文字サイズ変更

狭間に生きる僕ら

#92

父の懺悔

「俺とバットに…何が出来るっての?」
俺の視線の先に、エメラルドの濃い緑色の毛が生えたつむじが見える。
「お前とバットで直接、ソクヒョンに許しの言葉を与えるんだ」
サファイヤの深い青色の瞳が、徐々に水色を取り戻していく。
「お前ら2人がソクヒョンの罪悪感を取り払わないと…」
「いや、ちょっと待て」
俺はアメリカ映画でよく見るような、銃を持った人の前で両手を上げる時と同じように両手を上げて、サファイヤが話すのを止めた。
「まずはソクヒョンの前世を、もっと詳しく教えてくれないか」
サファイヤが一瞬だけ息を飲み、そして深い深呼吸を一度だけした。

[水平線]
[水平線]
[水平線]

龍獅国第一王女様が、山賊に惨殺された。

美しい朱色の髪の毛は痛々しく引き抜かれ、宝石のようだった朱色の瞳はえぐり取られていた。

『メイプル様…』

彼女の守護竜、宮司龍臣は、彼女が実の父親探しの旅に出ている間、龍舎に繋がれていた。

彼女は、誰にも知られずに王城を抜け出し、姿を消した。

彼女が再び王城に戻った時には、彼女は既に息をしていなかった。

彼女の死を国中が悼む間もなく、時の国王リオンドールが逝去した。

その直前、メイプルに仕えていた宮司龍臣は、国王から直々にクランシーに献上された。

メイプル以外の人間には心を開かなかった宮司龍臣が、唯一気を許したのが、クランシーだった。

それは、宮司龍臣が、メイプル第一王女様が探し求めた実の父親である事を知っていたからだった。

宮司龍臣には、2頭の妖獣がいた。

一頭はバットに、もう一頭はウルフに懐いて、従獣となった。

数年後、リオンドール国王が後継者を決めないまま急逝したため、隣国から親戚が新たな龍獅国王として招かれた。

地獄の始まりは、そこからだった。

リオンドール国王は、孤児に対して慈愛を持った政策を行い、最低限の生活と教育を保障したのに対して、新国王は孤児を国の負担と見なし弾圧した。

孤児として一度殺されかけたが、クランシーに命を救われたバットとウルフは、息を潜めてそれぞれの従獣と共に暮らしていた。

誰も、彼らが孤児であったことを知らない。

ただ、宮司龍臣とクランシーを除いては。

宮司龍臣とクランシーは、表向きは孤児の処理を国から任されていたが、裏では彼らを逃がしていた。

クランシーは幼いウルフとバットに、龍隊に入団するように勧めた。

それが、ウルフとバット2人が、宮司龍臣の2頭の妖獣と出会うきっかけとなった。

国の政策に静かに抵抗しながらも、孤児を救うために尽力した宮司龍臣。

2頭の妖獣の父親は知っていた。

龍獅国の人間が誰も知らなかったことを。

ウルフとバットさえ知らなかったことを。


ウルフとバットの血が特殊であることを。


ウルフとバットの血には、ドラゴンの血が流れていた。

ただのドラゴンではない。

ウルフとバットは、宮司龍臣の息子で母親以外の兄弟だった。

宮司龍臣は若かりし頃、王族に仕えるようになるよりもずっと前に、一人の人間の女性に想いを寄せていた。

しかし、その女性に縁談が。

いっそ、自分のものにしてしまおう。

そう考えた宮司龍臣は、人間に化けて彼女に近づいた。

容姿端麗で聡明な、人間離れした美しさに心を奪われた女性は、迂闊にも宮司龍臣に心を許した。

その女性とは、ウルフの母親だった。

身も知らぬ「男」との間に子をなしてしまった彼女に対する視線は冷酷だった。

彼女は宮司龍臣のもとを去り、行方をくらました。

彼女はウルフを出産して間もなく、身体的疲労と精神的疲労の為、若くして命を落とした。

彼女を探し求めた末に彼女の死を知った宮司龍臣は、死に場所を探して彷徨った。

自分に息子がいることも知らず。

各地を放浪して息も絶え絶えになった頃、彼は山奥の茂みに倒れ込んだ。

やっと愛しい人に会える。

そう思った時、一人の商人が山道を通り掛かった。

その商人には、未婚の娘が一人いた。

不治の病を患い、命は残りあと僅かだった。

『花嫁衣装が着たい』

彼女はその夢を抱き、何年もその病と闘っていた。

容姿端麗で聡明な「男」に、その商人は切に願った。

『どうか、娘に花嫁衣装を着せてやってくれ』と。

宮司龍臣は了承した。

結婚式など、龍獅国の庶民の間では僅か数時間で終わるもの。

それが終われば、彼は愛しい女性に会いに行くつもりだった。

宮司龍臣は商人に案内され、娘のもとを訪れた。

何日も食べていないと思われる痩せた身体が、今にも壊れそうな小さなベットに横たわっていた。

18歳くらいの女性だった。

『赤ちゃんが欲しい』

花嫁衣装を着てベットに横たわった娘は、弱々しい声で泣きながらそう言った。

『赤ちゃんを抱っこしたい』と。

どうせ、すぐに終わる話だ。

宮司龍臣は、無責任にもそう判断し、もう一人の息子を作った。

それが、バットだった。

宮司龍臣は、病を患った女性が無事に子供を産めるわけがない、と女性の母親としての生命力を侮っていた。

宮司龍臣は、婚姻式が終わったら、半年は遊んで暮らせるほどの金銭を貰うという約束を商人と結んでいた。

宮司龍臣が商人の家を去った後、娘は9か月間生き抜いた。

そして、バットを産んだ直後、娘は亡くなった。

