ミッドウェーの海に、時代の歪みが結集していた。
炎上する一航戦の向こう側から、鏡のような海を割り、一隻の巨大な「城」が姿を現した。戦艦「大和」。その46センチ主砲は、1942年において人類が到達した破壊の極致であった。
対するは、2026年から来た護衛艦「はぐろ」。
スマートな艦体に最新鋭のレーダーを装備し、目に見えないミサイルの盾を纏った「未来の城」だ。
「艦長、『大和』より発光信号……『貴艦ノ所属、及ビ意図ヲ問ウ。速ヤカニ回答セヨ。然ラズンバ、射撃ヲ開始ス』……!」
「はぐろ」の艦橋に緊張が走る。
匠人三等海佐は、モニターに映し出された「大和」の勇姿を、畏怖の念を込めて見つめた。教科書や写真でしか知らなかった、かつての日本の誇り。
「……彼らにとって、我々は得体の知れない怪物だ。ここで撃ち合えば、我々は勝てる。だが、それは同胞殺しに他ならない」
匠人は決断した。
「……内火艇を用意しろ。私一人で『大和』に乗り込む。……通信士、返信だ。『我、日本国海上自衛隊、匠人三等海佐。連合艦隊司令長官、山本五十六大将に拝謁を請う』と」
[大文字]「大和」第一艦橋:神域の沈黙[/大文字]
重厚な鉄の扉が開き、匠人は「大和」の艦橋へと足を踏み入れた。
そこには、2026年の清潔な「はぐろ」とは対照的な、油と鉄と、張り詰めた精神の匂いが充満していた。
白い夏服に身を包んだ士官たちが、異質な戦闘服を纏った匠人を、敵意と好奇の入り混じった目で見つめる。その中央に、小柄ながらも計り知れない威圧感を放つ男が立っていた。
連合艦隊司令長官、山本五十六大将。
「……海上自衛隊、三等海佐、匠人です」
匠人は直立不動で、現代の敬礼を捧げた。
山本は、無表情に匠人を凝視した。その瞳は、すべてを見透かすかのように深く、鋭い。
「……自衛隊、か。聞いたことのない名だ。貴殿の艦……あの灰色の『はぐろ』と称する船、そして空を飛ぶ黒い鳥(F-35B)……あれは、我が国の新兵器か?」
「いえ、長官。……私たちは、84年後の日本から参りました」
艦橋に失笑と、どよめきが起きた。「狂人の戯言だ」という罵声が飛ぶ。
しかし、山本は右手を挙げてそれを制した。
「……84年後、か。ならば問おう。……この戦、ミッドウェーの結末はどうなる。日本は、勝つのか?」
匠人の喉が渇いた。歴史の真実を告げることが、この世界の未来をどう変えてしまうのか。しかし、目の前の男の真摯な眼差しに、嘘はつけなかった。
「……ミッドウェーにおいて、日本海軍は主力空母四隻を喪失し、大敗します。そして……その3年後、日本は焦土と化し、敗北します」
激昂した参謀たちが匠人に掴みかかろうとした。だが、山本の声がそれを突き放した。
「……黙れッ!」
山本は一歩、匠人に歩み寄った。
「……敗北ののち、日本はどうなった。滅んだのか?」
「いいえ」
匠人は、胸を張って答えた。
「日本は立ち直りました。豊かで、平和で、誰もが飢えることのない国になりました。……私たちが乗っているあの艦は、その平和な日本を守るための『盾』なのです。……長官、もう戦う必要はありません。これ以上の犠牲は、未来の日本にとって耐え難い損失です」
山本の瞳が、微かに揺れた。
彼は「大和」の窓の外、燃え上がる「赤城」と、その傍らで沈黙を守る「はぐろ」を見つめた。
「……平和な、日本か」
山本がそう呟いた瞬間、空を切り裂く轟音が響いた。
米軍の爆撃機編隊ではない。「いずも」から緊急発進したF-35Bが、超音速で「大和」の上空を通過したのだ。
「報告! 『いずも』より緊急入電! 米機動部隊、第17任務部隊が、本艦隊に向け総攻撃を開始! 敵艦爆、多数接近中!」
「……長官、お分かりいただけますか」
匠人は、山本の目を真っ向から見据えた。
「私たちは、歴史を壊すために来たのではありません。歴史を超えるために来たのです。……私に、あの一群を退ける許可をください。誰も殺さず、この戦いを終わらせる許可を!」
山本五十六は、ゆっくりと目を閉じ、そして開いた。
「……全艦、射撃中止。……匠人少佐、貴殿の言う『未来の力』、見せてもらおうか」
歴史が、音を立てて逆流し始めた。
炎上する一航戦の向こう側から、鏡のような海を割り、一隻の巨大な「城」が姿を現した。戦艦「大和」。その46センチ主砲は、1942年において人類が到達した破壊の極致であった。
対するは、2026年から来た護衛艦「はぐろ」。
スマートな艦体に最新鋭のレーダーを装備し、目に見えないミサイルの盾を纏った「未来の城」だ。
