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×××は知っている

#5

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「大事件だ!」



 若武くんは特別教室のドアを開けるなりそう言った。
 それに思わず私は転けそうになる。
 まぁ、なんて気取り屋………。別にいいけど、私の近くに居なかったタイプなのでなんか変な感じだ。でもまぁ、新しい人との交流ってこういうことなんだろうと、自分に言い聞かせる。

 特別教室にいたのは、上杉くん、黒木くん、小塚くんだけ。教室内は静かで、彼らはそれぞれの時間を過ごしていた。
 上杉くんと黒木くんは何か話していたけど、若武くんが入ってきたら眉を少し上げた笑い方でこっちを向いた。二人とも、完全にからかおうとしている表情だ。



「秀明の前でネズミでも死んでたのか?」
「いいや。誰かが階段から落ちて、鼻の頭でも擦りむいたのさ」



 上杉くんも、黒木くんの冗談を否定して、若武くんの味方をするように見せかけて若武くんをからかって、クッと笑い出した。

 そのあたりから面倒な予感がしたので、本来の目的を果たしに行くことにした。

 一人分のテキストの山はビニール紐に縛られて、教室の端にある机に置いてあった。
 私は筆箱から折りたたみの鋏を取り出して、ピンと張った紐を切ってテキストを鞄に詰めていく。

 数メートル先では、二人の冗談に腹を立てた若武くんがギャンっと、動物が噛み付くみたいに怒っていた。



「俺のチャリが盗まれたんだっ!」



 その一声に上杉くんと黒木くんは笑いを消して真剣な表情をした。

 逆に一人離れた場所で星座早見盤を動かしていた小塚くんが、空気を読まずに身を乗り出して「どうやって親を納得させたの?僕もチャリ通にしたい」と言った。
 その一言で沸点に至ったのか、若武はツカツカと小塚くんの机まで歩み寄って行って持っていた星座早見盤を取り上げた。



「わっ、僕のっ!」



 星座早見盤はナイスコントロールでフリスビーみたいにポーンと投げられ、教室の端___私の現在地まで風を切って一直線に飛んできた。

 若武くんは私の位置に気づいて無かったのか、投げてから「マズい」という表情をした。



「立花っ!」



 黒木くんの焦った声を聞き流しながら、私はとっさに手を伸ばした。ぎりぎりで受け止めたそれは、回転しながら、私の手の中でぴたりと止まった
 体育にはほとんど出られないけど、運動神経は悪くはないのだ。……まぁ、体力はないけど。

 キャッチした星座早見盤を壊れてないか確認しながら、私は少しだけため息をつく。



「物に当たるのは、子どもがすることだよ?」



 わざとらしく呆れたように言うと、若武くんは「うっ」と一瞬詰まり、気まずそうに視線をそらした。
 でも、そこへすかさず黒木くんが「立花に怒られてるの、わりとレアだよな」と茶々を入れる。まぁ、私も妹がいるので怒ったり、年上として常識を教えるのには慣れてますよ。

 小塚くんに星座早見盤を返す。
 幸いなことに星座早見盤にはなんの傷もなく無事だった。
 彼は「ありがとう」と、小声でお礼を言った。ちょっとしょげた様子だ。でも、それもまぁ仕方ない。いきなり自分の持ち物を投げられたんだから。

 ちょっと若武くんを恨めしそうに見つめていたが、若武はそれを無視して、上杉くんと黒木くんの机にドンっと、手をついた。



「とにかく、リサーチ開始だ。犯人を見つけるんだ。行こう!」



 上杉くんと黒木くんは、それぞれ仕方ないという表情で、ため息をつきながら立ち上がった。

 二人は新品のチャリなんかに乗ってくるな。鍵や盗難チェーンは簡単に開くんだ。っと、それぞれごもっともな意見というか、文句を言いながらドアに向かった。

 これが彼らのいつもらしい。

 若武が振り回して、彼らが振り回されつつもついてくる。

 なんだかあれだな………しば犬の散歩みたいだ。
 近所の人が飼っていて、朝の登校中によく壮くんを見かけるのだ。飼い主さんが置いてけぼりになりそうな、スピードで走り出したり、突然立ち止まったりして、飼い主さんを困らせている。

