[明朝体]2025年も6月に入り、梅雨の湿っぽさを吹き飛ばすように、学校内は修学旅行前夜の独特な高揚感に包まれていました。[/明朝体]
「明日から京都かぁ。なんか実感がわかないね」
蔵持杏は、図書室の窓から見える濡れた紫陽花を見つめて、ぽつりと呟きました。
「杏、忘れ物すんなよ? 新幹線のチケットとか、しおりとか」
隣で荷物リストをチェックしていた佐藤匠人が笑いかけます。
「大丈夫だよ、匠人くん。……でも、少し緊張しちゃうな」
そんな二人の様子を、森田千春は少し離れた場所で、妹の詩織と一緒に見ていました。中3の4人は明日から二泊三日の修学旅行。中2の詩織だけが学校に残ります。
「匠人先輩、これ……」
詩織が意を決して、匠人のもとへ歩み寄りました。彼女の手には、手作り風の小さな青いお守り袋が握られていました。
「ん? なんだ、詩織」
「……あ、あの! 修学旅行、楽しんできてください。これは、その、道中安全の……」
詩織が差し出そうとした瞬間、横から荒川心春がひょいと顔を出しました。
「おっ、詩織ちゃんから匠人にお守り? 粋だねぇ! 匠人、失くしたら承知しないよ?」
「わ、分かってるよ! ありがとな、詩織。大事にリュックにつけるよ」
匠人の屈託のない笑顔。詩織は本当は「私を忘れないで」と言いたかったけれど、言葉にできたのは「はい、気をつけて」という一言だけでした。
一方、その光景を黙って見ていた千春の胸には、複雑な感情が渦巻いていました。
(私は、お守りすら用意できなかった……)
親友の杏と、妹の詩織。大切な二人が同じ人を想っている。そして自分も。
放課後、図書室からの帰り道。
千春と杏は、一つの傘に入って駅まで歩いていました。
「……杏、楽しみだね。明日」
「うん。でもね、千春ちゃん。私、今回の旅行で匠人くんに……自分の気持ち、ちゃんと伝えようと思ってるの」
雨音にかき消されそうなほど小さな声。けれど、千春の耳にははっきりと届きました。
「……そう。杏なら、大丈夫だよ」
千春は精一杯の笑顔を作りました。2025年の梅雨空の下、親友の決意を聞いた千春の心には、冷たい雨が降り注いでいるようでした。
同じ頃、校舎の窓から雨を見つめていた詩織は、赤いリボンをぎゅっと握りしめていました。
「先輩たちが行っちゃったら、学校、静かになっちゃうな……」
明日から始まる京都への旅。
紺色のリボンをつけた4人の関係は、古都の街並みの中で大きな転換点を迎えようとしていました。
「明日から京都かぁ。なんか実感がわかないね」
蔵持杏は、図書室の窓から見える濡れた紫陽花を見つめて、ぽつりと呟きました。
「杏、忘れ物すんなよ? 新幹線のチケットとか、しおりとか」
隣で荷物リストをチェックしていた佐藤匠人が笑いかけます。
「大丈夫だよ、匠人くん。……でも、少し緊張しちゃうな」
そんな二人の様子を、森田千春は少し離れた場所で、妹の詩織と一緒に見ていました。中3の4人は明日から二泊三日の修学旅行。中2の詩織だけが学校に残ります。
「匠人先輩、これ……」
詩織が意を決して、匠人のもとへ歩み寄りました。彼女の手には、手作り風の小さな青いお守り袋が握られていました。
「ん? なんだ、詩織」
「……あ、あの! 修学旅行、楽しんできてください。これは、その、道中安全の……」
詩織が差し出そうとした瞬間、横から荒川心春がひょいと顔を出しました。
「おっ、詩織ちゃんから匠人にお守り? 粋だねぇ! 匠人、失くしたら承知しないよ?」
「わ、分かってるよ! ありがとな、詩織。大事にリュックにつけるよ」
匠人の屈託のない笑顔。詩織は本当は「私を忘れないで」と言いたかったけれど、言葉にできたのは「はい、気をつけて」という一言だけでした。
一方、その光景を黙って見ていた千春の胸には、複雑な感情が渦巻いていました。
(私は、お守りすら用意できなかった……)
親友の杏と、妹の詩織。大切な二人が同じ人を想っている。そして自分も。
放課後、図書室からの帰り道。
千春と杏は、一つの傘に入って駅まで歩いていました。
「……杏、楽しみだね。明日」
「うん。でもね、千春ちゃん。私、今回の旅行で匠人くんに……自分の気持ち、ちゃんと伝えようと思ってるの」
雨音にかき消されそうなほど小さな声。けれど、千春の耳にははっきりと届きました。
「……そう。杏なら、大丈夫だよ」
千春は精一杯の笑顔を作りました。2025年の梅雨空の下、親友の決意を聞いた千春の心には、冷たい雨が降り注いでいるようでした。
同じ頃、校舎の窓から雨を見つめていた詩織は、赤いリボンをぎゅっと握りしめていました。
「先輩たちが行っちゃったら、学校、静かになっちゃうな……」
明日から始まる京都への旅。
紺色のリボンをつけた4人の関係は、古都の街並みの中で大きな転換点を迎えようとしていました。
- 1.第1話サクラ・グラデーション
- 2.第2話:『放課後の図書室、揺れるカーテン』
- 3.第3話:『五月の雨と、重なる影』
- 4.第4話:『紫陽花の誓いと、渡せなかったお守り』
- 5.第5話:『渡月橋の約束と、夕暮れに溶ける恋心』
- 6.第6話:『五重塔の鐘と、忘れ物の恋わずらい』
- 7.第7話:『それぞれの景色』
- 8.第8話:『雨音のシンコペーションと、紫陽花の告白』
- 9.第9話:『放課後のサイダーと、透明な独白』
- 10.第10話:『向日葵の予感と、止まらない砂時計』
- 11.第11話:『陽炎のラプソディと、秘密の約束』
- 12.第12話:『星空の境界線と、五色の火花』
- 13.第13話:『九月のチャイムと、図書室の領分』
- 14.第14話:『十月の風と、夕暮れの帰り道』
- 15.第15話:『十一月の雨と、温かな缶コーヒー』