大体の現場捜索は終わった。
彼らが見つけたのは盗難防止チェーンの残骸だけ。切れ方は確かに特徴的だけど、これだけで犯人特定は無理だろうっと、結論づけた上で、上杉くんは言った。
「諦めて、盗難届出も出すんだな。保険がかけてあるはずだから、それで新しいのが買える」
「ダメだ」
案の定、若武は喰らいつく。
「保険は親が管理してる。秀明には乗ってくるなって言われてる。それを無視したんだから、いまさら取られたなんて言い出せねーよ。メンツってもんがある」
私も同じように自転車を盗まれたら、きっと諦めるだろうが、若武は諦めない。頑固と言えばいいのか、諦めが悪いといえばいいのか。
それに比べて、現実的に言えば上杉くんの方が遥かにまともで、理論的。
個人的には怒られる覚悟で、親に言った方がいいと思うが、まぁ私には関係ない。
さっきのチェーンを探している間に、色々触ったから手を洗いたいな……。言い争いには巻き込まれたくないし、洗ってこよ。
秀明ビルに戻ろうと、一歩踏み出したら後ろから声が飛んでくる。
「おい、立花。どこ行く気だよ」
「手を洗うだけ。私のことは気にせず言い争ってて」
そう言い残して、私はドアを開けた。
秀明ビルの各フロアには2個づつ生徒用のトイレがある。授業前と授業後は決まって混むのだけど、西口はあまり使われていないのもあって人気はない。
さっさと手を洗って、ハンカチで拭く。
その後はアルコールジェルで消毒して、殺菌。
ちゃんと乾かした後に、ハンドクリームを塗って保湿。
ルーティンの三段階をやったら、アルコールジェルとハンドクリームを、使ったハンカチで包んでポケットへ。
そして、手を洗うのを済ませたら、そろそろ終わっていて欲しいな〜と思いながら若武たちの元に戻る。気だるいので、歩くスピードはゆったりだった。
「おかえり立花」
「どうも」
私を出迎えたのは黒木くんで、若武くんと上杉くんはなにやら言い争っている。
あのまま上の特別教室に戻ってもよかったかもしれなかったなっと、内心思いながら彼らの争いを傍観する。優しい小塚くんが止めないあたり、彼らにとってがいつもの事なんだろう。
ほっといて問題なしと判断したら、この時間が余計に思えてきたそんな時。
「なぁ、一応聞くけど立花って潔癖症?」
「いや別に。汚れてるものに触ったままなのが嫌なだけ」
私は別に潔癖症じゃない。
無駄に触るのは確かに好きじゃないが、必要なら別に汚れてもいい。本当に必要な場合に限るけど、動物の糞の中にも手を突っ込んでも、私に精神的ダメージはない。
ただ、そのままなのが嫌なだけ。
汚れたままだど、匂いの原因になるし、泥とかは乾燥してぽろぽろと落ちてくるのが嫌い。動物も好きだけど、ママがアレルギーなので気を使ってるだけだ。
「ふぅん」
「じゃあ虫とかは?」
「何に触るにしろ、最終的に洗うから問題ないよ」
小塚くんが興味津々で目を輝かせる。
「虫、平気なんだ」
「クロスジヒトリは流石に怯むけどね。まぁ、飼ってた時期もあるし、嫌いではないよ」
「あははっ、流石にクロスジヒトリはびっくりするよね。僕も図鑑で見た時、うわってなっちゃった」
小塚くんが声を弾ませて笑うと、緊張で張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
さっきまで若武くんと上杉くんが言い合っていた声も遠く感じるくらい、この小さな会話の輪の中だけは、妙に平和で、柔らかかった。
私らしかない表現をするのなら、お花でも飛んでいそうな雰囲気だ。
「人に触られるのは、嫌?」
そんな雰囲気の中、素知らぬ顔で放り込まれた黒木くんの質問。
私は少し考えてから答えた。
「家族とか友達とかはいいとして、知らない人は流石に嫌かな。でも、顔見知りは微妙だな………人によるかも」
結局、結論の出ない私の答えに小塚くんはふむふむと、相槌をしてくれた。いい人だ。
小塚くんとは仲良くなりたいなっと、勝手に思った。
まぁ、そんな感じで小塚くんとほそぼそと親睦を深めていたら、上杉くんと若武くんの言い争いは終わったようだった。
