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桜の下で、もう一度

#8

沈黙の理由

放課後の廊下は、まだ新しい学校の匂いがしていた。
凛は教室を出た夕奈の背中を追いかけるように歩いていた。
理由を聞きたいわけじゃない。
ただ、今日の夕奈の表情が気になって仕方なかった。

夕奈は階段の前で立ち止まり、窓の外を見ていた。
桜の花びらが風に揺れ、光の粒のように舞っている。

「夕奈」

呼ぶと、夕奈はゆっくり振り返った。
その瞳は、どこか迷っているようだった。

「……凛くん?」

「今日のこと、気にしてるなら――」

言いかけた瞬間だった。

階段の上から、誰かが勢いよく駆け下りてきた。
足を滑らせ、持っていたプリントが宙に舞う。

「きゃっ……!」

女子生徒がバランスを崩し、夕奈のほうへ倒れ込む。

夕奈は驚いて身を引いたが、間に合わない。

凛は反射的に手を伸ばし、夕奈の腕を引いた。

「夕奈!」

夕奈の身体が凛の胸にぶつかり、ふたりはそのまま階段の壁に寄りかかる形になった。
夕奈の髪が凛の肩に触れ、息がかかるほど近い距離。

夕奈は目を見開いたまま、凛の胸に手を置いていた。

「……っ、ごめん、凛くん……」

声が震えている。
凛も心臓がうるさいほど鳴っていた。

「大丈夫? 痛くない?」

夕奈はゆっくりと凛から離れた。
頬がほんのり赤い。

「うん……ありがとう。助けてくれて」

その言葉は、昼休みよりもずっと近かった。
距離が縮まったのはほんの一瞬なのに、胸の奥が熱くなる。

プリントを拾い終えた女子が何度も謝りながら去っていくと、夕奈は小さく息をついた。

「……びっくりした」

「俺も」

ふたりはしばらく黙ったまま立ち尽くした。
さっきまでの影が、少しだけ薄くなった気がした。

夕奈は視線をそらしながら言った。

「凛くん……さっきの、ほんとにありがとう」

「夕奈を守りたかっただけだよ」

夕奈は一瞬だけ目を見開き、そして弱く微笑んだ。

「……そういうところ、変わらないね」

その声は、懐かしさと痛みが混ざっていた。

「だから……余計に思い出しちゃうんだよ。中学のこと」

凛は息を飲んだ。

「思い出したくないこと?」

夕奈は答えない。
ただ、階段の窓から差し込む光を見つめた。

「……ごめん。今日は帰るね」

夕奈は弱く笑い、階段を降りていった。
その背中は、近いのに遠い。
触れたら壊れてしまいそうなほど繊細だった。

凛はただ、その背中を見送るしかできなかった。

距離は確かに縮まった。
でも、心はまだ触れられない。

春の光が階段に落ち、ふたりの影を静かに揺らした。

作者メッセージ

女子生徒のとこは無理やり(?)考えた

2026/07/17 20:16

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