[明朝体]2025年の夏休みが本格的に始まり、栃木の街に刺すような日差しが降り注ぐ8月上旬。物語は、最も熱く、そして残酷なほどに鮮やかな季節へと進みます。[/明朝体]
8月。校庭の隅に咲く向日葵が、頭を垂れるほどの猛暑。
中3の4人は、学校の図書室で開催される「夏休み自習会」に参加していました。冷房の効いた室内でも、受験生特有のぴりついた熱気が漂っています。
「……匠人くん、この英語の長文、あと少しで終わるよ」
蔵持杏が、少し疲れた様子の佐藤匠人を励ますように声をかけました。
「サンキュ、杏。お前が隣にいてくれるから、なんとか座ってられるわ」
匠人が小さく笑って答えます。二人の間には、言葉にしなくても伝わる信頼関係が、この夏を通してより一層深まっていました。
そんな二人を、少し離れた席から見つめる森田千春。彼女は、自分のノートにびっしりと書かれた数式よりも、匠人が杏に向ける「特別な眼差し」に意識を奪われていました。
(見ちゃダメだって分かってるのに……)
千春はペンを強く握りしめ、自分を律するように視線を参考書に戻しました。
そこへ、部活終わりの荒川心春が、廊下から勢いよく顔を出しました。
「みんなー! 休憩しよ! 詩織ちゃんが、すごいもの持ってきてくれたよ!」
心春に連れられて現れたのは、森田詩織でした。彼女の両手には、クーラーボックスから取り出したばかりの冷たいアイスキャンディー。
「先輩たち、お疲れ様です。お姉ちゃんも、あんまり無理しないで」
詩織の気遣いに、図書室の空気が一気に和らぎます。
「うおー! アイス! 詩織、お前は命の恩人だ!」
匠人が一番に駆け寄り、詩織の手からアイスを受け取りました。その瞬間、詩織の指先が匠人の熱い手に触れます。
「……っ、いえ。先輩が頑張ってるから」
詩織の頬が、夏の夕暮れのように赤く染まりました。中2の彼女にとって、この一瞬の接触さえも、この夏を生き抜くための大切なエネルギーでした。
アイスを食べながら、5人は図書室のベランダに出ました。
「ねえ、見て。入道雲がすごいよ」
心春が指差す先には、巨大な雲がそびえ立っています。
「なあ、みんな」
匠人がアイスの棒を口にくわえたまま、ふと言い出しました。
「夏休みの最後の夜、学校の裏山にある神社で花火大会あるだろ? 5人で行かないか?」
その提案に、杏は嬉しそうに頷き、心春は「賛成!」と拳を上げました。
しかし、千春と詩織は、それぞれ違う理由で胸を高鳴らせていました。
千春は、これが匠人の隣にいられる数少ない「最後の方のチャンス」かもしれないという予感に。
詩織は、赤いリボンを卒業する前に、匠人の記憶に自分の姿を刻み込みたいという決意に。
「約束だぞ。5人全員で、な」
匠人の言葉が、夏の空に溶けていきました。
2025年、8月。
友情という名のコーティングの下で、それぞれの恋心は、真夏の太陽に焼かれて今にも弾けそうなほど膨らんでいました。
花火大会までのカウントダウンが、静かに始まろうとしていました。
8月。校庭の隅に咲く向日葵が、頭を垂れるほどの猛暑。
中3の4人は、学校の図書室で開催される「夏休み自習会」に参加していました。冷房の効いた室内でも、受験生特有のぴりついた熱気が漂っています。
「……匠人くん、この英語の長文、あと少しで終わるよ」
蔵持杏が、少し疲れた様子の佐藤匠人を励ますように声をかけました。
「サンキュ、杏。お前が隣にいてくれるから、なんとか座ってられるわ」
匠人が小さく笑って答えます。二人の間には、言葉にしなくても伝わる信頼関係が、この夏を通してより一層深まっていました。
そんな二人を、少し離れた席から見つめる森田千春。彼女は、自分のノートにびっしりと書かれた数式よりも、匠人が杏に向ける「特別な眼差し」に意識を奪われていました。
(見ちゃダメだって分かってるのに……)
千春はペンを強く握りしめ、自分を律するように視線を参考書に戻しました。
そこへ、部活終わりの荒川心春が、廊下から勢いよく顔を出しました。
「みんなー! 休憩しよ! 詩織ちゃんが、すごいもの持ってきてくれたよ!」
心春に連れられて現れたのは、森田詩織でした。彼女の両手には、クーラーボックスから取り出したばかりの冷たいアイスキャンディー。
「先輩たち、お疲れ様です。お姉ちゃんも、あんまり無理しないで」
詩織の気遣いに、図書室の空気が一気に和らぎます。
「うおー! アイス! 詩織、お前は命の恩人だ!」
匠人が一番に駆け寄り、詩織の手からアイスを受け取りました。その瞬間、詩織の指先が匠人の熱い手に触れます。
「……っ、いえ。先輩が頑張ってるから」
詩織の頬が、夏の夕暮れのように赤く染まりました。中2の彼女にとって、この一瞬の接触さえも、この夏を生き抜くための大切なエネルギーでした。
アイスを食べながら、5人は図書室のベランダに出ました。
「ねえ、見て。入道雲がすごいよ」
心春が指差す先には、巨大な雲がそびえ立っています。
「なあ、みんな」
匠人がアイスの棒を口にくわえたまま、ふと言い出しました。
「夏休みの最後の夜、学校の裏山にある神社で花火大会あるだろ? 5人で行かないか?」
その提案に、杏は嬉しそうに頷き、心春は「賛成!」と拳を上げました。
しかし、千春と詩織は、それぞれ違う理由で胸を高鳴らせていました。
千春は、これが匠人の隣にいられる数少ない「最後の方のチャンス」かもしれないという予感に。
詩織は、赤いリボンを卒業する前に、匠人の記憶に自分の姿を刻み込みたいという決意に。
「約束だぞ。5人全員で、な」
匠人の言葉が、夏の空に溶けていきました。
2025年、8月。
友情という名のコーティングの下で、それぞれの恋心は、真夏の太陽に焼かれて今にも弾けそうなほど膨らんでいました。
花火大会までのカウントダウンが、静かに始まろうとしていました。
- 1.第1話サクラ・グラデーション
- 2.第2話:『放課後の図書室、揺れるカーテン』
- 3.第3話:『五月の雨と、重なる影』
- 4.第4話:『紫陽花の誓いと、渡せなかったお守り』
- 5.第5話:『渡月橋の約束と、夕暮れに溶ける恋心』
- 6.第6話:『五重塔の鐘と、忘れ物の恋わずらい』
- 7.第7話:『それぞれの景色』
- 8.第8話:『雨音のシンコペーションと、紫陽花の告白』
- 9.第9話:『放課後のサイダーと、透明な独白』
- 10.第10話:『向日葵の予感と、止まらない砂時計』
- 11.第11話:『陽炎のラプソディと、秘密の約束』
- 12.第12話:『星空の境界線と、五色の火花』
- 13.第13話:『九月のチャイムと、図書室の領分』
- 14.第14話:『十月の風と、夕暮れの帰り道』
- 15.第15話:『十一月の雨と、温かな缶コーヒー』