「うあぁぁーーーッ!!」
雷句の絶叫が食堂に響く。
そして、僕の鼓膜を振るわせ、絶望させる。
「雷句さんが、雷句さんがっ」
僕の足は震えていた。目の前の変態を恐れて。
目はメメを捉えていたが、雷句がその近くにいるので、よく見えた。雷句の腕は、肉が破け、血が噴き出し、骨が突き出ていた。
「私は、見て欲しいだけなんだ」
メメはまたも語り出した。
「今、腕を捻じ壊したのがその証拠だ。私は、やろうと思えば君の首を捻じ切ることだってできたんだ。頭を掴んで床に押し付けるだけで、できたんだ。私を見るために首を180度回転して、自動的にね」
恐ろしいことを、淡々と語った。
だが、メメの言う通りだった。殺すことが目的ではない。それは真実だ。
「だったら、なぜ『僕たち』を襲った!」
露出狂というのは相手をしてもらう必要はない。誰かれ構わず見てもらうために脱げばいい。
僕たちにこだわる必要はないはずだ。
それとも、やっぱり女性に見てもらった方が嬉しいのか? 解放感があるのか?
……なんで僕が変態の気持ちを考えなきゃいけないんだろう。
「……誤解があるようですね。私はあなたが女性的だから脱いでいるわけではないのです」
「なに?」
「私は、私を作品だと思っています。芸術作品だと。だから、できるだけ多くの人に見てもらいたい、評価してもらいたい、そう考えております。ですので、新しい方が収容された場合、翌日には必ず鑑賞してもらうため、自ら現れているのです」
「……つまり、僕がこんな見た目じゃなくても、お前は襲いに来たということか?」
「はい。襲いに来たという言い方は不本意ですが」
不本意になってるんじゃねえよ。
ここ以外でやったら即逮捕な案件だぞ。
だが、それなら、
「それなら、僕たちがひととおりお前を見たら、帰ってくれるのか?」
「もちろんです。露出狂だって、家には帰ります。ああ、けれど、先程彼が言ったように、『舐められます』。私はここで、今まで多くの人に見せてきましたが、何もできずに見せつけられただけのものは、その後、いろんな変態行為をされていました。あなたは特に危険性が高いです」
こいつ、そういう自覚あってやっていたのか。
つまりこいつは最初の関門。こいつを倒すことが安寧の始まりなのだ。越えなければ、この関門を、入門するのだ、この鬼門を。
「待て! 成海くん、君は戦えない! 早まってはいけない! 俺がなんとかする!」
「でも、なんとかするって言ったって、雷句さんはもう----」
「俺の変態性を忘れたか?」
雷句の変態性。
過剰自己愛。ナルシスト。
能力とは、変態性から生み出されるもの。
色欲の望みを実現するために生まれるもの。
「俺の変態性、能力、それは、『全てを俺にする』能力。名を『ライカー・マイミー』という」
未舞雷句。
彼は『後天的変態』だった。
彼はこの世界の全てを愛していた。
しかし、世界は彼を愛していなかった。
彼の家族は死んだ。
父親は、逆恨みで殺害された。
母親は、病気で全ての記憶を失った状態で死んだ。
弟は、津波に飲み込まれて死んだ。
妹は、大型トラックにバラバラにされて死んだ。
それでも彼は世界を愛した。
なぜなら、彼は己を愛していたからだ。
彼は家族を愛した。そんな家族が彼を愛した。愛されている自分を生んだ世界が醜いわけがない。愛していた。愛されていた。
彼は世界を愛した。
なにより自分を愛した。
そんな雷句に発現したのが『ライカー・マイミー』という能力。
『全てを俺にする』。
己を愛し、世界を愛した彼に相応しい能力だ。
非生物を己の肉体に変質させる。条件は対象に接触していること。制限は物体を変質させる際、元の体積より大きいものには変えられないこと。
何度でも言おう、彼は全てを愛した。
たとえ、全てが彼を愛さなくとも。
それこそが、勝手極まりない『変態』なのだから。
「皿をできるだけ多く! 俺に投げろお!」
僕は言う通りに、テーブルに乗っていた皿を全て彼へと投げた。
彼は破壊されていない方の腕でキャッチする。
何をするつもりか。
「『皿を俺の眼球にする』」
驚くべきことに、全ての皿がまるで粘土のようにグネグネと動き、やがて球体の形をとり、眼球となった。
白目と黒目がしっかりある完全な眼球だった。
「この眼球は俺だ。つまり----」
雷句は眼球をばら撒く。
眼球は床を転がり、やがて停止する。
しかし、『フラッシュ・アイ』の強制力により、全ての眼球の黒目が、メメの方へ向いた。
目玉はしっかりとメメを見つめる。
「この目玉は俺のもの、目玉が見るものは全て俺のもの」
「それがどうしたと言うのです? ……まさか⁉︎」
雷句は、メメに『背を向けた』。
