「ちょっと、美羽! 本当に蓮見くんと付き合っちゃったの!?」
翌々日の昼休み。
私がパンを買いに購買へ向かおうと校舎の裏階段を通りかかった時、上階の踊り場から、黄色い女子の声が降ってきた。
その名前に思わず足が止まる。私は息を潜め、階段の壁に背中を預けた。
「うん。おととい、蓮くんから告白してくれて。すっごく優しくて素敵な人だよ」
白石 美羽の声だった。相変わらず、鈴を転がすような、男ウケの良そうな甘い声。
けれど、次に続いた彼女の言葉に、私の背筋は凍りついた。
「でもさー、本当の目的はそこじゃないんだよね」
「え? どういうこと?」
「だって、私が本当に好きなのは一ノ瀬(いちのせ)先輩だし」
友達らしき女子が、息を呑むのが分かった。壁を隔てた私も、同じように息が止まる。
「え、一ノ瀬柊(しゅう)先輩!? だって先輩、女子に全然興味ないじゃん。告っても無駄だよ?」
「だからだよ。普通にアタックしても見向きもしてくれないから。他の男子……それも、部活のキャプテンやってるような目立つ人と付き合って、先輩の視界に入りたいの。ほら、男の人って、他の男のモノになった途端に欲しくなったりするでありません? 嫉妬してくれないかなーって」
「うわ、美羽エグい! じゃあ蓮見くんは?」
「あはは、当て馬。あいつ『部活が忙しいから今は誰とも付き合わないつもりだったけど、お前を守りたくなった』とか言っててさー。ちょろすぎて笑っちゃった」
――ちょろすぎて、笑っちゃった。
頭がじわじわと冷えていくのが分かった。
あの蓮見蓮が。私をあんな卑怯な言葉で振った大悪党が。
まさか、ただの「当て馬」として、この腹黒い女に手のひらで転がされているなんて。
怒りを通り越して、あまりのバカバカしさに乾いた笑いが出そうになった。ざまぁみろ、と思う反面、そんなクズ男の嘘を本気で信じて泣きそうになっていた自分が、ますます惨めで滑稽に思えてくる。
「最悪だな、あいつら」
突然、背後から低くて冷めた声がして、私は飛び上がった。
心臓が口から出そうになりながら振り返る。
階段の下、私と同じように影に身を潜めていた男が、ポケットに手を突っ込んだままゆっくりと上がってくるところだった。
整った顔立ち。人を寄せ付けないクールな瞳。
ブレザーを少し気崩したその姿を、この学校で知らない生徒はいない。
「……一ノ瀬、先輩」
美羽が命がけで嫉妬させようとしている本尊――学校一の人気者で、噂の、一ノ瀬柊だった。
先輩は私を通り過ぎ、上の踊り場に向かって「おい」と冷たく声をかけた。
上から「ひっ」と短い悲鳴が聞こえ、慌てて逃げ出していく二人の足音が響く。美羽たちの気配が完全に消えた後、先輩はふう、と深くため息をついて、私に視線を戻した。
「高城(たかぎ)千晶、だろ。サッカー部のマネージャーの」
「えっ、あ、はい。何で私の名前を……」
「蓮見がよく『優秀な男友達みたいなマネージャーがいる』って自慢してたから。……まぁ、その男友達に、一おとといフラれたばっかりみたいだけど」
先輩はスマホの画面を私に見せてきた。そこには、蓮のあの「誰とも付き合わない」というLINEのスクリーンショットが写っていた。私が友達に「フラれちゃった」と愚痴ったスクショが、巡り巡って先輩のところに届いていたらしい。
「私、そんなに惨めに見えますか」
唇を噛み締め、私は拳を握りしめた。女子っぽくない私は、ここでも『男友達みたい』と言われる。悲しさよりも、悔しさが勝った。
しかし、先輩は鼻で小さく笑った。
「違う。君が優しすぎて、あいつらがクソなだけだ」
先輩は階段の手すりに寄りかかり、私を真っ直ぐに見据えた。
「白石美羽、あいつマジで迷惑なんだよな。勝手に他の男と付き合って、俺の気を引こうとか、頭お花畑すぎるだろ。……なぁ、高城」
先輩の綺麗な瞳に、悪戯っぽい光が灯る。
「あいつらに、ちょっと一泡吹かせたくない? 僕と君で、手を組まないか」
