夕方の駐輪場。夕日がコンクリートの床を長くオレンジ色に染めている。
律は手洗いを終え、自転車を押して遥の待つ校門へと向かった。少し冷えた水道水で顔も洗ってきたが、鏡で見た自分の耳はまだほんのり赤かった。
「お待たせ、律!」
校門の前に立っていた遥が、ブンブンと大きく手を振る。手には、律がさっき自販機の下から救出した100円玉で買った、イチゴオレの紙パックが握られていた。
「待たせすぎだバカ。……おい、チャリ乗れよ。後ろ乗せてやるから」
「えっ、いいの!?律の自転車の後ろ、特等席だから大好き!」
「っ、気安く『大好き』とか言うな!」
律は思わず声を荒らげた。
遥は「ええ〜、本当のことなのに」と唇を尖らせながらも、慣れた動作で律の自転車の荷台に横座りした。
「しっかり掴まってろよ。落ちても知らねえからな」
「はーい!」
遥の手が、律の制服の腰のあたりをぎゅっと掴む。
布地を一枚隔てているだけなのに、彼女の小さな手のひらの温かさが、ダイレクトに律の背中に伝わってきた。律はごくりと息を呑み、ペダルを強く踏み込んだ。
ガタゴトと、自転車が夕暮れの坂道を下っていく。
風が遥の髪を揺らし、またあの甘いシャンプーの香りが律を包み込む。
「ねえ、律。今日のイチゴオレ、いつもより甘くて美味しい気がする」
「……そりゃ、自分で買ったんじゃなくて、俺が泥だらけになって拾った100円で買ったからだろ」
「あはは、確かにそうかも!律のエキスが入ってるのかな?」
「入ってねーよ!汚ねぇ言い方すんな!」
律は真っ赤になってペダルを漕ぐ速度を上げた。
(エキスってなんだよ……。こいつ、本当に自分が何を言ってるか分かってんのか……!?)
律の心臓は、坂道を下るスピードよりもずっと速く、バクバクと脈打っていた。
駅近くの踏切の手前で、カンカンカンと警告音が鳴り響き、遮断機がゆっくりと降りてきた。
律は自転車を止め、地面に足を突いて一息つく。
ガタンゴトンと、目の前を激しい音を立てて電車が通り過ぎていく。その風圧で、二人の制服が激しく揺れた。
電車が通り過ぎ、再び静けさが戻る。しかし、遮断機はまだ降りたままだ。
「あ、律。ネクタイ曲がってるよ」
後ろに乗っていた遥が、ひょいっと身を乗り出してきた。
「えっ、おい――」
拒む間もなかった。遥の顔が、律の目の前、わずか十数センチの距離に迫る。
遥は細くて白い指先で、律の紺色のネクタイを優しく整え始めた。
近すぎる。遥の長いまつ毛や、少し開いた桜色の唇、そして真っ直ぐに自分を見つめる澄んだ瞳が、スローモーションのように律の視界を占拠する。
「よし、綺麗になった!」
遥は満足そうに微笑んだ。その距離のまま、遥は小首を傾げて律の顔を覗き込む。
「……? 律、顔すっごく赤いよ? 熱でもあるの?」
そう言って、遥は自分の額を、律の額にコツンと重ねようとしてきた。
「っ、んなわけねーだろ!!!!」
律は限界だった。弾かれたように顔を後ろに引き、遥の肩を両手で掴んで押し戻した。
「触るな、近づくな、覗き込むな!お前、自分が女子だって自覚あんのか!?」
「えっ……? あるよ? 律は幼馴染だし、家族みたいなものだから、恥ずかしくないよ?」
遥は不思議そうに目をパチクリさせている。
『家族みたいなもの』。その言葉が、律の胸にチクリと突き刺さる。
「……お前にとっては、そうなんだな」
律はポツリと呟き、ちょうど上がった遮断機の向こう側へと、乱暴に自転車を漕ぎ出した。
「わ、律、急にスピード出さないでよ〜!」
後ろで慌てる遥の声を無視しながら、律は胸の奥のモヤモヤを振り払うようにペダルを強く踏み続けた。
(家族、かよ。……俺はもう、お前のこと、そんな風に見れなくなってんのに)
