン…
「おーきーてー」
眠い。重い瞼をこすると、寝室の窓の外に何かがいる。コウモリと…ワシ?
「俺だよ、バットとウルフ」
ワシが窓をくちばしでつつく。窓を開けると、二羽が寝室に入ってきた。
「紛らわしいよね、ごめんね。コウモリがウルフで、ワシが俺、バット」
二人そろってポンと人間の姿になると、二人の足音がトスっとみんなが寝静まった家に響く。夜明け前。りこちゃんは布団を頭から被って、もぞもぞしてる。
「ぶふっ」
バットかウルフのどっちかが吹き出した声がした。二人はいつの間にか寝室からは姿を消していて、男子陣の寝室を覗いていた。
「なんだ、この寝相は」
ウルフが声を立てないように笑い転げていて、バットはお腹を抱えて床にうずくまっている。寝室の中の光景は、まあ、悲惨だった。一裕が両足を蓮くんの顔に乗せて、蓮くんは足で一裕のみぞおちを蹴るような格好で、圭吾くんは二人に弾き飛ばされたように部屋の隅っこで丸まって寝ていた。
「起きろー!」
バットの大声が、まだ暗い寝室にビンビンと響く。もぞもぞッと一裕が足を動かすと、蓮くんの顔がバシッと蹴られた。
「いて…」
蓮くんが最初に目を覚ました。
「おーまーえーのーかーのーじょーにーあーいーにーいーくーぞー!」
バットが一裕の耳に向かって思いっきり叫ぶ。一裕が顔をしかめて布団を頭から被った。それをウルフが引き剝がす。
「早くお前の彼女に連絡しろ。会いたいって、沢山のハートマークをつけてな」
ウルフが引き剥がした布団をポイっと投げ捨てた。

男子陣が全員目を覚ました。頭が爆発したような寝ぐせに、私も吹き出してしまった。
「早く行こうよ!」
バットがまだまだ寝ぼけて目をショボショボさせている一裕をゆする。でも、太陽すら出ていないのに。
「あの…太陽が出てお昼ご飯を食べる二時間くらい前に連絡させちゃダメかな?」
ウルフとバットが顔を見合わせる。
「俺たちの方がよっぽど、夜型人間なのに」
そうかもしれないけど。
「まずは朝ごはん食べよう」
私が階段を下りて台所へ向かう。
「俺もお腹空いたなー、…ダメ?」
振り向くと私の後ろでバットが自分の首に人差し指を当てて舌をペロッと出していた。
「だめです」
「レバーは?」
「ないです」
「えええ」
私は冷蔵庫の扉を開けてトマトをふたつ取り出した。
「これで我慢して」
「俺、野菜やだー」
「だめ!」
「えええ」
もし、私に弟がいたらこんな感じだろうか。いつの間にか目を覚ましたりこちゃんが洗面台で、コロコロと可愛い音を立てながらうがいしているのが聞こえた。

私が朝ごはんを作り終えた頃には、みんな目が覚めていた。
「俺、今日、翠ちゃんに…」
一裕が昨日のことを思い出して、憂鬱そうな顔でスマホの待ち受けにしている翠さんの顔を見ている。
「かず、会えるかどうかだけ、今から翠さんに連絡を取れ。向こうにも予定があるはずだから」
蓮くんがブラシで頭の寝ぐせを直しながら、洗面台の方から叫んだ。一裕は、翠さんとのトーク画面を開けたものの、指先が震えて一文字目もなかなか打てずにいる。
「送ったか」
蓮くんが洗面台から戻ってきて、お椀としゃもじを手に持った。
「…まだ…」
「貸せ」
蓮くんがお椀としゃもじを机に置いて、一裕のスマホを奪い取った。
タタタタ…
蓮くんの指がスマホの画面を叩く音が台所に響く。
「あれ美味しそうじゃね?」
「よせ、赤いけどあれはダメだ。硬すぎる」
家の前の用水路でザリガニを見つけたらしいバットとウルフがはしゃいでいる。
ポン
翠さんからOKマークがハートの中に入ったスタンプが送られてきた。
「お昼ご飯を、一緒に、食べたい、っと」
蓮くんが一裕の代わりに入力する。
「俺らのことも一応言っておいて」
バットが台所の窓を開けて蓮くんに叫んだ。
「俺たちが吸血鬼だっていうことは秘密ね」
バットの手には食べかけのトマトが握られていた。

