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君の姿に憧れて

#10

ホワイトデー編:倍返しの意味

 三月十四日。

 朝から、玲奈さんがやけに静かだった。

「……どうかしました?」

 ネクタイを整えながら聞くと、視線をそらされる。

「別に?」

 嘘だ。

 先月のバレンタイン。


 非常階段で、あの人は確かに言った。

――「ホワイトデー、覚悟してて。倍返しだから」――

 あれから一ヶ月。


 私は何度も思い出して、そのたびに落ち着かなくなった。

 会社でも、なんとなく距離が近い。

 会議室で資料を渡すとき、指が少し触れる。


 廊下ですれ違うとき、ほんの一瞬、肩がかすめる。

(わざと……?)

 問いただす勇気はない。

 そして、定時。

「ひよりちゃん、今日ちょっと寄り道いい?」

「……はい」

 連れて行かれたのは、会社近くの小さなレストラン。


 落ち着いた照明。

 静かな音楽。

「え、ここ……」

「予約した」

 さらっと言う。

「倍返しって言ったでしょ」

 心臓が、うるさい。

 食事はどれも美味しくて、でも味はあまり覚えていない。


 視線が合うたび、玲奈さんが少しだけ楽しそうに笑うから。

 帰り道。

 夜風が、まだ少し冷たい。

「はい」

 差し出された小さな箱。

 バレンタインのとき、私が渡したものより、少しだけ大きい。

「開けていいですか?」

「どうぞ」

 中には、繊細なガラス細工のネックレス。


 小さな銀の輪が、二つ重なっている。

「……きれい」

「対等のつもり」

 静かな声。

「守るとか守られるとかじゃなくて。
ちゃんと、並んでる形」

 胸の奥が、じんわり熱くなる。

「物で倍返しするつもりはなかったんだけどね」

「え?」

「一ヶ月、ずっと考えてた。
ひよりちゃんに何を返すのが“倍”なんだろうって」

 真剣な目。

「私、あの日。
あなたに好きって言われて、すごく嬉しかった。
でも同時に思ったの」

 一歩、距離が近づく。

「もう、可愛い後輩扱いはしないって」

 息が止まる。

「隣に立ちたいって言ったでしょ?
だったら、ちゃんと隣に立ってもらう」

 そっと、ネックレスを首にかけられる。

 指先が、うなじに触れる。

「これからは、甘やかすの半分」

「半分?」

「残り半分は、頼る」

 思わず、笑ってしまう。

「それ、倍返しですか?」

「うん」

 少しだけ照れた顔。

「独占したい気持ちも、素直さも、全部」

 胸がいっぱいになって、言葉がうまく出ない。

 代わりに、そっと手を握った。

「じゃあ私も、倍返しします」

「なにを?」

「ちゃんと、隣で支えます」

 一瞬、目を見開いて、それから優しく細める。

「……ほんと、ずるいの覚えたね」

 夜道で、指を絡める。

 守るでもなく、守られるでもなく。

 並んで歩く。

「ひよりちゃん」

「はい」

「好きだよ」

 バレンタインより、ずっとはっきりした声。

 胸が甘く溶ける。

「私も、好きです」

 ホワイトデーの倍返しは、
プレゼントの大きさじゃない。

 対等でいる覚悟を、
言葉にして返すこと。

 ――君の隣は、今日もちゃんと、あたたかい。

作者メッセージ

皆さん沢山見てくださりありがとうございます!季節のイベント毎に出す感じではあるんですけど、これからも「君の姿に憧れて」をよろしくお願いします!
ちなみに次はエイプリルフール編です。

2026/03/14 08:04

魂染朱廻
ID:≫ 307X6okIvTEt6
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