二人の表情を見るに、言い争いというか、若武くんの丸め込みが成功したようだ。
「ねぇ、若武くんっていつもあんな風に人を唆すの?」
「人聞きが悪いな」
若武くんの突っ込みが入ったが、無視だ。
私の質問に、小塚くん、上杉くん、黒木くんの3人は三者三様の表情を見せた。
小塚くんは少し困ったように頷き、黒木くんは「いつも感動するよ」と冗談混じりに笑い、上杉くんは若武くんを「煽り屋」と言った。
「人を煽り、煽てて、唆し、最後には口説き落とす……。公式を使って、数学の文章題を解いてくみたいに、相手の態度を溶かしていくんだ」
上杉くんの言葉に謎の既視感を感じたけど、後でいいや。
今はとりあえず、気取りってハーフパンツのポッケに手を入れて、肩で風を切って歩いていく、この目立ちたがり屋さんの自転車だ。
「じゃあ、現場検証はこれまで。特別教室で、捜査会議だ。行くぞ」
そういって、颯爽と身を翻した若武くんの後ろに、小塚くん、黒木くんが続く。
その後姿に、私はかつてのゼノ、スタンリー……そして、幼き日の私を幻視した。
___『煽り、脅して、唆し、最後には洗脳する。ゼノは人を支配するプロだね』
___『おお!人の懐に入り、いつの間にか熱心な信奉者を作ってくる、エレガントな支配者である君に言われると、自信が付くね!』
なるほど。
どこか既視感があると思ったら、ゼノが私たち以外の協力者を作るときによくやっていた手法だ。……ゼノの場合はプロセスの途中に脅しが入って、最後は洗脳してる分、凶悪度高いけど。
「っ、ふふっ」
「立花?」
隣を歩いていた上杉くんの怪訝そうな声に、大丈夫とジェスチャーで答える。
押し殺した笑いは前の方には届いてないだろうか。黒木くんあたりは聞き耳を立てているかも。
私は込み上がる笑いを殺して、いつもの顔に戻した。
「なんでもないよ。ちょっと、思い出し笑いしちゃって」
ああ、本当に。
こんな退屈を感じない夜なんて、いつぶりだろうか。
夜にこっそり抜け出して、悪戯やバカみたいなカロリーのお菓子を口にする快感を、私は忘れてたいなかったようだ。もはや、安心すらしてきた。
彼らにゼノのスタンリーの代わりをさせるのは、きっと酷いことだし、失礼に値する。
でも、それ以上にあの二人を求めてしまう自分に笑いが込み上げてくるのだ。
「おーい、早く来いよ。閉めちまうぞ」
[中央寄せ]⌘[/中央寄せ]
特別教室の黒板に、若武はデカデカと「マウンテン・バイク消え失せ事件」と書いた。
ネーミングセンスがここかでないと、面白くなってくる。
何も言わずにこのままにしておいても面白いかもしれないが、若武くんは「エイコクの立花」として呼ばれてるそうなので、少しは仕事しよう。
「消失事件か、盗難事件にしといた方がいいよ」
若武くんはすぐさま文字を書き直した。
消え失せよりも、消失や盗難とか、熟語を使った方がカッコよくて感じるんだろう。やっぱり、若武くんってアホ……。
「では、諸君。これについて考えてみようじゃないか」
そう言って、カタカタと音を音を立てて黒板に書いていく。
【犯行時間】17時5分〜9時3分。
【場所】秀明ゼミナールビル西口の外。スナック「バースデー」とパチンコ屋「パーラー銀河」の裏口に挟まれた路地。
【被害者】若武 和臣
【盗難品】買ってもらったばっかりのピカピカのマウンテン・バイク
私は盗難品の欄の修正を提案した。
若武くんは当然抗議したが、「こっちの方が本格的だから」といえば納得して、おとなしく自転車の番方と買った日付を書いた。
やっぱアホ……。
「うん、[漢字]When[/漢字][ふりがな]いつ[/ふりがな]、[漢字]Where[/漢字][ふりがな]どこで[/ふりがな]、[漢字]Who[/漢字][ふりがな]誰が[/ふりがな]、[漢字]What[/漢字][ふりがな]何を[/ふりがな]は、はっきりしたね」
「あとは[漢字]Why[/漢字][ふりがな]なぜ[/ふりがな]と、[漢字]How[/漢字][ふりがな]どのように[/ふりがな]かな」