 わんこより可愛いさは遥かに足りないけど、飼い主が振り回されている様子まで含めて、そっくりだ。三角耳とくるっとした尻尾がついてたら、もう完全に「若武犬」だな……なんて思ってしまう。



「立花も来るのか?」



 唐突に名指しされて、どうでもいい思考が霧散した。
 私は上杉くんの言葉に一泊遅れてから頷く。



「そうだね。ここまで来たら、私も気になるし」



 「決まりだな!」と、若武くんが勢いよく言ったけど、その声はちょっとだけ嬉しそうでもあった。
 なんだかんだで、彼は一人で怒ってるより、誰かと一緒に動いてる方が性に合ってるんだろう。それが、大股な歩き方と、表情に出ていた。


 私を最後に、みんなゾロゾロと階段を降りていく。
 そして、小塚くんの数段先を歩いてた若武くんが、悔しそうに言葉を漏らす。



「くっそ、もう少し早く授業がおわってたらなぁ。現行犯を抑えられたかもしれなかったのに……」



 他意のない、本音の呟き。
 だからこそ危ない思考だった。

 それを聞いていた黒木くんは足を止めて、若武くんの方に振り返った。



「出会してたら、それこそあぶねーよ」



 黒木くんは拳を作って親指で「とん」っと、若武の胸に軽く当てた。
 最初に向けてきたあの作り笑いとは違う、真剣な表情で、青い目に鋭い光を宿らせて言った。



「やられるぜ」



 黒木くんの表情に誰も黙った。
 小塚くんも、上杉くんも。そして、若武くんも黙って、黒木くんをじっと見つめた。

 数秒の後、黒木くんはふっと笑って空気を緩め、階段を降りていく。
 また、みんなの足音が階段に響いた。


 唇を結んで、何か考え事をしている若武くんは、自分一人で犯人に立ち向かって、なんとかなると思っているのだろうか。

 10代の全能感だとか、万能感だとか。そういうのは転生して、一度失ってしまった感覚に共感することは出来ない。

 それに、相手は自転車とはいえ、人の物を盗んだ犯罪者だ。
 一度やってしまうと、ガタが外れてなにをするか分からないのだ。

 ちなみに、ソースは私の周囲と、私自身。
 アメリカにいた頃に全力ではっちゃけてイタズラ()をしまくってた。その中には犯罪スレスレのものもあったし、見つかったらお説教じゃ済まされないこともした。

 そこから法律の穴を潜り抜ける楽しさを覚えてしまったのだ。
 倫理観はある程度あるし、やっちゃいけないとわかってるけど、やってみたくなるよね〜。

 ……なーんて、いうわけもなく。
 私はこの妙に緊張が走った空気を破ったのは上杉くんだった。本人にその自覚はあるか知らないが。



「若武、チャリ、どこに置いたんだよ」



 聞かれた若武くんが案内したのは、秀明ビルの非常階段の少し先にある電柱脇だった。
 ここに盗難防止のチェーンをがっちり結びつけていたらしい。が、もちろん盗まれているので若武くん自慢のマウンテン・バイクはない。

 私はカバンにつけていた、チャーム型ライトを取り外して、電柱に近づける。
 すると、上杉くんも隣に来て一緒に見始めた。

 触りたくないので触らないが、擦れた後のある電柱とアスファルトをじっと観察する。この跡は、押し付けられたっていうより、引きずられて出来た感じがする。多分、新しい。
 電柱の下に落ちていた黄色のビニールの破片達をライトで照らす。

 私は観察を続けながら、若武くんに質問を一つ投げかける。



「……若武くん、その盗難防止のチェーンって何色?」
「黄色だけど」
「新品?使い古し?」
「いや、来る途中に買った新品」



 じゃあ、切ってカピカピになったのが飛び散った可能性はなしか。
 怪訝そうな顔をしている若武くんに、上杉くんがさらに質問を重ねる。



「鍵のタイプは?」
「ダイアル錠」
「何連?」
「6連」



 私は目をぱちくりした。
 だって、可笑しい。



「そりゃ、可笑しいな」



 上杉くんの言葉に私は頷き、小塚くんは頭を傾げた。
 何が可笑しいの?と、言いたげだ。



「6連ダイヤルって結構開けやすいよ。やろうと思えば、1分もあれば開けれるよ」
「そんな簡単に!?」
「耳で音を聞きながら、順番に試していくんだ。6連なら素人でも2分あれば軽い、慣れてるなら1分もかからないかな。……立花、慣れてる?」



