全てを無効化できる最強スキル「リジェクト」を手に異世界転生を果たした俺は、ツンデレ魔女奴隷契約を結んで甘々生活を送りたいと思います。〜いちゃラブコメと魔王討伐、どっちもやるってマジですか?〜
「あっちに逃げたぞ!」「追え、男の方は殺して構わん!」
息を荒げながら走る俺の後ろで怒声が響く。
リゼを救い出した俺は、彼女をおぶったまま、森の中を縦横無尽に走り回っていた。
走っては隠れ、走っては隠れ、走っては隠れ……の繰り返し。
多少はスタミナの消費を抑えられるものの、永遠といたちごっこを繰り返しているため、いつか必ず限界が来てしまう。
しかし、だからと言って、走り続けて逃げ切ればいいと言うわけではなかった。
奴ら、貴族が“兵士”と呼ぶ彼らが、飛び道具を持っていたからである。
まっすぐ走れば、その格好の的になってしまうし、逆に当たらないように不規則な動きをしてしまえば、普通に追いつかれて、剣で一刀両断されてしまうだろう。
まさしく、詰み、という状態であった。
もう、俺だけではどうにもならない。そうだ、もしかしたら……
そんな期待を込めた眼差しで、しゃがみ込んだ俺の背中におぶられた彼女——リゼに話しかけた。
「なあ、リゼ……さん?」
「……なっ、何……?」
彼女は、何故か頬を赤らめていた。そして、俺と目を合わさんとばかりに目を逸らして地面の一点を凝視している。
「——言っちゃ悪いんだが、俺たち、詰んだかもしれないんだ」
「……はっ?」
分かる。分かるぞ。恥ずいセリフを語りかけられながら、半分誘拐のような形で救い出され、あれよあれよという間に身知らぬ男に尻を掴まれながらおぶられ、逃げ続け、その果てに言われた言葉がこれだもんな。
……でもな。そんなゴミを見てドン引きし、軽蔑しているような目で俺を見つめないでくれよ。せめてさっき見たく、地面を見つめながら「……ふぅん」とか、そっけなく言ってくれれば良いじゃないか。
俺はそんな事を心の中で叫びながら、ダメ元で彼女に質問をした。
「なあ、打開策的な何か……ないか? アイデアだけでも良いんだが……」
「…………」
……沈黙。
まあ、いきなり言われてもそうなるよな。さてと、俺だけでなんとかしなければ……
「……あるわよ」
「……えっ?」
半ば諦めてしまうような十数秒間の、長い長い沈黙の先で、突然口を開いた彼女はそう続ける。
「だから、あるわよ。打開策」
そう言った彼女は、真剣な眼差しでその内容を俺に説明し始めた。
……俺におぶられて、頬を赤らめたまま。
* * *
「どこだ……どこにいる……?」
一人の兵士の声が横から聞こえる。
「……今よ」
そう、耳元でむず痒い囁き声を発したリゼの合図を聞いた俺は、隠れている茂みから、兵士の身体目掛けて一本の枝をぶん投げる。
かちゃん!
金属製の鎧に見事に命中したそれは、甲高く不快感のある鈴のような音を発した。
「だっ、誰だ!」
その音を攻撃と勘違いした兵士は、武器を構えて辺りを警戒し始める。
そして案の定、音に釣られて他の兵士たちもその場に集まり始めた。
閑静な空間では、異音がよく響くものだ。ここまでは、リゼの作戦通り。
「おい、なんの音だ!」
「この辺りから攻撃のようなものを受けた、全員、警戒しておけ。恐らく、この辺りにいるぞ」
そんな会話が微かに耳に入ってきた。もうそろそろだな——俺はそう思いながら、脚に力を込めて“その時”を待ち続ける。
数十秒間の静寂。その空気を切り裂くかのように、リゼが大声で魔術を詠唱した。
「——プロテクションッ!!」
俺は勢いよく茂みから飛び出し、兵士に背を向けたまま全速力で森の中を駆け抜ける。
「おい、いたぞ! 撃て、撃て!」
兵士の一人がそう叫ぶと同時に、かちゃり、という装填音。次の瞬間、数十本の矢が俺目掛けて勢いよく射出された。
……だが、無駄さ。俺の背中には、リゼの放った大きな白い魔法陣が展開されているのだから。
(……井戸?)
(そう。ここから、あっちの方向に少し行った場所にある。)
(なるほど……で?)