情報整理の基本である5W1Hを順番に埋めていけば、全体がはっきりしてくるけど、犯人が分からない現状では、残る[漢字]Why[/漢字][ふりがな]なぜ[/ふりがな]と[漢字]How[/漢字][ふりがな]どのように[/ふりがな]を埋めるのは難しい。
私と黒木くんの会話に、若武くんは目を輝かせた。外国語がカッコよかったんだろう、そんな若武くんに黒木くんが補足する。
「When、Where、Who、What、Why、How。頭文字を取って5W1Hって言うんだよ。この6つを明確にすると、分かりやすくなるっていう思考法。ビジネスなんかでよく使われてる」
「なるほどな」
ふむ。っと、若武が頷く。
そして少し考えるように、顎に手を当てたあと、何を思ったのかチョークを私に渡した。
「……私が書くの?」
「頼んだぜ、エイコクの立花 綾」
にぃっと笑いながら、若武がわざとらしく言った。
私はそれにため息をついて、チョークを受け取ると、渋々席を立って黒板の前に立った。
「特徴はそれだけ?」
おっとりと、小塚くんが聞いたけど、若武くんは分かりやすく目を逸らした。
それを追撃するよに上杉くんが「他には?」と意味ありげに笑った。これは若武くんがからかわれるパターンだなっと、理解した。
やがて、具合が悪そうに閉ざしていた口を、開けた。
「ハンドルに、サッカーボールのキーホルダーがついてた」
「同じクラスの女からもらったヤツだ。バレンタインデーにチョコレートと一緒にだ」
「やるじゃん若武」
ピューっと、黒木くんが口笛を吹き、上杉くんが笑った。
若武くんは分かりやすく顔を真っ赤にして、辞めろ!と、言うが、みんな辞める気はなさそうだ。
私はその間に盗難品の欄に、「サッカーボールのキーホルダーあり」と、書き出した。
若武の綺麗とはいえないけど、力強くてしっかりした字の中に、付け足された私の文字が何故だか浮いて見えた。入れる力の差だろうか。
……それより、5W1H書くなら若武と、犯人の二人を用意しないと分かりにくいな。
そう思った私は、さっそく二人分書き出した。
[水平線]
【若武 和臣】
[太字]When[/太字]
17:05〜19:03 の間
[太字]Where[/太字]
秀明ゼミナールビル西口、スナックとパチンコ屋の裏口に挟まれた路地
[太字]Who[/太字]
若武 和臣
[太字]What[/太字]
新しいマウンテンバイク(+サッカーボールのキーホルダー付き)
[太字]Why[/太字]
自転車を停めて授業に出る必要があったから
[太字]How[/太字]
盗難防止チェーンで施錠 → 盗まれて残骸だけ発見
[水平線]
【犯人】
[太字]When[/太字]
17:05〜19:03 の間
[太字]Where[/太字]
秀明ゼミナールビル西口路地(人目が薄い場所)
[太字]Who[/太字]
不明
[太字]What[/太字]
マウンテンバイク(サッカーのキーホルダー付き)
[太字]Why[/太字]
[太字]How[/太字]
盗難防止チェーンを引きちぎって、破壊。(破壊方法不明)
[水平線]
私が書き終わる頃にはとうとう限界に達した若武が、叫ぶように言った。
「っだぁ!関係なぇだろ」
周りは渋々引いたけど、まだ揶揄いたそうにウズウズしている。
確かに若武を揶揄うのは楽しいけど、無駄に長引かせるのは違うので、私は若武に頷いた。
忘れてたら申し訳ないけど、私、10時にはお兄ちゃんと帰らなければいけないのだ。ゲームは1日何時間もやってたら、ダメだからね。
「これぐらいなら、犯人特定は無理でも目星は大体つけれるかな」
「それなら、考えられるのは3通りだ」
上杉くんは鋭い目が、レンズ越しに光った。
「第1は単なる乗り逃げ。第2は若武に恨みを持っているヤツの嫌がらせ。第3は生徒の規則違反を発見した秀明の教師、あるいは先輩が見せしめのために隠した」
「あとは、転売とか?」
「あり得そうだな。というか、そっちの方がありがたい」
「時間は掛かるけど、調べたらいいだけだしね」
上杉くんの言葉の頷き、私は犯人のWhyの欄に「1、乗り逃げ」「2、嫌がらせ」「3、秀明の教師か、先輩の警告」「4、転売」と、書き足す。