 黒木くんの鋭い目線が、私を射抜いた。

 正直に言えば、やった事がある。
 前世行っていた学校では、スマホをダイヤル錠のロッカーに入れないといけない校則があったのだが、全員現代っ子。スマホ依存症気味のアホ達が金庫破りをしようと活気になったのだ。私はやらなかったが、そこでダイヤル錠の開け方のコツは知った。

 じゃあいつやったのかと言うと、言うまでもなくアメリカである。

 だが、言うわけもない。
 私はいつも通りの笑顔を浮かべて答えた。



「ノーコメントで」
 


 する黒木くんもにぃっと、笑った。
 


「意外だな。立花って結構やんちゃなんだ」
「やったって言った覚えはないけど」
「やってないとも言ってないぜ」



 黒木くんの言葉に、私は肩をすくめてみせる。こういうやり取りは、深く突っ込まれる前に切り上げるのがいい。笑ってごまかすのは、前世で培った処世術の一つだ。
 けれども、このメンバーの中ではあまり効き目がないかもしれない。
 


「とにかく……これ、切断じゃないと思う」


 
 私が指さしたのは、電柱の根元に落ちていた黄色いビニールの破片。
 普通、ワイヤーカッターで切れば断面がもっとまっすぐになる。けど、これは違う。ちぎれたような、不自然な形をしている。



「そうだな。この様子だと、切ったと言うより引きちぎったっていう方が近いかもしれない」



 上杉くんの言葉に、若武くんは目を見張った。



「ダイヤル錠を開けずに、わざわざチェーンを引きちぎった!?」
「可笑しいだろ」



 私は腕組みしながら考えた。
 新品のチェーンなのに、こんなに無理な力をかけて切断するなんて……何か焦りや急いでいた理由でもあるのだろうか。誰かに追われていた。

 ……もしくは逃亡していた、とか。



「これだけ力あるなら、犯人は普通の人間じゃないかもしれない」
「そもそも、チェーン引きちぎる時点で人間かどうか怪しいけどね」
「力の強い動物とか、かな。ゴリラとか」
「秀明の前にゴリラは現れねぇよ」



 冷静なツッコミが上杉くんから、若武くんに送られる。
 若武くんは案の定嫌そうな顔をしたけど、上杉くんは冷静に壊れたチェーンが落ちていないか探すように言った。

 周りは滅多に使われない秀明ビルの西口があって、車が通れるかギリギリの道路の向こうにはパチンコ屋さんの裏口と、スナックがある。
 一番早いのはスナックで話を聞く事だけど、あのこは確か面倒くさい後藤先生の行きつけのスナックだ。
 勝手に自転車を乗ってきた上に盗まれたなんて事、バレたくはないだろう。選択肢としてはなしだな。


 そんなこんなで、あたりを引っ掻き回していると、後から嬉しい大声が聞こえた。
 


「あった!」



 小塚くんの手には、側溝の中から引き上げられたのであろう、泥まみれのチェーンがあった。
 だが、ダイヤル錠は掛かったままで、チェーン自体がプツンっと途中から切れている。



「若武の、これであってる?」
「うん。……間違いない。オレのだ」


 みんなが集まって、壊れた部分を確認する。
 確かに、断面はまるで雑巾でも引きちぎったみたいに、繊維がほつれていた。金属でこんな裂け方をするなんて、普通じゃない。



「鉄製でも、安物のワイヤーだとこうなる。けど、それでもこれは……人間の力じゃ無理だな」
「……ってことは、やっぱり道具を使ったってことか?」
「いや、それならそれで、もっときれいに切れるだろ」


 と、上杉くん。
 彼はチェーンを小塚くんに両手で引っ張るように促した。小塚くんは、顔を真っ赤にするほど引っ張ったけど、もちろん、チェーンというのは簡単に切れるほど弱くはない。

 若武くんは手をぽんっと、打って、分かったという感じに言った。



「やっぱり、ゴリラだな」
「若武くんって結構アホだね」

作者メッセージ

スランプが落ち着いたらめっちゃ筆が乗ってきた。

2025/09/07 08:32

白鯨@更新低速
ID:≫ 4yOs/kl2X2mU.
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