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君の姿に憧れて

#8

バレンタインデー編①:甘いのはチョコだけじゃない

 二月十四日。

 朝、隣で寝ている玲奈さんのコートのポケットを、つい気にしてしまった。


 昨日、何か隠しているみたいだったから。

 朝から、なんだか落ち着かない。

「ひよりちゃん、今日なんかそわそわしてない?」

 キッチンでコーヒーを淹れながら、玲奈さんが首を傾げる。

「してません」

 即答してしまって、余計に怪しい。

 本当は、昨日の夜、こっそり仕込んだ。


 湯せんして、混ぜて、型に流して。


 何度も味見して、少しだけ甘さを控えた。

 先輩は甘すぎるの、あまり得意じゃないから。

 会社に着くと、やっぱりざわざわしていた。


 女性社員たちの小さな袋。


 義理です、って顔をしながら配られていくチョコレート。

 そして当然のように、玲奈さんのデスクにも置かれていく。

「朝倉さん、これどうぞ」


「いつもありがとうございます」

 にこやかに受け取るその姿に、胸がちくりとする。

(対等な恋、なんでしょ)

 そう思いながらも、もやもやは消えない。

 昼休み。

「ひよりちゃん、ちょっといい?」

 人気の少ない非常階段。
 冬の冷たい空気。

「どうしたんですか?」

 そう言った瞬間、コートのポケットから小さな包みが出てきた。


 ほんの少しだけ、甘い匂いがする。

「はい。これ」

「……え?」

「バレンタイン。私から」

 一瞬、思考が止まる。

「え、でも今日って……」

「知ってるよ? 本命が渡す日でしょ」

 さらっと言って、少しだけ照れたように視線を逸らす。

「いつももらう側みたいな顔してるけどさ。私だって、あげたい」

 胸が、じわっと熱くなる。

「……私も、あります」

 鞄から取り出した小さな箱。


 震える指で差し出す。

「玲奈さん、いつもありがとうございます。
あと……好きです」

「うん。知ってる」

 いたずらっぽく笑う。

 箱を開けて、一粒口に運ぶ玲奈さん。

「……おいしい」

 その声に、ほっと息が漏れる。

「甘さ控えめにしたので」

「私の好み、覚えてくれてるんだ」

 次の瞬間、指先が絡め取られた。

「ひよりちゃん」

「はい」

「正直ね、今日ちょっとだけ嫉妬してた」

「え?」

「他の人にチョコ渡してる姿、想像したら落ち着かなかった」

 驚いて目を見開く。

「渡してません」

「うん、知ってる。でも、想像しただけで嫌だった」

 距離が、近い。

「……私も、嫌でした」

「なにが?」

「玲奈さんの机に、たくさん置かれてるの」

 一瞬の沈黙。


 それから、同時に笑ってしまう。

「子どもだね、私たち」

「でも、対等です」

 そう言うと、玲奈さんは柔らかく目を細めた。

「うん。対等」

 冷たい空気の中、そっと触れる唇。


 一瞬だけ。誰もいないのを確認して。

「ホワイトデー、覚悟してて」

「え?」

「倍返しだから」

 楽しそうに笑うその顔に、胸がきゅっとなる。

 甘いのは、チョコレートだけじゃない。

 隣にいる人の、
少しだけ独占欲を滲ませたその表情も。

 ――君の隣で迎える冬は、
去年より、ずっとあたたかい。

作者メッセージ

特別編②もあります

2026/02/26 19:27

魂染朱廻
ID:≫ 307X6okIvTEt6
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