「俺達が吸血鬼化させたって…どういう意味だよ、それ」
バットが食い付くように洗面器に顔を近付け、サファイヤに向かって言った。
「言っとくけど、俺たちにそんな能力は無いからな」
バットの言うことは真実だ。
死刑判決とともに吸血鬼化を行うのは、史上最悪と認められる罪人に対してだ。俺達みたいな孤児は、当時の龍獅国では穢れたもの。それが、聖なるドラゴン…しかも、王家に仕える青竜の子供に跨った。俺達は、許してはならない罪を犯したと公式に認定され、吸血鬼化を伴う処刑に処された。
そもそも、ドラゴンは聖なる存在。罪を決して犯すことのない崇高な存在。欲や穢に満ちた人間を教え導く存在。俺たちごときが、ドラゴンに有罪判決を下せるわけがない。
「ごめんごめん、言葉足らずだった」
サファイヤは軽く謝ると、ポンと人間姿になって俺の横に腰を下ろした。洗面器の中の水が、踊るように揺ら揺らと揺れている。サファイヤは、言葉を慎重に探すように天井を仰いでいる。
「…き」
「はい?」
サファイヤの口から零れ落ちた言葉の片鱗を、俺とバットの耳は確かに受け取った。バットがサファイヤの顔に自分の耳を近付けた。
「ドラゴン界の禁忌って…無かった?」
サファイヤの瞳は、部屋の照明に照らされて水色に光っている。
「………人間にドラゴンの血を飲ませてはならないってのがあった」
バットは突然思い出したように両手を叩いてそう言った。
厳密に言うと、王家に仕えるドラゴンの血を人間が飲んではならないという掟。前述の通り、王家に仕えるドラゴンには、嘘を見破る特殊能力がある。だが、人間が彼らの血を飲んでしまうと、有罪か無罪かに関わらず、血を飲んだ人間は転生先で必ず吸血鬼化してしまう。理由は、ドラゴンの血は、所謂薬物のようなもの。中毒作用を持ち、転生後も血を欲するようになってしまうのだ。
「その掟を破ったドラゴンはどうなるの?」
サファイヤは、いつになくクソ真面目な表情を俺たちに見せた。
「…ごめん。知らん。ドラゴンは掟に忠実な生き物で、掟を破った個体はいなかったから」
バットの言葉を聞くと、サファイヤの目がキラリと光った。そして静かな声で、サファイヤは語り出した。
「宮司龍臣が、掟を破った初めての個体だったとしたら?」
「え?」
俺とバットの声が重なった。俺達の動揺をよそに、サファイヤは自信ありげに語っていく。
「掟を破ったドラゴンも、吸血鬼に転生するとしたら…?宮司龍臣が、イ・ソクヒョンとして転生して、そいつが吸血鬼化する。でも、本人含めて、一般人には分からない。お前たちにしか認識出来ない。前世の記憶を、身体の部位が記憶することもあるって、前に峻兄さんが言ってたろ?その理論で行けば、嘘を見破って正す目の能力を、イ・ソクヒョンの眼も持っている可能性は十分にある…。俺達みたいな人外は、一般的には架空の存在であって、嘘の存在だ。イ・ソクヒョンの目がそう判断すれば、鏡の中に吸血鬼化した自分が写っていても、それを認識出来ない………あぁ」
サファイヤは、何かを悟ったように天井を仰いだ。
「ドラゴンにとって、人間は愚かで惨めな存在。転生後、罪の象徴である吸血鬼になってしてしまう上に、人間だと見なされるようになれば、ドラゴン視点では耐え難い屈辱のはず。宮司龍臣が、お前たちに何らかのタイミングで血を飲ませて禁忌を犯せば…。一般人からは吸血鬼化を認識出来ずに、ただの人間としか捉えられない理由がそこにあるとしたら…。でも、ウルフとバットには認識できる…。………分かったかも」
サファイヤの瞳は、水色に明るく光り続けた。
遥か遠くにある記憶が、国境を跨いで繋がる。
それは救いか…或いは罰か。
「ちょっと紙とペン貸して」
バットが自分の筆箱からペンを取り出し、リングノートから白紙を1枚取り出すと、それをサファイヤに渡した。
「あくまで推測だからね」
サファイヤはそれを受け取ると、以前よりも慣れた手つきでスラスラと文字を紙の上に書いていく。
[斜体]
メイプル第一王女様の守護竜=宮司龍臣=イ・ソクヒョン
仮定:宮司龍臣がドラゴンの禁忌を犯した
→ドラゴンは転生後に吸血鬼化する