「先生や先輩を疑うの?それに、その時間だったら先輩も先生も授業終わってないだろ?」
「教師は空き時間あるし、早退とかもあるだろ。欠席とかもさ」
おずおず、と言った感じで聞いて来た小塚くんの疑問を、上杉くんは切り捨てる。
それに黒木くんも頷き、早退もしくは欠席者を調べるだけといった。見せしめの場合は明日にでも、発表があって規則違反者は名乗り出ろと言われるから、それを待てばいい。
「1番の乗り逃げは、通り魔みたいなものだから、探しようがない。あとで後で考えることにしよう」
1の下に保留と書いた。
「次に、2番。これは若武本人に聞いて、思い当たる連中全員をリストアップしてから、一人一人当たって絞っていくんだ。若武、名簿作れよ」
上杉くん指導のもと、若武くんは自分のバッグから取り出した計算用紙に名前と学校名、秀明ならクラス名を書き出していった。
最初のうちは、みんな面白そうに見入っていたけど、書き出される数のなんと多いこと。
数分もすれば誰も見なくなっいった。私含めた何人かが、テキストを取り出して、今日の分の宿題を始めていたぐらいだ。若武くんは、とんでもない数に恨まれているらしい。
理科のワークが2ページ進んだくらいで、ようやく若武のくんの手が止まった。
「よし、こんなもんだな」
出来上がったリストを見て、小塚くんが関心するように首を振った。
「若武……こんなに恨まれてて、よく今まで生きてこられたよね……」
だが、若武くんはそれに答えず、綺麗に出来上がった表を満足そうに眺めてから、私達に差し出した。
上杉くんと小塚くんはそれを見るなり、うわぁという顔をして、黒木くんは呆れたように笑い、私も表情が引き攣るのがわかった。
その名簿の中には若武のお父さんやお母さん、弟の名前まである。
曰く、お母さんは過激な性格なので自転車に乗って秀明に行ったとバレれば、怒って自転車は隠すぐらいはするだろし、弟は若武と同じ自転車を欲しがっていたし、父は子供の自転車よりも自分のゴルフバックを新しく買って欲しいと強く言っていたそうだ。
なんとも不毛な一家である。
彼らが見つけたのは盗難防止チェーンの残骸だけ。切れ方は確かに特徴的だけど、これだけで犯人特定は無理だろうっと、結論づけた上で、上杉くんは言った。
「諦めて、盗難届出も出すんだな。保険がかけてあるはずだから、それで新しいのが買える」
「ダメだ」
案の定、若武は喰らいつく。
「保険は親が管理してる。秀明には乗ってくるなって言われてる。それを無視したんだから、いまさら取られたなんて言い出せねーよ。メンツってもんがある」
私も同じように自転車を盗まれたら、きっと諦めるだろうが、若武は諦めない。頑固と言えばいいのか、諦めが悪いといえばいいのか。
それに比べて、現実的に言えば上杉くんの方が遥かにまともで、理論的。
個人的には怒られる覚悟で、親に言った方がいいと思うが、まぁ私には関係ない。
さっきのチェーンを探している間に、色々触ったから手を洗いたいな……。言い争いには巻き込まれたくないし、洗ってこよ。
秀明ビルに戻ろうと、一歩踏み出したら後ろから声が飛んでくる。
「おい、立花。どこ行く気だよ」
「手を洗うだけ。私のことは気にせず言い争ってて」
そう言い残して、私はドアを開けた。
秀明ビルの各フロアには2個づつ生徒用のトイレがある。授業前と授業後は決まって混むのだけど、西口はあまり使われていないのもあって人気はない。
さっさと手を洗って、ハンカチで拭く。
その後はアルコールジェルで消毒して、殺菌。
ちゃんと乾かした後に、ハンドクリームを塗って保湿。
ルーティンの三段階をやったら、アルコールジェルとハンドクリームを、使ったハンカチで包んでポケットへ。
そして、手を洗うのを済ませたら、そろそろ終わっていて欲しいな〜と思いながら若武たちの元に戻る。気だるいので、歩くスピードはゆったりだった。
「おかえり立花」
「どうも」
私を出迎えたのは黒木くんで、若武くんと上杉くんはなにやら言い争っている。
