「ごめん。今は部活に集中したいから、誰とも付き合う気ないんだ」
夕暮れの渡り廊下。西日に照らされた蓮見 蓮(はすみ れん)は、本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
その表情を見た瞬間、私の胸の奥に走った痛みを、私は一瞬で握りつぶした。
ここで泣いたり、理由を問い詰めたりするのは、私のキャラじゃない。私は恋愛小説のヒロインみたいに、男の袖を掴んで「行かないで」と涙を流せるような、可愛げのある女子じゃなかった。高城 千晶(たかぎ ちあき)――ショートカットに、泥のついたジャージ。普段から男子と肩を組んで笑い合うようなポジションにいる自分が、今さら女の子の顔をして縋るなんて、恥ずかしすぎて死んでもできなかった。
何より、蓮の困ったような顔を見るのが辛かった。優しすぎる、とよく言われる。自分でも自覚はある。相手が困っているなら、自分が一歩引けばいい。
「あはは、なんだそれ!真面目かよ!」
私はわざと大きな声で笑い、蓮の肩をパシッと叩いた。
「いーよ、いーよ!気にすんなって。キャプテンだもんな、最後のインターハイかかってるし。よし、じゃあ私もマネージャーとして、全力でサポートするわ!」
「……千晶。ごめんな。ありがとう」
蓮はホッとしたように笑った。その笑顔が見られただけで、自分の恋が粉々に砕け散った価値はあったのだと、その時の私は本気で信じていた。蓮の負担になりたくなくて、私は物分かりのいい「最高の友達」のフリをして、綺麗に身を引いた。
あの時の自分を、今すぐコンクリートに叩きつけたい。
それから、わずか一週間後の放課後。
「千晶、悪い。今日の部活、ちょっと遅れるわ。先生に呼ばれてて」
キャプテンである蓮からそうLINEが来た時も、私は「了解!メニュー進めとくわ!」と、これ以上ないくらいサバサバした返信を送った。
部室の倉庫から、重いビブスのカゴを一人で抱えてグラウンドへ向かう。女子っぽいか弱いアピールなんてできないから、こういう力仕事はいつも私の役目だ。
グラウンドの隅、体育館の裏を通った時だった。
西日の遮られた薄暗い日陰に、二つの人影が見えた。
最初は、サボっている部員でもいるのかと思った。注意しようと足を進め、声をかけようとした唇が、そのまま凍りつく。
「もう、待った?」
「ううん、今来たところ。……これ、あげる。新しく出た味のやつ」
聞き慣れた声だった。一週間前、私を振った男の声。
そして、蓮の手からポカリスエットのペットボトルを受け取っているのは、他クラスの白石 美羽(しらいし みう)だった。ゆるくウェーブのかかった長い髪。リボンを少し緩めた、守りたくなるような制服の着こなし。私には絶対に真似できない、本物の女子。
蓮は、美羽の頭を、愛おしそうにぽんぽんと撫でた。
「あのさ、次の日曜日、部活オフになったんだ。……映画、行かない?」
「えっ、いいの?部活、忙しいんじゃ……」
「美羽のための時間くらい、いくらでも作るよ」
蓮の顔を見た。
一週間前、私に見せた「申し訳なさそうな、苦渋の決断」みたいな顔は、どこにもなかった。
そこにあったのは、好きな女子を前にして理性が溶けきった、だらしなくて、とろけるような男の笑顔だった。
「部活に集中したい」?
「今は誰とも付き合う気ない」?