(私が今できる、全力の防御魔法を貴方の背中に、約二十秒間展開する。その間に、どうにか井戸にたどり着いて。)
(なるほど……つまりは“根性論”ってことか——)
俺は、十数分前に交わしたリゼとの会話を思い出しながら、必死にその場を走り抜ける。
どうやら、彼女の放った防御魔法“プロテクション”は、強固な反面、一方向の攻撃しか防げないらしい。
また、魔力消費を抑えるために大きさをギリギリまで絞っているらしく、少しでも横に動いて仕舞えば弓矢が身体を掠め取っていくというスリル仕様。
俺は、そんな矢の弾幕から溢れ出る殺意を肌で感じながら、全力で走り続ける。
まだ井戸は見えない。まだか、まだなのか。
「あと一五秒!」
そう叫ぶ彼女の声が聞こえる。まだたったの五秒しか経過していないとは。二十秒どころか、もう一分以上は過ぎているものかと錯覚していた。
俺はとにかく、彼女の言っていた“井戸”をこの目に入れるために、目の前の獣道に視線を集中させる。
「あと十秒!」
再び彼女がそう言い放った。ありがたいが、絶望のカウントダウンすぎて精神的に辛い。まるで、死までのタイムリミットを耳元で呟き続ける死神の声のようだ。もし、一度死んでいなかったなら、この場でちびりながら命乞いをしているだろうな。
そんな事を、走馬灯を見るかのように高速回転する頭で考えて続けていた、その時だった。
見えた、見えたぞ。あれが井戸か。
それは、誰も使っていないような古井戸。まるで、某テレビからきっとくる黒髪長髪女の棲家のような不気味さが漂っていた。彼女によると、あの中に、地下通路が隠されているらしい。“偵察魔法”というものを使ったそうだ。便利だな、魔法。俺もいつか、使えるようになるのかな——
「あと五秒!」
再び彼女がそう言った。もう、時間がない。
ぱっと見、今俺がいる場所から井戸までの距離は五十メートルないくらいだ。恐らく間に合うだろう。だが、奢ってはいけない。前の世界で、俺が唯一学んだ教訓だ。
「後四秒!」
おお、最後は一秒刻みでやってくれるか。果たして、これが生き残るタイムリミットになるのか、それとも死ぬまでのカウントダウンになるのか。井戸まで、およそ四十メートル。脚を動かし続けろ、俺。
「さん!」
息が肺の奥で焼けつき、ぜーぜー、という肺が痛めつけられる音が身体中に響き渡る。あと三十メートル。足を止めるな、絶対に。止まった瞬間、それは俺たちの死を確実なものに変えてしまうだろうから。
「に!」
喉の奥が鉄の味で満たされる。世界の音が徐々に遠のいて、うるさいほどの耳鳴りと、靴底が湿った地面を叩く音だけが耳に残った。リゼの指先が俺の服を必死に掴む感触だけが、俺自信を強く鼓舞してくれる。まだだ。まだ、走れる。ゴールは、あと少しだ。
「いち!」
手を伸ばしてしまえば届きそうなほど近い場所に井戸が待ち構えている。
もう直ぐだ——。そんな考えが頭をよぎると同時に、背後で、ガラスのように何かが砕ける音が響き渡った。残り、僅かだ。
「ぜ……」
ああ、間に合った——。
俺は、リゼのカウントダウンが終わる前にそう確信し、ゴールテープを切ったマラソン走者のように脱力する。そして、井戸の中に身体を滑り込ませようとした、その時であった。
シャキンッ
まるでゲーム世界でしか聞いたことのないような、美しい抜刀音が俺の右手側で響いた。
その音の主は、茂みから突如現れた一人の兵士。
……剣をこちらに向けて、突進してきたのだ。
世界の速度が、スローモーションのように遅くなる感覚。
俺は一度、これと同じ気分を味わった事があるような気がする。
「覚悟ッ!!」
瞬間、俺の身体は無意識に動いていた。
こいつは俺を殺すために剣の鋒をこちらに向けているはずだが、俺はまだ脚を止め切れていない。
少しでも狙いがずれて仕舞えば、俺ではなく、俺の背中にしがみついているリゼが血を噴き出すことになるだろう。
そんなこと、あってたまるか。
俺は、彼女の身体を掴んで思い切り、左側に投げ飛ばす。
——どすり。
それとほぼ同時に、俺の脇腹に激痛が走った。
どくん、どくん。
心臓の異常な高鳴りと血管の脈打つ感覚が全身に回っていく。
やはり俺はこの感覚を、一回だけ味わったことがある。そうだ、前世、あの世界で死んだ、あの瞬間だ。興奮と絶望、自分自身に裏切られるあの感じ。嘘だろ……俺、また死ぬのか?