あのまま上の特別教室に戻ってもよかったかもしれなかったなっと、内心思いながら彼らの争いを傍観する。優しい小塚くんが止めないあたり、彼らにとってがいつもの事なんだろう。
ほっといて問題なしと判断したら、この時間が余計に思えてきたそんな時。
「なぁ、一応聞くけど立花って潔癖症?」
「いや別に。汚れてるものに触ったままなのが嫌なだけ」
私は別に潔癖症じゃない。
無駄に触るのは確かに好きじゃないが、必要なら別に汚れてもいい。本当に必要な場合に限るけど、動物の糞の中にも手を突っ込んでも、私に精神的ダメージはない。
ただ、そのままなのが嫌なだけ。
汚れたままだど、匂いの原因になるし、泥とかは乾燥してぽろぽろと落ちてくるのが嫌い。動物も好きだけど、ママがアレルギーなので気を使ってるだけだ。
「ふぅん」
「じゃあ虫とかは?」
「何に触るにしろ、最終的に洗うから問題ないよ」
小塚くんが興味津々で目を輝かせる。
「虫、平気なんだ」
「クロスジヒトリは流石に怯むけどね。まぁ、飼ってた時期もあるし、嫌いではないよ」
「あははっ、流石にクロスジヒトリはびっくりするよね。僕も図鑑で見た時、うわってなっちゃった」
小塚くんが声を弾ませて笑うと、緊張で張り詰めていた空気がふっと緩んだ。
さっきまで若武くんと上杉くんが言い合っていた声も遠く感じるくらい、この小さな会話の輪の中だけは、妙に平和で、柔らかかった。
私らしかない表現をするのなら、お花でも飛んでいそうな雰囲気だ。
「人に触られるのは、嫌?」
そんな雰囲気の中、素知らぬ顔で放り込まれた黒木くんの質問。
私は少し考えてから答えた。
「家族とか友達とかはいいとして、知らない人は流石に嫌かな。でも、顔見知りは微妙だな………人によるかも」
結局、結論の出ない私の答えに小塚くんはふむふむと、相槌をしてくれた。いい人だ。
小塚くんとは仲良くなりたいなっと、勝手に思った。
まぁ、そんな感じで小塚くんとほそぼそと親睦を深めていたら、上杉くんと若武くんの言い争いは終わったようだった。
二人の表情を見るに、言い争いというか、若武くんの丸め込みが成功したようだ。
「ねぇ、若武くんっていつもあんな風に人を唆すの?」
「人聞きが悪いな」
若武くんの突っ込みが入ったが、無視だ。
私の質問に、小塚くん、上杉くん、黒木くんの3人は三者三様の表情を見せた。
小塚くんは少し困ったように頷き、黒木くんは「いつも感動するよ」と冗談混じりに笑い、上杉くんは若武くんを「煽り屋」と言った。
「人を煽り、煽てて、唆し、最後には口説き落とす……。公式を使って、数学の文章題を解いてくみたいに、相手の態度を溶かしていくんだ」
上杉くんの言葉に謎の既視感を感じたけど、後でいいや。
今はとりあえず、気取りってハーフパンツのポッケに手を入れて、肩で風を切って歩いていく、この目立ちたがり屋さんの自転車だ。
「じゃあ、現場検証はこれまで。特別教室で、捜査会議だ。行くぞ」
そういって、颯爽と身を翻した若武くんの後ろに、小塚くん、黒木くんが続く。
その後姿に、私はかつてのゼノ、スタンリー……そして、幼き日の私を幻視した。
___『煽り、脅して、唆し、最後には洗脳する。ゼノは人を支配するプロだね』
___『おお!人の懐に入り、いつの間にか熱心な信奉者を作ってくる、エレガントな支配者である君に言われると、自信が付くね!』
なるほど。
どこか既視感があると思ったら、ゼノが私たち以外の協力者を作るときによくやっていた手法だ。……ゼノの場合はプロセスの途中に脅しが入って、最後は洗脳してる分、凶悪度高いけど。
「っ、ふふっ」
「立花?」
隣を歩いていた上杉くんの怪訝そうな声に、大丈夫とジェスチャーで答える。
押し殺した笑いは前の方には届いてないだろうか。黒木くんあたりは聞き耳を立てているかも。
私は込み上がる笑いを殺して、いつもの顔に戻した。
「なんでもないよ。ちょっと、思い出し笑いしちゃって」
ああ、本当に。
こんな退屈を感じない夜なんて、いつぶりだろうか。
夜にこっそり抜け出して、悪戯やバカみたいなカロリーのお菓子を口にする快感を、私は忘れてたいなかったようだ。もはや、安心すらしてきた。