&他者からは人間としか認識されない
=ドラゴンにとっては辱め
→バットとウルフの吸血鬼化
≒死刑判決を受けたから
=宮司龍臣の血を飲んだから
疑問点
①何でイ・ソクヒョンは、自分の吸血鬼化を認識できないのか
→前世のドラゴンとしての目の能力が影響
②何でウルフとバットは、イ・ソクヒョンの吸血鬼化を認識できるのか
→ドラゴンの目の能力が目覚めたから[/斜体]
「ちょい待ち」
ペンを走らせるサファイヤの手をバットが止めた。
「俺たちの目も、王家に仕えるドラゴンと同じだっての?」
「推測だってば。可能性の話をしてるんだ、俺は」
もし、俺達が前世でドラゴンの血を飲んだことで、「イ・ソクヒョンは人間である」という嘘を見破る能力に目覚めたのだとすれば…。
だから、俺達だけが、イ・ソクヒョンの吸血鬼化に気付けるのか…?
でも、俺達が圭吾とりこが生者ではなく死者だったと見抜けなかったのは何故だ。「2人は生者である」という嘘も見抜けないと道理に合わない。なのに見抜けなかった。
もしかして…。
「俺の推測も聞いてくれるか」
お互いに深く悩みながら睨んでいたサファイヤとバットが俺の声に気が付いて、俺の方を振り向いた。俺はペンを持って、サファイヤのメモに書き加えた。
[斜体]俺とバットだけが、宮司龍臣の罪を知っているから[/斜体]
吸血鬼化は、罪の象徴。
イ・ソクヒョン自身は、ドラゴンとしての目の能力の名残のせいもあるだろうが、前世の記憶がないのだとすれば、自分が前世はドラゴンとしての罪を犯したなんて想像することすら出来ないはず。イ・ソクヒョンにとって、ドラゴンの禁忌は存在しないもの。つまり、認識出来ない。
[斜体]罪の象徴を認識出来ない
=吸血鬼化を認識出来ない[/斜体]
だが、もしも宮司龍臣が俺とバットに血を飲ませたのだとすれば、俺達は忘れていただけで心の何処かで宮司龍臣の罪を知っていたことになる。だから、俺達はイ・ソクヒョンの罪の象徴…吸血鬼化を認識出来たのかもしれない。
ドラゴンが禁忌を犯せば、転生後に吸血鬼化する。
一方、他者からは、愚かで未熟で穢れた人間としか認識してもらえない。
吸血鬼は、人間界では一種の憧れを抱かれる。少女漫画で、イケメンの吸血鬼に好かれちゃいました的な展開はよく見かける。
だから、ドラゴンにとっては、吸血鬼として認識されるより、何の変哲もない人間として認識される方が、きっと屈辱。
だが、俺達は宮司龍臣が犯した禁忌を知っている。だから、イ・ソクヒョンの吸血鬼化を認識出来る。
宮司龍臣は…2つもの罪の烙印を押されて転生したのか…。
「あのさ…」
バットがメモに視線を落として言った。
「こんな話、イ・ソクヒョンが聞くかな?鼻で笑われて終わりじゃないか?」
俺達が今、クソ真面目に議論しているのは、厨二病にかかった人間が喜びそうな話だ。
「………後は向こうに委ねよう。イ・ソクヒョンに何かしらの変化が生まれるかもしれない」
サファイヤは腕を組み、メモに視線を落としたまま、何度かしっかりと首を縦に振った。
「最後に聞くけど」
サファイヤはソファからゆっくりと腰を上げ、窓の外に映る街なかの喧騒を遠い眼差しで眺めながら聞いた。
「処刑される前夜に何か飲んだりした?」
「あぁ、あの癖になる味だろ」
バットは洗面器の中の水をシンクに捨て、空になった洗面器を風呂場に置きに行った。
カラカラ…
風呂場から、洗面器が床の上に置かれる音がして、バットの足音が俺達に近付いてきた。バットはこちらに戻りながら、あれは実に美味かったと連呼している。
俺達が処刑前夜に看守に渡されたのは、トマトジュースのように赤くてとろみのある飲み物だった。ほろ苦いのに何処か甘くて、清涼飲料水のような快感が喉を撫でる感触。俺は今世に生まれてから、あれよりも飲みたいという衝動に駆られる飲み物を飲んだことがない。
「それだ」
サファイヤは確信したように頷き、俺とバットの顔を交互に見た。サファイヤの瞳は、より明るく水色の光を放っていた。
「お前らさ、それが何かを分かって飲んだか?」
「いや…そんなの」
「ドラゴンの血…宮司龍臣の血だよ」
あれが…?
