[明朝体]2025年6月も終盤。梅雨の湿り気が日増しに強くなり、期末テストの足音が聞こえ始めた時期の物語です。[/明朝体]
修学旅行という大きな祭りが終わり、中学校には再び「日常」という名の静かな時間が戻ってきました。しかし、あの京都の街並みの中で生まれた感情は、5人の心の中で静かに、そして確実に根を張っていました。
「ねえ、杏。この前の修学旅行の写真、現像してきたよ」
放課後の図書室。荒川心春が、数枚の写真をテーブルに広げました。
蔵持杏は、その中の一枚——渡月橋の欄干で、夕日に照らされながら匠人と並んで立っている自分の姿——を見て、思わず顔を赤くしました。
「……これ、いつの間に撮ったの?」
「へへ、シャッターチャンスは逃さないのがモットーだからね」
心春がいたずらっぽく笑う隣で、森田千春は静かにノートを整理していました。千春は、その写真が撮られた瞬間の、あの胸を締め付けるような痛みを今でも鮮明に覚えています。
そこへ、雨で部活が休みになった佐藤匠人がやってきました。
「お、写真か? 俺にも見せてくれよ」
匠人が杏の隣に座ると、自然に二人の肩が触れ合います。その距離感の近さは、修学旅行前よりもずっと自然で、そしてずっと「二人だけの世界」を感じさせるものでした。
「……あ、匠人くん。この前の、修学旅行のお土産、詩織ちゃんに渡せた?」
杏がふと思い出したように尋ねました。
「おう。昨日渡したよ。あいつ、わざわざ図書室まで来てくれてさ。めちゃくちゃ喜んでたわ」
匠人は無邪気に答えます。彼は気づいていませんでした。詩織に渡した「八ツ橋のキーホルダー」が、単なるお土産以上の意味を、受け取った側の少女に持たせてしまったことに。
その頃、図書室の入り口近くにある書架の陰で、森田詩織は一人、自分の鞄につけたばかりのキーホルダーを見つめていました。
中2の詩織にとって、この小さなプラスチックの塊は、匠人が自分のことを一瞬でも考えてくれたという、何よりの証拠でした。
(先輩……私は、これだけで頑張れるのに)
視線を上げると、奥のテーブルで笑い合う4人の姿が見えました。
中3の4人がまとう、受験を控えた連帯感と、どこか大人びた空気。詩織は、自分と彼らの間にある「一年」という壁を、今までにないほど高く、厚く感じていました。
「……詩織、そこにいたの?」
千春が席を立って、妹に歩み寄りました。
「お姉ちゃん。……ねえ、中3になると、みんなあんなに綺麗になるの?」
詩織の瞳には、匠人の隣で優しく微笑む杏が、まるで物語のヒロインのように輝いて見えていました。
千春は妹の肩に手を置き、窓の外に目をやりました。
「……綺麗になるんじゃないわ。誰かを想う時間が、人を強く、少しだけ切なくさせるのよ」
千春の言葉は、自分自身への答えでもありました。彼女は、匠人への恋心を完全に消すことはできませんでしたが、その痛みを抱えたまま、親友である杏を支え、受験に向かう覚悟を決めつつありました。
「よーし! 湿っぽい話は終わり! 期末テスト終わったら、5人でアイス食べに行こうぜ。俺の奢りでさ!」
匠人が威勢よく声を上げると、図書室の空気がパッと明るくなりました。
「匠人くん、それ、前も言ってたよね?」
杏が笑いながら突っ込み、心春が「高いの頼んじゃうよー!」とはしゃぎます。
2025年6月。
外は激しい雨が降り続いていましたが、図書室の片隅には、それぞれに違う色の恋心を抱えながらも、同じ時間を分かち合う5人の温かな居場所がありました。
雨音は、5人の鼓動のように不規則に重なり合い、新しい季節のメロディを奏でていました。
修学旅行という大きな祭りが終わり、中学校には再び「日常」という名の静かな時間が戻ってきました。しかし、あの京都の街並みの中で生まれた感情は、5人の心の中で静かに、そして確実に根を張っていました。
「ねえ、杏。この前の修学旅行の写真、現像してきたよ」
放課後の図書室。荒川心春が、数枚の写真をテーブルに広げました。
