『変態』とは、強い変態性により人間を超える能力を手に入れてしまった者のこと。
日本国は『変態収容所』を、隔離のため、研究のため、創設した。
『変態』は収容されなければならない。
憲法成立から定められた法律である。
だが、認めない。
僕は『変態』なんかじゃない。
その施設はとにかく無機質だった。
僕は前を歩く職員に追従し、長い長い廊下を歩いている。壁には幾つもの、無数の扉があった。鉄製の重厚な扉。
扉には窓があり、中に『収容』されている人間共がじっと見つめてくる。
「お、女の子だ」「すごくちっちゃい」「高校生かな? 中学生かな?」「ショートヘアだ」「ワンピースとか似合いそうだなあ」「お人形さんみたいだ」「かわいいなあ」「一緒にお風呂に入りたい」「繊細で可憐で美しい手だ。頬擦りしたい」
まるで地獄の亡者たちの呻き声のようだった。
僕はわざと軽蔑するような目を向ける。
なんか、喜ぶ声も聞こえたが、気のせいだろう。
ずっと前を歩いていた職員が、突然立ち止まる。
「ここがお前の収容室だ。先輩がいるから仲良くしろよ」
収容所の職員だが、どちらかといえば刑務所の看守のようだった。
僕はうんざりする。『先輩』、おそらくまだ見ぬ先輩も『変態』なのだろう。
ここまでの経路でわかるように、『変態』は総じて気持ち悪いのだ。そんなやつと、一緒の部屋で過ごすなんて、耐えられるとは思えない。
職員は扉を開錠し、開ける。
「入れ」
僕は収容室に足を踏み入れる。
その瞬間、扉が閉じて、ガチャと鍵が閉まる音がした。
部屋の中は、二段ベットとデスクなどの設備があった。生活感のある部屋だと思った。床にはほんの少しのほこり、ゴミ箱の中には丸めたノートのページが入っていた。
しかし、先輩とやらは見当たらなかった。
「ん? 君、何勝手に入ってきてるんだい? ここは俺の部屋だ。さっさと出てけよ」
二段ベットの上。そこから声がした。
男性の声。高くよく響く声だった。
僕は返事をする。
「職員に、ここが僕の部屋だと言われて……」
「----ああ、そう言えば、新しい子が来るって聞いたような聞いていないような。まあいいや、君は下のベッドだ。上は譲らない」
「それはいいですけど。あなたの名前は?」
「俺? 俺は未舞雷句(みまいらいく)」
そう言って、彼はベッドから舞い降りた。
未舞雷句。彼は、扉の窓から見える『変態』とは違っていた。清潔感があり、高身長で、凛々しい顔立ちをしていた。
僕は確かに背が低いが、それにしたって彼は背が高かった。
『変態』だが、何かが決定的に違っていた。
「初めまして。君の名前は?」
「僕は網走成海(あばしりなるみ)」
「成海。成海。そうか、成海ちゃんか」
成海----ちゃん。
僕はそこが引っかかった。
「あれ、気に障ったかい? 呼び捨てがいいかい、くんがいいかい、苗字呼びがいいかい」
雷句は決定的に勘違いをしていた。
しかし、それもしょうがないということを、僕は理解していた。これまでの人生で、うんざりするほどわからされていた。
「僕は、『男』です」
「------------------------------------------------------------------------------------------はい?」
「男です」
僕は再び言った。
廊下でもそうだったが、僕は女性だと間違われやすい。まだ幼いせいでもあるだろうが、確かに自分が女性的な顔立ちと華奢な体をしていることは理解していた。
そのせいで、どれほど苦労してきたか。
「そうか、失礼なことを言ってしまったね」
雷句は今までに会ってきた者たちの中でも珍しく、謝ってきた。
好感が持てた。
「女装。それが君の『変態性』かい?」
撤回しよう、大っ嫌いだ。
「僕は『変態』なんかじゃない! 『変態性』もないし! お前らとは違うんだ! お前らのような社会不適合者ではない! 穢らわしい醜い『変態』ではない!」