じゃあ、俺達は知らないつもりでいただけで、宮司龍臣が禁忌を犯したことを知っていたのか。
忘れていたんじゃない。
記憶は、確かに俺とバットの中にあった。
俺達がそれを勘違いしていただけで、宮司龍臣が禁忌を犯したことを覚えていたのだ。
「まあさ…推測で話し合ってもきりが無い。明日、KORJAが来日してアローがチェリー宅を訪れた時に、イ・ソクヒョンが俺とウルフに会おうとすることを願おう。イ・ソクヒョンが、彗星の身体に付いた俺たち吸血鬼の匂いに、何かしら反応することを願おう」
ピッポ パッポ ピッポ パッポ
バットが、電池の切れかけたスマホの充電器をコンセントに挿した瞬間、フッと空気が軽くなった気がした。街なかの喧騒は、生温い扇風機の風と、青春を謳歌する学生たちの話し声に乗って、部屋まで流れ込んできた。
[水平線]
「アリガトウ」
「ありがとうございましたー」
俺は、天井に頭をぶつけそうなくらいに大きい黒人の男性留学生にペコリと頭を下げた。彼はハンバーガーを5つも買って、満足したようにコンビニを去っていった。
俺はいつも通り、コンビニの冷気に当てられながらレジ台にいる。今日は、海外留学生がコンビニに大量にやって来る。俺がお会計をしたのは、黒人の人が4人と、アジア系の人が6人と白人の人が8人。
「コレ、フクロ、イラナイデス」
今度は、綺麗な赤髪の白人の女性が、きしめんをレジ台に乗せてきた。
誰だろ。
留学生かな。
凄く綺麗な人。
ルビーやガーネットのように美しい赤い髪が、夏風に吹かれて揺ら揺ら踊る。
甘いレモンの香りが、仄かに彼女から漂ってくる。
ペリドットのように透き通るような緑色の瞳。
こんな感じの外見…どっかで見たな…?