それはありえないことだった。だってそれは、『フラッシュ・アイ』の能力に反するのだから。
「まさか、あなたは『見ている』のか? 作り出した目玉で、だから、あなたから強制力が失われたと⁉︎」
「そうだ。賭けだったがな。お前の能力の解釈がどういうものなのか、お前にすら知り尽くせてなかったようだなあ!」
「う、嘘だ。これが『見ている』だと⁉︎ そんなわけ! いや、アリかもしれません。一人の人間に、ありとあらゆる方向から同時に見られるなんて、そうそうありませんから。なんか、そう考えるとゾクゾク----」
「してんじゃねえ!」
雷句は殴りかかる。
また受け流され、制圧されるが、しかし今度は腕が捻じ曲がることもなく、首が捻じ切れることもなかった。
「いまだ、成海くん!」
「はい!」
クラウチングスタートで走り出し、両の足を曲げてから伸ばしてジャンプする、メメに向かって跳び蹴る。
これが、ドロップキックだ。
「グハァッ」
メメが後ろに吹っ飛ぶ。
それと同時に、『フラッシュ・アイ』の強制力が消失し、目が自由に動かせるようになった。
見たいものが見れて、見たくないものを見ないことが出来るのが、こんなにも嬉しいことだなんて。
僕は雷句に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
「……うん、腕は大変なことになってるけどね」
大量出血だ。複雑骨折だ。
早く、いち早く治療しなくては。
「どこに行けば、どこに行けば治してくれますか⁉︎」
「……移動は必要ない。すぐにでも……収容所の医療班が来る、……だから、少し話を聞いてくれ」
「聞きます! なんでも聞きます!」
「そんなに心配そうな顔をしなくてもいい……人はそう簡単には死なない……」
雷句はそう言って、呼吸を整え、話を始めた。
「俺は多分。少しの間、戦えなくなる。そうなると君を守れない。君は、『ある人』のところへ行け」
「『ある人』?」
「その人は、とてもとても強い影響力を持っている。さっきまで話していた『派閥』のことだ。その人は今、懲罰房にいる。会いに行くんだ。その人に----」
「その人って、誰なんですか⁉︎」
「その人の名は----」
雷句が名前を言いかけたところで、
「私を、もっと私を見るんだあ」
僕の後ろで、おどろおどろしい声がする。
執念は感じるが悪意ではない別の感情のこもった声。
百名山メメ。起き上がるか。
「目に穴が開くほど見るんだ、深淵よりも深い穴を、開けるんだ」
メメが近づいてくる。
「もう一度だ、もう一度『フラッシュ・アイ』を----」
「いいや、君はもう終わりさ」
「なに、を?」
メメは一歩足を進めた。
その足元に、『眼球』が転がっていた。
僕は見ていた。雷句が、ばら撒かずに残していた眼球を、やつの足元に転がすところを。
メメは眼球を踏んでしまう。
眼球は潰れて破裂する。
「『解除』」
能力の解除。
破裂した眼球は、当然、『割れた皿』に戻る。
「ぎゃああぁ----ッ」
皿の破片が、メメの足に深々と刺さり込む。
悲痛な叫びが食堂に響く。メメは痛さで床を転がりまわった。
そのとき、医療班らしき職員たちが続々と現れた。
タイミングが良すぎる。もしかしたら、こうなるまで待っていたのだろうか? 実験の記録を録るために、だとしたら、この収容所は本当に最悪だ。
しかし、治してくれるならなんでもいい。
医療班がこちらに向かって来た。
アンカーに雷句を乗せる。
「成海くん。行くんだ、一人で、あの人のところへ」
雷句は医療班に回収されながら、言い残す。
「利栗鼠仇夢(りりすあだむ)のところへ」
雷句の絶叫が食堂に響く。
そして、僕の鼓膜を振るわせ、絶望させる。
「雷句さんが、雷句さんがっ」
僕の足は震えていた。目の前の変態を恐れて。
目はメメを捉えていたが、雷句がその近くにいるので、よく見えた。雷句の腕は、肉が破け、血が噴き出し、骨が突き出ていた。
「私は、見て欲しいだけなんだ」
メメはまたも語り出した。
「今、腕を捻じ壊したのがその証拠だ。私は、やろうと思えば君の首を捻じ切ることだってできたんだ。頭を掴んで床に押し付けるだけで、できたんだ。私を見るために首を180度回転して、自動的にね」
恐ろしいことを、淡々と語った。
だが、メメの言う通りだった。殺すことが目的ではない。それは真実だ。
「だったら、なぜ『僕たち』を襲った!」
露出狂というのは相手をしてもらう必要はない。誰かれ構わず見てもらうために脱げばいい。
僕たちにこだわる必要はないはずだ。
それとも、やっぱり女性に見てもらった方が嬉しいのか? 解放感があるのか?
