閲覧前に必ずご確認ください
こちらはBL作品です。性的な描写は一切ございませんが、苦手な方はご遠慮頂くようお願い致します。
また、部分的に自殺描写を含めました。露骨な表現はありませんが、ご注意下さい。
蛍の父親が学生時代に使っていた勉強部屋。まだ日が高いから電気を付けていない。エアコンの風に揺られるカーテン。カーテンがフワリと揺れるたび、薄暗い部屋には夏の日差しが走った。
蛍は机に物理のテキストとノートを広げ、コツコツと鉛筆を走らせる。
「物体が斜面にあるから、質量はmgcosθで…違う、重力だ。…で、垂直抗力がこう…」
蛍のその呟きを掻き消してしまうくらいに、夏の蝉は喧しく鳴いていた。夏に祖母の家に来た時は常に嗅いできた香りと、夏の湿った空気の香りに包まれて、蛍はがむしゃらに夏休みの課題を進めていた。
「そうめん出来たよ」
蛍は祖母に呼ばれると、物理のテキストを本棚に立て掛け、台所に向かった。蛍が裸足でフローリングの廊下を歩くたび、床の冷たさが蛍の足の裏に染みていく。
台所では蛍の祖母が小さな木製の椅子に姿勢良く腰掛け、蛍の分だけでも3人前はありそうな大量のそうめんを用意して待っていた。
乾燥棚で陽の光に照らされて反射光を煌々と放っていた黒いお椀を手に取り、蛍は席についた。そして麺汁をトクトクと注ぐ。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
蛍の祖母は、台所の隅に置かれたテレビをボンヤリと眺めている。興味もない宣伝の売り文句。今晩放送されるらしい番組の予告。ゲストたちの愛想笑い。それらが耳の横を通り過ぎていく間、蛍は冷たいそうめんが食道を通って全身を潤していくような感覚を堪能していた。
夏休みの正午には、蛍たち中学生が喜びそうな番組は放送されておらず、蛍はそうめんを啜りながら如何にも退屈だという視線をテレビ画面に向けていた。
だが、ある映画の広告が放送された時、蛍は思わず箸を止めて画面に魅入った。
「あれぇ。最近はこういうのやるのねぇ」
蛍の祖母が半分疲れて半分驚いたような声でそう言ったのが蛍の左耳に僅かに聞こえた。
『ダメなのかな…好きになったら……』
テレビには、容姿端麗な若い俳優が、真夜中に電気の消えた真っ暗な寝室で嗚咽する場面が映し出されていた。
「蛍くん、ボウズラブって言うんやって?」
「坊主ちゃうで、婆ちゃん。ボイズや」
1週間後、とある男子大学生と男性会社員の恋愛を描いた映画が全国上映されるらしく、他の広告よりも長めの尺が取られていた。
『男なのに男が好きなの?何で私は駄目なの!』
男子大学生に想いを寄せている女子大生が問い詰める場面。女優が涙を目に浮かべ、俳優を責める表情。単にそれは、振られた腹いせからではなく、間違ったものを正そうとしているように見えた。俳優はただ足元に視線を落としていた。目の前にいる女優の泣き叫ぶ声に耳を傾けている様子はなく、脳内に作り出された想い人の笑顔に酔っているような表情を浮かべているように思われた。その表情がほんの一瞬、何故か世央に似て見えて、蛍は思わず目を背けた。蛍は祖母を前に平静を装っていたが、心臓は肋骨を飛び出す勢いで胸を叩いていた。演技だと分かっているとは言え、女優の台詞に蛍の心臓にチクリと針が刺さったような痛みが走った。
「あ」
映画の主題歌と思われる曲とともに、それを歌う歌手の画像が、俳優たちの邪魔にならないように左の隅の方にやや小さく映し出された。蛍は彼が誰なのかすぐに分かった。
「あら!この子、えらい蛍くんにそっくりやが?!」
蛍の祖母は熱いお茶をゆっくりと飲みながら、目を丸くしてそう叫んだ。
『この度、主題歌の制作を務めさせて頂くことになりました、UniverStarの馬山透宇です』
蛍の双子と見紛う程に似ている彼は、画面の左隅に映し出されている。
『主題歌の”foolish”、是非お聴きください』
「日本人やったんか、この人」
蛍は視線をテレビに向けたままそうめんを多めに箸で掬い、ズズッと大きな音を立てて啜った。
チリーン…。
蛍が小学生時代に図工の時間に作った風鈴が、縁側の方から聞こえた。
蛍は机に物理のテキストとノートを広げ、コツコツと鉛筆を走らせる。
「物体が斜面にあるから、質量はmgcosθで…違う、重力だ。…で、垂直抗力がこう…」
蛍のその呟きを掻き消してしまうくらいに、夏の蝉は喧しく鳴いていた。夏に祖母の家に来た時は常に嗅いできた香りと、夏の湿った空気の香りに包まれて、蛍はがむしゃらに夏休みの課題を進めていた。
「そうめん出来たよ」