「艦長、『大和』より発光信号……『貴艦ノ所属、及ビ意図ヲ問ウ。速ヤカニ回答セヨ。然ラズンバ、射撃ヲ開始ス』……!」
「はぐろ」の艦橋に緊張が走る。
匠人三等海佐は、モニターに映し出された「大和」の勇姿を、畏怖の念を込めて見つめた。教科書や写真でしか知らなかった、かつての日本の誇り。
「……彼らにとって、我々は得体の知れない怪物だ。ここで撃ち合えば、我々は勝てる。だが、それは同胞殺しに他ならない」
匠人は決断した。
「……内火艇を用意しろ。私一人で『大和』に乗り込む。……通信士、返信だ。『我、日本国海上自衛隊、匠人三等海佐。連合艦隊司令長官、山本五十六大将に拝謁を請う』と」
[大文字]「大和」第一艦橋:神域の沈黙[/大文字]
重厚な鉄の扉が開き、匠人は「大和」の艦橋へと足を踏み入れた。
そこには、2026年の清潔な「はぐろ」とは対照的な、油と鉄と、張り詰めた精神の匂いが充満していた。
白い夏服に身を包んだ士官たちが、異質な戦闘服を纏った匠人を、敵意と好奇の入り混じった目で見つめる。その中央に、小柄ながらも計り知れない威圧感を放つ男が立っていた。
連合艦隊司令長官、山本五十六大将。
「……海上自衛隊、三等海佐、匠人です」
匠人は直立不動で、現代の敬礼を捧げた。
山本は、無表情に匠人を凝視した。その瞳は、すべてを見透かすかのように深く、鋭い。
「……自衛隊、か。聞いたことのない名だ。貴殿の艦……あの灰色の『はぐろ』と称する船、そして空を飛ぶ黒い鳥(F-35B)……あれは、我が国の新兵器か?」
「いえ、長官。……私たちは、84年後の日本から参りました」
艦橋に失笑と、どよめきが起きた。「狂人の戯言だ」という罵声が飛ぶ。
しかし、山本は右手を挙げてそれを制した。
「……84年後、か。ならば問おう。……この戦、ミッドウェーの結末はどうなる。日本は、勝つのか?」
匠人の喉が渇いた。歴史の真実を告げることが、この世界の未来をどう変えてしまうのか。しかし、目の前の男の真摯な眼差しに、嘘はつけなかった。
「……ミッドウェーにおいて、日本海軍は主力空母四隻を喪失し、大敗します。そして……その3年後、日本は焦土と化し、敗北します」
激昂した参謀たちが匠人に掴みかかろうとした。だが、山本の声がそれを突き放した。
「……黙れッ!」
山本は一歩、匠人に歩み寄った。
「……敗北ののち、日本はどうなった。滅んだのか?」
「いいえ」
匠人は、胸を張って答えた。
「日本は立ち直りました。豊かで、平和で、誰もが飢えることのない国になりました。……私たちが乗っているあの艦は、その平和な日本を守るための『盾』なのです。……長官、もう戦う必要はありません。これ以上の犠牲は、未来の日本にとって耐え難い損失です」
山本の瞳が、微かに揺れた。
彼は「大和」の窓の外、燃え上がる「赤城」と、その傍らで沈黙を守る「はぐろ」を見つめた。
「……平和な、日本か」
山本がそう呟いた瞬間、空を切り裂く轟音が響いた。
米軍の爆撃機編隊ではない。「いずも」から緊急発進したF-35Bが、超音速で「大和」の上空を通過したのだ。
「報告! 『いずも』より緊急入電! 米機動部隊、第17任務部隊が、本艦隊に向け総攻撃を開始! 敵艦爆、多数接近中!」
「……長官、お分かりいただけますか」
匠人は、山本の目を真っ向から見据えた。
「私たちは、歴史を壊すために来たのではありません。歴史を超えるために来たのです。……私に、あの一群を退ける許可をください。誰も殺さず、この戦いを終わらせる許可を!」
山本五十六は、ゆっくりと目を閉じ、そして開いた。
「……全艦、射撃中止。……匠人少佐、貴殿の言う『未来の力』、見せてもらおうか」
歴史が、音を立てて逆流し始めた。
- 1.第1話:群青の予兆
- 2.第2話:鋼鉄の洗礼
- 3.第3話:邂逅、そして混迷
- 4.第4話:深海の静かなる狩人
- 5.第5話:集結、そして決断
- 6.第6話:巨艦、対峙
- 7.第7話:ミッドウェー・フリーズ
- 8.第8話:鋼鉄のカーテン・2026
- 9.第9話:鋼鉄の苗床
- 10.第10話:蒼焔の翼、本土防衛
- 11.第11話:降臨、大いなる列島
- 12.第12話:孤立する「自由の砦」
- 13.第13話:蒼穹の騎士道
- 14.第14話:ワシントンの邂逅
- 15.第15話:巨神降臨、ハワイ沖
- 16.第16話:鋼鉄の怒涛、ノルマンディー
- 17.第17話:黒十字の幻影と「陸の王者」
- 18.第18話:狂気の終焉、ベルリンの落日
- 19.最終話:鋼鉄の黎明
- 20.番外編:鋼鉄の福音 ―植民地主義の終焉―