「500円です」
「エット…」
彼女は財布を開け、5円玉や1円玉を逐一観察しては、100円玉を探している。
「ア…。ドウシヨウ。400エン」
「少しお財布の中身、失礼しますねー」
俺はレジ台からひょこっと顔を覗かせた。彼女の黄色い財布の中には確かに100円玉は4枚しか無かった。後は、溢れるくらいに沢山の1円玉と5円玉ばかり。お金の払い方がまだ下手なのだろう。
「硬貨の方、失礼しますねー」
俺は財布の中の1円玉と5円玉で、何とか100円が作れないか考えた。
「コノ、シルバーのマネー、ミドリのマネー、イッパイアルヨ」
彼女は片言の日本語で、財布の中から1円玉と5円玉を取り出し、レジ台に並べていく。彼女の後ろには、他のお客さんも5人くらい待っている。慣れない硬貨の計算を焦りながらしないといけないのか。何か可哀想になってきた。
「斎藤さん、レジお願いします」
「ハァイ」
俺は他の店員さんを呼んで、他のお客さんのお会計をしてもらった。
ツンツンと左の手の甲を彼女に突かれ、俺はレジ台に並べられた硬貨を計算した。
1円玉が15枚。
5円玉が17枚。
合計100円ぴったし。
「ギリギリダッタ!」
彼女はそう言って、恥ずかしそうに笑いながら、大量の硬貨を両手に掴んで俺に渡した。
「お預かりします」
俺がその硬貨を受け取る時、彼女の指先が俺の手のひらに触れた。
「アリガトウ!」
彼女は、大学生とは思えない無邪気な笑顔を浮かべ、俺に手を振りながらコンビニを去った。
「ありがとうございましたー」
また…会えたら良いな。
高鳴る胸。
頬が熱い。
俺は、今までに抱いたことのない感情を胸に潜め、彼女の後ろ姿を見送った。
『日本の皆さん、こんにちは!』
コンビニに、アローの元気な声が放送された。今日、KORJAが来日する。ライブは夜の6時から。都心の屋外ライブ会場にて。それに合わせて、公演会場のある県限定で、コンビニの放送でアローたちが公演の意気込みを話すのだ。今日、このコンビニに来た人の中には、わざわざ彼らの声を聞くために県外から来た人もいた。
『今日のライブでは、新曲を披露致します!KORJA一同、全身全霊で歌い踊ります。皆さん、応援、よろしくお願い致します!!』
来た来た。
パンツがもう少しで見えそうなくらいに丈の短いスカートを履いた女子高生が、一人ではしゃぎながらレジに向かってくる。
「KORJAのくじが引きたいんですけど…」
「こちらお願いしまーす」
今日のライブに合わせて、この県のコンビニの中から更に絞られた数店舗では、くじを引いて当たりがあれば、KORJAのメンバーの顔が印刷されたクリアファイルを配る。俺がバイトしているコンビニが、その店舗に選ばれたのだ。
「当たった…!当たった!!」
良かったね。
彼女は小さな紙切れを手に握りしめて、ぴょんぴょんとレジの前で跳ねる。俺は彼女に、アローの顔がデカデカと印刷されたクリアファイルを渡した。彼女は心から嬉しそうな表情を浮かべて、そのクリアファイルを胸に優しく抱いた。
今日、ライブが終わってから、アローがチェリー宅を訪れる。
イ・ソクヒョン……。
俺とバットは、お前に会いたい。
色んな意味で。
バットが食い付くように洗面器に顔を近付け、サファイヤに向かって言った。
「言っとくけど、俺たちにそんな能力は無いからな」
バットの言うことは真実だ。
死刑判決とともに吸血鬼化を行うのは、史上最悪と認められる罪人に対してだ。俺達みたいな孤児は、当時の龍獅国では穢れたもの。それが、聖なるドラゴン…しかも、王家に仕える青竜の子供に跨った。俺達は、許してはならない罪を犯したと公式に認定され、吸血鬼化を伴う処刑に処された。
そもそも、ドラゴンは聖なる存在。罪を決して犯すことのない崇高な存在。欲や穢に満ちた人間を教え導く存在。俺たちごときが、ドラゴンに有罪判決を下せるわけがない。
「ごめんごめん、言葉足らずだった」
サファイヤは軽く謝ると、ポンと人間姿になって俺の横に腰を下ろした。洗面器の中の水が、踊るように揺ら揺らと揺れている。サファイヤは、言葉を慎重に探すように天井を仰いでいる。
