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桜の下で、もう一度

#4

昼休みの風の薫り

昼休みのチャイムが鳴ると、教室の空気が一気にほどけた。
弁当を広げる音、友達を探す声、椅子を引く音――
新しいクラスのざわめきが、春の光の中で揺れている。

藤宮凛は、弁当を机に置きながら、そっと夕奈の席を見た。

橘夕奈は窓際で、まだ弁当を開けずに外を見ていた。
桜の花びらが風に舞い、光の粒のように揺れている。
その景色を見つめる夕奈の横顔は、どこか遠くて、どこか寂しげだった。

――話しかけたい。

でも、どう声をかければいいのか分からない。
中学のあの日からずっと、夕奈の前では言葉がうまく出てこない。

凛が視線をそらした瞬間だった。

「……凛くん」

名前を呼ばれて、凛は肩を跳ねさせた。
夕奈が、こちらを向いていた。

「お昼……一緒に食べない?」

その声は、いつもの静けさより少しだけ柔らかかった。
凛の胸が、ゆっくりと熱を帯びる。

「……いいよ」

言葉にすると、夕奈はほっとしたように微笑んだ。
その笑顔は、どこか懐かしくて、胸の奥を静かに揺らした。

「じゃあ、屋上行こ。人多いし」

夕奈は弁当を持ち上げ、立ち上がる。
凛も慌てて鞄を閉じて後を追った。

廊下を歩くふたりの影が、春の光に重なる。
夕奈は前を向いたまま、ぽつりとつぶやいた。

「……同じクラスになるなんて、思わなかった」

その声は、少しだけ震えていた。

凛は返事をしようとして、言葉が喉で止まる。
嬉しいのか、怖いのか、自分でも分からない。

屋上へ続く階段を上りながら、夕奈は続けた。

「中学のとき……あのままじゃ、ちゃんと話せなかったから」

凛は足を止めた。
夕奈も振り返る。

「だから……高校で同じクラスになれて、よかったって思ってる」

その瞳は、まっすぐ凛を見ていた。
逃げずに、隠さずに。

春の風が階段の窓から吹き込み、ふたりの間をそっと揺らす。

凛はゆっくり息を吸い、言った。

「……俺も、よかったって思ってる」

夕奈は小さく笑った。
その笑顔は、ほんの少しだけ泣きそうに見えた。

止まっていた時間が、またひとつ動いた気がした。

2026/07/01 20:24

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