あたしは学校帰り――もちろん隣に京花ちゃんはいない――に、病院を見上げた。
実を言うと、すこし遠回りすれば、登下校で尊くんのいる病院の前を通る。
京花ちゃんの家はここを通るととんでもない距離になるから、通るはずはない。
顔を合わせる対策としてはうってつけの通学路。
昨日から雨はマシになって、午後になると止んだ。今は曇り。
お母さんに言ってあって、そのまま向かっていいことになっていたので、学校鞄を背負ったまま病院の建物に入った。
「307号室……伏見 尊くんのお見舞いに来ました」
「あら、歩佳ちゃん。今日はひとり?」
「はい」
受付の人が言う「ふたりめ」は、お母さんだろうか。それとも――。
階段を上って、病室のドアをたたく。
「……尊くん」
「あ、歩佳。久しぶり」
まるで病気なんてなくて、ついさっきまでバスケしてました、みたいな明るい声で、尊くんは言った。
いつぶりだろう、声を聴くのは。
14歳、周りの男子はみんな声変わりしてるっていうのに、尊くんはまだ子供の声のままだ。
「久しぶり……」
あ、そっか、半年ぶりになるんだ。
……スマホを買ってもらった去年の5月くらいから、お見舞いの頻度がかなり落ちた。
1月に行って以降はずっとスマホだった。
学校から帰ってきたら、毎日学校のことを聞いてくるようになったのが、2~3月だっけか。
適当に「お弁当を誰ちゃんと食べた」「部活で煮物を焦がした」「理科のハゲ山のギャグが面白かった」みたいなしょうもないことを流してたのに、文字だけで楽しんでくれてるのが分かった。
文面だけでも誕生日を祝えばすごく喜んでくれて、デジタルの板を通しているはずなのに喜びが伝染した。
毎日、その日あったことを伝えるのが日課になっていた。
それが突然途絶えた。
6月――先月、あたしが学校で京花ちゃんと馬鹿してる頃、あいつは心臓が止まって死の淵に居た。
お母さんが知るより先に、あたしが通知のないスマホを見て何か嗅ぎ取っていた。
ママ友ネットワークで伝え聞いた後の記憶は曖昧だ。
「どうしたの? ぼーっとして」
「え? あぁ、ごめん。考え事」
無理に笑ってみたけど、尊くん、あたしに愛を豪語するだけある、やっぱり感づかれたみたいだ。
「……歩佳、思い詰めすぎると“こっち”に来ちゃうよ?」
“こっち”のところで病院のベッド側に手招きする。
「……はぁ、ブラックジョークも程々にしてよ。 あんたの自虐ネタ、全然面白くないから」
「いやいや、だって俺さぁ」
あたしの声に割り込んで尊くんが言う。
「大好きな歩佳のケーキ食べるために生きてるって言っても過言じゃないよ?」
朗らかで、外とは大違いな晴れの表情。
「だから、それまでは健康に生きてもらわないと! ね?」
……9歳という、幼い子供の約束を、こいつは純粋に信じて生きてきたんだ。
[明朝体]……いつか、あんたにケーキを作る。無糖の、……でも甘い、すっごく甘いケーキを。[/明朝体]
馬鹿らし。こいつも、あたしも。
でも、あたしがあたしを信じてるからには。
「……もちろん!」
帰り道、書店に寄った。
そこを出てきたあたしの手には、何枚もの1000円札の代わりに、製菓レシピの本と、あいつの病気についての本が握られていた。
実を言うと、すこし遠回りすれば、登下校で尊くんのいる病院の前を通る。
京花ちゃんの家はここを通るととんでもない距離になるから、通るはずはない。
顔を合わせる対策としてはうってつけの通学路。
昨日から雨はマシになって、午後になると止んだ。今は曇り。
お母さんに言ってあって、そのまま向かっていいことになっていたので、学校鞄を背負ったまま病院の建物に入った。
「307号室……伏見 尊くんのお見舞いに来ました」
「あら、歩佳ちゃん。今日はひとり?」
「はい」
受付の人が言う「ふたりめ」は、お母さんだろうか。それとも――。
階段を上って、病室のドアをたたく。
「……尊くん」
「あ、歩佳。久しぶり」
まるで病気なんてなくて、ついさっきまでバスケしてました、みたいな明るい声で、尊くんは言った。
いつぶりだろう、声を聴くのは。
14歳、周りの男子はみんな声変わりしてるっていうのに、尊くんはまだ子供の声のままだ。
「久しぶり……」
あ、そっか、半年ぶりになるんだ。
……スマホを買ってもらった去年の5月くらいから、お見舞いの頻度がかなり落ちた。
1月に行って以降はずっとスマホだった。
学校から帰ってきたら、毎日学校のことを聞いてくるようになったのが、2~3月だっけか。
適当に「お弁当を誰ちゃんと食べた」「部活で煮物を焦がした」「理科のハゲ山のギャグが面白かった」みたいなしょうもないことを流してたのに、文字だけで楽しんでくれてるのが分かった。
文面だけでも誕生日を祝えばすごく喜んでくれて、デジタルの板を通しているはずなのに喜びが伝染した。
毎日、その日あったことを伝えるのが日課になっていた。
それが突然途絶えた。
6月――先月、あたしが学校で京花ちゃんと馬鹿してる頃、あいつは心臓が止まって死の淵に居た。
お母さんが知るより先に、あたしが通知のないスマホを見て何か嗅ぎ取っていた。
ママ友ネットワークで伝え聞いた後の記憶は曖昧だ。
「どうしたの? ぼーっとして」
「え? あぁ、ごめん。考え事」
無理に笑ってみたけど、尊くん、あたしに愛を豪語するだけある、やっぱり感づかれたみたいだ。
「……歩佳、思い詰めすぎると“こっち”に来ちゃうよ?」
“こっち”のところで病院のベッド側に手招きする。
「……はぁ、ブラックジョークも程々にしてよ。 あんたの自虐ネタ、全然面白くないから」
「いやいや、だって俺さぁ」
あたしの声に割り込んで尊くんが言う。
「大好きな歩佳のケーキ食べるために生きてるって言っても過言じゃないよ?」
朗らかで、外とは大違いな晴れの表情。
「だから、それまでは健康に生きてもらわないと! ね?」
……9歳という、幼い子供の約束を、こいつは純粋に信じて生きてきたんだ。
[明朝体]……いつか、あんたにケーキを作る。無糖の、……でも甘い、すっごく甘いケーキを。[/明朝体]
馬鹿らし。こいつも、あたしも。
でも、あたしがあたしを信じてるからには。
「……もちろん!」
帰り道、書店に寄った。
そこを出てきたあたしの手には、何枚もの1000円札の代わりに、製菓レシピの本と、あいつの病気についての本が握られていた。