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桜の下で、もう一度

#7

近づいては離れる

放課後のチャイムが鳴ると、教室のざわめきがゆっくり薄れていった。
新しいクラスの空気はまだ硬くて、誰もが遠慮がちに席を立つ。

凛は鞄を閉じながら、夕奈の席を見た。
夕奈はノートをしまい、静かに立ち上がろうとしていた。

その横顔は、昼休みの屋上で見たときよりも少しだけ暗い影を帯びていた。

――名前を呼んだだけで、あんな顔をするなんて。

胸の奥がざわつく。
理由を知りたいのに、聞く勇気がまだない。

夕奈が教室を出ようとした瞬間、凛の足が勝手に動いた。

「夕奈」

呼んだ声は、思ったよりも小さかった。
それでも夕奈は立ち止まり、ゆっくり振り返る。

「……凛くん?」

その声は、昼休みよりも少しだけ硬い。
凛は息を整えながら言った。

「今日……その、屋上のこと。気にしてるなら、気にしなくていいから」

夕奈は一瞬だけ目を伏せた。
その表情は、まるで何かを抱え込むようだった。

「……ありがとう。でもね、気にしないようにするほうが難しいんだ」

「どうして?」

夕奈は答えない。
ただ、廊下の窓から差し込む光を見つめた。

「凛くんが優しいから……余計に思い出しちゃうの」

「思い出したくないこと?」

夕奈は小さく息を飲んだ。
その肩がわずかに震えた。

「……うん。できれば、忘れたいこと」

その言葉は、凛の胸に重く落ちた。
中学のあの日――夕奈が理由も告げずに凛を振った日。
その裏に、夕奈自身が“忘れたい何か”を抱えている。

「夕奈……俺、何かした?」

凛がそう言うと、夕奈は慌てて首を振った。

「違うの。凛くんは悪くない。むしろ……優しすぎるくらい」

「じゃあ、なんで――」

言いかけた瞬間、夕奈は凛の言葉をそっと遮った。

「ごめん。今日は帰るね」

夕奈は弱く微笑んだ。
その笑顔は、痛みを隠すためのものだった。

「また明日」

そう言って、夕奈は廊下を歩き出した。
その背中は、近いのに遠い。
手を伸ばせば届きそうなのに、触れたら壊れてしまいそうだった。

凛はただ、その背中を見送るしかできなかった。

近づくほど、離れていく。
夕奈の影は、春の光の中で静かに濃くなっていった。

2026/07/12 20:26

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