……嫌だ。
…………死んで、たまるか。
「うああああぁぁぁぁっ!!」
俺は、全身の力を振り絞り、覚悟を決めて刺さった剣の刃を両手で強く握り締めた。
思わず狼狽えるようなそぶりを見せる兵士。
それを見た俺は、さらに強く、獣のような雄叫びを上げながら全身を思い切り捻った。
刺さった刃物を抜いたら失血する——。そんな話を、どこかで聞いた事がある。
今回も同じだ。この剣を身体から抜かれた瞬間、俺は死ぬことになるだろう。
俺は、兵士の手から剣を引き剥がして、地面に倒れ込む。どくどくという心臓の音は止まない。こんな絶望的な状況から、生き残れるのかどうかも分からない。だが、自分なりに最善手は尽くしたつもりだ。
「ヘルファイアッ!!」
意識が朦朧とし始める中、可愛らしいリゼの声が耳に入った。それと同時に、断末魔のような男の悲鳴が辺りに響き渡る。どうやら、先の兵士が魔法で消し炭にされたらしい。まあ、死ぬ前に復讐シーンを見れたのは嬉しかったかもしれないな……。
「アキ、アキ! しっかりして!」
身体を揺さぶられているような感じがする。頭の中が揺れて、意識がごちゃ混ぜになっていく。まるで、伝染病にかかった時に見る夢のようだ。
タイムラプスのように情景が移り変わっていく。
身体がずれ動き、そのまま落下したと思えば、どぷん、という水没音と共に、喉に空気ではなくひんやりとした液体が入ってきた。無重力感と、何かに押されるような感覚。ばしゃり、ぺた、ぺた。息が、再びできるようになった。
「傷……い……リカ…ヴァ!」
微かにリゼの必死そうな声だけが聞こえる。ああ、もう何も考えられない。まるで、夢の中で金縛りに遭っているようだ。まだ、やりたい事……あったな……せめて、最期……に……。
一目惚れ、だった。だから俺は、お前を助けたんだ。
絶対幸せにするって、決めてたん、だけど、なぁ……。
リゼ……好きだ……。
俺はそう、心の中で呟きながら、意識を完全に失うのであった。
息を荒げながら走る俺の後ろで怒声が響く。
リゼを救い出した俺は、彼女をおぶったまま、森の中を縦横無尽に走り回っていた。
走っては隠れ、走っては隠れ、走っては隠れ……の繰り返し。
多少はスタミナの消費を抑えられるものの、永遠といたちごっこを繰り返しているため、いつか必ず限界が来てしまう。
しかし、だからと言って、走り続けて逃げ切ればいいと言うわけではなかった。
奴ら、貴族が“兵士”と呼ぶ彼らが、飛び道具を持っていたからである。
まっすぐ走れば、その格好の的になってしまうし、逆に当たらないように不規則な動きをしてしまえば、普通に追いつかれて、剣で一刀両断されてしまうだろう。
まさしく、詰み、という状態であった。
もう、俺だけではどうにもならない。そうだ、もしかしたら……
そんな期待を込めた眼差しで、しゃがみ込んだ俺の背中におぶられた彼女——リゼに話しかけた。
「なあ、リゼ……さん?」
「……なっ、何……?」
彼女は、何故か頬を赤らめていた。そして、俺と目を合わさんとばかりに目を逸らして地面の一点を凝視している。
「——言っちゃ悪いんだが、俺たち、詰んだかもしれないんだ」
「……はっ?」
分かる。分かるぞ。恥ずいセリフを語りかけられながら、半分誘拐のような形で救い出され、あれよあれよという間に身知らぬ男に尻を掴まれながらおぶられ、逃げ続け、その果てに言われた言葉がこれだもんな。
……でもな。そんなゴミを見てドン引きし、軽蔑しているような目で俺を見つめないでくれよ。せめてさっき見たく、地面を見つめながら「……ふぅん」とか、そっけなく言ってくれれば良いじゃないか。
俺はそんな事を心の中で叫びながら、ダメ元で彼女に質問をした。
「なあ、打開策的な何か……ないか? アイデアだけでも良いんだが……」
「…………」
……沈黙。
まあ、いきなり言われてもそうなるよな。さてと、俺だけでなんとかしなければ……
「……あるわよ」
「……えっ?」
半ば諦めてしまうような十数秒間の、長い長い沈黙の先で、突然口を開いた彼女はそう続ける。
「だから、あるわよ。打開策」
そう言った彼女は、真剣な眼差しでその内容を俺に説明し始めた。
……俺におぶられて、頬を赤らめたまま。
* * *
「どこだ……どこにいる……?」
一人の兵士の声が横から聞こえる。
「……今よ」
そう、耳元でむず痒い囁き声を発したリゼの合図を聞いた俺は、隠れている茂みから、兵士の身体目掛けて一本の枝をぶん投げる。
かちゃん!