……なんで僕が変態の気持ちを考えなきゃいけないんだろう。
「……誤解があるようですね。私はあなたが女性的だから脱いでいるわけではないのです」
「なに?」
「私は、私を作品だと思っています。芸術作品だと。だから、できるだけ多くの人に見てもらいたい、評価してもらいたい、そう考えております。ですので、新しい方が収容された場合、翌日には必ず鑑賞してもらうため、自ら現れているのです」
「……つまり、僕がこんな見た目じゃなくても、お前は襲いに来たということか?」
「はい。襲いに来たという言い方は不本意ですが」
不本意になってるんじゃねえよ。
ここ以外でやったら即逮捕な案件だぞ。
だが、それなら、
「それなら、僕たちがひととおりお前を見たら、帰ってくれるのか?」
「もちろんです。露出狂だって、家には帰ります。ああ、けれど、先程彼が言ったように、『舐められます』。私はここで、今まで多くの人に見せてきましたが、何もできずに見せつけられただけのものは、その後、いろんな変態行為をされていました。あなたは特に危険性が高いです」
こいつ、そういう自覚あってやっていたのか。
つまりこいつは最初の関門。こいつを倒すことが安寧の始まりなのだ。越えなければ、この関門を、入門するのだ、この鬼門を。
「待て! 成海くん、君は戦えない! 早まってはいけない! 俺がなんとかする!」
「でも、なんとかするって言ったって、雷句さんはもう----」
「俺の変態性を忘れたか?」
雷句の変態性。
過剰自己愛。ナルシスト。
能力とは、変態性から生み出されるもの。
色欲の望みを実現するために生まれるもの。
「俺の変態性、能力、それは、『全てを俺にする』能力。名を『ライカー・マイミー』という」
未舞雷句。
彼は『後天的変態』だった。
彼はこの世界の全てを愛していた。
しかし、世界は彼を愛していなかった。
彼の家族は死んだ。
父親は、逆恨みで殺害された。
母親は、病気で全ての記憶を失った状態で死んだ。
弟は、津波に飲み込まれて死んだ。
妹は、大型トラックにバラバラにされて死んだ。
それでも彼は世界を愛した。
なぜなら、彼は己を愛していたからだ。
彼は家族を愛した。そんな家族が彼を愛した。愛されている自分を生んだ世界が醜いわけがない。愛していた。愛されていた。
彼は世界を愛した。
なにより自分を愛した。
そんな雷句に発現したのが『ライカー・マイミー』という能力。
『全てを俺にする』。
己を愛し、世界を愛した彼に相応しい能力だ。
非生物を己の肉体に変質させる。条件は対象に接触していること。制限は物体を変質させる際、元の体積より大きいものには変えられないこと。
何度でも言おう、彼は全てを愛した。
たとえ、全てが彼を愛さなくとも。
それこそが、勝手極まりない『変態』なのだから。
「皿をできるだけ多く! 俺に投げろお!」
僕は言う通りに、テーブルに乗っていた皿を全て彼へと投げた。
彼は破壊されていない方の腕でキャッチする。
何をするつもりか。
「『皿を俺の眼球にする』」
驚くべきことに、全ての皿がまるで粘土のようにグネグネと動き、やがて球体の形をとり、眼球となった。
白目と黒目がしっかりある完全な眼球だった。
「この眼球は俺だ。つまり----」
雷句は眼球をばら撒く。
眼球は床を転がり、やがて停止する。
しかし、『フラッシュ・アイ』の強制力により、全ての眼球の黒目が、メメの方へ向いた。
目玉はしっかりとメメを見つめる。
「この目玉は俺のもの、目玉が見るものは全て俺のもの」
「それがどうしたと言うのです? ……まさか⁉︎」
