天秤と王冠の少年
#1
一歩踏み出す勇気
火が燃えている。
あの日の匂いは、今でも忘れられない。
焦げた木と、鉄と、血のにおい。
僕がまだ三歳の頃の話だ。
僕の目の“絵”がいけないらしい。
大人たちはそう言っていた。
今までママとパパと、ずっと逃げてきた。
森を抜け、川を越え、町を避けて。
でも、その夜。
ついに追いつかれた。
パパは震える手で剣を抜いた。
ママの手からは炎が生まれた。
いつも優しかった手が、戦う手になっていた。
「目を閉じなさい」
そう言われた。
次の瞬間、僕の体は宙に浮いた。
冷たい水。
川の流れ。
浮き輪のような木の輪と一緒に、僕は流された。
泣くこともできなかった。
あちこちを転々として、一年が過ぎた。
一年も前なのに、目を閉じるとその日の火が見える。
今も、ひとりだ。
たまに街を覗き込む。
掲示板に貼られた紙。
そこには、僕の顔が描かれている。
——尋人。
その字は読める。
パパと一緒に勉強したから
少しだけ、懐かしくなる。
そして、少しだけ、胸が痛くなる。
水面で顔を洗うと、揺れた水の中に僕の目が映った。
二つの器みたいなものが、糸で吊るされている絵。
その横に、冠。
揺れる水のせいで、まるで本当に動いているみたいだった。
この絵さえなければ。
何度思ったか、分からない。
僕は水面をぐしゃっと手で崩した。
もう逃げるのは、限界だった。
街に入らなきゃ、生きていけない。
近くに生えていた草をちぎる。
それを水に浸す。
ぎゅっと握ると、濃い色の汁が滲み出た。
少しどろっとしていて、指先がぬるりとする。
僕は、震える手でそれを髪に塗った。
もともと金色だった髪に、黄緑の線が入る。
乾けば、少しは目立たなくなるかもしれない。
……怖い。
絵のある左目を、前髪で隠す。
それでも、まだ怖い。
街を見ると、足が震える。
目を閉じなくても、あの日の火が見える。
お城の人たち。
あの目。
僕を見る、あの冷たい目。
でも――
あの日、僕と一緒に流れてきた手紙には、こう書いてあった。
『ひとと いっしょに いることを こわがらないで』
『ひとを うらまないで』
パパの字だ。
僕は、ぎゅっと胸のあたりを押さえた。
まちの人に、会ってみたい。
……こわいけど。
でも、会ってみたい。
あの日の匂いは、今でも忘れられない。
焦げた木と、鉄と、血のにおい。
僕がまだ三歳の頃の話だ。
僕の目の“絵”がいけないらしい。
大人たちはそう言っていた。
今までママとパパと、ずっと逃げてきた。
森を抜け、川を越え、町を避けて。
でも、その夜。
ついに追いつかれた。
パパは震える手で剣を抜いた。
ママの手からは炎が生まれた。
いつも優しかった手が、戦う手になっていた。
「目を閉じなさい」
そう言われた。
次の瞬間、僕の体は宙に浮いた。
冷たい水。
川の流れ。
浮き輪のような木の輪と一緒に、僕は流された。
泣くこともできなかった。
あちこちを転々として、一年が過ぎた。
一年も前なのに、目を閉じるとその日の火が見える。
今も、ひとりだ。
たまに街を覗き込む。
掲示板に貼られた紙。
そこには、僕の顔が描かれている。
——尋人。
その字は読める。
パパと一緒に勉強したから
少しだけ、懐かしくなる。
そして、少しだけ、胸が痛くなる。
水面で顔を洗うと、揺れた水の中に僕の目が映った。
二つの器みたいなものが、糸で吊るされている絵。
その横に、冠。
揺れる水のせいで、まるで本当に動いているみたいだった。
この絵さえなければ。
何度思ったか、分からない。
僕は水面をぐしゃっと手で崩した。
もう逃げるのは、限界だった。
街に入らなきゃ、生きていけない。
近くに生えていた草をちぎる。
それを水に浸す。
ぎゅっと握ると、濃い色の汁が滲み出た。
少しどろっとしていて、指先がぬるりとする。
僕は、震える手でそれを髪に塗った。
もともと金色だった髪に、黄緑の線が入る。
乾けば、少しは目立たなくなるかもしれない。
……怖い。
絵のある左目を、前髪で隠す。
それでも、まだ怖い。
街を見ると、足が震える。
目を閉じなくても、あの日の火が見える。
お城の人たち。
あの目。
僕を見る、あの冷たい目。
でも――
あの日、僕と一緒に流れてきた手紙には、こう書いてあった。
『ひとと いっしょに いることを こわがらないで』
『ひとを うらまないで』
パパの字だ。
僕は、ぎゅっと胸のあたりを押さえた。
まちの人に、会ってみたい。
……こわいけど。
でも、会ってみたい。