娘の母親は既に病死しており、父親だった商人がバットを世話した。

しかし、バットが4歳の時、商人が老衰のために亡くなり、バットは孤児となった。

5年の時が経ち、クランシーを背中に乗せた宮司龍臣が、偶然ウルフとバットを見掛けたとき、彼は自分の罪を知った。

その頃、宮司龍臣は既に妖獣の父親でもあった。

父親としての責務を果たさず、無力な我が子を放置してしまった。

その罪の意識から、宮司龍臣は自分の妖獣をウルフとバットの従獣に据えた。

自分の「4人の息子たち」を自分のすぐ近くに置いておくことで、形式上だけでも父親としての責務を果たしたかったのだ。

だが、それが宮司龍臣を悪魔にした。

新国王の統治下、国は荒れ果てた。

孤児が絶えず、治安も悪化し、衛生状態の悪化で病死する人間が増えた。

そしてそれは、ドラゴンも例外でなかった。

宮司龍臣の2頭の妖獣が、流行病に罹患し、生死を彷徨った。

『生きてくれ!』

宮司龍臣は、妖獣が助かる術を探し求めた。

そして彼は、生き地獄を味わう事になる。

妖獣が罹患した流行り病は、人間と接触する機会が極端に少ないことが原因で発症したものだった。

宮司龍臣は妖獣を溺愛していた為、生まれてから数年経っても2頭を人間に触れさせなかった。

宮司龍臣は人間に化けて暮らす中で、儚い夢の為に身を削る人間の愚かさを知っていたからだ。

2頭の妖獣が初めて触れた人間が、ウルフとバットだった。

だから、2頭には人間に対する耐性が皆無に近かった。

鳥インフルエンザや狂犬病が人間に危険だとされるように、人間もドラゴンにとっては危険だった。

宮司龍臣は、自分が2頭を溺愛しすぎてしまった為に苦しめた事を悔やんだ。

だが、唯一妖獣の流行り病を治せる方法を突き止めた瞬間、宮司龍臣は罪悪感に囚われた悪魔となった。

妖獣の流行り病を治すには、人間とドラゴンの混血が必要だった。

ただの血ではない。

死後の新鮮な血が必要だった。

龍獅国で人間とドラゴンの混血児は、たった2人だけ。

ウルフとバットだ。

『殺すしか…ないのか…?』

2人の息子を救うには、もう2人の息子を死なせないといけない。

妖獣の病状は日々悪化する。

死の[漢字]瞬間[/漢字][ふりがな]とき[/ふりがな]は、刻一刻と迫る。

『あの2人、孤児です』

宮司龍臣は人間に化け、ブランケットで顔を覆い、国の役人にウルフとバットが孤児であることを隠して生きていると報告した。

彼は賭けをしたのだ。

ウルフとバットには、ドラゴンである自分の血が流れている。

ドラゴンには人間とは異なり、他殺によって命を落とした場合には、生き返るという能力があった。

自分の報告によって、ウルフとバットは憲兵団に連行されて処刑されるが、息を吹き返すだろうと。

しかし、彼の賭けは外れた。

生き返ろうとするドラゴンの血と、そのまま死に行こうとする人間の血がぶつかり合い、血と血の争いに耐えきれなくなったウルフとバット身体は、砂となって崩れ去った。

真実を見ることが出来る宮司龍臣の目は、何故賭けをしてしまったのか。

ドラゴンのその能力には、欠点があった。

それは、現在と過去の事柄に関しては真実を見ることが出来ても、未来の事については正確性を欠くというものだった。

その賭けに賛同した人間がいた。

クランシーだ。

賭けが外れたと知った直後、クランシーは孤児を匿った罪を問われて死刑宣告を受けた。

クランシーは、自らの身体を宮司龍臣が食べるように頼んだ。

自分の最期はせめて、自分の相棒の手によって。

宮司龍臣は、クランシーの願いを叶えた。

『ごめんなさい…』

処刑後、ウルフとバットの遺骸は、広場に放置されたままだった。

宮司龍臣は、ウルフとバットの血を妖獣に飲ませた。

妖獣は日に日に回復していった。

宮司龍臣は、愛する存在を守るために、愛するべきだった存在を犠牲にした。

『ごめんなさい…』

その瞬間、世界は悪夢と化した。

宮司龍臣の心を侵食した罪悪感と厭世観は、雲一つない青空を血で滲んだような色に染め、花畑は殺伐とした荒地へと姿を変えた。

『俺は…ドラゴンの禁忌を犯した…』

宮司龍臣にとってのドラゴンの禁忌とは、自分の無責任さによって愛する存在を苦しめたことだった。

『ごめんなさい…』

彼は、王族に仕えたドラゴンが眠る墓地へと自ら赴いた。

そこには、美しい天国のような世界が広がっているはずだった。

宮司龍臣は、その世界を一目見たくて墓場に向かった。

だが、彼を待ち受けていたのは、悪夢の世界だった。

本当は、美しい世界だった。

だが、宮司龍臣に蔓延る罪悪感・厭世観が、美しい世界を悪夢へと変えた。

彼は絶望した。

彼は澱んだ曇り空を仰いだ。

『ごめんなさい…』

宮司龍臣は息絶えた。

空を仰いだ姿勢のまま。

青かった彼の身体は全身が赤く染まり、目からは血のような真っ赤な涙が流れていた。

宮司龍臣の死の瞬間。

それは、宮司龍臣が吸血鬼になった瞬間でもあった。

[水平線]
[水平線]
[水平線]
[水平線]
ページ選択

2025/09/07 16:05

花火
ID:≫ 6.vyqE1zzWDXY
コメント

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権は花火さんに帰属します

TOP