雷句は、メメに『背を向けた』。
それはありえないことだった。だってそれは、『フラッシュ・アイ』の能力に反するのだから。
「まさか、あなたは『見ている』のか? 作り出した目玉で、だから、あなたから強制力が失われたと⁉︎」
「そうだ。賭けだったがな。お前の能力の解釈がどういうものなのか、お前にすら知り尽くせてなかったようだなあ!」
「う、嘘だ。これが『見ている』だと⁉︎ そんなわけ! いや、アリかもしれません。一人の人間に、ありとあらゆる方向から同時に見られるなんて、そうそうありませんから。なんか、そう考えるとゾクゾク----」
「してんじゃねえ!」
雷句は殴りかかる。
また受け流され、制圧されるが、しかし今度は腕が捻じ曲がることもなく、首が捻じ切れることもなかった。
「いまだ、成海くん!」
「はい!」
クラウチングスタートで走り出し、両の足を曲げてから伸ばしてジャンプする、メメに向かって跳び蹴る。
これが、ドロップキックだ。
「グハァッ」
メメが後ろに吹っ飛ぶ。
それと同時に、『フラッシュ・アイ』の強制力が消失し、目が自由に動かせるようになった。
見たいものが見れて、見たくないものを見ないことが出来るのが、こんなにも嬉しいことだなんて。
僕は雷句に駆け寄る。
「だ、大丈夫ですか⁉︎」
「……うん、腕は大変なことになってるけどね」
大量出血だ。複雑骨折だ。
早く、いち早く治療しなくては。
「どこに行けば、どこに行けば治してくれますか⁉︎」
「……移動は必要ない。すぐにでも……収容所の医療班が来る、……だから、少し話を聞いてくれ」
「聞きます! なんでも聞きます!」
「そんなに心配そうな顔をしなくてもいい……人はそう簡単には死なない……」
雷句はそう言って、呼吸を整え、話を始めた。
「俺は多分。少しの間、戦えなくなる。そうなると君を守れない。君は、『ある人』のところへ行け」
「『ある人』?」
「その人は、とてもとても強い影響力を持っている。さっきまで話していた『派閥』のことだ。その人は今、懲罰房にいる。会いに行くんだ。その人に----」
「その人って、誰なんですか⁉︎」
「その人の名は----」
雷句が名前を言いかけたところで、
「私を、もっと私を見るんだあ」
僕の後ろで、おどろおどろしい声がする。
執念は感じるが悪意ではない別の感情のこもった声。
百名山メメ。起き上がるか。
「目に穴が開くほど見るんだ、深淵よりも深い穴を、開けるんだ」
メメが近づいてくる。
「もう一度だ、もう一度『フラッシュ・アイ』を----」
「いいや、君はもう終わりさ」
「なに、を?」
メメは一歩足を進めた。
その足元に、『眼球』が転がっていた。
僕は見ていた。雷句が、ばら撒かずに残していた眼球を、やつの足元に転がすところを。
メメは眼球を踏んでしまう。
眼球は潰れて破裂する。
「『解除』」
能力の解除。
破裂した眼球は、当然、『割れた皿』に戻る。
「ぎゃああぁ----ッ」
皿の破片が、メメの足に深々と刺さり込む。
悲痛な叫びが食堂に響く。メメは痛さで床を転がりまわった。
そのとき、医療班らしき職員たちが続々と現れた。
タイミングが良すぎる。もしかしたら、こうなるまで待っていたのだろうか? 実験の記録を録るために、だとしたら、この収容所は本当に最悪だ。
しかし、治してくれるならなんでもいい。
医療班がこちらに向かって来た。
アンカーに雷句を乗せる。
「成海くん。行くんだ、一人で、あの人のところへ」
雷句は医療班に回収されながら、言い残す。
「利栗鼠仇夢(りりすあだむ)のところへ」