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狭間に生きる僕ら

#95

境界線

今晩、俺達はソクヒョンの夢を訪れる。ソクヒョンが例の悪夢を見るのかどうか、俺達の中ではまだ確証がないまま、俺達はエメラルドとサファイヤに押される形でソクヒョンの夢に行くことになった。
「ちょっと悪いけど泊まっていい?」
「おう」
明日は俺もバットも特に用はないし、俺はバットをアパートに泊めることにした。エメラルドとサファイヤは言うまでもない。記憶を奪えるエメラルド、記憶を覗けるサファイヤ。ソクヒョンの前世が分かったとは言え、彼らが傍にいてくれるとなると随分と心強かった。サファイヤは、リビングに置いてある水槽の中を金魚姿で過ごしている。泳ぎ回ることはせず、隅に生えた水草にじっと隠れて、俺のもう一着のパジャマに着替えるバットの後ろ姿を青い目で見つめている。エメラルドは、俺達と同じ部屋で眠ってもらうことになった。狭いといけないから、狼姿で辺りを彷徨こうと本人は言ったが、俺のアパートは住宅街から徒歩の圏内にあるし、街の明かりも寝室の窓からよく見える範囲にある。万が一にも保健所に連れて行かれたら困る。エメラルドは今、人間姿のまま、台所の床の上にバスタオルを数枚使った即席の布団の中に縮こまって寝ている。俺は、いくら何でも申し訳ないから寝室を使ってもらいたかったが、エメラルドもサファイヤも、寝室は俺とバットの2人だけで過ごせと言って聞かなかった。

時計の針は夜の8時を指している。

エメラルドが言うように、ソクヒョンが高熱を出して入院しているのなら、今頃は既に眠っているはず。或いは、完全に眠ってはいなくてもベットの中でウトウトとしている頃だろうか。
「夜ご飯、食べたばっかりだし、あと数時間したら寝る?悪夢って、寝た直後に見るもんでもないでしょ」
バットは歯磨きを雑にし終えたあと、トイレを済ませて、テレビの前の座布団に腰を下ろした。確かに、油がコッテリと乗ったピザを何枚も食べたからか、今ベットの中に潜ってもすんなりと眠ることは出来なさそうだった。

バチャ! バチャ!

水面を激しく叩いたような音が、サファイヤのいる水槽から聞こえた。
「バット、ウルフ。寝ろ!急げ!」
金魚姿のサファイヤが、小さなオレンジ色の口を一生懸命パクパクと動かしながら、いつになく感情的な様子で俺達を急かした。
「ソクヒョンの奴、もう寝てる。悪夢も見てる。それに、悪夢なんてもんじゃない!あいつが今見ているのは、生き地獄だ。詳しい話は見れば分かる。行け。早く!」
「え…あ…あ?」
サファイヤがそう叫んだ途端、俺とバットの身体が自我を持ったように、勝手に寝室へと向かった。どういう訳かサファイヤには、相手の身体の機能を操る能力までも持っていたようだった。エメラルドもその事は知らなかったようで、口をポカリと開けて唖然と俺達の後ろ姿を見送っていた。そういう訳で、バットの身体が先に寝室に入りベットのど真ん中に潜った。そして、俺の手が寝室の照明を消し、俺の身体はバットの隣に引っ付くようにベットに腰をペタンと下ろした。
「うお?!」
車や電車の後部座席が突然後ろに倒れてしまった時のように、俺の身体は操られるようにベットに横たわった。

サファイヤは、もしかしたら、使う機会が無かったというだけで、初めからこの能力を持っていたのかもしれない。或いは、あまり知られたくなかったのかもしれない。だが、その能力を躊躇うことなく発揮したということは、俺達が今すぐにソクヒョンの夢を訪れないといけないということだった。
「ヘックシ!」
涼しい風が、数センチくらい開いた窓の隙間から吹き込んできて、俺達の顔を撫でていく。鼻水で鼻がくすぐったくなって俺がクシャミをした反動で、俺達の身体はサファイヤの制御から解放された。
「…寝る?」
バットが自分の両手で宙を掴み、自分の身体であることを確かめるように手を閉じたり開いたりを繰り返していた。
「そうだな…」
これもサファイヤの能力のおかげだろうか。数秒前まで胃もたれを起こしていた筈なのに、その感覚が全く無かった。
「寝よか…」

俺の隣にいるのは、親友であって、兄弟ではない。

だが、前世は「兄弟」だった。

前世でも、俺達は全くそれを知らずに、「親友」だと思い込んでいた。

俺達は今まで、蓮や佳奈美さんたちと一緒に、色々な境目を越えてきた。地球人と宇宙人。人間と未確認生物。現実と架空。

それらに比べれば、「兄弟」と「親友」の境目など、とても現実的で簡単なものに感じた。

なのに…。

いや…。

この世界には沢山の色があって、色と色の境目は存在しない。赤も黄色も白も黒も、必ず何処かで繋がっている。

俺は人間の振りをした吸血鬼。

俺自身が、架空と現実の境界に生きる存在だ。

境目を求めることほど、浅はかで愚かで、世間知らずなことはないのかもしれない。

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2025/09/09 16:31

花火
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