脳の血管がブチ切れるような、鈍い音が頭の中で響いた。
バカみたいに納得して、物分かりよく身を引いた自分が、世界一のピエロに思えた。
あいつが言った「誰とも付き合わない」は、「お前(千晶)とは付き合わない」の、ただの卑怯な言い換えだったのだ。私の優しさを、私の強がりを、あいつは都合よく利用して、自分が悪者にならないように逃げただけだった。
怒りで視界が真っ赤に染まる。抱えていたカゴのプラスチックが、指に食い込んで痛かった。
泣き寝入りなんてしてやるものか。私の「物分かりの良さ」をあざ笑ったこと、一生後悔させてやる。
カゴを地面に叩きつけたい衝動を必死で抑えながら、私は一歩、日陰の二人に向かって足を踏み出した。
夕暮れの渡り廊下。西日に照らされた蓮見 蓮(はすみ れん)は、本当に申し訳なさそうな顔で頭を下げた。
その表情を見た瞬間、私の胸の奥に走った痛みを、私は一瞬で握りつぶした。
ここで泣いたり、理由を問い詰めたりするのは、私のキャラじゃない。私は恋愛小説のヒロインみたいに、男の袖を掴んで「行かないで」と涙を流せるような、可愛げのある女子じゃなかった。高城 千晶(たかぎ ちあき)――ショートカットに、泥のついたジャージ。普段から男子と肩を組んで笑い合うようなポジションにいる自分が、今さら女の子の顔をして縋るなんて、恥ずかしすぎて死んでもできなかった。
何より、蓮の困ったような顔を見るのが辛かった。優しすぎる、とよく言われる。自分でも自覚はある。相手が困っているなら、自分が一歩引けばいい。
「あはは、なんだそれ!真面目かよ!」
私はわざと大きな声で笑い、蓮の肩をパシッと叩いた。
「いーよ、いーよ!気にすんなって。キャプテンだもんな、最後のインターハイかかってるし。よし、じゃあ私もマネージャーとして、全力でサポートするわ!」
「……千晶。ごめんな。ありがとう」
蓮はホッとしたように笑った。その笑顔が見られただけで、自分の恋が粉々に砕け散った価値はあったのだと、その時の私は本気で信じていた。蓮の負担になりたくなくて、私は物分かりのいい「最高の友達」のフリをして、綺麗に身を引いた。
あの時の自分を、今すぐコンクリートに叩きつけたい。
それから、わずか一週間後の放課後。
「千晶、悪い。今日の部活、ちょっと遅れるわ。先生に呼ばれてて」
キャプテンである蓮からそうLINEが来た時も、私は「了解!メニュー進めとくわ!」と、これ以上ないくらいサバサバした返信を送った。
部室の倉庫から、重いビブスのカゴを一人で抱えてグラウンドへ向かう。女子っぽいか弱いアピールなんてできないから、こういう力仕事はいつも私の役目だ。
グラウンドの隅、体育館の裏を通った時だった。
西日の遮られた薄暗い日陰に、二つの人影が見えた。
最初は、サボっている部員でもいるのかと思った。注意しようと足を進め、声をかけようとした唇が、そのまま凍りつく。
「もう、待った?」
「ううん、今来たところ。……これ、あげる。新しく出た味のやつ」
聞き慣れた声だった。一週間前、私を振った男の声。
そして、蓮の手からポカリスエットのペットボトルを受け取っているのは、他クラスの白石 美羽(しらいし みう)だった。ゆるくウェーブのかかった長い髪。リボンを少し緩めた、守りたくなるような制服の着こなし。私には絶対に真似できない、本物の女子。
蓮は、美羽の頭を、愛おしそうにぽんぽんと撫でた。
「あのさ、次の日曜日、部活オフになったんだ。……映画、行かない?」
「えっ、いいの?部活、忙しいんじゃ……」
「美羽のための時間くらい、いくらでも作るよ」
蓮の顔を見た。
一週間前、私に見せた「申し訳なさそうな、苦渋の決断」みたいな顔は、どこにもなかった。
そこにあったのは、好きな女子を前にして理性が溶けきった、だらしなくて、とろけるような男の笑顔だった。
「部活に集中したい」?
「今は誰とも付き合う気ない」?
脳の血管がブチ切れるような、鈍い音が頭の中で響いた。
バカみたいに納得して、物分かりよく身を引いた自分が、世界一のピエロに思えた。
あいつが言った「誰とも付き合わない」は、「お前(千晶)とは付き合わない」の、ただの卑怯な言い換えだったのだ。私の優しさを、私の強がりを、あいつは都合よく利用して、自分が悪者にならないように逃げただけだった。
怒りで視界が真っ赤に染まる。抱えていたカゴのプラスチックが、指に食い込んで痛かった。
泣き寝入りなんてしてやるものか。私の「物分かりの良さ」をあざ笑ったこと、一生後悔させてやる。
カゴを地面に叩きつけたい衝動を必死で抑えながら、私は一歩、日陰の二人に向かって足を踏み出した。