「…き」
「はい?」
サファイヤの口から零れ落ちた言葉の片鱗を、俺とバットの耳は確かに受け取った。バットがサファイヤの顔に自分の耳を近付けた。
「ドラゴン界の禁忌って…無かった?」
サファイヤの瞳は、部屋の照明に照らされて水色に光っている。
「………人間にドラゴンの血を飲ませてはならないってのがあった」
バットは突然思い出したように両手を叩いてそう言った。
厳密に言うと、王家に仕えるドラゴンの血を人間が飲んではならないという掟。前述の通り、王家に仕えるドラゴンには、嘘を見破る特殊能力がある。だが、人間が彼らの血を飲んでしまうと、有罪か無罪かに関わらず、血を飲んだ人間は転生先で必ず吸血鬼化してしまう。理由は、ドラゴンの血は、所謂薬物のようなもの。中毒作用を持ち、転生後も血を欲するようになってしまうのだ。
「その掟を破ったドラゴンはどうなるの?」
サファイヤは、いつになくクソ真面目な表情を俺たちに見せた。
「…ごめん。知らん。ドラゴンは掟に忠実な生き物で、掟を破った個体はいなかったから」
バットの言葉を聞くと、サファイヤの目がキラリと光った。そして静かな声で、サファイヤは語り出した。
「宮司龍臣が、掟を破った初めての個体だったとしたら?」
「え?」
俺とバットの声が重なった。俺達の動揺をよそに、サファイヤは自信ありげに語っていく。
「掟を破ったドラゴンも、吸血鬼に転生するとしたら…?宮司龍臣が、イ・ソクヒョンとして転生して、そいつが吸血鬼化する。でも、本人含めて、一般人には分からない。お前たちにしか認識出来ない。前世の記憶を、身体の部位が記憶することもあるって、前に峻兄さんが言ってたろ?その理論で行けば、嘘を見破って正す目の能力を、イ・ソクヒョンの眼も持っている可能性は十分にある…。俺達みたいな人外は、一般的には架空の存在であって、嘘の存在だ。イ・ソクヒョンの目がそう判断すれば、鏡の中に吸血鬼化した自分が写っていても、それを認識出来ない………あぁ」
サファイヤは、何かを悟ったように天井を仰いだ。
「ドラゴンにとって、人間は愚かで惨めな存在。転生後、罪の象徴である吸血鬼になってしてしまう上に、人間だと見なされるようになれば、ドラゴン視点では耐え難い屈辱のはず。宮司龍臣が、お前たちに何らかのタイミングで血を飲ませて禁忌を犯せば…。一般人からは吸血鬼化を認識出来ずに、ただの人間としか捉えられない理由がそこにあるとしたら…。でも、ウルフとバットには認識できる…。………分かったかも」
サファイヤの瞳は、水色に明るく光り続けた。
遥か遠くにある記憶が、国境を跨いで繋がる。
それは救いか…或いは罰か。
「ちょっと紙とペン貸して」
バットが自分の筆箱からペンを取り出し、リングノートから白紙を1枚取り出すと、それをサファイヤに渡した。
「あくまで推測だからね」
サファイヤはそれを受け取ると、以前よりも慣れた手つきでスラスラと文字を紙の上に書いていく。
[斜体]
メイプル第一王女様の守護竜=宮司龍臣=イ・ソクヒョン
仮定:宮司龍臣がドラゴンの禁忌を犯した
→ドラゴンは転生後に吸血鬼化する
&他者からは人間としか認識されない
=ドラゴンにとっては辱め
→バットとウルフの吸血鬼化
≒死刑判決を受けたから
=宮司龍臣の血を飲んだから
疑問点
①何でイ・ソクヒョンは、自分の吸血鬼化を認識できないのか
→前世のドラゴンとしての目の能力が影響
②何でウルフとバットは、イ・ソクヒョンの吸血鬼化を認識できるのか
→ドラゴンの目の能力が目覚めたから[/斜体]
「ちょい待ち」
ペンを走らせるサファイヤの手をバットが止めた。
「俺たちの目も、王家に仕えるドラゴンと同じだっての?」
「推測だってば。可能性の話をしてるんだ、俺は」
もし、俺達が前世でドラゴンの血を飲んだことで、「イ・ソクヒョンは人間である」という嘘を見破る能力に目覚めたのだとすれば…。
だから、俺達だけが、イ・ソクヒョンの吸血鬼化に気付けるのか…?