「そろそろ行かねーか」
家の外から、おばさんたちが今日の昼食は何にしようかしらと話しているのが聞こえる。
「そう…だな…」
蓮くんが貴重品だけ持って玄関に向かった。
「行けるか?」
朝からトイレにこもりっきりの一裕に蓮くんが声をかける。一裕がトイレから出てきた。
「俺は翠ちゃんの彼氏だから」
一裕はしっかりと前を見据えていた。顔が少し赤い。
「彼女の秘密を知ることが出来るのは俺だ」
一裕が玄関でスニーカーに両足を突っ込んだ。りこちゃんと圭吾くんが、小さな背中を丸めて靴を履いている。
「会いに行こう」
私たちは再び翠さんを訪れる。ワシに戻ったバットと、コウモリに戻ったウルフが私たちの後ろを飛んでついてくる。虫取り網を持った男の子たちがバットとウルフを興味津々に見ている。
「なあ、俺らかえって目立ってるんじゃないか」
「今更無理だろ、こんなところで人間になるだなんて」
上空で二人が揉めている。それを見ていたひとりの男の子が二人を指さして、近くの友達に何か言っている。
「なあ、あそこから人の声がしない?」
他の男の子たちも上空の二人を見た。
「やべっ」
二人は口をつぐんで、鳥のふりをして飛んだ。バットはともかく、ウルフは少し無茶な気もした。

前に翠さんと会ったショッピングモールについた。電車に遅れないよう、必死に羽ばたいてきたせいで、二人はヘロヘロになっていた。でも、ショッピングモールには人が多すぎる。
「なあ…俺ら…どこで…人間に…戻ろうか」
二人が入り口の前でふらふらになりながら羽ばたいている。
「こっち」
一裕がショッピングモールの外にある男子トイレに二人を連れて行った。しばらくして、バット、ウルフ、一裕の順番で出てきた。
「俺ら、初めから人間の姿で来ればよかったな。逆に体力使い過ぎたわ」
バットとウルフが自販機を求めて歩き出す。
ガコン、ガコン
二人は買ったトマトジュースをグイっと口の中に流し込んだ。

前に翠さんとお昼ご飯を食べた料亭に記憶を頼りに進んでいく。レストラン街に入る直前には、輸入物のバック専門店がある。前に来た時にはなかったカバンが店頭に展示されている。新しく輸入したのだろうか。真っ赤な女物のカバン。バットとウルフの目がキランと光った。

「お待ちしておりましたわ」
料亭の入り口で翠さんが私を出迎えてくれた。今日は一裕も浮かれてはいない。
「はじめまして、一裕さんから今朝、お二方のことを伺いましたの」
翠さんがバットとウルフの前でコーテシーをして見せた。ウルフは少し見とれた顔をしていた。バットは、もう一人の翠さんを知っている。それもあってか、バットは翠さんの真っ白で透き通るような肌と漆黒の瞳を見ても驚かなかった。

翠さんが、以前案内されたところとは違う、大きめの席に案内された。バットたちは、翠さんの見せる近未来的な技術をどう思うだろうか。だけど、翠さんは一度もそういったものを見せなかった。メニューも普通に紙で出来たもの。ましてや色の変わる壁はない。
「お待たせいたしました」
料亭の人達が私たちの前に料理を並べていった。
「なあ」
私の隣の蓮くんが耳のすぐ近くで私を呼んだ。
「バットとウルフの前に置かれている料理、全部赤くないか」
私は二人の料理を見る。いくら丼。まぐろ。和牛のローストビーフ。デザートのメニューまでもう、二人に選ばせている。スイカ、いちご、ざくろ。
「あの、赤い食べ物が売りなんですかね」
ウルフが真っ赤な料理たちを前に翠さんに尋ねた。翠さんはにこりと美しい笑顔をウルフたちに向ける。
「なんとなく、赤がお好きなお客様のような気がいたしましたの」
バットの口がヒクっと動いたのを翠さんは見逃さなかった。
「どうぞ、ゆっくりとご堪能下さいませ」

バットがパチンと指を鳴らした。目には見えていないけれど、私たちを囲うように結界が張られたのが分かった。翠さんはバットの指先を見ている。
「いかがなさったのかしら」
バットが口をわざと大きく開けて見せる。真っ白な犬歯が照明に照らされる。バットの瞳が紫色に変わる。
「分かってるんなら話は早い」
ウルフも吸血鬼としての姿になった。真っ白の犬歯に、真っ赤な瞳に片目だけ、黒い線が一本走っている。翠さんは少しも戸惑いを見せない。りこちゃんと圭吾くんだけが、ギュッと一裕と蓮くんの手を握ってわずかに震えていた。
「俺らは本当の姿を見せたぞ、彗星」
バットが向かい側に座っている翠さんに詰め寄る。
「教えてくれるよな、あんたのことも」
翠さんは片目だけ一裕の方に向けた。一裕も真剣な眼差しで翠さんを見ている。
「お前のこと…好きだから…隠さないで…」
一裕の目にも若干赤が混ざっている。それに気づくと、翠さんは絶望したように目を見開いた。バットとウルフたちを前にしても、全くたじろがなかったのに。
「どうして、一裕さんが、吸血鬼になり始めているの…」
「あれ?」
バットがむき出していた犬歯を口の中にしまって席に戻った。
「彗星、あんたじゃないのか」

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2025/06/23 15:51

花火
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