[明朝体]2025年6月、修学旅行の最終日。京都を去る直前の、揺れる5人の心情を描きます。[/明朝体]
修学旅行最終日。中3の4人は、京都駅へ向かう前の最後の見学地である東寺にいました。
五重塔が青空にそびえ立つ下で、昨日の渡月橋での出来事が、4人の間に見えない波紋を広げていました。
「……あ、あの、匠人くん」
蔵持杏は、昨夜の約束を思い出し、匠人とまともに目を合わせられずにいました。隣を歩く佐藤匠人も、どこか落ち着かない様子で後頭部をかいています。
そんな二人を、荒川心春はいつもの明るさで茶化すこともできず、少し心配そうに見守っていました。なぜなら、親友である森田千春の様子が、朝から明らかにおかしかったからです。
「千春、忘れ物はない? 新幹線、乗り遅れたら大変だよ」
「……ええ、大丈夫。全部、鞄にしまったから」
千春は努めて冷静に答えましたが、その視線は匠人と杏が歩く背中に固定されていました。昨日、渡月橋で二人が交わした「未来の約束」。千春はそれを、偶然にも聞いてしまっていたのです。
(私は、二人の幸せを願う親友でいなきゃいけないのに……)
千春の手が、握りしめたガイドブックを白く染めます。2025年のこの旅で、千春は自分の「諦め」の悪さを突きつけられていました。
その頃、栃木の教室。
森田詩織は、授業中にふと窓の外を眺めていました。
「……もうすぐ、帰ってくる」
机の中には、匠人からもらった「アイス奢るよ」という約束の言葉が、お守りのように大切にしまわれていました。でも、詩織は知っています。中3の先輩たちが修学旅行から帰ってきた時、何かが決定的に変わっているかもしれないことを。
京都駅のホーム。
「……匠人くん」
新幹線を待つ列の中で、杏が匠人の袖を小さく引きました。
「昨日のこと、……私、ずっと忘れないよ」
「杏……。ああ、俺もだ。絶対、守るから」
二人の会話を背中で聞きながら、千春はそっとヘッドフォンを耳に当てました。流れてくる音楽が、二人の甘い空気を遮断してくれることを願いながら。
「……さよなら、京都」
千春が小さく呟いた言葉は、到着した新幹線の轟音にかき消されました。
2025年6月、夕暮れ。
新幹線が栃木の駅に滑り込んだとき、出迎えた詩織が見たのは、少しだけ大人びた顔をした匠人と、その隣で幸せそうに笑う杏、そして、今まで見たこともないような複雑な表情で微笑む姉の姿でした。
5人の「これから」が、再び同じ街で動き出そうとしていました。
修学旅行最終日。中3の4人は、京都駅へ向かう前の最後の見学地である東寺にいました。
五重塔が青空にそびえ立つ下で、昨日の渡月橋での出来事が、4人の間に見えない波紋を広げていました。
「……あ、あの、匠人くん」
蔵持杏は、昨夜の約束を思い出し、匠人とまともに目を合わせられずにいました。隣を歩く佐藤匠人も、どこか落ち着かない様子で後頭部をかいています。
そんな二人を、荒川心春はいつもの明るさで茶化すこともできず、少し心配そうに見守っていました。なぜなら、親友である森田千春の様子が、朝から明らかにおかしかったからです。
「千春、忘れ物はない? 新幹線、乗り遅れたら大変だよ」
「……ええ、大丈夫。全部、鞄にしまったから」
千春は努めて冷静に答えましたが、その視線は匠人と杏が歩く背中に固定されていました。昨日、渡月橋で二人が交わした「未来の約束」。千春はそれを、偶然にも聞いてしまっていたのです。
(私は、二人の幸せを願う親友でいなきゃいけないのに……)
千春の手が、握りしめたガイドブックを白く染めます。2025年のこの旅で、千春は自分の「諦め」の悪さを突きつけられていました。
その頃、栃木の教室。
森田詩織は、授業中にふと窓の外を眺めていました。
「……もうすぐ、帰ってくる」
机の中には、匠人からもらった「アイス奢るよ」という約束の言葉が、お守りのように大切にしまわれていました。でも、詩織は知っています。中3の先輩たちが修学旅行から帰ってきた時、何かが決定的に変わっているかもしれないことを。
京都駅のホーム。
「……匠人くん」
新幹線を待つ列の中で、杏が匠人の袖を小さく引きました。
「昨日のこと、……私、ずっと忘れないよ」
「杏……。ああ、俺もだ。絶対、守るから」
二人の会話を背中で聞きながら、千春はそっとヘッドフォンを耳に当てました。流れてくる音楽が、二人の甘い空気を遮断してくれることを願いながら。
「……さよなら、京都」
千春が小さく呟いた言葉は、到着した新幹線の轟音にかき消されました。
2025年6月、夕暮れ。
新幹線が栃木の駅に滑り込んだとき、出迎えた詩織が見たのは、少しだけ大人びた顔をした匠人と、その隣で幸せそうに笑う杏、そして、今まで見たこともないような複雑な表情で微笑む姉の姿でした。
5人の「これから」が、再び同じ街で動き出そうとしていました。
- 1.第1話サクラ・グラデーション
- 2.第2話:『放課後の図書室、揺れるカーテン』
- 3.第3話:『五月の雨と、重なる影』
- 4.第4話:『紫陽花の誓いと、渡せなかったお守り』
- 5.第5話:『渡月橋の約束と、夕暮れに溶ける恋心』
- 6.第6話:『五重塔の鐘と、忘れ物の恋わずらい』
- 7.第7話:『それぞれの景色』
- 8.第8話:『雨音のシンコペーションと、紫陽花の告白』
- 9.第9話:『放課後のサイダーと、透明な独白』
- 10.第10話:『向日葵の予感と、止まらない砂時計』
- 11.第11話:『陽炎のラプソディと、秘密の約束』
- 12.第12話:『星空の境界線と、五色の火花』
- 13.第13話:『九月のチャイムと、図書室の領分』
- 14.第14話:『十月の風と、夕暮れの帰り道』
- 15.第15話:『十一月の雨と、温かな缶コーヒー』