言い切った後、はっとする。
言ってしまった、思っていたことを全部吐き出してしまった。これからの共同生活にスタートダッシュで失敗した。
僕は顔を上げ、雷句を見る。
「ふ、ふふふ、ふははははは、はーはっはっはっ」
笑っていた。抱腹絶倒、といったようだ。
僕には理解できなかった。
僕が未だ混乱している最中、突然、彼は服を脱ぎ始めた。
上だけとか、半裸とか、そんなんじゃなくて、全部。
全裸だった。
「ひゃっ、ひゃあっ」
僕は襲われると思い、身構えた。
しかし、それもまた違った。彼はさらに理解できない行動をとった。
雷句は大ジャンプして二段ベットの上まで飛んだ。そして、何かを取り出す。
鏡だった。
雷句は鏡を自分に向けて、恋人を抱くように、鏡を抱いていた。
「は、はあ?」
「俺は『ナルシスト』だ。俺の変態性は『過剰自己愛』。そう言われた」
雷句は僕を見ていなかった。
鏡に写った自分を見ていた。
愛おしそうに見ていた。
「見てくれ、この肉体美を。この六パックに割れた腹筋を。端正な顔立ちだ。イケメン。そんな言葉では計り知れない。強く逞しい肌だ。教会に響く天使のような美声だ。股間部にはさらに美しく逞しいものがあるであろう。舐めたいよ。美しいだろう。君もそう思うだろう。俺の唯一の楽しみが、俺を見ることだ、触ることだ、聞くことだ。大好きだ、俺は俺が大好きだ! 俺は興奮する! 自分の肉体に! 欲情する! 己に!」
キメエ。
素直にそう思った。
途中は恐怖とかを感じたが、最後は本当に気色が悪くなった。
雷句は荒ぶった息を整え、僕に目を向けた。
「つまり何が言いたいかというと、俺は君に全く興味がない。俺は需要と供給が自己で完結している」
それがなんなんだよ。
意味が分からないよ。
「だから、俺は君に何もする気はない。安心していい」
「!」
僕は理解した。
彼の気色悪い行動は、僕を安心させるためのものだったのだ。いや、言動は彼の本性だろうが、それを僕に見せつけたのは、僕の恐怖心をなくすためだ。
僕はこの容姿のせいで色々な苦労をしてきた。
そして、変態だらけの場所に放り投げられて、不安になっていることを察してくれたのだ。
「----ありがとうございます」
「いや何、こういう性分なんだ。そして、そんな俺が、俺は好きなんだ」
未舞雷句は爽やかなやつだった。
とてもとても、仲良く、親しくなりたいと、本気でそう思った。
「そうだ。共同生活を始めるんだから、お互いルールなんかを作っていこう」
「はい!」
「さて、寝る時についてだが」
「僕が下で、雷句さんが上ですね!」
「それもそうなんだが、それ以上に気をつけて欲しいことがある」
彼は少し気恥ずかしそうにして言った。
「夜中、上から喘ぎ声が聞こえてきても、気にしないでくれると助かる」
「前言撤回、誰か部屋を変えてくれ!」
こうして、僕の変態収容所での生活が始まった。
無機質な部屋だった。
無駄にだだっ広く、十数人が気楽に雑魚寝できるぐらい広かった。
しかし、その一面大理石の部屋で雑魚寝するものなど、いないだろう。
部屋には、二人しかいなかった。
一人は大きな机に座るもの。
もうひとりは、その机の前で敬礼を組むもの。
部屋中に、重苦しい空気が流れていた。
先に声を上げたのは、敬礼を組んでいたものだった。
「今日。あの『新人』が収容されました」
「そうか、それは素晴らしい」
机に座っているものは、満足そうに笑う。
「彼は、この収容所に『革命』を起こしてくれるだろう。彼の『能力』ならばね」
不敵に笑う。
「『変態革命』。我々の計画はやっと動き出すのだ」
「はい。『所長』」
ついに二人とも笑い出す。
「ちなみに、一応だが、聞いておこう」
一泊置いて、
「『異常』はあったかい?」
「変態収容所は今日も異常なしであります」
部屋中に、不愉快で不気味な笑いが充満する。
