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君の姿に憧れて

#9

バレンタインデー編②:完璧じゃない夜

 二月十三日の夜。

 ひよりちゃんが「ちょっと買い出し行ってきますね」と出ていってから、三十分。

 玄関のドアが閉まる音を聞いて、私は深く息を吐いた。

「……よし」

 キッチンの棚から、こっそり隠していた板チョコを取り出す。

 本当は、もらう側でいるつもりだった。


 でも、あの子が今日ずっと、何かを隠している顔をしていたから。

(私だって、驚かせたい)

 エプロンをつける。


 スマホでレシピを開く。

 ――湯せんでゆっくり溶かす。

「余裕でしょ」

 そう思っていた。


 ……思っていたのに。

「え、ちょっと待って」

 チョコが、もったりしすぎている。

 火を弱める?


 混ぜる?


 あれ、分離してない?

 ボウルの中で、つややかだったはずのチョコが、ざらっとした質感に変わっていく。

「うそでしょ……」

 冷静沈着とよく言われる朝倉玲奈、動揺中。

 とりあえず混ぜる。


 でも戻らない。

「……やり直そう」

 潔くゴミ箱へ。

 時計を見る。


 まだ時間はある。

 今度は慎重に。


 火加減を弱め、ゆっくり混ぜる。

「焦らない。仕事と同じ」

 自分に言い聞かせる。

 今度は、つやが戻った。

「……できた」

 型に流し込み、軽くトントンと空気を抜く。

 そこで、スマホが震えた。

 ――ひよりちゃん。

《今から戻りますね!》

「……は?」

 思わず画面を二度見する。

 え、早くない?

 キッチンを見渡す。

 ボウル。


 泡立て器。


 チョコの包み紙。


 カカオパウダーがうっすら飛んでいる。

「やば」

 急いで洗う。


 水音がやけに大きい。

 ボウルを拭く。


 コンロ周りを拭く。


 型はそのまま冷蔵庫へ。

 ピンポーン。

「うわっ」

 心臓が跳ねる。

「れ、玲奈さん? います?」

 鍵の開く音。

 テーブルの上、何もない?


 エプロン、外した?


 よし。

 ドアが開く。

「ただいまです」

「おかえり」

 平静を装う。


 ソファに座る。


 さっきまでキッチンで戦っていた人間とは思えない顔で。

「……なんか甘い匂いしません?」

「え?」

 一瞬、固まる。

「気のせいじゃない?」

 自然に言えた。たぶん。

 ひよりちゃんは首を傾げながらも、買い物袋をキッチンへ運ぶ。

「明日、ちょっと楽しみにしててくださいね」

 振り返って、少し照れた顔で笑う。

 その瞬間、胸がきゅっと締まる。

(……負けない)

 冷蔵庫の中で固まり始めているチョコを思い浮かべながら、私は小さく息をついた。

 明日の朝、こっそり包んで、コートのポケットに忍ばせよう。

 明日はどっちが先に、驚くかな。

作者メッセージ

君の姿に憧れては今後シーズンで出して行こうと思います。次はホワイトデーです

2026/02/26 19:27

魂染朱廻
ID:≫ 307X6okIvTEt6
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