彼らにゼノのスタンリーの代わりをさせるのは、きっと酷いことだし、失礼に値する。
でも、それ以上にあの二人を求めてしまう自分に笑いが込み上げてくるのだ。
「おーい、早く来いよ。閉めちまうぞ」
[中央寄せ]⌘[/中央寄せ]
特別教室の黒板に、若武はデカデカと「マウンテン・バイク消え失せ事件」と書いた。
ネーミングセンスがここかでないと、面白くなってくる。
何も言わずにこのままにしておいても面白いかもしれないが、若武くんは「エイコクの立花」として呼ばれてるそうなので、少しは仕事しよう。
「消失事件か、盗難事件にしといた方がいいよ」
若武くんはすぐさま文字を書き直した。
消え失せよりも、消失や盗難とか、熟語を使った方がカッコよくて感じるんだろう。やっぱり、若武くんってアホ……。
「では、諸君。これについて考えてみようじゃないか」
そう言って、カタカタと音を音を立てて黒板に書いていく。
【犯行時間】17時5分〜9時3分。
【場所】秀明ゼミナールビル西口の外。スナック「バースデー」とパチンコ屋「パーラー銀河」の裏口に挟まれた路地。
【被害者】若武 和臣
【盗難品】買ってもらったばっかりのピカピカのマウンテン・バイク
私は盗難品の欄の修正を提案した。
若武くんは当然抗議したが、「こっちの方が本格的だから」といえば納得して、おとなしく自転車の番方と買った日付を書いた。
やっぱアホ……。
「うん、[漢字]When[/漢字][ふりがな]いつ[/ふりがな]、[漢字]Where[/漢字][ふりがな]どこで[/ふりがな]、[漢字]Who[/漢字][ふりがな]誰が[/ふりがな]、[漢字]What[/漢字][ふりがな]何を[/ふりがな]は、はっきりしたね」
「あとは[漢字]Why[/漢字][ふりがな]なぜ[/ふりがな]と、[漢字]How[/漢字][ふりがな]どのように[/ふりがな]かな」
情報整理の基本である5W1Hを順番に埋めていけば、全体がはっきりしてくるけど、犯人が分からない現状では、残る[漢字]Why[/漢字][ふりがな]なぜ[/ふりがな]と[漢字]How[/漢字][ふりがな]どのように[/ふりがな]を埋めるのは難しい。
私と黒木くんの会話に、若武くんは目を輝かせた。外国語がカッコよかったんだろう、そんな若武くんに黒木くんが補足する。
「When、Where、Who、What、Why、How。頭文字を取って5W1Hって言うんだよ。この6つを明確にすると、分かりやすくなるっていう思考法。ビジネスなんかでよく使われてる」
「なるほどな」
ふむ。っと、若武が頷く。
そして少し考えるように、顎に手を当てたあと、何を思ったのかチョークを私に渡した。
「……私が書くの?」
「頼んだぜ、エイコクの立花 綾」
にぃっと笑いながら、若武がわざとらしく言った。
私はそれにため息をついて、チョークを受け取ると、渋々席を立って黒板の前に立った。
「特徴はそれだけ?」
おっとりと、小塚くんが聞いたけど、若武くんは分かりやすく目を逸らした。
それを追撃するよに上杉くんが「他には?」と意味ありげに笑った。これは若武くんがからかわれるパターンだなっと、理解した。
やがて、具合が悪そうに閉ざしていた口を、開けた。
「ハンドルに、サッカーボールのキーホルダーがついてた」
「同じクラスの女からもらったヤツだ。バレンタインデーにチョコレートと一緒にだ」
「やるじゃん若武」
ピューっと、黒木くんが口笛を吹き、上杉くんが笑った。
若武くんは分かりやすく顔を真っ赤にして、辞めろ!と、言うが、みんな辞める気はなさそうだ。
私はその間に盗難品の欄に、「サッカーボールのキーホルダーあり」と、書き出した。
若武の綺麗とはいえないけど、力強くてしっかりした字の中に、付け足された私の文字が何故だか浮いて見えた。入れる力の差だろうか。
……それより、5W1H書くなら若武と、犯人の二人を用意しないと分かりにくいな。
そう思った私は、さっそく二人分書き出した。
[水平線]
【若武 和臣】
[太字]When[/太字]
17:05〜19:03 の間