これは、変態の変態による変態のための物語。
日本国は『変態収容所』を、隔離のため、研究のため、創設した。
『変態』は収容されなければならない。
憲法成立から定められた法律である。
だが、認めない。
僕は『変態』なんかじゃない。
その施設はとにかく無機質だった。
僕は前を歩く職員に追従し、長い長い廊下を歩いている。壁には幾つもの、無数の扉があった。鉄製の重厚な扉。
扉には窓があり、中に『収容』されている人間共がじっと見つめてくる。
「お、女の子だ」「すごくちっちゃい」「高校生かな? 中学生かな?」「ショートヘアだ」「ワンピースとか似合いそうだなあ」「お人形さんみたいだ」「かわいいなあ」「一緒にお風呂に入りたい」「繊細で可憐で美しい手だ。頬擦りしたい」
まるで地獄の亡者たちの呻き声のようだった。
僕はわざと軽蔑するような目を向ける。
なんか、喜ぶ声も聞こえたが、気のせいだろう。
ずっと前を歩いていた職員が、突然立ち止まる。
「ここがお前の収容室だ。先輩がいるから仲良くしろよ」
収容所の職員だが、どちらかといえば刑務所の看守のようだった。
僕はうんざりする。『先輩』、おそらくまだ見ぬ先輩も『変態』なのだろう。
ここまでの経路でわかるように、『変態』は総じて気持ち悪いのだ。そんなやつと、一緒の部屋で過ごすなんて、耐えられるとは思えない。
職員は扉を開錠し、開ける。
「入れ」
僕は収容室に足を踏み入れる。
その瞬間、扉が閉じて、ガチャと鍵が閉まる音がした。
部屋の中は、二段ベットとデスクなどの設備があった。生活感のある部屋だと思った。床にはほんの少しのほこり、ゴミ箱の中には丸めたノートのページが入っていた。
しかし、先輩とやらは見当たらなかった。
「ん? 君、何勝手に入ってきてるんだい? ここは俺の部屋だ。さっさと出てけよ」
二段ベットの上。そこから声がした。
男性の声。高くよく響く声だった。
僕は返事をする。
「職員に、ここが僕の部屋だと言われて……」
「----ああ、そう言えば、新しい子が来るって聞いたような聞いていないような。まあいいや、君は下のベッドだ。上は譲らない」
「それはいいですけど。あなたの名前は?」
「俺? 俺は未舞雷句(みまいらいく)」
そう言って、彼はベッドから舞い降りた。
未舞雷句。彼は、扉の窓から見える『変態』とは違っていた。清潔感があり、高身長で、凛々しい顔立ちをしていた。
僕は確かに背が低いが、それにしたって彼は背が高かった。
『変態』だが、何かが決定的に違っていた。
「初めまして。君の名前は?」
「僕は網走成海(あばしりなるみ)」
「成海。成海。そうか、成海ちゃんか」
成海----ちゃん。
僕はそこが引っかかった。
「あれ、気に障ったかい? 呼び捨てがいいかい、くんがいいかい、苗字呼びがいいかい」
雷句は決定的に勘違いをしていた。
しかし、それもしょうがないということを、僕は理解していた。これまでの人生で、うんざりするほどわからされていた。
「僕は、『男』です」
「------------------------------------------------------------------------------------------はい?」
「男です」
僕は再び言った。
廊下でもそうだったが、僕は女性だと間違われやすい。まだ幼いせいでもあるだろうが、確かに自分が女性的な顔立ちと華奢な体をしていることは理解していた。
そのせいで、どれほど苦労してきたか。
「そうか、失礼なことを言ってしまったね」
雷句は今までに会ってきた者たちの中でも珍しく、謝ってきた。
好感が持てた。
「女装。それが君の『変態性』かい?」
撤回しよう、大っ嫌いだ。
「僕は『変態』なんかじゃない! 『変態性』もないし! お前らとは違うんだ! お前らのような社会不適合者ではない! 穢らわしい醜い『変態』ではない!」
