文字サイズ変更

公安対魔特異0課:佐藤匠人の静止する日常

#9

第9話:硝煙と恋、あるいは「見守る」という暴力

銃の悪魔の分身を新幹線の屋根ごと次元の彼方へ消し飛ばしたあの日から、佐藤匠人の日常は、奇妙なほど穏やかなものへと戻っていた。
公安対魔特異4課の面々は、その圧倒的な力に畏怖しつつも、どこか「佐藤がいれば死なない」という根拠のない安心感に浸り始めていた。早川アキは、復讐相手である銃の悪魔が、匠人という一人の人間に「怯えている」という事実を反芻し、自身の出すべき結論を迷っていた。
当の匠人はといえば、以前と変わらず特異0課の執務室で、温度の冷めたコーヒーを啜りながら哲学書を捲る日々を送っていた。
だが、運命はデンジという少年を放っておかない。ある雨の日、デンジは一人の少女に出会った。
電話ボックスで雨宿りをする、紫色の髪をした美少女、レゼ。
彼女との出会いは、デンジにとって「ゲロの味」や「不器用な修行」の記憶をすべて塗りつぶすほどに鮮烈で、甘く、破滅的な誘惑に満ちていた。
■ 全知全能の傍観者
「……佐藤、お前、聞いてるかよ! 俺、ついに運命の女に出会っちまったんだ!」
数日後の公安鍛錬場。デンジは修行の合間に、鼻息を荒くして匠人に報告していた。
第7話での「地獄の教育」を経て、デンジの身体能力と反射神経は、常人の域を遥かに超えていた。チェンソーを出すまでもなく、匠人の放つ「軽い」ジャブを数回に一度は避けられるようになっている。
隣ではパワーが「ワシにも美味いものを献上する女なら認めてやる! だが、佐藤より強い女などおらぬぞ!」と相変わらずの調子で叫んでいる。
匠人は、デンジのスターターに手をかけようとする彼の動きを、指一本で——正確には、空気を数ミリ固定して物理的に——制しながら答えた。
「運命の女、か。……デンジ、お前は以前『普通の生活』がしたいと言っていたな。その望みは、今も変わらないのか?」
「当たり前だろ! レゼちゃんと一緒に学校行って、勉強して、アイス食って……それが俺のゴールなんだよ! 佐藤、お前だってそういうの、あったんだろ?」
匠人は、自身の全知全能の眼を無意識に発動させていた。
彼の視界には、デンジと笑い合うレゼの姿——そして、その肌の下に隠された、ソ連の冷徹な暗殺者としての「爆弾」の心臓が、鼓動と共に鮮明に視えていた。
(……爆弾の悪魔。ソ連が育て上げた、死を恐れぬ『モルモット』の一人か)
匠人の理性が告げる。今すぐ『ワールド・エンド』で時を止め、彼女の首を撥ね、次元の隙間に放り込めば、デンジが傷つくことも、公安に被害が出ることもない。それが「効率的」な唯一の正解だ。
しかし、匠人はその拳を握りしめることはなかった。
「……いいだろう。その『恋』とやらを、最後まで全うしてみろ」
「お! 認めてくれるのか、佐藤! さすが話がわかるじゃねえか!」
「ただし、条件がある。……修行の成果を忘れるな。もしお前が、その女を守りきれないほど無様に負けるようなら、俺がその場で二人とも粉砕する。……これは、俺が課す『卒業試験』だ」
匠人の言葉は冷たかったが、そこにはデンジへの奇妙な信頼が含まれていた。
彼は見たいのだ。自分が「暴力の教育」を施したデンジが、最強の暗殺者相手に、どれだけ「人間」として抗い、そして「男」として愛を貫けるのかを。
■ カフェ「二道(ふたみち)」での対峙
ある日の午後。匠人は一人で、レゼが働くカフェ「二道(ふたみち)」を訪れた。
カランカラン、と古びたドアベルが鳴り、エプロン姿のレゼが満面の笑みで駆け寄ってくる。
「いらっしゃいませ! ……あら、あなたはデンジくんのお友達?」
レゼの瞳に、一瞬だけ鋭い「計算」が走ったのを、匠人は見逃さなかった。
彼女ほどのプロであれば、目の前の青年が放つ「存在の重圧」に気づかないはずがない。佐藤匠人がそこに座っているだけで、カフェの空気の分子が震え、時空が歪んでいるかのような錯覚を覚えるはずだ。周囲の客は気づかないが、彼女のような「戦闘生物」にとって、匠人は核爆弾が人の形をして座っているように見える。
「……ブラックを一杯。砂糖もミルクもいらない。俺は『混ざり物』が嫌いだ」
匠人はカウンターの端に座り、レゼを真っ向から見据えた。
レゼは怯むことなく、器用にコーヒーを淹れながら、わざとらしく明るいトーンで会話を続ける。