金属製の鎧に見事に命中したそれは、甲高く不快感のある鈴のような音を発した。
「だっ、誰だ!」
その音を攻撃と勘違いした兵士は、武器を構えて辺りを警戒し始める。
そして案の定、音に釣られて他の兵士たちもその場に集まり始めた。
閑静な空間では、異音がよく響くものだ。ここまでは、リゼの作戦通り。
「おい、なんの音だ!」
「この辺りから攻撃のようなものを受けた、全員、警戒しておけ。恐らく、この辺りにいるぞ」
そんな会話が微かに耳に入ってきた。もうそろそろだな——俺はそう思いながら、脚に力を込めて“その時”を待ち続ける。
数十秒間の静寂。その空気を切り裂くかのように、リゼが大声で魔術を詠唱した。
「——プロテクションッ!!」
俺は勢いよく茂みから飛び出し、兵士に背を向けたまま全速力で森の中を駆け抜ける。
「おい、いたぞ! 撃て、撃て!」
兵士の一人がそう叫ぶと同時に、かちゃり、という装填音。次の瞬間、数十本の矢が俺目掛けて勢いよく射出された。
……だが、無駄さ。俺の背中には、リゼの放った大きな白い魔法陣が展開されているのだから。
(……井戸?)
(そう。ここから、あっちの方向に少し行った場所にある。)
(なるほど……で?)
(私が今できる、全力の防御魔法を貴方の背中に、約二十秒間展開する。その間に、どうにか井戸にたどり着いて。)
(なるほど……つまりは“根性論”ってことか——)
俺は、十数分前に交わしたリゼとの会話を思い出しながら、必死にその場を走り抜ける。
どうやら、彼女の放った防御魔法“プロテクション”は、強固な反面、一方向の攻撃しか防げないらしい。
また、魔力消費を抑えるために大きさをギリギリまで絞っているらしく、少しでも横に動いて仕舞えば弓矢が身体を掠め取っていくというスリル仕様。
俺は、そんな矢の弾幕から溢れ出る殺意を肌で感じながら、全力で走り続ける。
まだ井戸は見えない。まだか、まだなのか。
「あと一五秒!」
そう叫ぶ彼女の声が聞こえる。まだたったの五秒しか経過していないとは。二十秒どころか、もう一分以上は過ぎているものかと錯覚していた。
俺はとにかく、彼女の言っていた“井戸”をこの目に入れるために、目の前の獣道に視線を集中させる。
「あと十秒!」
再び彼女がそう言い放った。ありがたいが、絶望のカウントダウンすぎて精神的に辛い。まるで、死までのタイムリミットを耳元で呟き続ける死神の声のようだ。もし、一度死んでいなかったなら、この場でちびりながら命乞いをしているだろうな。
そんな事を、走馬灯を見るかのように高速回転する頭で考えて続けていた、その時だった。
見えた、見えたぞ。あれが井戸か。
それは、誰も使っていないような古井戸。まるで、某テレビからきっとくる黒髪長髪女の棲家のような不気味さが漂っていた。彼女によると、あの中に、地下通路が隠されているらしい。“偵察魔法”というものを使ったそうだ。便利だな、魔法。俺もいつか、使えるようになるのかな——
「あと五秒!」
再び彼女がそう言った。もう、時間がない。
ぱっと見、今俺がいる場所から井戸までの距離は五十メートルないくらいだ。恐らく間に合うだろう。だが、奢ってはいけない。前の世界で、俺が唯一学んだ教訓だ。
「後四秒!」
おお、最後は一秒刻みでやってくれるか。果たして、これが生き残るタイムリミットになるのか、それとも死ぬまでのカウントダウンになるのか。井戸まで、およそ四十メートル。脚を動かし続けろ、俺。
「さん!」
息が肺の奥で焼けつき、ぜーぜー、という肺が痛めつけられる音が身体中に響き渡る。あと三十メートル。足を止めるな、絶対に。止まった瞬間、それは俺たちの死を確実なものに変えてしまうだろうから。
「に!」
