[明朝体]中学3年生の匠人、杏、心春、千春と、中学2年生の詩織。2025年の春、それぞれの想いが交錯する第3話です[/明朝体]
2025年、5月の大型連休が明けた頃。学校内は中間テストの足音と、間近に迫った修学旅行の話題で持ちきりでした。
「ねえ、杏。修学旅行の班決め、もう決まった?」
昼休み、荒川心春が蔵持杏の席に身を乗り出しました。
「ううん、まだ。でも、心春と千春とは一緒になりたいなって思ってるよ」
杏が優しく微笑むと、隣の席で読書をしていた森田千春が顔を上げました。
「私は、杏と心春が一緒ならどこでもいいわよ」
千春はそう言いながら、廊下を通り過ぎる影に一瞬だけ視線を向けました。そこには、部活仲間と笑いながら歩く佐藤匠人の姿がありました。
中3の4人にとって、この2025年は義務教育最後の1年。修学旅行は、一生の思い出になるはずの大きなイベントです。
「匠人先輩!」
廊下の角で、中学2年生になったばかりの森田詩織が匠人を呼び止めました。
「お、詩織。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「これ、……図書室に忘れてましたよ。先輩の英単語帳」
詩織は少し息を切らしながら、一冊のノートを差し出しました。匠人が忘れたことに気づいてから、渡すタイミングをずっと計っていたのです。
「うわ、助かった! これがないと今日の小テスト死んでたわ」
匠人が詩織の頭をポン、と軽く叩きました。
「サンキュな、詩織。お礼に今度、購買のアイス奢るよ」
「えっ、アイス……! 楽しみにしてます」
詩織の頬が、赤いリボンと同じくらいの色に染まりました。中2の彼女にとって、1歳年上の匠人は、誰よりも大人びていて、誰よりも遠い存在でした。
放課後、いつもの図書室。
今日は雨が激しく、5人は自然といつもの席に集まっていました。
「……ねえ、匠人くん。修学旅行、楽しみだね」
杏がノートを整理しながら、控えめに切り出しました。
「ああ。俺、京都のあそこの寺、絶対行きたいんだよな」
匠人が行きたい場所を熱心に語るのを、杏は楽しそうに聞いています。
その様子を、千春は少し離れた席から見つめていました。
(杏の隣にいるのが私だったら、なんて。考えるだけ無駄なのに……)
千春のペンが、ノートの端に小さなインクの染みを作りました。大好きな親友である杏の恋を応援したい自分と、匠人を諦めきれない自分。その矛盾が、千春を苦しめていました。
「……お姉ちゃん、ペン止まってるよ」
隣に座った詩織が、静かな声で囁きました。
詩織には分かっていました。姉が匠人に向ける視線が、自分と同じ切なさを帯びていることに。
「分かってるわよ。……詩織こそ、今日はもう帰りなさい。雨、強くなるわよ」
「私は、まだここにいます。匠人先輩が帰るまで」
窓の外では、2025年の五月雨が木々を濡らしています。
匠人と、その隣で笑う杏。
それを見守る心春の明るい声。
そして、それぞれの想いを秘めたまま、雨音に耳を傾ける森田姉妹。
春が深まるにつれ、5人の心の距離は、雨の日の湿度のように、じっとりと、けれど確実に変化していました。
2025年、5月の大型連休が明けた頃。学校内は中間テストの足音と、間近に迫った修学旅行の話題で持ちきりでした。
「ねえ、杏。修学旅行の班決め、もう決まった?」
昼休み、荒川心春が蔵持杏の席に身を乗り出しました。
「ううん、まだ。でも、心春と千春とは一緒になりたいなって思ってるよ」
杏が優しく微笑むと、隣の席で読書をしていた森田千春が顔を上げました。
「私は、杏と心春が一緒ならどこでもいいわよ」
千春はそう言いながら、廊下を通り過ぎる影に一瞬だけ視線を向けました。そこには、部活仲間と笑いながら歩く佐藤匠人の姿がありました。
中3の4人にとって、この2025年は義務教育最後の1年。修学旅行は、一生の思い出になるはずの大きなイベントです。
「匠人先輩!」
廊下の角で、中学2年生になったばかりの森田詩織が匠人を呼び止めました。
「お、詩織。どうしたんだ、そんなに慌てて」
「これ、……図書室に忘れてましたよ。先輩の英単語帳」
詩織は少し息を切らしながら、一冊のノートを差し出しました。匠人が忘れたことに気づいてから、渡すタイミングをずっと計っていたのです。
「うわ、助かった! これがないと今日の小テスト死んでたわ」
匠人が詩織の頭をポン、と軽く叩きました。
「サンキュな、詩織。お礼に今度、購買のアイス奢るよ」
「えっ、アイス……! 楽しみにしてます」
詩織の頬が、赤いリボンと同じくらいの色に染まりました。中2の彼女にとって、1歳年上の匠人は、誰よりも大人びていて、誰よりも遠い存在でした。
放課後、いつもの図書室。
今日は雨が激しく、5人は自然といつもの席に集まっていました。
「……ねえ、匠人くん。修学旅行、楽しみだね」
杏がノートを整理しながら、控えめに切り出しました。
「ああ。俺、京都のあそこの寺、絶対行きたいんだよな」
匠人が行きたい場所を熱心に語るのを、杏は楽しそうに聞いています。
その様子を、千春は少し離れた席から見つめていました。
(杏の隣にいるのが私だったら、なんて。考えるだけ無駄なのに……)
千春のペンが、ノートの端に小さなインクの染みを作りました。大好きな親友である杏の恋を応援したい自分と、匠人を諦めきれない自分。その矛盾が、千春を苦しめていました。
「……お姉ちゃん、ペン止まってるよ」
隣に座った詩織が、静かな声で囁きました。
詩織には分かっていました。姉が匠人に向ける視線が、自分と同じ切なさを帯びていることに。
「分かってるわよ。……詩織こそ、今日はもう帰りなさい。雨、強くなるわよ」
「私は、まだここにいます。匠人先輩が帰るまで」
窓の外では、2025年の五月雨が木々を濡らしています。
匠人と、その隣で笑う杏。
それを見守る心春の明るい声。
そして、それぞれの想いを秘めたまま、雨音に耳を傾ける森田姉妹。
春が深まるにつれ、5人の心の距離は、雨の日の湿度のように、じっとりと、けれど確実に変化していました。
- 1.第1話サクラ・グラデーション
- 2.第2話:『放課後の図書室、揺れるカーテン』
- 3.第3話:『五月の雨と、重なる影』
- 4.第4話:『紫陽花の誓いと、渡せなかったお守り』
- 5.第5話:『渡月橋の約束と、夕暮れに溶ける恋心』
- 6.第6話:『五重塔の鐘と、忘れ物の恋わずらい』
- 7.第7話:『それぞれの景色』
- 8.第8話:『雨音のシンコペーションと、紫陽花の告白』
- 9.第9話:『放課後のサイダーと、透明な独白』
- 10.第10話:『向日葵の予感と、止まらない砂時計』
- 11.第11話:『陽炎のラプソディと、秘密の約束』
- 12.第12話:『星空の境界線と、五色の火花』
- 13.第13話:『九月のチャイムと、図書室の領分』
- 14.第14話:『十月の風と、夕暮れの帰り道』
- 15.第15話:『十一月の雨と、温かな缶コーヒー』