蔵持杏は、その中の一枚——渡月橋の欄干で、夕日に照らされながら匠人と並んで立っている自分の姿——を見て、思わず顔を赤くしました。
「……これ、いつの間に撮ったの?」
「へへ、シャッターチャンスは逃さないのがモットーだからね」
心春がいたずらっぽく笑う隣で、森田千春は静かにノートを整理していました。千春は、その写真が撮られた瞬間の、あの胸を締め付けるような痛みを今でも鮮明に覚えています。
そこへ、雨で部活が休みになった佐藤匠人がやってきました。
「お、写真か? 俺にも見せてくれよ」
匠人が杏の隣に座ると、自然に二人の肩が触れ合います。その距離感の近さは、修学旅行前よりもずっと自然で、そしてずっと「二人だけの世界」を感じさせるものでした。
「……あ、匠人くん。この前の、修学旅行のお土産、詩織ちゃんに渡せた?」
杏がふと思い出したように尋ねました。
「おう。昨日渡したよ。あいつ、わざわざ図書室まで来てくれてさ。めちゃくちゃ喜んでたわ」
匠人は無邪気に答えます。彼は気づいていませんでした。詩織に渡した「八ツ橋のキーホルダー」が、単なるお土産以上の意味を、受け取った側の少女に持たせてしまったことに。
その頃、図書室の入り口近くにある書架の陰で、森田詩織は一人、自分の鞄につけたばかりのキーホルダーを見つめていました。
中2の詩織にとって、この小さなプラスチックの塊は、匠人が自分のことを一瞬でも考えてくれたという、何よりの証拠でした。
(先輩……私は、これだけで頑張れるのに)
視線を上げると、奥のテーブルで笑い合う4人の姿が見えました。
中3の4人がまとう、受験を控えた連帯感と、どこか大人びた空気。詩織は、自分と彼らの間にある「一年」という壁を、今までにないほど高く、厚く感じていました。
「……詩織、そこにいたの?」
千春が席を立って、妹に歩み寄りました。
「お姉ちゃん。……ねえ、中3になると、みんなあんなに綺麗になるの?」
詩織の瞳には、匠人の隣で優しく微笑む杏が、まるで物語のヒロインのように輝いて見えていました。
千春は妹の肩に手を置き、窓の外に目をやりました。
「……綺麗になるんじゃないわ。誰かを想う時間が、人を強く、少しだけ切なくさせるのよ」
千春の言葉は、自分自身への答えでもありました。彼女は、匠人への恋心を完全に消すことはできませんでしたが、その痛みを抱えたまま、親友である杏を支え、受験に向かう覚悟を決めつつありました。
「よーし! 湿っぽい話は終わり! 期末テスト終わったら、5人でアイス食べに行こうぜ。俺の奢りでさ!」
匠人が威勢よく声を上げると、図書室の空気がパッと明るくなりました。
「匠人くん、それ、前も言ってたよね?」
杏が笑いながら突っ込み、心春が「高いの頼んじゃうよー!」とはしゃぎます。
2025年6月。
外は激しい雨が降り続いていましたが、図書室の片隅には、それぞれに違う色の恋心を抱えながらも、同じ時間を分かち合う5人の温かな居場所がありました。
雨音は、5人の鼓動のように不規則に重なり合い、新しい季節のメロディを奏でていました。
- 1.第1話サクラ・グラデーション
- 2.第2話:『放課後の図書室、揺れるカーテン』
- 3.第3話:『五月の雨と、重なる影』
- 4.第4話:『紫陽花の誓いと、渡せなかったお守り』
- 5.第5話:『渡月橋の約束と、夕暮れに溶ける恋心』
- 6.第6話:『五重塔の鐘と、忘れ物の恋わずらい』
- 7.第7話:『それぞれの景色』
- 8.第8話:『雨音のシンコペーションと、紫陽花の告白』
- 9.第9話:『放課後のサイダーと、透明な独白』
- 10.第10話:『向日葵の予感と、止まらない砂時計』
- 11.第11話:『陽炎のラプソディと、秘密の約束』
- 12.第12話:『星空の境界線と、五色の火花』
- 13.第13話:『九月のチャイムと、図書室の領分』
- 14.第14話:『十月の風と、夕暮れの帰り道』
- 15.第15話:『十一月の雨と、温かな缶コーヒー』