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狭間に生きる僕ら

#94

兄弟

「で、俺達はいつソクヒョンに会いに行けば良いの」
俺達はピザをデリバリーしてもらった。サラミとチーズがたっぷりと乗ったピザを、大きな口を開けて頬張りながら、海鮮ピザをチビチビと勿体ぶって食べているエメラルドとサファイヤに尋ねた。
「ソクヒョンの事で、俺から補足したい。ウルフにもまだ話していない事だ」
エメラルドは、海老を丸ごと口の中に放り込んでバリバリと噛み砕いた後、ゴクリと飲み込んで話し出した。
「ソクヒョンの吸血鬼化は、無意識下の記憶に残るウルフとバットに対する罪悪感が原因。だから、吸血鬼化を治すには、その罪悪感を消す必要があると俺は判断した。だから、リオネルに、黒憶虫を使った新薬を用意してもらったんだ」
「黒憶虫?!」
黒憶虫と言えば、死者の世界で大騒ぎになった、楓に寄生していた例の虫じゃないか。最も辛い記憶を食べてくれるが、最も幸せな記憶までも餌にする厄介な寄生虫だったはずだ。
「大丈夫。リオネルがちゃんと、そこは改良してくれた。辛い記憶だけを消し去ることが出来る薬にしてくれたんだ」
エメラルドは機械的にピザを口に運んでは、手元のお手拭きで指先を拭いている。
「リオネルは昨日の午前中、突発的な高熱で意識を失って倒れたから、今も入院している。高熱を出させたのは俺だ。ソクヒョンには申し訳ないが、獣神国から遠隔操作させて貰った。というのも、ソクヒョンには幽体離脱をしてもらって、魂に薬を摂取させたかったんだ。生身の身体に摂取させるには、俺が直接ソクヒョンに接近しないといけない。だけど、ソクヒョンは世界的なアイドルだから非現実的だ。ましてや、謎の薬を飲ませようと言うものなら尚更だ」
エメラルドの説明を一通り聞き終えた後、バットは何かを思い付いたようで、噛んでいたピザを飲み込むと直ぐにエメラルドに向かって話した。
「そう言えば、お前らの記憶改竄・奪取能力は使えないの?」
「いや、駄目だ」
バットは口の周りについたケチャップをティッシュで拭きながら、俺に顔を向けた。俺は、エメラルドたちのその異能は、顕在意識下の記憶にしか作用しないため、ソクヒョンから罪悪感を拭うには何の役にも立たないことを、ほぼエメラルドから説明してもらったのと同じ文言でバットに説明した。
「それで」
俺が説明し終えてバットが納得したように頷くのと同時に、エメラルドが口を挟んだ。エメラルドは、自分の皿にピザを乗せたまま、虚空を遠い眼差しで見つめている。エメラルドの指先が、ピザの油でテカテカと光っている。
「薬をいきなり投与しても、効果はほぼ無い。一度、無意識下に眠る記憶をソクヒョン本人が引き出さないと、ソクヒョンから罪悪感を綺麗に取り去ることは出来ない。それもあって、俺はソクヒョンに前世の記憶を見せたんだ」
「え…嘘…」
バットが手に持っていたピザの隅っこに乗っていたチーズが、ポトリと皿の上に落ちた。
「勿論、ソクヒョンの了承を得た上でだ。寧ろ、ソクヒョンの方が積極的に自分の前世に向き合おうとしていた。自分が前世で何かしらの罪を犯したなら、自分はそれを償わないといけないと言ってな」
エメラルドの声から、段々と覇気が失われていく。そして、悔やむように眉に皺を寄せた。
「でも、やっぱり耐えられなかった。ソクヒョンは、自分が前世で2人の息子の生死を賭けてしまった嫌悪感と罪悪感で、俺達のもとから逃げ出そうとした。本当は、ソクヒョンに黒憶虫の薬を飲ませる予定だったが、間に合わなかった。ソクヒョンの魂が身体に戻る直前、俺はソクヒョンから、自分の前世を見たという記憶を奪った。荒療治だった。……今も、お前らに対する罪悪感は根強くソクヒョンの無意識下に残っているんだ」

カチャン……

サファイヤが、ケチャップのついたフォークを、自分の皿の端っこに静かに置いた。
「だからさ…単純に許すだけじゃ物足りないんだ」
項垂れるエメラルドのつむじ辺りを見ていたサファイヤの水色の瞳が、ゆっくりと俺とバットの方に向けられた。
「息子として、許してあげないといけないんだ」
「じゃ!!」
バットは、油が指先にベッタリと付いたままの手で、パンっと両手を叩いた。
「ソクヒョンが例の悪夢を見ているタイミングで、俺達が悪夢の中に現れたら良いわけだ」

俺とバットは不思議なことに、両親が変わったはずなのに、外見は今世も前世もよく似ていた。

前に、俺とバットがチェリーさん宅で直接会った時、そもそも俺達もソクヒョンが前世の父親だとは感じなかったし、前世の記憶が顕在意識下にほぼ無いソクヒョンなら、尚更俺達が前世の自分の息子達だとは感じなかったはずだ。

でも、ソクヒョンは前世の記憶の一部分を、悪夢として時々見ている。つまり、悪夢を見ている時は、ソクヒョンは無意識下の記憶を認識出来ている。顕在意識では覚えていなくても、無意識下では俺達がソクヒョンの息子であったことを覚えている。だから、俺達がソクヒョンの悪夢の中に現れたら良いというバットの発言は一理あった。頻繁に使う能力ではないが、人の夢の中に意図的に現れることは、人間でない俺達にとっては容易いこと。

だが、一つだけ問題があった。

「とは言っても、ソクヒョンっていつ悪夢を見るのか分かるのか?」
ソクヒョンは不規則に悪夢を見ると彼は前に俺達に言った。今晩、彼の夢に訪れても、彼が気持ちよく寝ていたのでは意味が無い。
「ウルフ、バット。今晩だ。必ず」
サファイヤが自信ありげに、俺達にそう言った。
「なんで?」
「今日は…」
サファイヤの瞳に宿る水色の光が、一瞬だけ眠ったように姿を消した。机の上のカレンダーに、俺はふと視線をやった。9月16日。
「今日は、お前たちが前世で処刑された日だ」

ドクン…

俺の心臓のポンプが、驚いたのか、一度に多くの血液を運んだ感覚がした。それはバットも同じだったようで、バットは大きな目を開けてサファイヤの方を見ながら、左胸を抑えていた。
「今晩、ソクヒョンは間違いなく、お前たちの夢を見る」
サファイヤの真剣な横顔が、悲しそうな表情を薄っすら浮かべたエメラルドの緑色の瞳に映っている。
俺とバットは、互いに顔を見合わせた。バットは一瞬だけ悲しそうな光を真っ黒な瞳に宿し、そして少年のような無邪気な満面の笑顔を浮かべた。
「行こか。お兄ちゃん」
一人っ子で、親戚の中でも最年少の俺にとって、バットが放った「お兄ちゃん」という響きはとても新鮮で、少しくすぐったかった。
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2025/09/08 19:01

花火
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