でも、俺達が圭吾とりこが生者ではなく死者だったと見抜けなかったのは何故だ。「2人は生者である」という嘘も見抜けないと道理に合わない。なのに見抜けなかった。
もしかして…。
「俺の推測も聞いてくれるか」
お互いに深く悩みながら睨んでいたサファイヤとバットが俺の声に気が付いて、俺の方を振り向いた。俺はペンを持って、サファイヤのメモに書き加えた。
[斜体]俺とバットだけが、宮司龍臣の罪を知っているから[/斜体]
吸血鬼化は、罪の象徴。
イ・ソクヒョン自身は、ドラゴンとしての目の能力の名残のせいもあるだろうが、前世の記憶がないのだとすれば、自分が前世はドラゴンとしての罪を犯したなんて想像することすら出来ないはず。イ・ソクヒョンにとって、ドラゴンの禁忌は存在しないもの。つまり、認識出来ない。
[斜体]罪の象徴を認識出来ない
=吸血鬼化を認識出来ない[/斜体]
だが、もしも宮司龍臣が俺とバットに血を飲ませたのだとすれば、俺達は忘れていただけで心の何処かで宮司龍臣の罪を知っていたことになる。だから、俺達はイ・ソクヒョンの罪の象徴…吸血鬼化を認識出来たのかもしれない。
ドラゴンが禁忌を犯せば、転生後に吸血鬼化する。
一方、他者からは、愚かで未熟で穢れた人間としか認識してもらえない。
吸血鬼は、人間界では一種の憧れを抱かれる。少女漫画で、イケメンの吸血鬼に好かれちゃいました的な展開はよく見かける。
だから、ドラゴンにとっては、吸血鬼として認識されるより、何の変哲もない人間として認識される方が、きっと屈辱。
だが、俺達は宮司龍臣が犯した禁忌を知っている。だから、イ・ソクヒョンの吸血鬼化を認識出来る。
宮司龍臣は…2つもの罪の烙印を押されて転生したのか…。
「あのさ…」
バットがメモに視線を落として言った。
「こんな話、イ・ソクヒョンが聞くかな?鼻で笑われて終わりじゃないか?」
俺達が今、クソ真面目に議論しているのは、厨二病にかかった人間が喜びそうな話だ。
「………後は向こうに委ねよう。イ・ソクヒョンに何かしらの変化が生まれるかもしれない」
サファイヤは腕を組み、メモに視線を落としたまま、何度かしっかりと首を縦に振った。
「最後に聞くけど」
サファイヤはソファからゆっくりと腰を上げ、窓の外に映る街なかの喧騒を遠い眼差しで眺めながら聞いた。
「処刑される前夜に何か飲んだりした?」
「あぁ、あの癖になる味だろ」
バットは洗面器の中の水をシンクに捨て、空になった洗面器を風呂場に置きに行った。
カラカラ…
風呂場から、洗面器が床の上に置かれる音がして、バットの足音が俺達に近付いてきた。バットはこちらに戻りながら、あれは実に美味かったと連呼している。
俺達が処刑前夜に看守に渡されたのは、トマトジュースのように赤くてとろみのある飲み物だった。ほろ苦いのに何処か甘くて、清涼飲料水のような快感が喉を撫でる感触。俺は今世に生まれてから、あれよりも飲みたいという衝動に駆られる飲み物を飲んだことがない。
「それだ」
サファイヤは確信したように頷き、俺とバットの顔を交互に見た。サファイヤの瞳は、より明るく水色の光を放っていた。
「お前らさ、それが何かを分かって飲んだか?」
「いや…そんなの」
「ドラゴンの血…宮司龍臣の血だよ」
あれが…?
