その日の夕方。サッカー部の練習を終えた律は、いつもならとっくに帰っているはずの時間になっても、校門の近くで遥を待っていた。
ここ最近の遥の様子は、どう考えても異常だった。いくら問い詰めても「大丈夫」としか言わないが、何かが彼女をボロボロに削り取っていることだけは確信していた。
遠くから、トボトボと力なく歩いてくる人影が見えた。遥だ。
しかし、いつも背中に大事そうに背負っているはずの、フルートのケースが見当たらない。遥は両手で、黒いビニール袋を抱きしめるようにして歩いていた。
「……遥」
律が声をかけると、遥はビクリと肩を跳ね上げ、ゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、律は息を呑んだ。
いつもきらきらと輝いていた遥の瞳が、完全に光を失い、死んだ魚のようになっていたのだ。泣き腫らした目は真っ赤で、唇は白く震えている。
「律……。お疲れ様……」
「お前、その顔どうした。フルートは? なんでそんな袋持ってんだよ」
律は遥の肩を掴み、その腕の中にあるビニール袋を覗き込もうとした。
「見ないで!!」
遥は悲鳴のような声を上げ、律の手を激しく振り払った。
「見ないで、律……お願いだから、もう私に関わらないで……っ!」
袋の中から、カラン、と金属が擦れ合う、鈍く壊れた音が響いた。
その音を聞いた瞬間、律の脳裏に、すべてを理解したかのような衝撃が走った。
「遥、お前……それ、楽器か? 壊されたのか? 誰に――」
「違うの! 私が、私がドジだから、階段から落として、踏んづけちゃったの! 全部私が悪いの!!」
遥は狂ったように叫びながら、ボロボロと涙を流した。
自分のせいで、大好きな律の、サッカーに懸ける大事な夏を壊したくない。結衣たちの牙が律に向くことだけは、何としてでも阻止したかった。だから、心を引き裂かれるような嘘を、大声を張り上げて叫ぶしかなかった。
「私がバカだから……っ! だから律は、もう私のこと放っておいてよ!!」
遥はビニール袋を抱きしめたまま、脱兎のごとく走り去っていった。
夕闇が迫る校門の前で、律は一人、取り残された。
振り払われた自分の手のひらを見つめながら、律の全身を、経験したことのないような激しい怒りと、己の無力さへの悔しさが支配していく。
「自分で壊したわけねぇだろ、あんなに大事にしてたものを……。……クソが、絶対に許さねぇ」
律の瞳に、氷のような、そして狂気すら孕んだ鋭い光が宿った。
律が完全に犯人を突き止め、地獄の底へ叩き落とすための「裏の調査」が、ついにここから幕を開ける。
ここ最近の遥の様子は、どう考えても異常だった。いくら問い詰めても「大丈夫」としか言わないが、何かが彼女をボロボロに削り取っていることだけは確信していた。
遠くから、トボトボと力なく歩いてくる人影が見えた。遥だ。
しかし、いつも背中に大事そうに背負っているはずの、フルートのケースが見当たらない。遥は両手で、黒いビニール袋を抱きしめるようにして歩いていた。
「……遥」
律が声をかけると、遥はビクリと肩を跳ね上げ、ゆっくりと顔を上げた。
その顔を見て、律は息を呑んだ。
いつもきらきらと輝いていた遥の瞳が、完全に光を失い、死んだ魚のようになっていたのだ。泣き腫らした目は真っ赤で、唇は白く震えている。
「律……。お疲れ様……」
「お前、その顔どうした。フルートは? なんでそんな袋持ってんだよ」
律は遥の肩を掴み、その腕の中にあるビニール袋を覗き込もうとした。
「見ないで!!」
遥は悲鳴のような声を上げ、律の手を激しく振り払った。
「見ないで、律……お願いだから、もう私に関わらないで……っ!」
袋の中から、カラン、と金属が擦れ合う、鈍く壊れた音が響いた。
その音を聞いた瞬間、律の脳裏に、すべてを理解したかのような衝撃が走った。
「遥、お前……それ、楽器か? 壊されたのか? 誰に――」
「違うの! 私が、私がドジだから、階段から落として、踏んづけちゃったの! 全部私が悪いの!!」
遥は狂ったように叫びながら、ボロボロと涙を流した。
自分のせいで、大好きな律の、サッカーに懸ける大事な夏を壊したくない。結衣たちの牙が律に向くことだけは、何としてでも阻止したかった。だから、心を引き裂かれるような嘘を、大声を張り上げて叫ぶしかなかった。
「私がバカだから……っ! だから律は、もう私のこと放っておいてよ!!」
遥はビニール袋を抱きしめたまま、脱兎のごとく走り去っていった。
夕闇が迫る校門の前で、律は一人、取り残された。
振り払われた自分の手のひらを見つめながら、律の全身を、経験したことのないような激しい怒りと、己の無力さへの悔しさが支配していく。
「自分で壊したわけねぇだろ、あんなに大事にしてたものを……。……クソが、絶対に許さねぇ」
律の瞳に、氷のような、そして狂気すら孕んだ鋭い光が宿った。
律が完全に犯人を突き止め、地獄の底へ叩き落とすための「裏の調査」が、ついにここから幕を開ける。