渡せない、紙
朝、
家を出る前に、
お母さんのスマホで印刷してもらった小さな紙。
そこには私のLINEのQRコード。
2枚。
何度も折りたたんで、
体操服の短パンのポケットにそっとしまった。
1枚は、
先輩に渡すもの。
もう1枚は――
私が好きな、
あの人に。
「⋯⋯渡そう。」
そう決めて学校へ来たはずだった。
授業中も、
休み時間も、
ポケットの中の紙が気になって仕方がない。
触るたびに、
ちゃんとあることを確認してしまう。
たった一枚の紙なのに、
まるで秘密を隠しているみたいで、
胸がドキドキする。
放課後。
教室には帰る準備をする人たちの声が響いていた。
私はポケットの中で、
その紙をぎゅっと握る。
少しだけ折れ曲がってしまった感触が指先に伝わる。
「今なら渡せる。」
そう思った。
あの人は、
一人でカバンを持って教室の出口へ向かって歩いている。
友達も近くにいない。
こんなチャンス、
もうないかもしれない。
歩こう。
一歩だけ。
そう思うのに、
足が動かない。
もし受け取ってもらえなかったら。
「なんで?」って困った顔をされたら。
「こういうのいらない。」って返されたら。
そのあと同じ教室で毎日顔を合わせるんだ。
考えただけで、
胸がぎゅっと苦しくなる。
私はポケットから紙を少しだけ取り出した。
白い紙の端が制服からのぞく。
「あと少し。」
手を伸ばせば届く距離。
「ねえ。」
その一言だけ言えばいい。
でも声が出ない。
喉がきゅっと締まって、
息だけが浅くなる。
心臓の音が、
自分でもうるさいくらい聞こえる。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
お願い、
動いて。
私の足。
お願い、
声を出して。
私の口。
なのに体は言うことを聞いてくれない。
その間にも、
あの人はどんどん遠ざかっていく。
教室のドアを出て、
廊下を歩いて、
その背中が角を曲がる。
見えなくなった。
私はゆっくり紙をポケットへ戻した。
さっきまで温かかった紙が、
なんだか少し冷たく感じる。
渡せなかった。
悔しい。
情けない。
あと少しだったのに。
あと一歩だったのに。
「なんで私はこんなに臆病なんだろう。」
誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。
ポケットの中のQRコードは、
少しくしゃくしゃになっていた。
まるで今の私の気持ちみたいだった。
それでも捨てることはできない。
この紙を捨てたら、
勇気までなくなってしまう気がするから。
私はそっと紙を伸ばして、
折り目を指でなぞった。
「次こそ。」
その言葉を、
もう今日何回言ったかわからない。
それでも、
明日もきっと私はこの紙をポケットに入れて学校へ行く。
いつか、「これ、よかったら。」って笑って渡せる日が来ると信じながら。
家を出る前に、
お母さんのスマホで印刷してもらった小さな紙。
そこには私のLINEのQRコード。
2枚。
何度も折りたたんで、
体操服の短パンのポケットにそっとしまった。
1枚は、
先輩に渡すもの。
もう1枚は――
私が好きな、
あの人に。
「⋯⋯渡そう。」
そう決めて学校へ来たはずだった。
授業中も、
休み時間も、
ポケットの中の紙が気になって仕方がない。
触るたびに、
ちゃんとあることを確認してしまう。
たった一枚の紙なのに、
まるで秘密を隠しているみたいで、
胸がドキドキする。
放課後。
教室には帰る準備をする人たちの声が響いていた。
私はポケットの中で、
その紙をぎゅっと握る。
少しだけ折れ曲がってしまった感触が指先に伝わる。
「今なら渡せる。」
そう思った。
あの人は、
一人でカバンを持って教室の出口へ向かって歩いている。
友達も近くにいない。
こんなチャンス、
もうないかもしれない。
歩こう。
一歩だけ。
そう思うのに、
足が動かない。
もし受け取ってもらえなかったら。
「なんで?」って困った顔をされたら。
「こういうのいらない。」って返されたら。
そのあと同じ教室で毎日顔を合わせるんだ。
考えただけで、
胸がぎゅっと苦しくなる。
私はポケットから紙を少しだけ取り出した。
白い紙の端が制服からのぞく。
「あと少し。」
手を伸ばせば届く距離。
「ねえ。」
その一言だけ言えばいい。
でも声が出ない。
喉がきゅっと締まって、
息だけが浅くなる。
心臓の音が、
自分でもうるさいくらい聞こえる。
ドクン。
ドクン。
ドクン。
お願い、
動いて。
私の足。
お願い、
声を出して。
私の口。
なのに体は言うことを聞いてくれない。
その間にも、
あの人はどんどん遠ざかっていく。
教室のドアを出て、
廊下を歩いて、
その背中が角を曲がる。
見えなくなった。
私はゆっくり紙をポケットへ戻した。
さっきまで温かかった紙が、
なんだか少し冷たく感じる。
渡せなかった。
悔しい。
情けない。
あと少しだったのに。
あと一歩だったのに。
「なんで私はこんなに臆病なんだろう。」
誰にも聞こえないくらい小さな声でつぶやく。
ポケットの中のQRコードは、
少しくしゃくしゃになっていた。
まるで今の私の気持ちみたいだった。
それでも捨てることはできない。
この紙を捨てたら、
勇気までなくなってしまう気がするから。
私はそっと紙を伸ばして、
折り目を指でなぞった。
「次こそ。」
その言葉を、
もう今日何回言ったかわからない。
それでも、
明日もきっと私はこの紙をポケットに入れて学校へ行く。
いつか、「これ、よかったら。」って笑って渡せる日が来ると信じながら。
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