じゃあ、俺達は知らないつもりでいただけで、宮司龍臣が禁忌を犯したことを知っていたのか。
忘れていたんじゃない。
記憶は、確かに俺とバットの中にあった。
俺達がそれを勘違いしていただけで、宮司龍臣が禁忌を犯したことを覚えていたのだ。
「まあさ…推測で話し合ってもきりが無い。明日、KORJAが来日してアローがチェリー宅を訪れた時に、イ・ソクヒョンが俺とウルフに会おうとすることを願おう。イ・ソクヒョンが、彗星の身体に付いた俺たち吸血鬼の匂いに、何かしら反応することを願おう」
ピッポ パッポ ピッポ パッポ
バットが、電池の切れかけたスマホの充電器をコンセントに挿した瞬間、フッと空気が軽くなった気がした。街なかの喧騒は、生温い扇風機の風と、青春を謳歌する学生たちの話し声に乗って、部屋まで流れ込んできた。
[水平線]
「アリガトウ」
「ありがとうございましたー」
俺は、天井に頭をぶつけそうなくらいに大きい黒人の男性留学生にペコリと頭を下げた。彼はハンバーガーを5つも買って、満足したようにコンビニを去っていった。
俺はいつも通り、コンビニの冷気に当てられながらレジ台にいる。今日は、海外留学生がコンビニに大量にやって来る。俺がお会計をしたのは、黒人の人が4人と、アジア系の人が6人と白人の人が8人。
「コレ、フクロ、イラナイデス」
今度は、綺麗な赤髪の白人の女性が、きしめんをレジ台に乗せてきた。
誰だろ。
留学生かな。
凄く綺麗な人。
ルビーやガーネットのように美しい赤い髪が、夏風に吹かれて揺ら揺ら踊る。
甘いレモンの香りが、仄かに彼女から漂ってくる。
ペリドットのように透き通るような緑色の瞳。
こんな感じの外見…どっかで見たな…?
「500円です」
「エット…」
彼女は財布を開け、5円玉や1円玉を逐一観察しては、100円玉を探している。
「ア…。ドウシヨウ。400エン」
「少しお財布の中身、失礼しますねー」
俺はレジ台からひょこっと顔を覗かせた。彼女の黄色い財布の中には確かに100円玉は4枚しか無かった。後は、溢れるくらいに沢山の1円玉と5円玉ばかり。お金の払い方がまだ下手なのだろう。
「硬貨の方、失礼しますねー」
俺は財布の中の1円玉と5円玉で、何とか100円が作れないか考えた。
「コノ、シルバーのマネー、ミドリのマネー、イッパイアルヨ」
彼女は片言の日本語で、財布の中から1円玉と5円玉を取り出し、レジ台に並べていく。彼女の後ろには、他のお客さんも5人くらい待っている。慣れない硬貨の計算を焦りながらしないといけないのか。何か可哀想になってきた。
「斎藤さん、レジお願いします」
「ハァイ」
俺は他の店員さんを呼んで、他のお客さんのお会計をしてもらった。
ツンツンと左の手の甲を彼女に突かれ、俺はレジ台に並べられた硬貨を計算した。
1円玉が15枚。
5円玉が17枚。
合計100円ぴったし。
「ギリギリダッタ!」
彼女はそう言って、恥ずかしそうに笑いながら、大量の硬貨を両手に掴んで俺に渡した。
「お預かりします」
俺がその硬貨を受け取る時、彼女の指先が俺の手のひらに触れた。
「アリガトウ!」
彼女は、大学生とは思えない無邪気な笑顔を浮かべ、俺に手を振りながらコンビニを去った。
「ありがとうございましたー」
また…会えたら良いな。
高鳴る胸。
頬が熱い。
俺は、今までに抱いたことのない感情を胸に潜め、彼女の後ろ姿を見送った。
『日本の皆さん、こんにちは!』
コンビニに、アローの元気な声が放送された。今日、KORJAが来日する。ライブは夜の6時から。都心の屋外ライブ会場にて。それに合わせて、公演会場のある県限定で、コンビニの放送でアローたちが公演の意気込みを話すのだ。今日、このコンビニに来た人の中には、わざわざ彼らの声を聞くために県外から来た人もいた。
『今日のライブでは、新曲を披露致します!KORJA一同、全身全霊で歌い踊ります。皆さん、応援、よろしくお願い致します!!』