言い切った後、はっとする。
言ってしまった、思っていたことを全部吐き出してしまった。これからの共同生活にスタートダッシュで失敗した。
僕は顔を上げ、雷句を見る。
「ふ、ふふふ、ふははははは、はーはっはっはっ」
笑っていた。抱腹絶倒、といったようだ。
僕には理解できなかった。
僕が未だ混乱している最中、突然、彼は服を脱ぎ始めた。
上だけとか、半裸とか、そんなんじゃなくて、全部。
全裸だった。
「ひゃっ、ひゃあっ」
僕は襲われると思い、身構えた。
しかし、それもまた違った。彼はさらに理解できない行動をとった。
雷句は大ジャンプして二段ベットの上まで飛んだ。そして、何かを取り出す。
鏡だった。
雷句は鏡を自分に向けて、恋人を抱くように、鏡を抱いていた。
「は、はあ?」
「俺は『ナルシスト』だ。俺の変態性は『過剰自己愛』。そう言われた」
雷句は僕を見ていなかった。
鏡に写った自分を見ていた。
愛おしそうに見ていた。
「見てくれ、この肉体美を。この六パックに割れた腹筋を。端正な顔立ちだ。イケメン。そんな言葉では計り知れない。強く逞しい肌だ。教会に響く天使のような美声だ。股間部にはさらに美しく逞しいものがあるであろう。舐めたいよ。美しいだろう。君もそう思うだろう。俺の唯一の楽しみが、俺を見ることだ、触ることだ、聞くことだ。大好きだ、俺は俺が大好きだ! 俺は興奮する! 自分の肉体に! 欲情する! 己に!」
キメエ。
素直にそう思った。
途中は恐怖とかを感じたが、最後は本当に気色が悪くなった。
雷句は荒ぶった息を整え、僕に目を向けた。
「つまり何が言いたいかというと、俺は君に全く興味がない。俺は需要と供給が自己で完結している」
それがなんなんだよ。
意味が分からないよ。
「だから、俺は君に何もする気はない。安心していい」
「!」
僕は理解した。
彼の気色悪い行動は、僕を安心させるためのものだったのだ。いや、言動は彼の本性だろうが、それを僕に見せつけたのは、僕の恐怖心をなくすためだ。
僕はこの容姿のせいで色々な苦労をしてきた。
そして、変態だらけの場所に放り投げられて、不安になっていることを察してくれたのだ。
「----ありがとうございます」
「いや何、こういう性分なんだ。そして、そんな俺が、俺は好きなんだ」
未舞雷句は爽やかなやつだった。
とてもとても、仲良く、親しくなりたいと、本気でそう思った。
「そうだ。共同生活を始めるんだから、お互いルールなんかを作っていこう」
「はい!」
「さて、寝る時についてだが」
「僕が下で、雷句さんが上ですね!」
「それもそうなんだが、それ以上に気をつけて欲しいことがある」
彼は少し気恥ずかしそうにして言った。
「夜中、上から喘ぎ声が聞こえてきても、気にしないでくれると助かる」
「前言撤回、誰か部屋を変えてくれ!」
こうして、僕の変態収容所での生活が始まった。
無機質な部屋だった。
無駄にだだっ広く、十数人が気楽に雑魚寝できるぐらい広かった。
しかし、その一面大理石の部屋で雑魚寝するものなど、いないだろう。
部屋には、二人しかいなかった。
一人は大きな机に座るもの。
もうひとりは、その机の前で敬礼を組むもの。
部屋中に、重苦しい空気が流れていた。
先に声を上げたのは、敬礼を組んでいたものだった。
「今日。あの『新人』が収容されました」
「そうか、それは素晴らしい」
机に座っているものは、満足そうに笑う。
「彼は、この収容所に『革命』を起こしてくれるだろう。彼の『能力』ならばね」
不敵に笑う。
「『変態革命』。我々の計画はやっと動き出すのだ」
「はい。『所長』」
ついに二人とも笑い出す。
「ちなみに、一応だが、聞いておこう」
一泊置いて、
「『異常』はあったかい?」
「変態収容所は今日も異常なしであります」
部屋中に、不愉快で不気味な笑いが充満する。
これは、変態の変態による変態のための物語。