喉の奥が鉄の味で満たされる。世界の音が徐々に遠のいて、うるさいほどの耳鳴りと、靴底が湿った地面を叩く音だけが耳に残った。リゼの指先が俺の服を必死に掴む感触だけが、俺自信を強く鼓舞してくれる。まだだ。まだ、走れる。ゴールは、あと少しだ。
「いち!」
手を伸ばしてしまえば届きそうなほど近い場所に井戸が待ち構えている。
もう直ぐだ——。そんな考えが頭をよぎると同時に、背後で、ガラスのように何かが砕ける音が響き渡った。残り、僅かだ。
「ぜ……」
ああ、間に合った——。
俺は、リゼのカウントダウンが終わる前にそう確信し、ゴールテープを切ったマラソン走者のように脱力する。そして、井戸の中に身体を滑り込ませようとした、その時であった。
シャキンッ
まるでゲーム世界でしか聞いたことのないような、美しい抜刀音が俺の右手側で響いた。
その音の主は、茂みから突如現れた一人の兵士。
……剣をこちらに向けて、突進してきたのだ。
世界の速度が、スローモーションのように遅くなる感覚。
俺は一度、これと同じ気分を味わった事があるような気がする。
「覚悟ッ!!」
瞬間、俺の身体は無意識に動いていた。
こいつは俺を殺すために剣の鋒をこちらに向けているはずだが、俺はまだ脚を止め切れていない。
少しでも狙いがずれて仕舞えば、俺ではなく、俺の背中にしがみついているリゼが血を噴き出すことになるだろう。
そんなこと、あってたまるか。
俺は、彼女の身体を掴んで思い切り、左側に投げ飛ばす。
——どすり。
それとほぼ同時に、俺の脇腹に激痛が走った。
どくん、どくん。
心臓の異常な高鳴りと血管の脈打つ感覚が全身に回っていく。
やはり俺はこの感覚を、一回だけ味わったことがある。そうだ、前世、あの世界で死んだ、あの瞬間だ。興奮と絶望、自分自身に裏切られるあの感じ。嘘だろ……俺、また死ぬのか?
……嫌だ。
…………死んで、たまるか。
「うああああぁぁぁぁっ!!」
俺は、全身の力を振り絞り、覚悟を決めて刺さった剣の刃を両手で強く握り締めた。
思わず狼狽えるようなそぶりを見せる兵士。
それを見た俺は、さらに強く、獣のような雄叫びを上げながら全身を思い切り捻った。
刺さった刃物を抜いたら失血する——。そんな話を、どこかで聞いた事がある。
今回も同じだ。この剣を身体から抜かれた瞬間、俺は死ぬことになるだろう。
俺は、兵士の手から剣を引き剥がして、地面に倒れ込む。どくどくという心臓の音は止まない。こんな絶望的な状況から、生き残れるのかどうかも分からない。だが、自分なりに最善手は尽くしたつもりだ。
「ヘルファイアッ!!」
意識が朦朧とし始める中、可愛らしいリゼの声が耳に入った。それと同時に、断末魔のような男の悲鳴が辺りに響き渡る。どうやら、先の兵士が魔法で消し炭にされたらしい。まあ、死ぬ前に復讐シーンを見れたのは嬉しかったかもしれないな……。
「アキ、アキ! しっかりして!」
身体を揺さぶられているような感じがする。頭の中が揺れて、意識がごちゃ混ぜになっていく。まるで、伝染病にかかった時に見る夢のようだ。
タイムラプスのように情景が移り変わっていく。
身体がずれ動き、そのまま落下したと思えば、どぷん、という水没音と共に、喉に空気ではなくひんやりとした液体が入ってきた。無重力感と、何かに押されるような感覚。ばしゃり、ぺた、ぺた。息が、再びできるようになった。
「傷……い……リカ…ヴァ!」
微かにリゼの必死そうな声だけが聞こえる。ああ、もう何も考えられない。まるで、夢の中で金縛りに遭っているようだ。まだ、やりたい事……あったな……せめて、最期……に……。
一目惚れ、だった。だから俺は、お前を助けたんだ。
絶対幸せにするって、決めてたん、だけど、なぁ……。
リゼ……好きだ……。
俺はそう、心の中で呟きながら、意識を完全に失うのであった。