「混ざり物が嫌いなんて、ストイックな人。デンジくんから聞いてるよ、すごく強い『先生』がいるって。……あなたが、佐藤さん?」
「……そうだ。デンジは馬鹿だが、素直だ。そして、一度信じたものは最後まで信じ抜く愚かさを持っている。お前が投げた言葉のひとつひとつが、あいつの血肉になっている」
匠人は、供されたコーヒーを一口啜り、その苦味に眉を寄せることもなく言葉を継いだ。
「レゼ。……お前が何を狙い、誰の命令でここにいるのかは問わない。だが、一つだけ忠告しておく」
匠人は、カップをソーサーに置いた。
その瞬間、レゼの視界から「佐藤匠人」という存在が消えた——。
否、彼女の時間が、コンマ数秒だけ「停止」させられたのだ。
次に彼女が意識を取り戻したとき、匠人の顔は彼女の鼻先、わずか数センチの距離にあった。
「……俺の『修行』を無駄にするな。デンジを殺すなら、彼が最高の輝きを見せた瞬間にしろ。さもなければ、お前が爆発する前に、俺がお前の存在を『無かったこと』にする。お前の故郷ごと、な」
匠人の声は、爆弾の導火線よりも鋭く、冷たく、そして重い。
レゼの背筋に、生まれて初めての「本能的な恐怖」が走る。
彼女は数多の修羅場を潜り抜けてきたが、目の前の男は、銃も刃も、悪魔の力すら超越した「世界の法則そのもの」に見えた。
「……ふふっ。怖い先生だね。……でも、私も簡単には諦めないよ? 私も、やらなきゃいけないことがあるから」
レゼは、頬を微かに赤らめながらも、挑発的に微笑み返した。
彼女もまた、最強の誇りを持つ戦士なのだ。
■ 嵐の前夜:見守る者の孤独
カフェを出た匠人は、夕暮れの街を歩いていた。
マキマからの通信が入る。
「佐藤くん。あの少女の正体、もう気づいているわね?」
「……ああ。ソ連の刺客だ。今すぐ消してもいいが、今回は泳がせる。デンジには、本当の絶望と、それを乗り越えるための『実戦』が必要だ。俺が教えた『無駄のない動き』が、本物の殺意の中でどれだけ通用するか……特等席で見物させてもらう」
「相変わらず、厳しい先生ね。……でも、彼女が暴れ出せば、街は火の海になるわよ? それでもいいの?」
匠人は、足を止めた。
彼の背後に、黄金の守護神『クロノス・アンリミテッド』が影となって伸びる。その圧倒的な質量感に、通行人たちは無意識に道を譲る。
「問題ない。被害が出れば、俺がすべてクレイジー・ダイヤモンドで戻す。瓦礫の一片、傷ついた人間の細胞一つまで、爆発前まで『修復』すればいい。時間は、俺の指先一つで巻き戻せる。……今はただ、あのバカの初恋を、その終わりまで見守ってやるだけだ」
匠人の視線の先。
夕闇の公園で、レゼと楽しそうに笑いながら、下手くそな漢字を教えてもらっているデンジの姿があった。
これから始まるのが、血と爆炎の惨劇であることを、デンジだけが知らない。
匠人は、懐から一枚の十円硬貨を取り出し、高く放り投げた。
硬貨が空中でキラリと光り、匠人の手の中に正確に収まる。
「……デンジ。修行の成果、見せてみろよ。……お前が愛したものが爆弾だったとしても、それを拳一つで黙らせるのが、俺の教えだ。……泣いても、助けてやらないからな」
最強の男、佐藤匠人が仕掛けた、残酷で愛のある「試験」。
レゼという名の爆弾に火がつくまで、あと、わずか数日。
空からは、嵐の予感を感じさせる冷たい雨が、再び降り始めていた。

2026/03/03 18:59

taku203503
ID:≫ 17/UklnAAecq6
コメント

通報フォーム

お名前
(任意)
Mailアドレス
(任意)

※入力した場合は確認メールが自動返信されます
違反の種類 ※必須 ※ご自分の小説の削除依頼はできません。
違反内容、削除を依頼したい理由など※必須

盗作されたと思われる作品のタイトル

どういった部分が元作品と類似しているかを具体的に記入して下さい。

※できるだけ具体的に記入してください。

《記入例》
・3ページ目の『~~』という箇所に、禁止されているグロ描写が含まれていました
・「〇〇」という作品の盗作と思われます。登場人物の名前を変えているだけで●●というストーリーや××という設定が同じ
…等

備考欄
※伝言などありましたらこちらへ記入
メールフォーム規約」に同意して送信しますか?※必須
タイトル
URL

この小説の著作権はtaku203503さんに帰属します

TOP