放課後の廊下は、まだ新しい学校の匂いがしていた。
凛は教室を出た夕奈の背中を追いかけるように歩いていた。
理由を聞きたいわけじゃない。
ただ、今日の夕奈の表情が気になって仕方なかった。
夕奈は階段の前で立ち止まり、窓の外を見ていた。
桜の花びらが風に揺れ、光の粒のように舞っている。
「夕奈」
呼ぶと、夕奈はゆっくり振り返った。
その瞳は、どこか迷っているようだった。
「……凛くん?」
「今日のこと、気にしてるなら――」
言いかけた瞬間だった。
階段の上から、誰かが勢いよく駆け下りてきた。
足を滑らせ、持っていたプリントが宙に舞う。
「きゃっ……!」
女子生徒がバランスを崩し、夕奈のほうへ倒れ込む。
夕奈は驚いて身を引いたが、間に合わない。
凛は反射的に手を伸ばし、夕奈の腕を引いた。
「夕奈!」
夕奈の身体が凛の胸にぶつかり、ふたりはそのまま階段の壁に寄りかかる形になった。
夕奈の髪が凛の肩に触れ、息がかかるほど近い距離。
夕奈は目を見開いたまま、凛の胸に手を置いていた。
「……っ、ごめん、凛くん……」
声が震えている。
凛も心臓がうるさいほど鳴っていた。
「大丈夫? 痛くない?」
夕奈はゆっくりと凛から離れた。
頬がほんのり赤い。
「うん……ありがとう。助けてくれて」
その言葉は、昼休みよりもずっと近かった。
距離が縮まったのはほんの一瞬なのに、胸の奥が熱くなる。
プリントを拾い終えた女子が何度も謝りながら去っていくと、夕奈は小さく息をついた。
「……びっくりした」
「俺も」
ふたりはしばらく黙ったまま立ち尽くした。
さっきまでの影が、少しだけ薄くなった気がした。
夕奈は視線をそらしながら言った。
「凛くん……さっきの、ほんとにありがとう」
「夕奈を守りたかっただけだよ」
夕奈は一瞬だけ目を見開き、そして弱く微笑んだ。
「……そういうところ、変わらないね」
その声は、懐かしさと痛みが混ざっていた。
「だから……余計に思い出しちゃうんだよ。中学のこと」
凛は息を飲んだ。
「思い出したくないこと?」
夕奈は答えない。
ただ、階段の窓から差し込む光を見つめた。
「……ごめん。今日は帰るね」
夕奈は弱く笑い、階段を降りていった。
その背中は、近いのに遠い。
触れたら壊れてしまいそうなほど繊細だった。
凛はただ、その背中を見送るしかできなかった。
距離は確かに縮まった。
でも、心はまだ触れられない。
春の光が階段に落ち、ふたりの影を静かに揺らした。
凛は教室を出た夕奈の背中を追いかけるように歩いていた。
理由を聞きたいわけじゃない。
ただ、今日の夕奈の表情が気になって仕方なかった。
夕奈は階段の前で立ち止まり、窓の外を見ていた。
桜の花びらが風に揺れ、光の粒のように舞っている。
「夕奈」
呼ぶと、夕奈はゆっくり振り返った。
その瞳は、どこか迷っているようだった。
「……凛くん?」
「今日のこと、気にしてるなら――」
言いかけた瞬間だった。
階段の上から、誰かが勢いよく駆け下りてきた。
足を滑らせ、持っていたプリントが宙に舞う。
「きゃっ……!」
女子生徒がバランスを崩し、夕奈のほうへ倒れ込む。
夕奈は驚いて身を引いたが、間に合わない。
凛は反射的に手を伸ばし、夕奈の腕を引いた。
「夕奈!」
夕奈の身体が凛の胸にぶつかり、ふたりはそのまま階段の壁に寄りかかる形になった。
夕奈の髪が凛の肩に触れ、息がかかるほど近い距離。
夕奈は目を見開いたまま、凛の胸に手を置いていた。
「……っ、ごめん、凛くん……」
声が震えている。
凛も心臓がうるさいほど鳴っていた。
「大丈夫? 痛くない?」
夕奈はゆっくりと凛から離れた。
頬がほんのり赤い。
「うん……ありがとう。助けてくれて」
その言葉は、昼休みよりもずっと近かった。
距離が縮まったのはほんの一瞬なのに、胸の奥が熱くなる。
プリントを拾い終えた女子が何度も謝りながら去っていくと、夕奈は小さく息をついた。
「……びっくりした」
「俺も」
ふたりはしばらく黙ったまま立ち尽くした。
さっきまでの影が、少しだけ薄くなった気がした。
夕奈は視線をそらしながら言った。
「凛くん……さっきの、ほんとにありがとう」
「夕奈を守りたかっただけだよ」
夕奈は一瞬だけ目を見開き、そして弱く微笑んだ。
「……そういうところ、変わらないね」
その声は、懐かしさと痛みが混ざっていた。
「だから……余計に思い出しちゃうんだよ。中学のこと」
凛は息を飲んだ。
「思い出したくないこと?」
夕奈は答えない。
ただ、階段の窓から差し込む光を見つめた。
「……ごめん。今日は帰るね」
夕奈は弱く笑い、階段を降りていった。
その背中は、近いのに遠い。
触れたら壊れてしまいそうなほど繊細だった。
凛はただ、その背中を見送るしかできなかった。
距離は確かに縮まった。
でも、心はまだ触れられない。
春の光が階段に落ち、ふたりの影を静かに揺らした。