蛍は祖母に呼ばれると、物理のテキストを本棚に立て掛け、台所に向かった。蛍が裸足でフローリングの廊下を歩くたび、床の冷たさが蛍の足の裏に染みていく。
台所では蛍の祖母が小さな木製の椅子に姿勢良く腰掛け、蛍の分だけでも3人前はありそうな大量のそうめんを用意して待っていた。
乾燥棚で陽の光に照らされて反射光を煌々と放っていた黒いお椀を手に取り、蛍は席についた。そして麺汁をトクトクと注ぐ。
「いただきます」
「はい、どうぞ」
蛍の祖母は、台所の隅に置かれたテレビをボンヤリと眺めている。興味もない宣伝の売り文句。今晩放送されるらしい番組の予告。ゲストたちの愛想笑い。それらが耳の横を通り過ぎていく間、蛍は冷たいそうめんが食道を通って全身を潤していくような感覚を堪能していた。
夏休みの正午には、蛍たち中学生が喜びそうな番組は放送されておらず、蛍はそうめんを啜りながら如何にも退屈だという視線をテレビ画面に向けていた。
だが、ある映画の広告が放送された時、蛍は思わず箸を止めて画面に魅入った。
「あれぇ。最近はこういうのやるのねぇ」
蛍の祖母が半分疲れて半分驚いたような声でそう言ったのが蛍の左耳に僅かに聞こえた。
『ダメなのかな…好きになったら……』
テレビには、容姿端麗な若い俳優が、真夜中に電気の消えた真っ暗な寝室で嗚咽する場面が映し出されていた。
「蛍くん、ボウズラブって言うんやって?」
「坊主ちゃうで、婆ちゃん。ボイズや」
1週間後、とある男子大学生と男性会社員の恋愛を描いた映画が全国上映されるらしく、他の広告よりも長めの尺が取られていた。
『男なのに男が好きなの?何で私は駄目なの!』
男子大学生に想いを寄せている女子大生が問い詰める場面。女優が涙を目に浮かべ、俳優を責める表情。単にそれは、振られた腹いせからではなく、間違ったものを正そうとしているように見えた。俳優はただ足元に視線を落としていた。目の前にいる女優の泣き叫ぶ声に耳を傾けている様子はなく、脳内に作り出された想い人の笑顔に酔っているような表情を浮かべているように思われた。その表情がほんの一瞬、何故か世央に似て見えて、蛍は思わず目を背けた。蛍は祖母を前に平静を装っていたが、心臓は肋骨を飛び出す勢いで胸を叩いていた。演技だと分かっているとは言え、女優の台詞に蛍の心臓にチクリと針が刺さったような痛みが走った。
「あ」
映画の主題歌と思われる曲とともに、それを歌う歌手の画像が、俳優たちの邪魔にならないように左の隅の方にやや小さく映し出された。蛍は彼が誰なのかすぐに分かった。
「あら!この子、えらい蛍くんにそっくりやが?!」
蛍の祖母は熱いお茶をゆっくりと飲みながら、目を丸くしてそう叫んだ。
『この度、主題歌の制作を務めさせて頂くことになりました、UniverStarの馬山透宇です』
蛍の双子と見紛う程に似ている彼は、画面の左隅に映し出されている。
『主題歌の”foolish”、是非お聴きください』
「日本人やったんか、この人」
蛍は視線をテレビに向けたままそうめんを多めに箸で掬い、ズズッと大きな音を立てて啜った。
チリーン…。
蛍が小学生時代に図工の時間に作った風鈴が、縁側の方から聞こえた。
- 1.序章 〜出会い〜
- 2.第一章 蛍の光 〜ランドセル〜
- 3.第一章 蛍の光 〜朝ぼらけ〜
- 4.第一章 蛍の光 〜夜景と鏡〜
- 5.第一章 蛍の光 〜咲き誇る〜
- 6.第一章 蛍の光 〜鈴の音(1)〜
- 7.第一章 蛍の光 〜鈴の音(2)〜
- 8.第二章 青い春 〜ブレザー〜
- 9.第二章 青い春 〜他愛ない〜
- 10.第二章 青い春 〜ひぐらし〜
- 11.第二章 青い春 〜パンドラ〜
- 12.第二章 青い春 〜ポップコーン〜
- 13.第二章 青い春 〜涙の跡〜
- 14.第二章 青い春 〜解放〜
- 15.第三章 流れ星の瞬き 〜再会〜
- 16.第三章 流れ星の瞬き 〜知らん振り〜
- 17.第三章 流れ星の瞬き 〜夜にトケル〜
- 18.第三章 流れ星の瞬き 〜息を吐く〜
- 19.第三章 流れ星の瞬き 〜1:00〜
- 20.第三章 流れ星の瞬き 〜カウントダウン〜
- 21.第四章 怪なるモノたち 〜影〜
- 22.第四章 怪なるモノたち 〜双尾の妖猫〜
- 23.第四章 怪なるモノたち 〜縁〜
- 24.第四章 怪なるモノたち 〜匂う世界〜
- 25.第四章 怪なるモノたち 〜繋ぐ〜
- 26.第四章 怪なるモノたち 〜悪夢〜
- 27.第五章 夢のオハナシ 〜予定された未来〜
- 28.第五章 夢のオハナシ 〜既に始まっている〜
- 29.第五章 夢のオハナシ 〜広大なこの世界で〜
- 30.第五章 夢のオハナシ 〜蝕む、恋心〜