君がいた席
水曜日の図書室は、いつも少しだけ空いていた。
放課後のざわざわが廊下に残っているのに、
奥の窓際だけは、時間がゆっくり流れているみたいだった。
彼女は、決まってそこに座った。
同じ席、同じ時間、同じ水曜日。
最初に気づいたのは、彼のほうだった。
本を読むふりをしながら、
彼女がときどき指先に力を入れること。
ページをめくる前に、小さく息を吸うこと。
話しかける理由は、最後まで見つからなかった。
でも、水曜日が来るたびに、
そこに彼女がいるだけで安心した。
ある日、彼女がぽつりと言った。
「水曜日って、好き?」
突然で、答えに迷った。
でも彼女は続けた。
「私はね、この曜日だけ、
ちゃんと自分でいられる気がするの」
それ以上、何も聞かなかった。
聞かないことが、やさしさだと思ったから。
二人は、水曜日にだけ少し話した。
好きな本、苦手な教科、
将来の話はしなかった。
春が終わるころ、彼女は来なくなった。
一週間、二週間。
窓際の席は空いたまま。
夏休み前の最後の水曜日、
彼は初めて、彼女の席に座った。
机の中に、小さな紙が入っていた。
「先に進まなきゃいけなくなりました」
それだけだった。
卒業の日。
彼はもう一度、図書室へ行った。
返却棚の一番上に、
見覚えのある本が置いてあった。
貸出カードの最後の名前は、彼女。
返却日は、水曜日。
ページの間に、しおりが挟まっていた。
「ここで過ごした時間があったから、
ちゃんと前を向けました。
ありがとう」
彼はその紙を、折らずにしまった。
それから彼は、
誰かが黙って隣に座る理由を、
無理に聞かなくなった。
水曜日の午後みたいに、
ただ、そこにいることを大事にしながら__
クリップボードにコピーしました