翌々日の昼休み。
私がパンを買いに購買へ向かおうと校舎の裏階段を通りかかった時、上階の踊り場から、黄色い女子の声が降ってきた。
その名前に思わず足が止まる。私は息を潜め、階段の壁に背中を預けた。
「うん。おととい、蓮くんから告白してくれて。すっごく優しくて素敵な人だよ」
白石 美羽の声だった。相変わらず、鈴を転がすような、男ウケの良そうな甘い声。
けれど、次に続いた彼女の言葉に、私の背筋は凍りついた。
「でもさー、本当の目的はそこじゃないんだよね」
「え? どういうこと?」
「だって、私が本当に好きなのは一ノ瀬(いちのせ)先輩だし」
友達らしき女子が、息を呑むのが分かった。壁を隔てた私も、同じように息が止まる。
「え、一ノ瀬柊(しゅう)先輩!? だって先輩、女子に全然興味ないじゃん。告っても無駄だよ?」
「だからだよ。普通にアタックしても見向きもしてくれないから。他の男子……それも、部活のキャプテンやってるような目立つ人と付き合って、先輩の視界に入りたいの。ほら、男の人って、他の男のモノになった途端に欲しくなったりするでありません? 嫉妬してくれないかなーって」
「うわ、美羽エグい! じゃあ蓮見くんは?」
「あはは、当て馬。あいつ『部活が忙しいから今は誰とも付き合わないつもりだったけど、お前を守りたくなった』とか言っててさー。ちょろすぎて笑っちゃった」
――ちょろすぎて、笑っちゃった。
頭がじわじわと冷えていくのが分かった。
あの蓮見蓮が。私をあんな卑怯な言葉で振った大悪党が。
まさか、ただの「当て馬」として、この腹黒い女に手のひらで転がされているなんて。
怒りを通り越して、あまりのバカバカしさに乾いた笑いが出そうになった。ざまぁみろ、と思う反面、そんなクズ男の嘘を本気で信じて泣きそうになっていた自分が、ますます惨めで滑稽に思えてくる。
「最悪だな、あいつら」
突然、背後から低くて冷めた声がして、私は飛び上がった。
心臓が口から出そうになりながら振り返る。
階段の下、私と同じように影に身を潜めていた男が、ポケットに手を突っ込んだままゆっくりと上がってくるところだった。
整った顔立ち。人を寄せ付けないクールな瞳。
ブレザーを少し気崩したその姿を、この学校で知らない生徒はいない。
「……一ノ瀬、先輩」
美羽が命がけで嫉妬させようとしている本尊――学校一の人気者で、噂の、一ノ瀬柊だった。
先輩は私を通り過ぎ、上の踊り場に向かって「おい」と冷たく声をかけた。
上から「ひっ」と短い悲鳴が聞こえ、慌てて逃げ出していく二人の足音が響く。美羽たちの気配が完全に消えた後、先輩はふう、と深くため息をついて、私に視線を戻した。
「高城(たかぎ)千晶、だろ。サッカー部のマネージャーの」
「えっ、あ、はい。何で私の名前を……」
「蓮見がよく『優秀な男友達みたいなマネージャーがいる』って自慢してたから。……まぁ、その男友達に、一おとといフラれたばっかりみたいだけど」
先輩はスマホの画面を私に見せてきた。そこには、蓮のあの「誰とも付き合わない」というLINEのスクリーンショットが写っていた。私が友達に「フラれちゃった」と愚痴ったスクショが、巡り巡って先輩のところに届いていたらしい。
「私、そんなに惨めに見えますか」
唇を噛み締め、私は拳を握りしめた。女子っぽくない私は、ここでも『男友達みたい』と言われる。悲しさよりも、悔しさが勝った。
しかし、先輩は鼻で小さく笑った。
「違う。君が優しすぎて、あいつらがクソなだけだ」
先輩は階段の手すりに寄りかかり、私を真っ直ぐに見据えた。
「白石美羽、あいつマジで迷惑なんだよな。勝手に他の男と付き合って、俺の気を引こうとか、頭お花畑すぎるだろ。……なぁ、高城」
先輩の綺麗な瞳に、悪戯っぽい光が灯る。
「あいつらに、ちょっと一泡吹かせたくない? 僕と君で、手を組まないか」