沈みゆく夕日が、律の切ない横顔を赤く、赤く染めていた。
律は手洗いを終え、自転車を押して遥の待つ校門へと向かった。少し冷えた水道水で顔も洗ってきたが、鏡で見た自分の耳はまだほんのり赤かった。
「お待たせ、律!」
校門の前に立っていた遥が、ブンブンと大きく手を振る。手には、律がさっき自販機の下から救出した100円玉で買った、イチゴオレの紙パックが握られていた。
「待たせすぎだバカ。……おい、チャリ乗れよ。後ろ乗せてやるから」
「えっ、いいの!?律の自転車の後ろ、特等席だから大好き!」
「っ、気安く『大好き』とか言うな!」
律は思わず声を荒らげた。
遥は「ええ〜、本当のことなのに」と唇を尖らせながらも、慣れた動作で律の自転車の荷台に横座りした。
「しっかり掴まってろよ。落ちても知らねえからな」
「はーい!」
遥の手が、律の制服の腰のあたりをぎゅっと掴む。
布地を一枚隔てているだけなのに、彼女の小さな手のひらの温かさが、ダイレクトに律の背中に伝わってきた。律はごくりと息を呑み、ペダルを強く踏み込んだ。
ガタゴトと、自転車が夕暮れの坂道を下っていく。
風が遥の髪を揺らし、またあの甘いシャンプーの香りが律を包み込む。
「ねえ、律。今日のイチゴオレ、いつもより甘くて美味しい気がする」
「……そりゃ、自分で買ったんじゃなくて、俺が泥だらけになって拾った100円で買ったからだろ」
「あはは、確かにそうかも!律のエキスが入ってるのかな?」
「入ってねーよ!汚ねぇ言い方すんな!」
律は真っ赤になってペダルを漕ぐ速度を上げた。
(エキスってなんだよ……。こいつ、本当に自分が何を言ってるか分かってんのか……!?)
律の心臓は、坂道を下るスピードよりもずっと速く、バクバクと脈打っていた。
駅近くの踏切の手前で、カンカンカンと警告音が鳴り響き、遮断機がゆっくりと降りてきた。
律は自転車を止め、地面に足を突いて一息つく。
ガタンゴトンと、目の前を激しい音を立てて電車が通り過ぎていく。その風圧で、二人の制服が激しく揺れた。
電車が通り過ぎ、再び静けさが戻る。しかし、遮断機はまだ降りたままだ。
「あ、律。ネクタイ曲がってるよ」
後ろに乗っていた遥が、ひょいっと身を乗り出してきた。
「えっ、おい――」
拒む間もなかった。遥の顔が、律の目の前、わずか十数センチの距離に迫る。
遥は細くて白い指先で、律の紺色のネクタイを優しく整え始めた。
近すぎる。遥の長いまつ毛や、少し開いた桜色の唇、そして真っ直ぐに自分を見つめる澄んだ瞳が、スローモーションのように律の視界を占拠する。
「よし、綺麗になった!」
遥は満足そうに微笑んだ。その距離のまま、遥は小首を傾げて律の顔を覗き込む。
「……? 律、顔すっごく赤いよ? 熱でもあるの?」
そう言って、遥は自分の額を、律の額にコツンと重ねようとしてきた。
「っ、んなわけねーだろ!!!!」
律は限界だった。弾かれたように顔を後ろに引き、遥の肩を両手で掴んで押し戻した。
「触るな、近づくな、覗き込むな!お前、自分が女子だって自覚あんのか!?」
「えっ……? あるよ? 律は幼馴染だし、家族みたいなものだから、恥ずかしくないよ?」
遥は不思議そうに目をパチクリさせている。
『家族みたいなもの』。その言葉が、律の胸にチクリと突き刺さる。
「……お前にとっては、そうなんだな」
律はポツリと呟き、ちょうど上がった遮断機の向こう側へと、乱暴に自転車を漕ぎ出した。
「わ、律、急にスピード出さないでよ〜!」
後ろで慌てる遥の声を無視しながら、律は胸の奥のモヤモヤを振り払うようにペダルを強く踏み続けた。
(家族、かよ。……俺はもう、お前のこと、そんな風に見れなくなってんのに)
沈みゆく夕日が、律の切ない横顔を赤く、赤く染めていた。