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公安対魔特異0課:佐藤匠人の静止する日常

#10

第10話:硝煙の初恋、あるいは「教育者」の静寂

夜の学校は、昼間の喧騒が嘘のように静まり返っていた。
降りしきる雨は、コンクリートの校舎を黒く濡らし、大気の震えは間近に迫る「台風の悪魔」の胎動を予感させている。
そんな中、誰もいないプールサイドには、二人の影があった。
デンジと、レゼ。
「……ねえ、デンジくん。学校、楽しい?」
「……ああ。佐藤にボコボコにされる修行は最悪だけどよ。……あんたとこうしてるのは、悪くねえ」
二人は服のままプールに飛び込み、塩素の匂いが混じった水の中で、不器用な逢瀬を楽しんでいた。
だが、その光景を「無」の境地で見つめる存在が、すぐ近くにいた。
■ 1メートル隣の死神
佐藤匠人は、プールの飛び込み台の上に、音もなく座っていた。
本来なら、警備員や監視カメラに即座に見つかるはずだが、彼の周囲の光は『ワールド・エンド』の微細な操作によって屈曲され、彼は「存在しているが視えない」不可知の領域にいた。
「……心拍数、120。呼吸の乱れ、微小。……レゼ、お前の演技力はソ連の教育の賜物か、それとも一部は本心か」
匠人は、手に持った文庫本を捲ることなく、二人のやり取りを克明に記録していた。
彼の「全知全能の眼」は、水中でデンジの手を握るレゼの指先が、わずかに震えていることを捉えている。それは恐怖ではなく、これから「獲物」を屠る前の、冷徹な高揚感だ。
匠人の背後には、黄金の守護神『クロノス・アンリミテッド』が、雨粒ひとつ通さない絶対的な静寂のオーラを纏って佇んでいる。
(……デンジ。お前が俺の修行で得たものは、単なる暴力の技術ではない。『無駄を削ぎ落とす』ということは、迷いを捨てるということだ。……さあ、選べ。愛に溺れて死ぬか、絶望を食らって立ち上がるか)
匠人はあえて助け舟を出さない。
このプールという箱庭は、彼が用意した「卒業試験」の会場なのだ。
■ 舌を噛み切る音:静止した悲劇
「デンジくん……私と一緒に、どこか遠くへ逃げない?」
レゼの甘い誘惑。デンジの心が揺れ、彼が「いいよ」と答えようとした、その瞬間だった。
レゼがデンジに顔を寄せ、唇を重ねる。
本来なら、初恋が成就する最高に美しい名シーン。
だが、匠人の耳には「肉が断たれる音」が鮮明に聞こえた。
「……ぐっ!? あ……あぁ……!」
デンジが激痛に顔を歪め、海へと続くプールの中で悶絶する。
レゼは、デンジの舌を噛み切り、その口内にあった「スターターの紐」を奪い取ろうとしたのだ。
血が水中に広がり、夜のプールが不吉な深紅色に染まっていく。
「……ごめんね、デンジくん。私、あなたの心臓を貰いに来たの」
レゼの瞳から「少女」の光が消え、冷徹な「爆弾」の光が宿る。
彼女はデンジを水底へと沈め、無慈悲に追い打ちをかけようとした。
その時だ。
匠人は、飛び込み台から一歩、空中に足を踏み出した。
「……そこまでだ」
匠人の声は、激しい雨音を切り裂き、二人の耳に直接届いた。
時は止まっていない。だが、匠人が発する圧倒的な「質量」が、その場の空気を物理的に押し潰した。
「……さ、佐藤……さん……? なんで、ここに……」
血を吐きながら、水中から這い上がろうとするデンジ。
レゼは、驚愕に目を見開いて上空を見上げた。
「……透明化して、ずっと見ていたの? 悪趣味な先生だね」
「……趣味ではない。教育だ」
匠人は、重力を無視して空中に立ったまま、レゼを冷たく見下ろした。
「レゼ。お前の『爆破』の予備動作、すべて視えているぞ。……お前が起爆用のピンを抜く前に、俺はお前の神経系を100万回殴り抜けることができる。……だが、今はしない」
匠人は視線を、ボロボロになったデンジへと移した。
「デンジ。……お前、俺との修行で何を学んだ? 『無駄な情けは自分を殺す』と言ったはずだ。……舌を噛み切られて、心まで折られたか?」
「……う、うるせえ……。まだ、俺は……」
「0点だ。……今のままなら、お前はここで死ぬ。……俺が助けてやるのは簡単だ。指を鳴らせば、この女は粉塵になる。だが、それではお前は一生、誰かの『飼い犬』のままだ」
匠人は、懐から小さなメダルを取り出すと、それをデンジの足元に投げ捨てた。
それは、公安0課の「合格証」ではなく、ただの鉄屑だった。
「……この女を、自分の力で黙らせてみろ。……それができなければ、俺はお前を見捨てる」
■ 嵐の到来:台風の悪魔
その直後、空が割れるような雷鳴と共に、巨大な渦巻く影が学校の校舎を包み込んだ。
「台風の悪魔」。レゼの協力者であり、ソ連の差し金。
巨大な風圧がプールを襲い、水柱が何メートルも吹き上がる。
「ギギギ……! 全てを……飲み込んでやる……!」
台風の悪魔がその醜悪な姿を現し、学校全体を破壊し尽くそうとしたその時、匠人がわずかに眉をひそめた。
「……騒々しい。俺は今、生徒と話をしているんだ」
匠人は、台風の悪魔に向かって右手を軽くかざした。
『ワールド・エンド』。
一瞬だけ、時が止まる。
匠人は、止まった時間の中で、台風の悪魔の「核」に向かって、指先を弾いた。
『黄金の回転』。
無限の回転エネルギーを込めた、極小の衝撃波。
時は動き出す。
「……え?」
台風の悪魔は、自分が何をされたのかすら理解できなかった。
巨大な嵐の中心に、針の穴ほどの小さな「孔」が開き、そこから台風の身体が内側へと捻じ曲がっていく。
だが、匠人はあえて「消滅」はさせなかった。
「……お前は、デンジの『背景』として役に立ってもらう。……死なない程度に、そこで荒れ狂っていろ」
匠人は、台風の威力を強制的に「制御」し、学校の建物だけを破壊しないよう、周囲の物理定数を書き換えた。
プールサイドは、今や「嵐」と「爆弾」と「チェンソー」、そしてそれらすべてを管理する「神」のような男が同居する、異常な戦場と化していた。
■ 爆弾の開花
レゼは、匠人のデタラメな力に戦慄しながらも、自らの首にあるピンを引き抜いた。
「……わかったよ、先生。……だったら、あなたの自慢の生徒を、私の爆炎で黒焦げにしてあげる!」
ドォォォォォォン!!!
レゼの頭部が爆破され、彼女は「爆弾の悪魔」へと変身を遂げる。
炎を纏った漆黒の肢体。洗練された破壊のフォルム。
彼女は爆風を推進力に変え、弾丸のような速度でデンジへと突進した。
「……さあ、試験再開だ」
匠人は再び、飛び込み台の上で足を組み、静かに腰を下ろした。
彼の周囲だけは、雨の一滴すら落ちてこない。
眼下で繰り広げられる、血を吐く少年と、爆炎を吐く少女の死闘。
「……デンジ。修行で教えた『最小の動き』で、彼女の爆発を躱してみせろ。……一度でも直撃すれば、お前の負けだ」
匠人の冷徹な実況が、嵐の中に響き渡る。
デンジの絶望的な、しかし輝かしい「実戦」が、今、幕を開けた。

2026/03/03 19:05

taku203503
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