来た来た。
パンツがもう少しで見えそうなくらいに丈の短いスカートを履いた女子高生が、一人ではしゃぎながらレジに向かってくる。
「KORJAのくじが引きたいんですけど…」
「こちらお願いしまーす」
今日のライブに合わせて、この県のコンビニの中から更に絞られた数店舗では、くじを引いて当たりがあれば、KORJAのメンバーの顔が印刷されたクリアファイルを配る。俺がバイトしているコンビニが、その店舗に選ばれたのだ。
「当たった…!当たった!!」
良かったね。
彼女は小さな紙切れを手に握りしめて、ぴょんぴょんとレジの前で跳ねる。俺は彼女に、アローの顔がデカデカと印刷されたクリアファイルを渡した。彼女は心から嬉しそうな表情を浮かべて、そのクリアファイルを胸に優しく抱いた。
今日、ライブが終わってから、アローがチェリー宅を訪れる。
イ・ソクヒョン……。
俺とバットは、お前に会いたい。
色んな意味で。
- 1.開始せよ(1)
- 2.開始せよ(2)
- 3.開始せよ(3)
- 4.扉(1)
- 5.扉(2)
- 6.灰色(1)
- 7.灰色(2)
- 8.灰色(3)
- 9.混血(1)
- 10.混血(2)
- 11.混血(3)
- 12.いのち(1)
- 13.いのち(2)
- 14.仮面(1)
- 15.仮面(2)
- 16.仮面(3)
- 17.思い出せ(1)
- 18.思い出せ(2)
- 19.楓(1)
- 20.楓(2)
- 21.兄の過去(1)
- 22.兄の過去(2)
- 23.伝えられなかった「すき」 エピソード1
- 24.海の少年(1)
- 25.海の少年(2)
- 26.伝えられなかった「すき」 エピソード 2
- 27.王国の真実(1)
- 28.王国の真実(2)
- 29.王国の真実(3)
- 30.王国の真実(4)
- 31.王国の真実(5)
- 32.桜
- 33.眠った記憶(1)
- 34.眠った記憶(2)
- 35.眠った記憶(3)
- 36.眠った記憶(4)
- 37.眠った記憶(5)
- 38.記憶よ、目覚めよ(1)
- 39.記憶よ、目覚めよ(2)
- 40.記憶よ、目覚めよ(3)
- 41.休憩タイム(1)
- 42.休憩タイム(2)
- 43.休憩タイム(3)
- 44.伝えられた「すき」
- 45.謎解きゲーム(1)
- 46.謎解きゲーム(2)
- 47.隠された宇宙(1)
- 48.隠された宇宙(2)
- 49.隠された宇宙(3)
- 50.隠された宇宙(4)
- 51.死者の想い(1)
- 52.死者の想い(2)
- 53.死者の想い(3)
- 54.死者の想い(4)
- 55.親子(1)
- 56.親子(2)
- 57.親子(3)
- 58.親子(4)
- 59.親子(5)
- 60.こどもたち(1)
- 61.こどもたち(2)
- 62.ほこり(1)
- 63.ほこり(2)
- 64.食う(1)
- 65.食う(2)
- 66.食う(3)
- 67.本当の自分(1)
- 68.本当の自分(2)
- 69.本当の自分(3)
- 70.宿題との戦いの末、2人の高校生男子「死す」
- 71.別れ(1)
- 72.別れ(2)
- 73.喧騒に紛れて
- 74.仮面を脱げ
- 75.名前は
- 76.虚構と真実
- 77.ヨミガエル
- 78.迷宮
- 79.橋を渡る、境目を越える
- 80.罪人の証
- 81.真実との対峙
- 82.扉を開ける前に
- 83.浜辺の宵
- 84.目隠し
- 85.鏡の中
- 86.夜明け
- 87.誕生日
- 88.真実の足枷
- 89.覚悟の時
- 90.逃避
- 91.罪と真実と
- 92.父の懺悔
- 93.best friend
- 94.兄弟
- 95.境界線