[太字]Where[/太字]
秀明ゼミナールビル西口、スナックとパチンコ屋の裏口に挟まれた路地
[太字]Who[/太字]
若武 和臣
[太字]What[/太字]
新しいマウンテンバイク(+サッカーボールのキーホルダー付き)
[太字]Why[/太字]
自転車を停めて授業に出る必要があったから
[太字]How[/太字]
盗難防止チェーンで施錠 → 盗まれて残骸だけ発見
[水平線]
【犯人】
[太字]When[/太字]
17:05〜19:03 の間
[太字]Where[/太字]
秀明ゼミナールビル西口路地(人目が薄い場所)
[太字]Who[/太字]
不明
[太字]What[/太字]
マウンテンバイク(サッカーのキーホルダー付き)
[太字]Why[/太字]
[太字]How[/太字]
盗難防止チェーンを引きちぎって、破壊。(破壊方法不明)
[水平線]
私が書き終わる頃にはとうとう限界に達した若武が、叫ぶように言った。
「っだぁ!関係なぇだろ」
周りは渋々引いたけど、まだ揶揄いたそうにウズウズしている。
確かに若武を揶揄うのは楽しいけど、無駄に長引かせるのは違うので、私は若武に頷いた。
忘れてたら申し訳ないけど、私、10時にはお兄ちゃんと帰らなければいけないのだ。ゲームは1日何時間もやってたら、ダメだからね。
「これぐらいなら、犯人特定は無理でも目星は大体つけれるかな」
「それなら、考えられるのは3通りだ」
上杉くんは鋭い目が、レンズ越しに光った。
「第1は単なる乗り逃げ。第2は若武に恨みを持っているヤツの嫌がらせ。第3は生徒の規則違反を発見した秀明の教師、あるいは先輩が見せしめのために隠した」
「あとは、転売とか?」
「あり得そうだな。というか、そっちの方がありがたい」
「時間は掛かるけど、調べたらいいだけだしね」
上杉くんの言葉の頷き、私は犯人のWhyの欄に「1、乗り逃げ」「2、嫌がらせ」「3、秀明の教師か、先輩の警告」「4、転売」と、書き足す。
「先生や先輩を疑うの?それに、その時間だったら先輩も先生も授業終わってないだろ?」
「教師は空き時間あるし、早退とかもあるだろ。欠席とかもさ」
おずおず、と言った感じで聞いて来た小塚くんの疑問を、上杉くんは切り捨てる。
それに黒木くんも頷き、早退もしくは欠席者を調べるだけといった。見せしめの場合は明日にでも、発表があって規則違反者は名乗り出ろと言われるから、それを待てばいい。
「1番の乗り逃げは、通り魔みたいなものだから、探しようがない。あとで後で考えることにしよう」
1の下に保留と書いた。
「次に、2番。これは若武本人に聞いて、思い当たる連中全員をリストアップしてから、一人一人当たって絞っていくんだ。若武、名簿作れよ」
上杉くん指導のもと、若武くんは自分のバッグから取り出した計算用紙に名前と学校名、秀明ならクラス名を書き出していった。
最初のうちは、みんな面白そうに見入っていたけど、書き出される数のなんと多いこと。
数分もすれば誰も見なくなっいった。私含めた何人かが、テキストを取り出して、今日の分の宿題を始めていたぐらいだ。若武くんは、とんでもない数に恨まれているらしい。
理科のワークが2ページ進んだくらいで、ようやく若武のくんの手が止まった。
「よし、こんなもんだな」
出来上がったリストを見て、小塚くんが関心するように首を振った。
「若武……こんなに恨まれてて、よく今まで生きてこられたよね……」
だが、若武くんはそれに答えず、綺麗に出来上がった表を満足そうに眺めてから、私達に差し出した。
上杉くんと小塚くんはそれを見るなり、うわぁという顔をして、黒木くんは呆れたように笑い、私も表情が引き攣るのがわかった。
その名簿の中には若武のお父さんやお母さん、弟の名前まである。
曰く、お母さんは過激な性格なので自転車に乗って秀明に行ったとバレれば、怒って自転車は隠すぐらいはするだろし、弟は若武と同じ自転車を欲しがっていたし、父は子供の自転車よりも自分のゴルフバックを新しく買って欲しいと強く言っていたそうだ。
なんとも不毛な一家である。